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最終話:和真の章「雛(ひな)の残り香と、三色の宣告」
しおりを挟む「……あ、あのさ。みんな、落ち着けって。とりあえず、タオル借りてもいいかな?」
玄関先で、俺は精一杯の「トボケ」を演じていた。
ずぶ濡れの制服、冷たい雨。本来なら一刻も早く風呂に入りたい状況だが、目の前の和室から漂ってくる熱気と、甘ったるい酒の香りが、俺の本能に「逃げろ」と警報を鳴らしている。
本当は、気づいていた……
春香が俺を見る時の、あの祈るような視線。
美春がわざと乱暴に振る舞いながら、耳の裏まで真っ赤にしていること。
そして桃華が、時折見せる氷のような、けれど射抜くような独占欲。
俺だって男だ。
鈍感なフリをしていれば、この心地いい「幼馴染み」という温水プールに、いつまでも浸かっていられると思っていた。
一人を選べば、他の二人を失う。その恐怖から逃げていたんだ。
「和真くん、……聞いてた? 私のこと、妹みたいだって言ったこと。……本気?」
春香が、潤んだ瞳で俺の袖を掴む。いつもは清楚な彼女が、今はひどく艶っぽく見える。
「おい和真……っ。サポーターとか、フォームとか、どうでもいいんだよ! 私を……美春っていう女を、ちゃんと見ろよ!」
美春が、震える拳で俺の胸を小突く。その拳は、いつものシュートの時よりずっと弱々しくて、守ってやりたくなる。
「……ふふ。和真、観念しなさいな。あなたの『鈍感ごっこ』は、この雨で全部流れてしまったわよ」
桃華が、確信犯的な笑みを浮かべて俺の顔を覗き込む。彼女の瞳には、俺の卑怯な逃げ腰がすべて写り込んでいた。
「……バレてたか」
俺は観念して、重い口を開いた。
「……正直、みんな魅力的すぎてさ。……今のままでいられたら、どれだけ楽かって、思ってた。……最低だよな、俺」
白状すると、三人の顔が一瞬だけ和らいだ。しかし、すぐにそれは「女の覚悟」に塗り替えられる。
「……わかった。和真くんの気持ち、今はそれでいいよ」
春香が俺の袖を離し、スッと背筋を伸ばした。酒の力で赤らんだ顔のまま、でもその目は真剣そのものだ。
「でも、いつまでも『ごっこ遊び』は続けさせない」
美春が、涙を手の甲で拭って立ち上がる。
「卒業式。……そこがタイムリミットだ」
桃華が、二人の言葉を引き継ぐように、俺の耳元で囁いた。
「それまでに、私たちの中から一人だけを選んでね。……選ばれなかった二人がどうなるか、あなたならわかるわよね?」
それは、雛祭りの夜に突きつけられた、最も甘くて残酷な宣告だった。
「……卒業式、か」
俺は、玄関に並んだ三足の、形も色も違う靴を見つめた。
どれか一足を選び、残りの二足とは別の道を歩む。その覚悟を決めるには、残された時間はあまりにも短い。
外の雨は、いつの間にか小降りになっていた。
和室の奥では、お雛様とお内裏様が、変わらぬ無機質な笑みで俺の行く末を眺めていた。
── エピローグ ──
数週間後の卒業式。
校門の前で、三人の少女が待っている。
桜色の春香、萌黄色の美春、そして桃色の桃華。
俺は、震える手で一輪の花を持ち、彼女たちの方へと歩き出す。
答えは、もう決まっている。……はずだ。
── 完 ──
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