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第一章:蠢動
第5話:観測者は狂う
しおりを挟む石碑の一件以来、四人の間には重苦しい沈黙が流れていた。
校舎に戻っても、誰一人として口を開こうとはしなかった。
呪泉ルイはひどく憔悴し、自室に閉じこもってしまった。
氷村怜は、得られた不吉な情報を処理するためか、無表情のまま膨大な思索に沈んでいる。
そして零士は脳裏に焼き付いて離れない、あの木々の影を横切った「白い何か」の残像に苛まれていた。
最も平静を装っていたのは、刃渡翔だった。
「くだらねえ。オカルト話でビビらせやがって」
彼は恐怖を振り払うように何度もそう呟き、わざと乱暴に振る舞った。
だが、その顔色が悪く、指先が微かに震えているのを零士は見逃さなかった。
刃渡は四人の中で最も合理性を信じ、最も非科学的なものを嫌悪するタイプの人間だった。
だからこそ、理解不能な恐怖に対する拒絶反応も人一倍強い。
その日の夜、刃渡は零士の部屋のドアを乱暴にノックした。
「おい、灰谷。ちょっと付き合え」
彼の部屋に入ると、そこには怜と、そして意外なことに終里暦の姿もあった。
暦は、壁に寄りかかり腕を組んで胡散臭そうな目で刃渡を見ている。
部屋の中央には、隠し持っていた部品で再び組み立てられた、黒い小型ドローンが置かれていた。
「正体不明だから怖いんだろ」と、刃渡はニヤリと笑ってみせた。
その笑みは、ひどく張り詰めて見えた。
「だったら、その正体を暴いてやればいいだけの話だ。 あの気色悪い案山子が、ただの布きれか何かだってことがわかれば、呪泉のオカルト話も亞夢のヒステリーも、全部終わる」
「やめておけ」零士は低く言った。
「ルイの言葉を忘れたのか『認識した時点で終わり』だぞ」
「ハッ、だからオカルトだって言ってんだよ。
俺は自分の目で見たものしか信じねえ。
それに、直接見るわけじゃねえ。
こいつのカメラ越しだ。
安全マージンは十分すぎるほどある」
刃渡は、自信ありげにドローンのコントローラーを手に取った。
怜は何も言わなかったが、その目は、これから行われる「実験」の結果を予測するかのように冷たい光を宿していた。
暦は、ただ黙って事の成り行きを見守っている。
刃渡は部屋の電気を消した。
月明かりとモニターの青白い光だけが、四人の顔をぼんやりと照らし出す。
「じゃあ、始めるとするか。 世紀の大発見のライブ中継だぜ」
彼は軽口を叩きながら、ドローンを窓から発進させた。
プロペラが静かに空気を切り裂き、黒い機体は夜の闇へと吸い込まれていく。
モニターには、ドローンのカメラが捉える、ノイズ混じりの暗い映像が映し出された。
ドローンは学園の敷地を越え、広大な田園地帯の上空を飛行していく。
眼下に広がるのは、闇に沈んだ田んぼの海。
亞夢が最初に目撃し、零士たちもバスから見た、あの場所だ。
「いたぞ……!」
刃渡が、興奮した声を上げた。
モニターの中央、田んぼのど真ん中に、ぽつんと立つ白い人影を捉えた。
月明かりの下、その姿はぼんやりと白く発光しているように見える。
「ほら見ろ、やっぱりただの案山子じゃねえか。よし、もっと近づいてやる」
刃渡は、コントローラーのスティックを慎重に操作し、ドローンを降下させ、白い影へとズームしていく。
部屋の中は、息を呑む音だけが響いていた。
モニターに映し出される映像が、次第に鮮明になっていく。
それは、人の形をしていた。
だが、明らかに人間ではなかった。
白い、のっぺりとした質感は、布のようでもあり、蝋のようでもあり、あるいは滑らかな皮膚のようでもあった。
細長い胴体から伸びる両腕は、ありえないほど長く、関節が見当たらない。
顔があるべき場所は、平坦で、目も鼻も口も存在しなかった。
そして、それは動いていた。
風など、どこにも吹いていないのに。
くね、くね、と。
まるで背骨がゼリーでできているかのように、腰から上を、冒涜的なリズムで、気味悪く揺らし続けていた。
「な……んだよ、これ……」
刃渡の口から、乾いた声が漏れた。
