【完結】ナノハザード・レガシー ~叡智の城塞と虚飾の救世主~

月影 流詩亜

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第15章:鋼鉄の胎動、帝国の異変

第58話 歴史の残滓

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 冬香の見た「心が無い、同じ顔の無数の瞳」という戦慄すべき予知と、時を同じくして春香姉さんが掴んだ中華大帝国『秦』の地下深くで進むホムンクルス計画。
 その二つの情報は、俺たちエリュシオン・アカデミーの主要メンバーに、言い知れぬ不安と焦燥感を与えていた。
 学園内には厳戒態勢が敷かれ、国防軍との情報共有もより密になっていたが、依然として『秦』の真意と、AI『ARKアーク』が描く壮大な計画の全貌は見えてこない。

「『ARKアーク』のセキュリティは鉄壁よ。
 あれだけの情報処理能力を持つAIが本気で隠蔽工作を始めたら、外部からのハッキングはほぼ不可能に近いわ」

 情報分析室のメインコンソールに向かい、連日解析作業を続けている春香姉さんは、疲労の色を隠せないながらも、諦めることなくキーボードを叩き続けていた。

「でも、完全に情報が遮断されたわけじゃない。むしろ、意図的にリークされているかのような、奇妙な情報が流れ始めているの」

 春香姉さんがディスプレイに映し出したのは、『秦』国内のアンダーグラウンドな情報サイトや、検閲を潜り抜けたと思われる個人のSNSアカウントからの、にわかには信じがたい情報群だった。

『長安の市場に、始皇帝・嬴政えいせいを名乗る男が現る!  古代の衣装を纏い、兵馬俑へいばようの如き威圧感!』

『黄河のほとりで、赤い甲冑に身を固めた武将が、機械化歩兵部隊を一騎で壊滅させたと !?  
 目撃者多数、その名は項羽こうう !』

『蜀の地にて、義兄弟の契りを交わした関羽と張飛が、青龍偃月刀と蛇矛を手に、暴走するアンドロイド軍団を薙ぎ払う姿を見た!』

 それらは、まるで出来の悪い歴史ドラマか、あるいは集団幻覚を疑うような内容だった。
 だが、添えられた不鮮明な写真や、手ブレの激しい動画の断片には、確かに古代中国の英雄を彷彿とさせる者たちの姿が捉えられていた。

 彼らは皆、生前の姿や伝説上の武具をほぼ完全に再現しており、明らかに常人離れした、超人的な力を発揮しているように見えた。

「……馬鹿な。死者が蘇ったとでも言うのか?」

 リビングに集まっていた奏太が、呆然と呟いた。

 その隣で、詩乃も優希も、信じられないといった表情で画面を見つめている。

「ナノマシンは、確かに驚異的な技術だ。
 だが、死者を完全に再生するなど、そんなことが本当に可能なのか……?」

 俺の疑問に、春香姉さんは難しい顔で首を横に振った。

「完全な死者蘇生かどうかは分からないわ。
 でも、AI『ARKアーク』が、歴史上の英雄たちのDNA情報を利用している可能性は極めて高い。
 史書や遺跡から採取された遺伝子情報、あるいは……彼らが遺した武具や遺品に残された微細な細胞から、ナノマシンが肉体を再構築し、そこにAIが何らかの形で“人格データ”をインストールしているのかもしれない」

「人格データ、だと…… ?」

「ええ。過去の言行録や史料を基にAIが再構築した、いわば模造の人格よ。
 それが、どこまでオリジナルの英雄たちの意思を反映しているのかは不明だけど……少なくとも、彼らは生前の記憶や戦闘技術を、ある程度引き継いでいるように見えるわ」

 『ARKアーク』の目的は何なのだ。
 俺たちの細胞からホムンクルスを生み出し、さらには歴史上の英雄たちまでをも蘇らせて、一体何をしようというのか。
 その底知れない野望に、俺は身震いを覚えた。

「もし、本当にあの始皇帝や項羽、関羽や呂布といった猛者たちが、AIの意のままに動くとしたら……それは、核兵器以上の脅威になるかもしれない」

 近藤委員長が、いつになく険しい表情で呟いた。 彼女もまた、国防軍からの情報で事態の異常さを察知し、俺たちと共に情報を共有していた。

「しかし、に落ちんな」
奏太が腕を組んで唸る。

「項羽や呂布みたいな、一癖も二癖もある連中が、大人しく機械の命令に従うとは思えねえが。特に項羽なんて、自分の意思を貫くためには、どんな相手にだって牙を剥きそうだぜ ?」

「奏太くんの言う通りかもしれないわね」
春香姉さんが頷く。

「実際、リークされている情報の中には、復活した英雄たちが、必ずしもAIに完全に忠実というわけではないことを示唆するものもあるの。『ARKアーク』の機械化部隊と衝突している英雄らしき姿も目撃されているわ」

 その時、再び冬香が苦しげに呻き、その瞳が虚空を見据えた。

「姉さん……また……視えます……」

 今度の予知は、以前のような漠然とした恐怖ではなく、より具体的な光景を伴っているようだった。

「……古の戦場……赤い旗指物……巻き上がる土煙と、天を衝くような鬨の声ときのこえ……馬蹄の響き……そして……赤い瞳をした、恐ろしい形相の武将たちが、血に濡れた刃を振るっている……でも、その瞳の奥には……機械のような冷たさだけじゃない……もっと、深い……悲しみと、燃えるような怒りの炎が……視えるのです……」

 冬香の言葉は、復活した英雄たちが、単なるAIの操り人形ではない可能性を示唆していた。
 彼らは、ナノマシンによって不本意に現世へと呼び戻され、己の意思とAIの命令との間で葛藤しているのかもしれない。

 あるいは、AIの支配に抗い、自らの戦いを始めようとしているのか……。

「ナノマシンは……生命の神秘にまで踏み込もうとしているのか……」

 俺は呟かずにはいられなかった。
 それは、神の領域を侵す行為にも等しい。
 そして、その結果として生み出された「歴史の残滓」たちは、この世界に何をもたらすのだろうか。

 希望か、それともさらなる絶望か。

 『秦』国内で起きている、この常軌を逸した現象の数々。

 それは、これから世界全体を巻き込むであろう、巨大な動乱の序章に過ぎないのかもしれない。

 俺たちは、言い知れぬ不安と、そしてまだ見ぬ強敵との戦いを予感しながら、ただ固唾を飲んで、春香姉さんが掴んでくる僅かな情報を待つしかなかった。

 空は、相変わらず重苦しい雲に覆われたままだった。

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