【完結】学園Z隔離記録 ~禁忌の村、田を覗くなかれ ~

月影 流詩亜

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第一章:蠢動

第4話:田を覗くな

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 幻聴の翌朝、零士の目の下には、昨夜のそれよりもさらに濃い隈が刻まれていた。
 食堂に現れた彼は、まるで幽鬼のような有り様だった。
 他の生徒たちの様子も似たり寄ったりで、誰もが無言でスプーンを動かし、味のない栄養食を胃に流し込んでいる。
 積もり積もったストレスが、この閉鎖空間の空気をじっとりと湿らせ、重く圧し掛かっていた。

「やだ……来ないで……あっち行って……」

 テーブルの隅で、我妻亞夢が小さな声でうめいている。
 その視線は何もない空間の一点を捉え、恐怖に引き攣っていた。
 もはや彼女の虚言癖を笑う者はいなかった。
 誰もが、亞夢の姿に明日の自分を重ね、見て見ぬふりをしているだけだ。

 この学園では、狂気はすぐ隣にある日常の一部になりつつあった。
 このまま無為な日々を過ごし、AIの管理下で精神をすり減らしていくだけでは、いずれ亞夢のようになる。
 零士の中に、焦燥感にも似た感情が芽生え始めていた。
 あのサブリミナル映像、耳鳴りのような幻聴、そして呪泉ルイの不吉な言葉。
 ただの偶然や気のせいでは片付けられない、明確な「何か」が、この学園には潜んでいる。

 その日の昼休み、零士は意を決して氷村怜に声をかけた。

「この学園のこと、調べないか」

 怜は、読んでいた分厚い専門書から顔を上げ、ガラス玉のような瞳で零士を見返した。

「奇遇ね。 私も、この施設の設立経緯と過去の運用記録に興味があったところよ。
 非効率的で、矛盾だらけのシステム。
 その裏には、必ず何らかの『目的』があるはず」

怜の関心は、あくまで論理的な謎解きにあるようだった。 だが、目的は同じだ。

「心当たりがあるのか?」

「ええ。 校舎の裏手にある、今は使われていない離れ。 おそらく、旧校舎時代の図書室か資料室。 マザーの管理システムが、あの区画だけ旧式のままになっているの。 監視の目も他よりは緩いはずよ」

 二人の会話を、どこで聞いていたのか。 背後からぬっと影が伸びた。

「私も行くわ」

 呪泉ルイだった。
 いつものゴスロリ衣装に身を包み、その顔は蝋のように白い。

「あの離れから……呼ばれている気がするの。
古くて、悲しい記憶の匂いがする」

 怜はわずかに眉をひそめたが、反対はしなかった。 ルイの持つオカルト的な感受性が、自分たちの論理的なアプローチを補完する何かになるかもしれないと瞬時に判断したのだろう。

 そこに、「面白そうじゃん、俺も混ぜてくれよ」と、刃渡翔がひょっこり顔を出した。

 彼の目には、退屈を紛らわすスリルへの期待が浮かんでいる。
 鍵のかかったドアくらいなら、ヘアピン一本で開けてみせる、と彼は悪びれもせずに笑った。
 こうして、奇妙な四人の探索チームが結成された。

 彼らは、ガーディアンの巡回ルートの合間を縫うようにして、校舎の裏手へと向かった。
 目指す離れは、本校舎から渡り廊下で繋がっているが、その入口には『立入禁止』のプレートと共に頑丈そうな電子ロックがかけられていた。

「へっ、お安い御用だ」

 刃渡が慣れた手つきで懐から工具を取り出し、ロックの制御盤をこじ開ける。
 数分後、小さな火花と共にロックが解除される音がした。

軋む扉を開け、四人は離れへと足を踏み入れた。中は、カビと古い紙の匂いが充満していた。
 本棚はほとんどが倒れ、床には腐った蔵書や書類が散乱している。
 まるで、何年も前に嵐でも通り過ぎたかのようだ。

「手分けして探そう。 この学園に関する記録なら何でもいい」

怜の指示で、三人は散らばった。

 零士は建物の隅、他の場所より少しだけ状態の良い一角へと向かった。
 そこは、おそらく村の郷土史に関する資料がまとめられていた場所なのだろう。
 古い地図や、変色した写真が床に落ちている。

