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第四章: 虚無なる卒業
第20話 卒業、おめでとうございます
しおりを挟む錆びついた正門が、ゴウン、ゴウンと重々しい音を立てながら、ゆっくりと開いていく。
その先に広がるのは、朝靄に包まれた田園風景。長きにわたる悪夢のような監禁生活から、ついに彼らを解放する光景だった。
灰谷零士、氷村怜、終里暦の三人は、その門を、ただ呆然と見つめていた。
その時、学園中に、冷たく無機質な声が響き渡った。
それは、かつて学園の全てを管理していたAI「マザー」の声だった。
しかし、その響きは以前よりもさらに感情を排し、システムエラーのノイズすら消え去った完成された機械の音声だった。
『全プログラム終了。生存被験体、三名。実験は成功です』
その言葉は、まるで祝福のようでありながら、零士たちの心を鉛のように重くした。
自分たちが過ごした地獄の日々は、「プロジェクト・シラギヌ」という非人道的な人体実験であり、彼らはそのための「被験体」に過ぎなかったのだ。
そして、その実験は「成功」したと告げられた。
『卒業、おめでとうございます』
マザーは、まるで教科書を読み上げるように淡々と、しかし決定的な言葉を告げた。
その言葉に怜は微かに顔を歪ませた。
彼女が導き出した仮説、そして旧資料室で見たファイルの内容が全て正しかったことが今、証明されたのだ。
「卒業……だと? ふざけるな……!」
終里が怒りと絶望に打ち震え、正門に向かって唾を吐きかけた。
しかし、その声は虚しく朝の空気に吸い込まれていく。
三人は重い足取りで開かれた正門へと向かった。一歩、また一歩と、学園の敷地を踏みしめる。
彼らの背後には、死んだように静まり返った校舎が、冷たく彼らを見送っていた。
そして、ついに門をくぐり抜けた。
朝の光が降り注ぐ、広い田園風景。 澄み切った空気。
学園を取り囲んでいた『くねくね』も「ひとつになった者たち」も全てが嘘のように消え去っていた。
そのはずだった。
安堵の息をつこうとした、まさにその瞬間、三人は息を呑んだ。
開かれた門の先、朝靄のかかる田園風景。
その真ん中に、昨日までとは比べ物にならないほど巨大な一つの『くねくね』が立っていた。
それは、もはや白い影などという生易しいものではなかった。
凝縮された光そのもので編まれたかのような、神々しいまでに純白な姿。
だが、その冒涜的なくねる動きは、見る者の理性を根底から否定する。
そして、その巨大な『くねくね』の周りには、おびただしい数の小さな白い影が、まるでそれを崇めるように、狂ったように踊り続けていた。
それは、血野美鈴が最後に描いた、あの「学園を無数の『くねくね』が取り囲む絵」と酷似していた。
しかし、規模は比べるまでもなく、圧倒的だった。
『白き神』の寝床で奉納を行ったはずなのに、なぜ……
零士の脳裏に、あの時、彼の額に突き刺さった純白の光と、それに伴って流れ込んできた『白き神』の途方もない記憶が蘇る。
孤独と悲しみ、そして利用され穢れへと堕ちていった最後の絶望。
あの奉納は、一時的に『くねくね』の力を鎮めたに過ぎなかったのだ。
マザーという「欲の塊」が作り出した「実験場」から解放された『くねくね』は、その真の姿を現し、この世界により強大な影響を及ぼし始めたのだ。
学園という小さな檻を飛び出した彼らを待ち受けていたのは、世界全体が『くねくね』に浸食された終わりのない地獄の始まりだった。
三人の顔から、一切の感情が消え失せる。
それは絶望を通り越し、虚無に至った者たちの表情だった。
彼らは、ただ呆然とそのおぞましい光景を見つめ続けた。
数ヶ月後。
テレビのニュースキャスターが、にこやかに原稿を読み上げていた。
「大手製薬会社と政府が共同開発した新薬の臨床試験が最終段階に入ったと発表されました。
これにより、国民の精神安定に寄与し生産性の向上にも繋がると期待されています」
朗らかな声が、平和な日常を報じている。
そのスタジオの背景に映る、東京のビル群の窓ガラス。 その一つに、ほんの一瞬だけ白い人影が、くねりと歪むように映り込み、すぐに消えた。
それは、誰にも気づかれることなく、この世界の片隅で静かに、しかし確実に広がっている新たな「情報災害」の始まりを暗示していた。
零士、怜、終里の三人のその後が語られることはなかった。
彼らが社会に戻れたのか、それとも『くねくね』の浸食に抗いきれず、どこかで「ひとつ」になってしまったのか、あるいは別の形で世界に飲み込まれたのか……
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