秘密の二足の草鞋

鳴宮鶉子

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休み明けの月曜日。
わたしの住んでいるマンションどころか実はプライベートのiPhoneの電話番号やlineアドレスも蓮翔に伝えてなかったわたし。
心配してるかなとか、怒ってるかなと思いつつ、重い足取りで会社へ行き席に着いた。
残り5日のGW休暇は、ひたすら絵を描いた。蓮翔との曲作りでイメージが湧き、アニメーションを作り、それに合う曲を作ってレコーディングをした。
アニメーションにのせると、切ない感じのラブソングになった。
わたしの曲は田舎の街の海辺で中学3年生のカップルが親の都合で別れ離れになるけど、3年後に東京の大学で出会うというストーリーを曲で仕上げた。
それと同じストーリーで小説も仕上げ、GW休暇の残り5日間は食べるのも寝るのも惜しんでひたすら創作活動に専念した。
さすがに次の日は仕事という最終日は18時に創作活動を終え、マンションの1階にあるスーパーでサラダやカルパッチョなどの身体に優しそう惣菜を購入して12階の部屋でゆっくり食べてからゆっくりお風呂に入り、21時に就寝した。
朝起きて、蓮翔との事を思い出し、恐怖に感じてしまった。

8時半にいつもなら出勤してくる蓮翔がまだ出社して来ず。
8時50分に出社して来た彼は、疲れた顔をしていた。
「おはようございます」
まだ眠たそうな蓮翔に恐る恐る声をかけた。勝手に帰った事で落ち込んでるとか怒り狂ってるというより、疲れて眠たいように見えた。
「凛…、杉瀬、ちょっといい?」
パソコンの電源をつけてから、着いてこいという目線を送られ、蓮翔の後ろを着いていく。
朝のミーティング前でみな自分の席に着いている事もあり、会議室のフロアーには誰もいなく、端の会議室に鍵を閉めて入った。
「バンドのメンバーに気を使って帰ったんだよね。居てくれて良かったのに。あれから新曲の練習をスタジオ借りてやってたんだけど、ブランクあってパソコンで作り出した曲みたいにはいかなくて、スタジオに5日間こもってただけで居てもつまらなかったかもしれない」
蓮翔も蓮翔で、新曲の事でわたしが帰った事に対してあれこれ考える時間がなかったとわかり、寂しい気もしたけどホッとした。
朝のミーティング5分前のベルがなり、急いで席に戻った。
ちなみに、オフの間は蓮翔好みのおしゃれをしていたけど、今は地味OLの出で立ちをしてます。
少しはオシャレをと思ったけれど、習慣でいつもの通勤着に髪が邪魔にならないようお団子頭で目を守るためにブルーライトカットのためにレンズが大きめのダサメガネをかけてる。

初日はプロジェクトの納期の確認と、新しいプロジェクトを3件新たに貰った事でスケジュールの調整をかけ、黙々と作業を進めていった。
5日間ほぼ寝てないとかで、いつもなら簡単に熟す業務にも時間がとられてしまうので、今日は定時の18時に強制退社させた。
歩くのが覚束ないと、彼のマンションまでタクシーで便乗し、部屋まで連れて行ったらすぐに帰ろうと思ったら、後ろから抱きしめられてしまった。
「充電させて。安心させて。凛花が俺の横にいるのが当たり前で、いないと身体の一部がないような感じがして苦しい」
新曲の練習で多忙な間も、わたしがいなくなって不安だったのかもしれない。
今日の蓮翔が寝不足で意識が朦朧としてるからか、子供のように甘えてくる。
彼をベッドに横にならせ、添い寝をねだる彼にゲストルームに泊まるからと宥め、なんとか寝かせた。
カードキーを貰い使い方を教えて貰ったから、地下のスーパーへ行き、食材を買い、蓮翔の家のキッチンで久しぶりに料理をした。
朝ご飯にもなるような、ぶりの照り焼きに味噌汁にほうれん草のお浸しに肉じゃが。
全てを作り終え、ご飯も炊けた頃に、蓮翔が慌てて寝室から出てきた。
蓮翔の家に着いてからは眼鏡をはずし、髪もおろしてるわたし。
地味OLルックでも眼鏡を外したら別人。
「お腹すいたでしょ?お風呂に入ってから食べてからまた休んで下さい」
食卓テーブルに料理を盛り付けて並べた。
蓮翔がお風呂から出たらちょうど準備が終わり、2人で席について食べた。
京都にいた頃は毎日料理を作ってたけど、東京に出てきてからはマンションのカフェやイタリアンの店で食事をするか、スーパーでお総菜を買って帰ってから食べてた。
やっぱり、自分が作った手料理の方が美味しい。