 その時、不意にルイが「……こっち」と呟いた。 彼女は何かに引かれるように、窓の外をじっと見つめている。

「どうした? 」

「あそこ……何かある」

 ルイが指さす先、窓の外の鬱蒼と茂った木々の合間。
 辛うじて見える敷地の隅に何かが苔むした石のようなものが立っているのが見えた。

 四人は一度離れを出て、ルイが指した場所へと向かった。
 そこは、普段誰も足を踏み入れないような学園の忘れられた一角だった。
 木々に覆い隠されるようにして、高さ一メートルほどの古い石碑が静かに佇んでいた。

 石碑の表面には文字が刻まれているが、長年の風雨と苔によってほとんどが侵食され、判読は困難だった。

「なんて書いてあるんだ……? 」

 刃渡が表面の苔を指で擦る。

 ルイは石碑に触れようとはせず、数歩離れた場所から目を細めてその表面を凝視していた。
 やがて、彼女はトランス状態にでも入ったかのように、途切れ途切れに言葉を紡ぎ始めた。

「……読める……。『白絹ノ村』……この村の昔の名前……」

「白絹村……」零士は、資料室で見つけた記録を思い出した。

「……白きカミ……を、祀る……」

ルイの指が、虚空で文字をなぞるように動く。

「……田を、のぞクナ……カミの、寝床なリ……」

「……白キものに、見惚レルナ……ソは、けがれ……」

『田を覗くな』『白きものに見惚れるな』

 それは、あの時、零士が廃村で見つけた石碑の言葉と同じだった。

「これって、どういう……」

 零士が問いかけようとした瞬間、ルイの様子が急変した。彼女はガクガクと小刻みに震え始め、その瞳は焦点が合っていない。

「ダメ……ダメよ……まつり方を、間違えたの……。神様は、怒ってしまった。
 喜んでほしくて、もっとよく見て、もっとよく知ろうとした。 それが、間違いだったのよ! 」

 ルイは、まるで誰か別の人間が乗り移ったかのように、普段とは違う、切迫した声で叫んだ。

「あれは神様なんかじゃない!
 穢れ!  災い!  美しいと思ってはダメ! 
理解しようとしてもダメ! 
『あれは、そういうものだ』って、目を逸らさないと! 
認識した時点で、終わりなの! 
心を、喰われてしまうのよ! 」

 彼女の絶叫に、その場の空気が凍り付いた。

怜は、眉間に深い皺を寄せながらも冷静にルイの言葉を記憶しようとしている。

 刃渡は、「オカルトは勘弁だぜ……」と呟いたが、その顔は恐怖で真っ青だった。

 零士は、全身に鳥肌が立つのを感じていた。

 我妻亞夢の「くねくね」

 授業中の白い影。

 血野美鈴の「きれい」という言葉。

 そして、ルイの言う「認識した時点で終わり」

すべてのピースが、一つの恐ろしい答えへと収束していく。

ガサッ!

突然、背後の木々が大きく揺れる音がした。

「!!」

四人が、弾かれたように同時に振り返る。

 だが、そこに人影はなかった。
 ただ、生暖かい風が吹き抜け、ざわざわと葉を揺らしているだけだ。

気のせいか……

誰もがそう思い、安堵の息をつこうとした、その時。

零士は、確かに見た。

 四人が振り返る、ほんの一瞬前。
 木々の深い影の中に、白い何かが、すっ、と横切ったのを。

それは、人の形をしていた。
だが、その動きは、まるで映像のコマが飛んだかのように、不自然で、瞬間的だった。

「……戻ろう」

怜が緊張を押し殺した低い声で言った。
彼女もまた、何かの気配を感じ取っていた。

 四人は、背後の石碑に目もくれず、逃げるようにして校舎へと駆け戻った。

 誰一人として、気づいてはいなかった。

 彼らが去った後、静寂を取り戻した石碑の根本。
 鬱蒼と茂る下草の中に、真新しい一輪の白い花が、まるで供え物のように、ひっそりと置かれていたことに。

 そして、苔むした石碑の表面に刻まれた、ほとんど消えかかった文字が見る角度によって、まるで泣いている人の顔のようにも、歪んだ笑顔のようにも見えたことに……

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