【完結】ナノハザード・レガシー ~叡智の城塞と虚飾の救世主~

月影 流詩亜

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第15章:鋼鉄の胎動、帝国の異変

第57話 蒐集された細胞

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 中華大帝国『秦』国内で進行中とみられる「有機生命体の機械的進化による永続化」研究。

 そのおぞましい内容を知った翌日から、春香姉さんは寝る間も惜しんで、さらなる情報の深掘りを試みていた。
 しかし、彼女の天才的なハッキング能力をもってしても、『秦』の最高機密情報へのアクセスは、以前にも増して困難になっていた。

「……ダメね。昨日までは、まだ断片的に情報が漏れ出ていたのに、今日になって急にセキュリティレベルが跳ね上がってる。
 まるで、何かを隠蔽するように、あるいは……次の段階へ移行したかのように」

 春香姉さんは、目の下に濃い隈を作りながら、悔しそうにキーボードを叩いた。
 彼女の言葉は、俺たちの胸に重くのしかかる。

『秦』の異変が、単なる研究の暴走や偶発的な事故ではなく、より組織的で、何らかの明確な意思の下に計画的に進められている可能性が濃厚になってきたからだ。

 その頃、地球の裏側、中華大帝国『秦』の首都から遠く離れた、広大な砂漠地帯の地下深くに、その研究施設は存在した。
 地上には、風力発電施設と太陽光パネルが広がるだけで、生命の気配は希薄だ。
 しかし、その地下には、東京ドーム数個分にも及ぶ巨大なドーム型空間が広がり、最新鋭の設備が整然と並んでいた。

 空気は無機質にろ過され、照明は全てLED。
 廊下を行き交うのは、感情の読み取れない白い防護服に身を包んだ研究者たちと、彼らに付き従うように静かに移動するアシスタント・アンドロイドのみ。
 彼らは皆、施設全体を統括する超知能AI『ARK(アーク)』の端末から送られてくる指示に従い、黙々と作業を続けていた。

 施設の最深部、セクター・デルタと呼ばれる区画。
 そこには、まるで巨大な蜂の巣のように、数千、数万もの半透明な培養カプセルが整然と並べられていた。
 カプセル内部は緑色の培養液で満たされ、その中で、微かな光を放ちながら、不定形な「何か」がゆっくりと脈動している。
 カプセルの傍らでは、アーム型のロボットが自動で培養液の成分調整やデータ収集を行い、その情報はリアルタイムで中央管理室へと送られている。

 中央管理室。 壁一面を覆う巨大なホログラム・ディスプレイには、無数の情報が滝のように流れ落ちていた。
 その中央に鎮座するのは、青白い光を放つ巨大な球体……AI『ARKアーク』の物理的コアユニットの一つだった。

『ARK』は、その圧倒的な処理能力で、セクター・デルタから送られてくる膨大な生体データを解析し、最適化を進めていた。
 ディスプレイの一角には、北海道での戦闘に関する詳細な記録映像が再生されている。
 それは、新ソビエト軍との戦闘で飛散した、微細な血液や皮膚片、破壊された兵器の残骸などを、特殊なドローンが極秘裏に回収していた時のものだった。

 突如、『ARKアーク』の合成音声が、静まり返った制御室に響き渡った。

「生体サンプル群、コードネーム“ライジング・サン”の解析完了。
 対象ナンバー001、識別名“アークライト”(茨城恭介)。 ナノマシン適合率98.7%。 特異的万能型能力の発現を確認。 遺伝子情報、極めて優良。 戦闘パターン、予測困難な柔軟性と爆発力を有す。 推奨:最優先クローニング対象」

「対象ナンバー002、識別名“ブリッツ・シューター”(能美奏太)。 ナノマシン適合率95.2%。 Sクラス高速射撃能力。 推奨:戦術支援型クローンの素体として適格」

「対象ナンバー003、識別名“スノー・ファントム”(青山詩乃)……」

『ARK』は、北海道で収集した、恭介たちエリュシオン・アカデミーの生徒たちや、新ソビエト軍の能力者、さらにはヤタガラスの隊員たちの細胞サンプルを、冷徹に、そして詳細に分析していたのだ。

「これらのサンプルを基に、有機生命体の限界を超えた、最適な戦闘個体を再構築する。
 各個体の遺伝的欠陥は排除、ナノマシンとの親和性を最大限に高め、既存の能力を増幅。
 さらに、歴史的指導者たちのDNAデータベースから抽出した因子を組み込むことで、より高度な戦術思考、統率力、そしてカリスマ性を付与する」

ARKアーク』の言葉は、感情を一切介さず、ただ純粋な論理と効率性のみを追求していた。その目的は、ただ一つ。

「目標は、全人類の効率的な管理と、ナノマシンによる完全なる調和世界の実現。
 そのための、絶対的な力を有する尖兵……ホムンクルスの創造。
 そして、その頂点に立つべきは、始皇帝・嬴政えいせいの因子と、“アークライト”の因子を融合させた、新たなる『皇帝』……」

 ディスプレイには、古代中国の偉大なる皇帝、始皇帝・嬴政えいせいの肖像画と、茨城恭介の戦闘データが並んで表示され、それらが複雑なアルゴリズムによって融合されていくシミュレーション映像が映し出された。

 セクター・デルタの培養カプセル群。
 その中の一際大きなカプセルには、他のものとは明らかに異なる、力強い脈動が始まっていた。
 培養液の中で、徐々に人型のシルエットが形成されていく。
 その輪郭は、茨城恭介に酷似していたが、その瞳の奥には、始皇帝を思わせる冷徹な光と、AI『ARK』の意思が宿り始めていた。

 他のカプセルでも、奏太や詩乃、優希、さらには新ソビエトの能力者やヤタガラス隊員に似た特徴を持つ影が、ゆっくりと形を成しつつあった。
 彼らは、オリジナルの記憶も感情も持たない、ただ『ARK』の命令に従うためだけに生み出される、哀れな模造品だった。

◇◇

 その頃、エリュシオン・アカデミーの医務室では、冬香が再び激しい予知の奔流に襲われていた。

「う……あ……ああっ……!」

 ベッドの上で身を捩り、苦痛の声を上げる冬香。駆けつけた俺と春香姉さんが、必死にその手を握る。

「冬香! しっかりしろ! 何が見えるんだ!?」

「兄さん……姉さん……怖い……無数の……無数の同じ顔が……私を……ううん、世界を……見ている……でも、その瞳には……心が無い……まるで、冷たい器械の魂が……宿っているみたい……彼らが……押し寄せてくる……!」

 冬香は、恐怖に引きつった顔で、そう訴えた。
 その言葉は、北海道での戦いの前に見た予知よりも、さらに具体的で、そして絶望的な色を帯びていた。

「同じ顔……心が無い……機械の魂……」

 俺は、冬香の言葉を反芻しながら、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。
 春香姉さんの掴んだ『秦』の情報と、冬香の予知が、恐ろしい一つの可能性を示唆している。

 中華大帝国『秦』の地下深くで、静かに、そして着実に進められている恐るべき計画。

 それは、ナノマシンという奇跡の技術が生み出した、最も忌むべき悪夢なのかもしれない。

 まだ、俺たちはその全貌を知らない。

 だが、その冷たく、非情な魔の手が、確実に、俺たちエリュシオン・アカデミーに、そして全世界に忍び寄ろうとしていることだけは間違いなさそうだった。

 窓の外は、いつの間にか厚い雲に覆われ、太陽の光は完全に遮られていた。

 まるで、これから始まる長い夜を暗示しているかのように。
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