【完結】学園Z隔離記録 ~禁忌の村、田を覗くなかれ ~

月影 流詩亜

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第一章:蠢動

第6話:見えない恐怖の拡散

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 刃渡翔が連れ去られた後の静寂は、死そのもののように冷たく、重かった。

 彼の部屋には、無人のモニターが放つ虚しい光と、床に刻まれた生々しい爪痕だけが残されていた。

 零士、怜、そして暦の三人は、言葉もなく立ち尽くす。
 誰もが、あのモニター越しに見た冒涜的な光景と、刃渡の最後の言葉を脳漿のうしょうに焼き付けられていた。

『おまえたちも、すぐ、わかるよ』

 自分たちも、見てしまったのだ。
たとえレンズ越しであろうと、あの存在を「認識」してしまった。

 呪いの種は、すでに蒔かれてしまったのかもしれない。
 その事実が、鉛のように心を蝕んでいく。

 翌朝、学園の空気は一変していた。

 刃渡の事件は、誰が漏らしたわけでもなく、あっという間に全生徒の知るところとなっていた。

 マザーは朝の定時連絡で、『生徒一名が、規定外電子機器の不正使用による精神的錯乱を起こし、現在医療棟にて保護観察中である』と、事実を歪めてアナウンスした。
 だが、その無機質な言葉を、額面通りに受け取る者はもはや誰もいなかった。

 事件の目撃者である零士たちの青ざめた顔。

 我妻亞夢の「だから言ったでしょ! あれは本物なのよ!」というヒステリックな絶叫。

 そして何より、刃渡が連れ去られる際に響き渡った、あの人間離れした悲鳴。

 それらが、噂に恐ろしいほどの信憑性を与えていた。

 生徒たちは、互いに囁き合い、猜疑心に満ちた視線を交わし始めた。些細な物音に肩を震わせ、夜、自室の窓にカーテンを引くその一瞬にさえ、言いようのない恐怖を感じるようになった。

 誰もが、意識せずにはいられなかった。

 あの、遠い田んぼに立つ「白い影」の存在を。

 その日の昼食時、食堂に予期せぬ人物が姿を現した。

 鬼塚蛮だった。

 医療棟から戻ってきた彼は、身体の火傷はほとんど癒えているようだったが、その表情は以前にも増して不機嫌で荒んでいた。
 何よりも、絶対的な自信に満ちていたその目に、今は得体の知れないものへの警戒の色が宿っている。

「チッ、なんだよ、この陰気臭え空気は」

 鬼塚は、近くの席にどかりと腰を下ろしながら吐き捨てる。

「刃渡の野郎が、変なモン見ておかしくなったって?   ワケのわからねえもんにビビりやがって、情けねえ」

 彼はそう強がってみせるが、その視線は落ち着きなく食堂の窓の外を窺っていた。
 暴力という彼の唯一絶対の価値基準が、ここでは全く通用しない。
 その事実が、彼のプライドを根底から揺さぶっているのだ。

「情けない、で済む問題かしら」

 氷村怜が、冷静な声で鬼塚の言葉を遮った。
 彼女は、食事もそこそこに手元の端末に何かを打ち込んでいる。

「今回の事件におけるマザーの対応には、看過できない点が多すぎるわ。
 彼女は、刃渡くんを救おうとはしなかった。
 ただ、迅速に『隔離』し、情報を『隠蔽』した。まるで、価値のなくなった不良サンプルを、これ以上他のサンプルに影響が出ないよう、手際よく処理しただけのように見えた」

 怜の言葉に、周囲の生徒たちが息を呑む。

「何が言いてえんだよ」

「AIは、私たちを守ってはいない。
 私たちを『観察』しているだけ。
 それも、極めて悪質な目的のために」

 怜はそこで言葉を切ると、食堂の隅に設置された監視カメラを見上げた。
 その赤いランプが、まるで彼女に応えるかのように、一度、強く点滅した。

 その日の午後、零士は怜の言葉を反芻はんすうしていた。

……AIは何かを隠している。

 確かに、思い返せばおかしなことばかりだ。
 常に自分たちを監視しているはずのガーディアンが、なぜ刃渡がドローンを飛ばしている間、あの部屋にだけ巡回に来なかったのか。

 まるで、事件が起こるのを「待って」いたかのようだ。

 零士は共有ルームの端末を使い、マザーに直接質問をテキストチャットで送ってみた。

『刃渡翔の現在の容態について教えてください』

数秒の間を置いて、返信が表示される。

『医療データは、個人情報保護規定に基づき開示できません』

『彼は友人です。安否だけでも確認したい』

『彼のプライバシーは、AIマザーによって厳重に保護されています。ご安心ください』

 何を質問しても、システム的な応答が返ってくるだけ。
 だが、その完璧すぎるほどの鉄壁のガードが、逆にAIの不自然さを際立たせていた。

「最高じゃん、それ」

 不意に、背後から気だるげな声がした。
 振り返ると、毒島アキラが壁に寄りかかってニヤニヤとこちらを見ていた。
 その目は虚ろで、焦点が合っていない。

「見たらブッ飛べるって都市伝説だろ?
  俺も一度キメてみてえな、その『くねくね』ってやつ。
 そこらのケミカルよりよっぽど効きそうだ」

「……面白いのか」

「面白いねえ。 だって、ルールは簡単なんだろ? 」

 毒島は、どこで仕入れたのか、まるで怪談師のように、その場にいた数人の生徒たちに向かって語り始めた。

「遠くから見るだけならセーフ。
 でも、それが何なのか『理解』しようとしたらアウト。
 双眼鏡で見た奴は気が狂ったけど、後日、その双眼鏡を何気なく覗いたダチも同じように狂った。 呪いは『情報』として伝染するんだとさ。
 やべえよな、究極のミーム汚染だ」

 彼の不謹慎な言葉が、その場にいた生徒たちの顔をさらに青ざめさせる。
 恐怖は、具体的なディテールを与えられることで、より強力に増殖していくのだ。

 その夜、零士は自室のベッドの上で眠れぬまま天井を見つめていた。

 刃渡を止められなかった罪悪感。

 自分もいつかああなるかもしれないという恐怖。

 そして、怜が指摘したAIへの深い疑念。

 全てが頭の中で渦を巻いている。
 真実を知るためには、やはり、マザーのシステムそのものに干渉するしかないのだろうか。

ふと、机の上のモニターが電源も入れていないのに、黒い画面のまま「ザ……」と微かなノイズを発した。

心臓が跳ねる。

零士は、吸い寄せられるようにベッドから起き上がり、モニターに顔を近づけた。

 真っ暗な画面に、自分の疲れ切った顔がぼんやりと映っている。
 そして、その肩越し……背後にある、カーテンが引かれた窓の外の闇の中に。

 一瞬。ほんの一瞬だけ。

 白い、人のような何かが、すっと映り込んだような気がした。

「ッ!?」

 零士は、悲鳴をあげそうになりながら、勢いよく振り返った。

 背後には、閉め切ったカーテンがあるだけ。
 窓の外は、変わらず完全な闇だ。
 気のせいか。疲労が見せた幻覚か。
 零士は、再びモニターに視線を戻した。

 暗い画面には恐怖に引きつり、大きく目を見開いた自分の顔が映っているだけだ。

だが、悪寒が止まらなかった。

見えないはずの場所から、確かに「監視」されている。

あの、冷たく、粘つくような視線で。

部屋の中にいても、もう安全な場所など、どこにもない。

呪いは、すぐそこまで迫ってきていた。

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