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第一章:蠢動
第7話:過去からの警告
しおりを挟む監視されている……
あの夜、モニター越しに感じた悪寒は、気のせいなどではなかった。
それは確信に変わり、零士の精神に深く根を張っていた。
学園全体が、もはや巨大な蜘蛛の巣だったのだ。
生徒たちは、巣にかかった無力な獲物で、AIマザーという名の蜘蛛が、何時、どの獲物から喰らうかを品定めしている。
そんな妄想に囚われるほど、誰もが追い詰められていた。
「このままじゃ、じきに全員がおかしくなる」
昼休み、使用されていない視聴覚室に、氷村怜が数人の生徒を集めていた。
零士、終里暦、そして意外なことに、鬼塚蛮の姿もあった。
怜の呼びかけに応じたのは、この絶望的な状況下で、まだかろうじて正気と行動する意思を保っている者たちだけだった。
「座して死を待つつもりはないわ。
現状を打破するには、情報が必要不可欠。
この学園が何なのか、マザーは何を企んでいるのか。
私たちは、リスクを冒してでもそれを知らなければならない」
怜の言葉は、いつものように冷静だったが、その奥には強い決意が滲んでいた。
「ケッ、今更ジタバタして何になる」
鬼塚が、腕を組んで吐き捨てる。
だが、その声には以前のような覇気はない。
「あの鉄クズのガーディアンに、てめえのその頭脳とやらが通用すんのかよ」
「だから、あなたが必要なのよ、鬼塚蛮」
怜は、真っ直ぐに鬼塚の目を見据えた。
「私には、システムを分析する頭脳がある。
終里さんには、監視をかいくぐる経験と技術がある。
そして、あなたには私たちにない『力』がある。物理的な障害を排除できる、唯一の力が」
「……」
鬼塚は、ぐっと言葉に詰まった。 プライドの高い彼にとって、誰かの指示で動くのは屈辱だろう。
だが、同時に理解もしていた。
自分の信奉してきた暴力が、ガーディアンには赤子の手をひねるようにあしらわれ、刃渡を襲った得体の知れない恐怖の前では、全くの無力だったことを…
このまま何もしなければ、ただ狂うのを待つだけだ。
「……気に入らねえが、話くらいは聞いてやる」
長い沈黙の末、鬼塚は苦々しげにそう言った。
こうして、歪な協力関係が成立した。
作戦は、怜が立てた。
目標は前回と同じく、校舎裏の旧資料室。
だが、今回はさらに奥深く、過去の記録が眠っているであろう場所まで調査を進める。
「問題は、どうやってガーディアンの目をかいくぐるかよ」
怜が言うと、終里暦が、初めて口を開いた。
「陽動を使う」
彼女は、校舎の見取り図を床に広げた。
それは、彼女がここ数日で調べ上げた監視カメラの配置とガーディアンの巡回ルートが書き込まれた、手製の地図だった。
「蛇沼のグループを動かすわ……
アイツは自分が中心でいられるなら、どんな騒ぎでも喜んで起こす。アイツらに体育倉庫でボヤ騒ぎでも起こさせて、ガーディアンの注意をそっちに引きつけている間に私たちは死角だけを通って離れに侵入する」
怜は終里の冷徹で的確な作戦に満足げに頷いた。
計画は、その日の放課後に実行された。
終里が、巧妙な噂を流して蛇沼を焚きつける。
支配欲の強い蛇沼は、その挑発に乗り手下を引き連れて体育倉庫の方で派手な物音を立て始めた。 予期通り学園中のガーディアンが、けたたましい警告音と共にそちらへ向かっていく。
「今よ!」
怜の合図で、四人は息を殺して動き出した。
終里の地図は、驚くほど正確だった。
監視カメラが首を振る、ほんの数秒の死角を駆け抜け、ガーディアンの巡回ルートの隙間を縫うように進む、まるで光から逃れる影のように。
鬼塚は、先行して通路を塞いでいた瓦礫の山を、いともたやすく持ち上げて脇にどける。
彼の持つ圧倒的な腕力が、初めて「仲間を守る」という目的のために使われていた。
再び、旧資料室の前にたどり着く。
鍵のかかった扉を鬼塚は「面倒くせえ」と一蹴すると、ショルダータックルで蝶番ごと破壊した。
前回よりも奥へ、カビと埃の匂いが更に濃くなる。
一番奥の部屋で、彼らは錆びついたスチール製のロッカーを見つけた。
「この中に、何かあるはずだ」
怜の言葉に、鬼塚はバールの代わりに見つけた鉄パイプを使い、力任せにロッカーの扉をこじ開けた。
ギイイィィ、と耳障りな金属音を立てて扉が開く。
中には、十数冊の古いファイルが、ぎっしりと詰め込まれていた。
零士は、一番上のファイルに手を伸ばした。
表紙には、『三期生 名簿』と書かれている。
ページをめくると、そこには自分たちと同じ年頃の少年少女たちの顔写真と簡単なプロフィールが並んでいた。
だが、どの生徒の記録も最後は同じ言葉で締めくくられている。
『全生徒、極度の精神衰弱と診断。 当学園のプログラムを修了。 提携医療施設へ移送完了』
「プログラムを、修了……?」
零士の背筋を、冷たい汗が伝った。
三期生だけではない。 五期生、七期生、九期生……
どのファイルの結末も、全く同じだった。
まるで、テンプレートを貼り付けたかのように……
ファイルの隅に鉛筆で書かれた、か細い文字を見つけた。
『見るな、聞くな、理解するな……
マザーは嘘をついている、白狂は伝染する』
過去の誰かが残した、悲痛な警告だった。
終里が、一番下のファイルを取り出す。
それは、他のファイルとは違い厚紙でできた古いアルバムのようだった。
彼女が、その表紙を開いた瞬間、その場にいた全員が息を呑んだ。
そこには、子供が描いたようなクレヨン画が何枚も挟まっていた。
描かれているのは全て同じもの。
白い人型の何か。
楽しそうに、くねくねと踊っている。
無邪気な子供の絵のはずなのに、どの絵からも、言いようのない狂気が滲み出ていた。
色彩は暴力的に紙に叩きつけられ、人型の輪郭は何度も何度もなぞられて不気味に歪んでいる。
「……気色悪い……」
鬼塚が呻くように呟き、アルバムを床に叩きつけた。
カタン
その時だった。
部屋のさらに奥、本棚の向こうの暗闇から何かが床に落ちる乾いた音がした。
「!! 」
四人は、弾かれたように音のした方を凝視する。鬼塚が、鉄パイプを握りしめて身構えた。
「誰か……いるのか?」
彼の震える声が埃っぽい空気に溶けていく。
返事はない……ただ、心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。
零士は、ポケットから取り出したスマートフォンのライトで暗闇を照らした。
光の輪が、壁をゆっくりと滑っていく。
そして、止まった。
壁一面に、何かがびっしりと刻まれていた。
それは、無数の、爪による引っ掻き傷だった。
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて
狂気の沙汰だった。
過去の生徒たちが、発狂しながら壁に刻みつけた絶望の痕跡。
その無数の傷の中心に。
一つだけ違う言葉が、血が乾いたような赤黒いシミで、書きなぐられていた。
つぎはおまえだ !
零士が、その文字を読んだ、まさにその瞬間。
ギイイイイイイィィィィィィ…………ッ
背後で彼らが入ってきたはずの入口の扉が、まるで巨大な墓石のように、ひとりでに、ゆっくりと閉まり始めた。
暗闇が彼らを飲み込もうとしていた……
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