食事を終え、2人で片付けをした後、蓮翔が持ち運び用の小さなノートパソコンを開き、バンドメンバーとの演奏の動画を見せてくれた。
パソコンの音よりも実際の楽器演奏の方が音が強く感じた。
お風呂に入り、ネグリジェでなくいつのまにか用意してあったTシャツと履き心地がよい短パンを履いた。
蓮翔は眠さが限界の顔で待っていた。
「お休みをいわないと安心して寝れない」
彼を寝室に連れて行き、ドアで手を振り、わたしはゲストルームのベッドに寝そべった。
そして、バックからノートパソコンを取り出してメールをチェックした。
昨日書き終えた小説をアニメーション付きの曲と共にジプリに送っていた。
小さい頃からジプリが好きで監督から直接オファーがあった。
去年の夏休みの映画の小説を書かせて貰い、今年も打診はあったが本業が忙しい事を理由に先延ばしにしていた。
かなりギリギリの時期に原稿を仕上げたのに監督から夏休みの映画に採用すると返信が来ていた。
映画のアニメーションはジプリにお任せで後はジプリスタジオのスタッフに全てお任せで、曲に関しても挿入歌にするのかオープニングにするのかをポリープロダクションと話し合わないといけない。
ジプリのオープニングに起用された曲は大ヒットする事が多く、ポリープロダクションから多額の融資を受けてる事からオープニングに関してはポリープロダクションに一任している。

蓮翔との交際は蓮翔のマンションで、寝室別で同棲し、会社でも家でも常にそばに寄り添っていた。
蓮翔は株取引やゲームアプリを開発したりとアーティスト以外の副業もしていた。
いちゃつくでなく、蓮翔の家でもペアで仕事をする、嫌、アシスタント的な役回りをしていた。
ライブには行ってない。
ああいう場が苦手と伝え、BAR蒼月にはあれから行ってない。
その時間を使って家に帰り、小説に挿絵する絵を描いた。
ジプリの宮浦社長からのメールで、夏休みのアニメのオープニングに、ポリープロダクションからまさかの雨月晴太こと蓮翔とのデュエットを打診された。
曲はわたしが作った曲をそのままかアレンジをしてデュエットソングをするよう言われ、頭を抱える。
挿入歌に蓮翔の再レビューの曲を採用すると決まったらしい。
レコーディングについては、わたしがキャラクターアニメーションで公に出ないと伝えてるために、雨月晴太のマネージャーと連絡してレコーディングをするようにとの事だった。
時計の針を見ると23時、蓮翔のマンションにいないと彼が不安になるからとタクシーで彼のマンションへ戻った。

蓮翔のマンションに着いて玄関を開けるとと、メンバーが来ていて、リビングで家飲みをしてるようだった。
「再デビュー曲が【知念日和】原作のジプリ映画なんてやったな」
「新曲が挿入歌で、オープニングが【知念日和】が作詞作曲した曲を蓮翔とデュエットになるのは負けた気がするけど」
「蓮翔、動画サイトに【知念日和】が出て来てデビューしてから、彼女のキャラクターアニメーションにメロメロになって、女を抱けなくなったもんな」
「凛花ちゃん、あの子、スタイルいいしかなりの美人だけど、仕事と曲作りとかのアシスタント的にそばに置いてるだけだろ」
聞こえる内容が気になり、バレないようにリビングのドアに近づき聞き耳を立てる。
「凛花は俺の大事な子だよ。一緒にいるのが当たり前でいないと苦しくなる。ずっとそばに置いときたくなる」
蓮翔は帰ってきたらわたしがいなくて、不安なようだった。
「開かずの間の【知念日和】グッズ、もう処分したんか?あれを見たら凛花ちゃん、流石にひくだろ」
蓮翔が開かずの間にキャラクターアニメーションの【知念日和】グッズを溜め込んでることを聴き、見てみたいと思った。
「凛花ちゃんに欲情せずに、今だにアニメキャラクターで抜いてる変態だと知ったら、キモチ悪がられるわ」
「それほど【知念日和】に入れ込んでたから、本人に会ったら、絶対に凛花ちゃんから【知念日和】に気持ちがいくわ。【知念日和】、大学を卒業してから社会勉強のために就職したとかで活動は停滞してるけど、彼女が作り出す話と曲はとんでもなく人を惹きつけるからな」
バンドメンバーが口々に蓮翔をいじる。
【知念日和】と【杉瀬凛花】は同一人物なんだけどなと思いつつも、複雑な気分になる。

