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第3話:キヨス軍議、沈黙の若獅子
しおりを挟むオオダカ・ポート陥落の報と、それに続く通信網の寸断は、キヨス・ベース司令部の空気を鉛のように重くしていた。
オダ・ノブナガは、招集した重臣たちが顔を突き合わせる軍議の席で、ただ黙って彼らの言葉に耳を傾けていた。
「もはやこれまでではないのか !
スルガの大軍勢に、我らのような小勢力が抗えるはずもない !」
悲鳴に近い声を上げたのは、クランでも古参の家老の一人だった。彼の言葉に、何人かが力なく頷く。
「降伏し、恭順の意を示すべきです。 さすれば、民の命だけは助かるやもしれませぬ…」
別の家臣が震える声で続けた。 降伏論。
それは、圧倒的な戦力差を前にしたとき、最も現実的に見える選択肢の一つだった。
だが、それに真っ向から異を唱える者もいる。
「臆したか、貴様ら!戦う前から白旗を掲げるとは、オワリの武士の名折れぞ!」
猛将シバタ・カツイエが、その巨躯を怒りで震わせながら一喝した。
彼の額には青筋が浮かび、その眼光は降伏を口にした者たちを射抜くようだ。
「殿 ! 籠城し、徹底抗戦つかまつる !
このカツイエ、先陣にて華々しく散ってご覧にいれまするぞ !」
カツイエの言葉は勇ましい。
だが、ノブナガの目には、その勇ましさの裏にある焦りと、具体的な勝算の欠如が見て取れた。
籠城したところで、補給が途絶えればジリ貧になるのは明らかだ。
スルガの大艦隊は、キヨス・ベースを星ごと粉砕するだけの力を持っている。
その後も、議論は紛糾を極めた。
ある者は短期決戦を、ある者はゲリラ戦をと、様々な意見が飛び交う。 だが、そのどれもが、2千対2万5千という絶望的な兵力差を覆すには程遠い、机上の空論に過ぎなかった。
ノブナガは、その喧騒の中でただ一人、静寂を保っていた。 ノブナガは時折、手元に置かれた情報端末のスクリーンに視線を落とす。
そこには、ヒデヨシがリアルタイムで送り込んでくる断片的な情報……スルガ本隊の予想進路、補給基地の候補地、そしてオワリ星系周辺の宇宙気象データなどが、目まぐるしく更新されて表示されていた。
家臣たちの議論を聞きながらも、ノブナガの思考の大部分は、これらの情報から勝機を手繰り寄せることに集中していた。
ノブナガの沈黙は、家臣たちの不安と苛立ちをさらに増幅させているようだった。
「殿 ! 何故黙っておられるのですか ! ご決断を !」
「我らに道をお示しください !」
懇願とも詰問ともつかない声が、ノブナガに向けられる。 だが、彼はまだ動かない。
必要な情報が揃っていない。 そして何より、ノブナガが待っている「一点」が、まだ見えてこないからだ。
(ヨシモト……あの男ならば、どこで油断する ?
大軍を率いる者の慢心、連戦連勝の驕り…必ず隙は生まれるはずだ)
ノブナガは、かつて読んだ古今東西の戦史を反芻する。
圧倒的劣勢を覆した戦いには、常に敵将の油断と、それを突くための常識外れの発想、そして正確な情報があった。
その時だった。軍議の喧騒を切り裂くように、ハシバ・ヒデヨシが息を切らせて司令室に駆け込んできた。
彼の顔には、疲労の色と共に、かすかな興奮が浮かんでいた。 家臣たちの視線が一斉にヒデヨシに集まる。
ヒデヨシは他の者には目もくれず、まっすぐにノブナガの元へと進み出ると、周囲に憚るように声を潜めて耳打ちした。
「殿…!一つ、極めて気になる情報が…… !」
ノブナガは、初めてヒデヨシに視線を向けた。 その瞳が、わずかに細められる。
「申せ」
「はっ。スルガのヨシモト本隊ですが…どうやらオケハザマ宙域の特定ポイント、タラク丘陵アステロイド群付近にて、数日間の補給と将兵の休息を取る予定との確度の高い情報が入りました !」
オケハザマ宙域。 そこは高濃度の宇宙塵と頻発する磁気嵐のため、「デビルズ・パス(悪魔の隘路)」とも呼ばれる航行の難所だ。
大規模艦隊にとっては隊列が乱れやすく、決して快適な休息地とは言えないはずだった。
ノブナガの脳裏で、点と点が繋がり始める。
「…さらに」とヒデヨシは続けた。その声には、確信に近い響きが混じっていた。
「そのオケハザマ宙域に…数日以内、おそらくヨシモト本隊が停泊しているであろう時期に、予測される最大規模の磁気嵐が発生するとの予報が出ております!」
磁気嵐……
その言葉を聞いた瞬間、ノブナガの唇の端に、微かな笑みが浮かんだ。
それは、獲物を見つけた獣のような、あるいは難解なパズルの一片がはまった瞬間の遊戯者のような、複雑な色を帯びた笑みだった。
家臣たちは、ヒデヨシの報告と、それに対するノブナガの不可解な反応を、ただ呆然と見守るしかなかった。
ノブナガはゆっくりと立ち上がった。
先ほどまでの重苦しい沈黙は消え、その全身からは、まるで嵐の前の静けさのような、底知れぬ気迫が立ち昇っていた。
「…オケハザマ…磁気嵐…」
彼は呟き、そして、ようやく家臣たちに向き直った。
「面白い…実に面白いではないか」
その言葉の意味を正確に理解できた者は、まだ誰もいなかった。
だが、キヨス・ベースを覆っていた絶望の霧が、ほんの少しだけ晴れたような気がした。
若き総帥の瞳には、確かな光が宿っていたからだ。
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