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第四章: 虚無なる卒業
第21話:社会のノイズ
しおりを挟む地方学園Zは、まるで最初から存在しなかったかのように、その扉を固く閉ざした。
政府と神楽製薬による徹底した情報操作によって、その忌まわしい実験施設は人々の記憶から抹消され忘れ去られようとしていた。
代わりにメディアが連日報じていたのは、神楽製薬が開発した「画期的な精神安定剤」の臨床試験の「成功」だった。
「ストレス社会の救世主」と謳われるその新薬は、人々の不安を鎮め社会に新たな秩序をもたらすと喧伝された。
しかし、その甘い言葉の裏で日本中に、そして世界中に静かな、しかし確実な「ノイズ」が広がり始めていた。
最初に異変に気づいたのは、ごく一部の人間たちだった。
深夜、モニターを見つめ続けるITエンジニアが、ふと画面の端に、一瞬だけ白いモヤのようなものが「くねり」と映り込むのを目にする。
「目の疲れだろうか」彼はそう思い、コーヒーを啜った。
株のトレーダーは、激しく変動する株価チャートの中に、白い線が不規則に揺らめくのを見た。「システムのバグか?」彼は眉をひそめ、すぐに思考を切り替えた。
だが、そのノイズは日を追うごとに頻度を増していく。
ある日、人気の動画投稿サイトで公開されたアイドルグループのMVに、決定的な「歪み」が記録された。
メンバーの背後を白い人影が、「くねり」と横切る。
それは、数フレームの一瞬の出来事だったが、視覚情報に敏感な一部の視聴者はそれに気づいた。
コメント欄は荒れ、「心霊現象だ」「CGのミスだろ」「ハッキングか?」と議論が白熱したが、多くは「疲れた時に見える幻覚」として片付けられた。
運営はすぐに動画を削除したが、既に拡散されたコピーは止めようがなかった。
週末のショッピングモール。
巨大な街頭ビジョンで流れるCM映像が突然、激しい砂嵐に覆われたかと思うと一瞬だけ、そこに『くねくね』のような白い影が、ゆっくりと、しかし確実に、まるで「踊る」ように映し出された。
通り行く人々は一瞬足を止め、何事かと顔を上げる。
だが、すぐに映像は正常に戻り、彼らは「故障だろう」と気に留めることなく雑踏へと消えていく。
しかし、その時、白い影を直視してしまった数名の瞳の奥には微かな、しかし決定的な「歪み」が刻まれていた。
彼らはその日を境に、原因不明の頭痛や吐き気を訴え始め、夜中に「白いものが窓の外で揺れている」と家族に訴えるようになる。
テレビのニュース番組でも、同様の現象が見られた。
キャスターが朗らかな笑顔で原稿を読み上げる背景に映る東京のビル群。
その窓ガラスの一枚に、ほんの一瞬だけ白い人影が「くねり」と歪むように映り込み、すぐに消える。
視聴者は誰も気づかない。
テレビ局の技術スタッフも、わずかな映像ノイズとして処理し問題視しなかった。
だが、この時既に、『くねくね』の情報は、あらゆる視覚媒体を媒介として、人々の潜在意識へと静かに、しかし確実に浸食し始めていたのだ。
それは、まるで空気感染するウイルスのように、気づかぬうちに人々の精神に巣食い、『くねくね』への「感受性」を高めていった。
誰もが日々の生活に追われ、その「ノイズ」を「気のせい」や「些細な異常」として見過ごした。
しかし、その見過ごしこそが、やがて来る静かなる絶望の序曲だった。
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