リビングのドアを開け部屋に入ると蓮翔がわたしを見てほっとした表情をした。
そして、こっちに来いと手招きした。
彼の横に行き座ると、リビングの上に転がるワインの本数に唖然。
「飲み過ぎじゃないですか…」
潰れかけてる蓮翔を見ると、
「俺たちは明日仕事があるから飲んでないです。飲んだのは蓮翔だけ」
メンバー達は立ち上がり、蓮翔のお世話に疲れたと早々にタクシーを呼んで帰って行った。
食べ散らかしたリビングのテーブルを片付け、リビングのソファーで眠りかけてる蓮翔のほっぺたを軽く叩く。
「起きて。寝るなら寝室のベッドで寝てよ」
異様に色気をダダ漏れさせてる蓮翔。
放置してシャワー浴びてゲストルームで寝ようと立ち上がろうとしたら、蓮翔に腕を掴まれ押し倒された。
「蓮翔、どしたの?」
付き合い始めて1カ月が経った。
彼との関係は手を繋ぐぐらいの清き関係で、実はキスもした事がない。
バンドメンバーが【知念日和】のキャラクターにしか欲情しないと言ってたことが事実なのではと思うぐらいに、一緒に住んでいても身体を触ってきたり等がなかった。
蓮翔に踏み敷かれ、みおらされ、心臓がバクバクなって緊張する。
「凛花、付き合いはじめてまだ1カ月だけど、凛花と1つになりたい。ダメ?」
酔ってる人と初めてをするのは嫌です。
でも、嫌そうな顔をしたら捨てられた子犬のような目をしてじっと見てくる。
「俺は凛花だけを愛してる。でも、ずっといつか出会えたら一生を共に歩みたいと思ってた知念日和とデュエットする事になって、俺、凛花から心変わりしないか不安なんだ」
バンドメンバーがいじりでいってと思ってた事を本人の口から聞き、複雑な気持ちでショックを受けた。
6月21日までにレコーディングしてジプリにデータを送らないといけない。
明日、わたしが【知念日和】だと正体をバラし、レコーディングを終えないといけない。
そんな事を考えてたら、いつもの事ながら、蓮翔は床で寝落ちしていた。
彼に薄手の布団をかけ、わたしはゲストルームのベッドに潜り込んだ。

宮浦社長からのメールに蓮翔、雨月晴太のマネージャーの連絡先が書いてあり、早急に連絡を取りレコーディングしてジプリに送らないといけないのに、蓮翔に凛花でなく【知念日和】として会うのを躊躇してしまう。
デュエットのレコーディングはした事がない。
曲の作詞作曲はわたしがし、パートもどう分ける等は頭の中でイメージできてる。
先にわたしが歌を吹き込んだ曲のデータに蓮翔が歌を重ねる形で対面する事なくレコーディングする方法もある。
昨日の蓮翔の様子からも、【知念日和】似合うより、パソコンを媒体にレコーディングをする方が良い気がする。

ワインを1人で5本も開けたから、今日は昼過ぎまでは寝てると思う。
[部屋に必要な物を取りに行く]
と書き置きし、早朝5時にタクシーを呼んで自分のマンションへ戻った。
そして、12階の部屋でなく、【知念日和】として創作活動に使っている最上階で、デュエットに変更なので、曲調と歌詞を少し変えてわたしのパートに声を吹き込んだ。
そして、画材を漁って、【知念日和】のキャラクターのアニメーションを作り、メッセージを吹き込んだ。
それを蓮翔こと【雨月晴太】のマネージャーのメールアドレスに添付して送った。
全ての作業を終えたら14時過ぎていて、慌てて蓮翔のマンションへ向かった。




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