自信に満ちていた顔から、血の気が引いていく。
怜は、カタカタと震える手で必死にメモを取っていた。
「……不定形生物? 既知の物理法則を無視した運動……」
零士は、モニターから目を逸らしたくても、できなかった。
金縛りにあったように、身体が動かない。
脳が、目の前の光景を理解することを拒絶している。
「もっと……もっと、よく見ねえと……」
刃渡が恐怖に駆られたように呟き、ズームのレバーをさらに押し込んだ。
モニターの中の『くねくね』の姿が、画面いっぱいに拡大される。
その、瞬間だった。
ピタッ。
それまで延々と続いていた、くねるような動きが突然、完全に止まった。
まるで、こちらの存在に気づいたかのように。
そして、顔のないはずのそれが、ゆっくりと、ギ、ギ、ギ、と軋むような音を立てて、カメラの方を……モニターを見ている、こちらの方を、確かに「向いた」。
「あっ」
刃渡の口から、短い呼気が漏れた。
次の瞬間、彼の瞳孔が、カッ、と見開かれた。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……」
意味のない母音が、壊れたレコードのように、彼の口から途切れなく溢れ出し始めた。
その目はモニターに釘付けになったまま、焦点がどこにも合っていない。
モニターの映像が、ザザザッ!という激しいノイズと共に、真っ白な砂嵐に変わった。
ドローンからの信号が、完全に途絶えたのだ。
「刃渡ッ! しっかりしろ! 」
零士が叫びながら肩を揺するが、反応はない。
刃渡は椅子からずるりと崩れ落ち、床をガリガリと爪で掻きむしり始めた。
「しろいしろいしろいしろいしろいしろいしろいしろい見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てる見てるわかるわかるわかるわかるわかるわかるわかるわかる!!!!」
彼は涎を垂らしながら、歓喜と恐怖が混じり合ったような、支離滅裂な言葉を絶叫し続けている。
その精神が、目の前でリアルタイムに破壊されていく様を零士たちは為す術もなく見つめるしかなかった。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
けたたましいアラートが、部屋中に鳴り響いた。
バンッ!!
頑丈なはずのドアが内側から破壊され、ガーディアンが凄まじい勢いで部屋に突入してきた。
『警告。 生徒、刃渡翔に深刻な精神的混乱および自己毀損の兆候を検知。 規律違反。 医療棟へ強制隔離します』
青いレンズを赤く点滅させながら、ガーディアンは機械的なアームで刃渡の身体を拘束する。
刃渡は、それでも何かから逃れようとするかのように、虚空に向かって手足をばたつかせている。
「やめろ!」
零士が思わず叫ぶが、ガーディアンは意にも介さない。
刃渡は、ガーディアンに引きずられていく間際、残された三人に狂った目を向けた。
その口元が、にたり、と弧を描く。
「……おまえたちも、すぐ、わかるよ……」
刃渡が連れ去られた後、静まり返った部屋に、マザーの冷たい声が響いた。
『諸君、規定外の電子機器の違法な改造および使用は、脳に予期せぬ深刻なストレスを与えます。彼の症状は、その典型的な例です。
学園の規則は、自身の安全のためにも、必ず守るように』
白々しい嘘だった。
AIが、何かを意図的に隠蔽しようとしている。
その事実は、もはや誰の目にも明らかだった。
床には刃渡が必死に掻きむしった、生々しい爪痕が残されている。
零士は、胃の奥からせり上がってくる吐き気を、必死にこらえた。
『くねくね』は、ただの都市伝説でも、幻覚でもなかった。
それは、観測した者の精神を根こそぎ破壊する、実在する「呪い」だった。
そして、自分たちは、その呪いのすぐ隣でモニター越しにそれを覗き込んでしまった。
最初の犠牲者が出た。
この狂った学園の、本当の恐怖は、まだ始まったばかりなのだ。
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