2 / 5
第2話 交わらないはずのふたりと📖共有される物語
しおりを挟む あの日から一週間。私のサンクチュアリである図書館の隅は、もはや私一人のものではなくなっていた。
「……」
「……」
斜め向かいの席には、今日も当たり前のように葛城歩が座っている。
無言で本を開く私の視界の端で、彼もまた持参した本に視線を落としている。
(皆勤賞か! 図書委員より出席率ええやんけ! なんで毎日ここに来んねん、友達多いやろ君は! グラウンドでサッカーでもして爽やかな汗流してこいや!)
脳内ではメガホンを持って叫んでいる私だが、表面上は涼しい顔でページをめくる。
最初はすぐに飽きて来なくなるだろうと思っていた。しかし葛城くんは、私が図書室に着いてから五分後くらいにふらりと現れ、チャイムが鳴るまで静かに本を読んで帰っていく。
ウザ絡みしてくるわけでもなく、ただそこに「いる」のだ。
(……まあ、静かにしとる分にはええけど)
少しだけ毒気を抜かれた私が、こっそりスマホを取り出してカクヨムを開こうとした時だった。
葛城くんが机に置いた本の表紙が、ふと目に飛び込んできた。
(……ん?)
一瞬、自分の目を疑った。
彼が読んでいるのは、色褪せたレンガ調の装丁が特徴的な『時計塔の観測者』という海外の翻訳ミステリーだった。知る人ぞ知る、かなりマニアックな作品だ。
(嘘やろ……なんでそのチョイス!? 偶然にも程があるで!)
激しく動揺するのには理由があった。
昨晩、私はカクヨムの『近況ノート』を更新し、「最近読んだ中で一番の傑作。騙されたと思って読んでみてほしい」と、この本を長文で激推ししたのだ。
そして、それに一番早く反応してくれたのが、他ならぬ将棋さんだった。
『シオリンさんがそこまで仰るなら間違いありませんね。明日、本屋で探してさっそく読んでみます』
そんなやり取りをした翌日に、クラスメイトの男子が同じ本を持って現れたのだ。
(いやいや、ただの偶然や。昨日テレビで紹介でもされたんやろ、知らんけど!)
必死に自分に言い聞かせていると、不意に葛城くんが顔を上げた。
「……如月さん。ちょっと、聞いてもいい?」
「……なに」
「この本なんだけどさ。如月さんなら知ってるかなって思って。登場人物の会話が急に噛み合わなくなるんだけど、これって翻訳のせい? 俺の読解力がないだけ?」
彼は困ったように眉を下げて、本を私のほうへ少し押し出した。
(翻訳のせいちゃうわ! そこが最大の伏線なんや!)
本のことになると、どうにも自分を抑えきれなくなるのが私の悪い癖だ。
私は咳払いを一つして、普段の三倍くらい早口で喋り始めてしまった。
「……翻訳のせいじゃない。それは第三章から視点人物が巧妙に入れ替わってるから。一見同じ時間軸に見えるけど、実は三日前の出来事が混ざってる。だから噛み合わないように感じるだけで、そのまま読み進めれば第七章で全部のピースが綺麗にハマるから」
一気に言い終えてから、ハッと我に返る。
やってしまった。ただでさえ口数が少ない「図書室の住人」が、急にオタク特有の早口で語り出してしまった。絶対に引かれた。
恐る恐る葛城くんの顔を窺うと、彼は目を丸くしたあと、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「そっか。なるほど、すげえスッキリした。ありがとう、如月さん」
「……別に。ただのネタバレ一歩手前だし」
「ううん。如月さんの説明、すごく分かりやすいよ」
葛城くんは感心したように本と私を交互に見比べ、それから、独り言のようにぽつりと呟いた。
「実はさ。ネットで、俺が一番尊敬してる人も、同じこと言ってたんだよね」
「……えっ?」
「『途中で違和感があっても、第七章まで絶対に読むのをやめないでください』って。如月さん、その人と同じくらい説得力あるわ」
ドクン、と心臓が肋骨を内側から強く叩いた。
(……『第七章まで絶対に読むのをやめないでください』)
それは昨晩、私が近況ノートの最後に、強調して書いた一文と、全く同じ言葉だった。
目の前に座る、気さくで少し本を読むのが遅いクラスメイト。
画面の向こうで、いつも私の言葉を誰よりも深く理解してくれる大切な読者。
交わるはずのない二つの影が、私の頭の中で、唐突に重なり合った。
「……葛城くんって」
「ん?」
尋ねようとした言葉は、予鈴の冷たいチャイムの音にかき消された。
葛城くんは「あ、やば。戻らなきゃ」と立ち上がり、本を大事そうに鞄にしまう。
「続き、明日またここで読むよ。如月さん、また解説よろしくね」
ひらひらと手を振って、彼は図書室を出ていく。
取り残された図書館の隅で、私は自分の胸の奥が、今まで感じたことのない早鐘を打っているのを自覚していた。
0
あなたにおすすめの小説
ど天然で超ドジなドアマットヒロインが斜め上の行動をしまくった結果
宝月 蓮
ファンタジー
アリスはルシヨン伯爵家の長女で両親から愛されて育った。しかし両親が事故で亡くなり叔父一家がルシヨン伯爵家にやって来た。叔父デュドネ、義叔母ジスレーヌ、義妹ユゲットから使用人のように扱われるようになったアリス。しかし彼女は何かと斜め上の行動をするので、逆に叔父達の方が疲れ切ってしまうのである。そしてその結果は……?
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
表紙に素敵なFAいただきました!
ありがとうございます!
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?
無色
恋愛
子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。
身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる