【完結】伊達騒動秘録 ~ 左近、影に潜む。友と猫が見た伊達の闇~

月影 流詩亜

文字の大きさ
32 / 59
第四章:騒動渦中

第三十話:黒幕の存在

しおりを挟む

 原田甲斐派による弾圧の嵐が吹き荒れる伊達家江戸屋敷。

 その凄惨な状況を目の当たりにし、左近は甲斐の非道な手口を記録し続ける一方で、ある大きな疑問に突き当たっていた。

 一介の家老である原田甲斐が、これほどまでに周到かつ大胆に、そして幕府の目をも恐れぬかのような行動を取り続けられるものだろうかと。

 若君・伊達亀千代毒殺未遂という大罪を企て、それが失敗するや下女一人に罪をなすりつけて口を封じる。
 反対派の家臣たちを脅迫し、買収し、時には力でねじ伏せる。
 その手際の良さ、情報網の広さ、そして何よりも潤沢と思われる資金力。
 これらは、甲斐一人の才覚と権力だけで成し遂げられるものとは、到底思えなかった。

(まるで、誰か大きな後ろ盾でもいて、その意のままに動いているかのようだわ……。
甲斐様は、ただの操り人形なのかもしれない……)

 左近の脳裏に、そんな恐ろしい推測が浮かび上がってきた。
 もし甲斐の背後に、彼を操り、伊達家乗っ取りを画策するさらに巨大な黒幕がいるとしたら……
 
 それは、幕府内部の権力者か、あるいは仙台藩そのものを内側から切り崩そうとする別の有力者か。
 いずれにせよ、相手はこれまで以上に手強く、そして底知れぬ闇を秘めているに違いなかった。

 この新たな疑念を確かめるべく、そしてこれまでの調査結果を報告するため、左近は幕府の上役である了然との接触を試みた。
 いつものように深夜、薬種問屋を訪ねたが、店の主人は「了然様はここ数日お見えになっていない」と首を振るばかり。

 別の連絡経路を試みても、梨のつぶてだった。
 まるで、了然という存在そのものが、この世から掻き消えてしまったかのように、彼からの指示や情報は完全に途絶えてしまったのだ。

(了然様にも、何かが…… ?
 それとも、わたくしは見捨てられたのかしら…… ?)

 左近の胸に、冷たい不安と焦りが広がった。
 頼りにしていた組織からの支援が絶たれたとなれば、自分は完全に孤立無援となる。
 原田甲斐という強大な敵に加え、その背後に潜むかもしれない、さらに巨大な黒幕。
 それら全てに、たった一人で立ち向かわなければならないという現実は、さすがの左近にも重くのしかかった。

 一瞬、深い孤独感と無力感に襲われ、全てを投げ出してしまいたいという衝動に駆られる。
 昼行灯の料理人として、千代や徳松と共に、ただ穏やかに暮らしていけるのなら、どれほど楽だろうか。

 しかし、左近の脳裏には、理不尽な権力によって踏みにじられた亡き父の無念、そして守れなかった藩の者たちの涙が、鮮明に蘇ってきた。

(いいえ、だめよ……わたくしが諦めたら、誰があの者たちの無念を晴らすというの……。
 そして、千代ちゃんや徳さんを、この伊達家の騒動に巻き込むわけにはいかない…… !)

 左近は、固く拳を握りしめた。
 たとえ孤立無援であろうとも、この戦いから降りるわけにはいかない。
 父の仇を討つという個人的な念は、いつしか、より大きな悪を正し弱き者を守りたいという、密偵としての使命感へと昇華していた。

 了然からの連絡が途絶えた理由はわからない。

 だが、今はそれを詮索している暇はない。
 自分にできることは、ただ一つ。

 自らの五感を研ぎ澄まし、知略の限りを尽くし、この伊達家に巣食う闇の正体を暴き出すことだ。

 そして、その最優先事項は、原田甲斐の背後にいるであろう黒幕の尻尾を掴むこと。
 それこそが、この泥沼のような権力闘争に終止符を打つ唯一の道なのかもしれない。

 夜が明け、左近はいつものように厨房に立った。 同僚たちの疑心暗鬼の視線、甲斐派の者たちからの執拗な嫌がらせ。
 それら全てを、「昼行灯」の仮面で受け流しながら、左近の思考は既に次なる一手へと向かっていた。 黒幕は誰なのか。 その目的は何なのか。
そして、自分はいかにしてその懐へと忍び込むのか……

 左近の孤独な戦いは、新たな局面を迎えていた。

 目の前に広がる闇は以前にも増して深く、そして広大に見えた。
 しかし、左近の瞳の奥には、絶望の色ではなく、むしろ困難な状況であればあるほど燃え上がる、不退転の決意の光が静かに、だが力強く宿っていた。

 伊達家の運命は、そして彼自身の運命は、この一人の密偵の双肩にかかっているのかもしれなかった。

しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

剣術科の私と魔術科の冴えない僕

ノン・タロー
恋愛
 冒険者ギルドの支援を受けた私立グレイス学園の剣術科で学ぶ一人の少女こと「レオナ・ラルクス」は、長年陰キャで冴えない見た目の魔術科の生徒、「ハルト・アーヴェル」に秘めた想いを抱いていた。    その始まりはまだ幼い頃、レオナが野良犬に襲われそうになった時、ハルトが勇気を振り絞って必死に彼女を守ってくれた瞬間かから彼女はずっとハルトに片思いをし続けていた。  しかし、一方のハルトはレオナをただの仲のいい女友達としか思っておらず、レオナもまた一歩を踏み出す勇気が持てずにいたため、二人の関係は未だにただの幼馴染のまま……。  そんなある日、レオナはハルトが誰かに告白するという噂を耳にする。    結果的にはハルトはフラれ、レオナは内心ホッとするも、このままではいつか彼は本当に誰かのものになってしまうかもしれないと言うそんな焦りが彼女の胸を締め付ける。  そして、魔物討伐やギルドからの課題をこなす日々の中で、レオナの恋心は次第に溢れ出していく。  学園から下されるクエストをこなしていくの最中で訪れる小さな変化――ハルトとの距離が少しずつ近づき、時には離れるなど未だ不安定で揺れる関係。  トラブルや様々な試練を乗り越えるうちに、レオナはついに「ただの幼馴染で終わるわけにはいかない」と決意する。  二人は関係を進め両思いとなれるのか、はたまた幼馴染のままで終わるのか……。  この夏、抑えていた恋心が動き出そうとしていた。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

処理中です...