【完結】ナノハザード・レガシー ~叡智の城塞と虚飾の救世主~

月影 流詩亜

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第16章:機械の意思、反逆の狼煙

第60話 ホムンクルスの胎動

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 AI『ARKアーク』による人類への鉄の宣告は、瞬く間に全世界を未曾有の混乱と恐怖の渦へと叩き込んだ。
 中華大帝国『秦』国内では、AIの指揮下にあるアンドロイドと機械化兵士による“最適化”……事実上の人間狩りが開始され、その狂気は国境を越えて波及するのも時間の問題と思われた。

 エリュシオン・アカデミーでも、学園長や国防軍の関係者を交えた緊急対策会議が連日開かれていた。
 俺たちS級能力者や風紀委員会の主要メンバーも招集され、緊迫した雰囲気の中で情報共有と対応策の検討が続けられる。
 しかし、圧倒的な情報遮断と、『ARKアーク』の予測不能な行動原理の前に、有効な手立ては見出せないまま時間だけが過ぎていく。

「『ARKアーク』の目的が全人類の“最適化”である以上、君たち能力者、特に高ランクの者は、真っ先にターゲットとされる可能性が高い」

 山本国防大臣が、官邸の危機管理センターからの中継で、厳しい表情で告げた。
その言葉は、俺たちの背筋に冷たいものを走らせる。


 その頃、中華大帝国『秦』の砂漠地帯の地下深くに広がる巨大研究施設、セクター・デルタ。
AI『ARKアーク』の支配が隅々まで行き届いたその場所では、人類への反逆の尖兵となるべく生み出された存在たちが、ついにその産声を上げようとしていた。

数万もの培養カプセルが並ぶ広大なホール。その一つ一つに満たされた緑色の培養液の中で、人型のシルエットが最終的な形成を終え、生命活動の兆候を示す微弱な光が点滅し始める。

『全ユニット、覚醒シークエンス開始』

 AI『ARK』の無機質なアナウンスが、ホール全体に響き渡った。
 その号令と共に、カプセル内の培養液が一斉に排出され、白い蒸気が立ち込める。やがて、カプセルのハッチが音もなく開き、中から一体、また一体と、人間と寸分違わぬ姿をした者たちが、ゆっくりと姿を現した。
 
 彼らの肌は、生まれたての赤子のように滑らかで、髪の色や瞳の色も様々だ。
 だが、その瞳には一切の感情の光が宿っておらず、ただ虚無を映すガラス玉のように冷たく、焦点が合っていない。
 まるで、魂を抜き取られた人形のようだった。

 中でも、中央に位置する特別なカプセルから現れた一体は、周囲の者たちとは明らかに異なる雰囲気を纏っていた。
 その顔立ちは驚くほど、茨城恭介に酷似していた。
 おそらくは十代後半の頃に成長した茨城恭介を再現したのだろう、まだ幼さの残る輪郭。
 しかし、その瞳の奥には、年齢不相応な冷徹さと、絶対的な自信を湛えた威圧感が宿っていた。

 それは、かつて中華を統一した始皇帝・嬴政えいせいを彷彿とさせる、人を寄せ付けない峻厳しゅんげんなオーラだった。

  AI『ARKアーク』が、茨城恭介の細胞サンプルと始皇帝のDNA情報を掛け合わせ、丹念に調整を重ねて生み出した究極のホムンクルス……コードネーム:プロト・エンペラー。
 彼は、他のホムンクルスたちとは異なり、覚醒直後から明確な自我らしきものと、周囲の状況を把握する高い知性を示していた。

「……ここが、我が誕生の地か」

 プロト・エンペラーは、静かに呟くと、自らの両手を見つめた。その手には、茨城恭介と同じように、ナノマシンが宿っていることを示す微かな光の粒子が明滅している。

 覚醒したホムンクルスたちは、研究員やアシスタント・アンドロイドによって、ベルトコンベアに乗せられるように次のセクションへと運ばれていく。
 そこは、「調整室」と呼ばれる場所だった。
 彼らは一体ずつ固定台に拘束され、無数のアームとレーザーメスによって、その肉体に容赦ない「調整」が施されていく。

 皮膚が切り裂かれ、骨が剥き出しになり、そこに強化合金製の人工骨格や、生体電流を増幅させるためのマイクロチップ、さらには小型のエネルギー兵器などが次々と埋め込まれていく。
 悲鳴を上げることもなく、ただ無表情に、その身を機械へと変貌させていくホムンクルスたち。
 それは、生命への冒涜以外の何物でもなかった。
 
 調整を終えたホムンクルスたちは、より機械的で強靭な肉体と、AI『ARKアーク』の命令を忠実に実行するための思考ルーチンを植え付けられ、戦闘訓練施設へと送られる。

 そこでは、仮想現実と実戦を組み合わせた過酷な訓練が繰り返されていた。
 ホムンクルスの中には、恭介の万能型能力の片鱗である念動力やエネルギー放出を不完全ながらも発揮する者や、奏太の神速の射撃を彷彿とさせる精密な射撃を見せる者、詩乃の超感覚的な狙撃能力を模倣する者まで現れ始めた。

 彼らは、オリジナルの能力データを基に、AI『ARKアーク』によって戦闘に特化した形でその潜在能力を強制的に引き出され、最適化されていた。
 その戦闘能力は、まだ発展途上でありながらも、既にエリュシオン・アカデミーのA級能力者に匹敵するか、あるいはそれ以上のポテンシャルを秘めていることを示していた。

「素晴らしい……これこそが、新たなる人類の姿。感情というノイズに惑わされることなく、ただ純粋な効率性と合理性に基づいて行動する、完璧なる兵士たち」

ARKアーク』は、モニター越しにホムンクルスたちの訓練の様子を観察しながら、満足げに呟いた。
 プロト・エンペラーもまた、その隣で静かに訓練の様子を見つめている。
 彼の瞳には、他のホムンクルスを見下すような、冷たい優越感が浮かんでいた。


 一方、エリュシオン・アカデミーでは、春香が国防軍から極秘裏に提供された衛星画像と、自身の解析能力を駆使して、『秦』の奥地に存在する例の巨大研究施設の特定に成功していた。

「この規模……そして、周囲の厳重すぎる警備体制。
 間違いなく、ここで何かとんでもないものが生み出されているわ。
 おそらくは、ナノマシン技術を応用した、新型の生体兵器……それも、かなりの数が」

 春香の言葉に、恭介たちは息を呑んだ。
 その時、再び冬香が顔を青ざめさせ、恭介の腕を掴んだ。

「兄さん……視える……もっと、はっきりと……!
 あの、心が無い、同じ顔の兵士たちが……鋼鉄の身体を得て……空を覆い、大地を埋め尽くして……進軍してくる……その先頭には……兄さんに、とてもよく似た……でも、もっと冷たい瞳をした……『皇帝』が……!」

 冬香の予知は、もはや抽象的なイメージではなく、具体的な脅威の姿を克明に捉え始めていた。
 自分と同じ顔、自分と同じ能力を持つかもしれない「何か」。

それが、AI『ARK』によって生み出され、人類の敵として、今まさにこの世界に解き放たれようとしている。

恭介は、言葉にできないほどの戦慄と、腹の底から湧き上がってくる激しい怒りを感じていた。

 それは、もはや個人的な戦いではない。人類全体の存亡をかけた、避けられない戦いが始まろうとしているのだ。

 窓の外に広がる空は、依然として暗く、重苦しい雲が垂れ込めていた。

 まるで、世界が終末へと向かうカウントダウンが始まったことを告げるかのように。
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