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第三話:桃華の章「桃の秘め事と、仕組まれた雨宿り」
しおりを挟む「あらあら、二人とも……。すっかり、可愛くなっちゃって」
桃華は、畳に突っ伏した美春の背中を、羽衣のような手つきで優しく撫でた。
その瞳は、春香の涙も、美春の怒りも、すべてを慈しむように見つめている。けれど、その奥底には、誰にも踏み込ませない冷徹な情熱が静かに燃えていた。
桃華は、手元の猪口をゆっくりと傾けた。
彼女だけは知っていた。これが母の隠していた、正真正銘の「白酒」であることを。
そして、これくらいのアルコールで自分がどうなるかも、計算済みだった。
「……ずるいわね、二人とも」
ふいに漏れた声は、鈴の音のように澄んでいたが、どこか寂しげだった。
春香は「妹」として、美春は「親友」として。
二人は和真の懐に、土足で入り込む権利を持っている。
けれど、自分はどうだろう。
『桃華はさ、なんていうか……遠いんだよな。俺みたいな奴が、気安く触っちゃいけないっていうか。……高嶺の花、だろ?』
文化祭の後、校舎の裏で和真に言われた言葉。
彼は最高の褒め言葉のつもりだったのだろう。
けれど、その一線こそが、桃華にとっては最も残酷な絶縁状だった。
(遠い? 触っちゃいけない? ……馬鹿ね)
桃華は、桃色の和菓子を一口齧った。
甘すぎる餡が、喉の奥を焼く。
(私は、あんたに触れてほしいの。
高嶺の花なんて、根っこを引き抜いて手折ってほしいのに)
彼女は、手元に置いたスマホを手に取った。
和真に送ったメッセージは、一分前に「既読」になっている。
『和真、私の家に忘れ物があるわ。……今すぐ取りに来て。じゃないと、もう二度と返してあげないから』
忘れ物。
それは、和真が置き去りにしている「三人の女の子の心」のことだ。
そして、今この部屋に漂う、甘く危険な空気のこと。
ピンポーン、と二度目のチャイムが鳴る。
桃華は立ち上がった。
少しだけ足元がふらつく。
計算外だったのは、自分もまた、この「白酒」の魔力に毒され始めていたことだ。
「……さあ、いらっしゃい。鈍感な王子様」
襖を開け、玄関へと向かう。
そこには、傘が壊れたのか、制服をぐっしょりと濡らした和真が立っていた。
「……あ、悪い、桃華。急に呼び出して……って、え? お前、顔赤くないか?」
「……うふふ。そうかしら」
桃華は、和真の濡れたシャツの胸元を、細い指先でぎゅっと掴んだ。
驚いて目を見開く和真。その奥の和室からは、泣き顔の春香と、フラフラの美春が這い出してくる。
「和真のバカ!」
「遅いんだよ、この……っ!」
三人の少女に囲まれ、和真が「え、ええ……!? 何、これ、どういう状況!?」と悲鳴をあげる。
桃華は、彼の耳元で、白酒の香る吐息を吹きかけた。
「今日は雛祭り。……あなたが、誰をお内裏様にするか、決めるまで帰さないわよ?」
雨音に消されるほど小さな、けれど逃げ場のない宣戦布告。
和真にとっての、もっとも長く、熱い「雛祭り」が幕を開けた。
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