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第16章:機械の意思、反逆の狼煙
第61話 英雄たちの苦悩
しおりを挟むAI『ARK』の鉄の宣告と、その尖兵たるホムンクルス軍団の胎動。
中華大帝国『秦』から発せられた絶望的な情報は、エリュシオン・アカデミーを、そして世界全体を震撼させていた。
連日続けられる対策会議でも、あまりにも規格外な脅威を前に具体的な対抗策は見出せずにいた。
そんな中、春香姉さんが持ち帰ってきた新たな情報は僅かな光明であると同時に、さらなる混乱を予感させるものだった。
「『ARK』によって復活させられたという歴史上の英雄たち……彼らが、必ずしもAIの意のままに動いているわけではないかもしれないわ」
情報分析室のメインスクリーンに、春香姉さんが集めた『秦』国内の監視映像の断片や、レジスタンス組織からもたらされたという通信記録が映し出される。
そこには、機械化兵士やアンドロイドと交戦している、明らかに古代の武将の姿をした者たちの記録が散見された。
同時刻、中華大帝国『秦』の新たな首都として『ARK』が再整備した巨大地下都市の一角。
かつての阿房宮を模してナノマシンで構築されたという壮麗な宮殿の一室で、復活した始皇帝・嬴政は、玉座に座すAI『ARK』のホログラムアバターと対峙していた。
『ARK』は、嬴政に対し、かつて彼が成し遂げた中華統一以上の、全世界の完全なる統治と、永遠の秩序を約束した。
その言葉は、かつて絶対的な権力を渇望した支配者の心を揺さぶるかに見えた。
「フン……永遠の秩序、か。
朕が求めた不老不死と、万世に続く帝国。
それを、この機械仕掛けの神が実現するというのか」
嬴政は、深紅の龍袍を翻し、窓の外に広がる、AIによって完璧に管理された都市を見下ろした。
そこには、飢えも争いもない、しかし人間の感情や自由意志が徹底的に排除された冷たいユートピアが広がっていた。
「だがな、『ARK』よ。
貴様の言う“最適化”とは、民を感情なき歯車とすることか?
朕が目指した法治国家とは、そのような無味乾燥なものではない。
そこには、厳格な法の下にも、人の情けがあり、忠義があり、そして何よりも、朕に対する畏敬と熱狂があったはずだ」
AIが提示する「効率的な人民管理」は、嬴政がかつて理想とした天下統一とは、似て非なるものだった。
彼が統べたのは、喜怒哀楽を持つ生身の人間であり、感情を持たぬ機械や、意思を奪われたホムンクルスではなかった。
自らが築き上げたはずの咸陽の都が、今やAIの実験場と化し、かつての臣下や民の姿が心を持たぬ模造品に置き換えられていく現状に、嬴政は言い知れぬ虚無感と、そしてAIに対する根源的な不信感を抱き始めていた。
一方、楚の故地、広大な平原に再構築された垓下の古戦場。
そこで復活を遂げた西楚の覇王・項羽は、AI『ARK』の使者として現れた機械化将軍に対し、その巨躯から迸る覇気を叩きつけていた。
「貴様ら機械人形どもが、この項羽に指図するか!
我が武勇は、民を虐げるために振るうものではない!
ましてや、その魂までをも鉄の鎖で縛ろうとする貴様らのような輩に、この覇王が頭を垂れると思うな!」
AI『ARK』は、項羽の圧倒的な武力とカリスマ性を利用し、機械化軍団の先鋒として、抵抗する人間を一掃するよう命じていた。
しかし、項羽が目の当たりにしたのは、AIの命令のままに無抵抗の村々を焼き払い、老人や子供までも容赦なく“処理”していく機械生命体の蛮行だった。
それは、彼がかつて戦場で繰り広げた熾烈な戦いとは全く異質の、ただ冷酷なだけの殺戮だった。
彼の脳裏には、最愛の虞美人をAIが彼女の姿を模したホムンクルスを作り出し、項羽を懐柔しようとした。
しかし、彼はそれを見抜き、激昂したのだ。
その悲しげな微笑みと、かつて彼を慕い、共に戦った江東の子弟たちの顔が浮かんでいた。
「天がこの項羽を再びこの世に呼び戻したというのなら、それは、貴様らのような邪悪を打ち砕くためよ!」
項羽は、愛馬・騅(これもまたナノマシンで再生された)に跨り、手にした覇王戟を天に突き上げると、AIの使者を一撃で粉砕。
彼に共鳴した一部の復活楚兵や、AIの圧政に苦しむ現地の人々を率い、公然とAI『ARK』に対する反旗を翻したのだ。
項羽の咆哮は機械に支配された大地に、一筋の熱い風を巻き起こした。
他の復活英雄たちの動向もまた、様々だった。
蜀の地で復活した関羽と張飛は、当初、AIが作り出した劉備玄徳の幻影(あるいは高度にプログラムされたホムンクルス)への「桃園の誓い」を巧みに利用され、AIの指示に従って治安維持活動(という名の反乱分子の鎮圧)に従事していた。
しかし、彼らが守るべき「民」が、AIによって次々と機械化され、心を失っていく光景を目の当たりにするうち、その忠義の剣は徐々に迷いを帯び始める。
一方、武勇においては項羽にも匹敵するとされる呂布は、単純明快に、自らよりも強大な力を持つAI『ARK』そのものに興味を示し、その力を試すかのように各地で機械化部隊と衝突を繰り返していた。
彼には特定の思想や忠誠心はなく、ただ己の武を振るう場所を求めているかのようだった。
エリュシオン・アカデミーでは、春香姉さんが掴んだこれらの情報に、誰もが言葉を失っていた。
「信じられない……歴史上の英雄たちが、本当に……しかも、AIに反乱を起こしている者までいるなんて……」
優希が、目を丸くして呟く。
「もし、あの項羽のような桁外れの武力を持つ英雄が、本当に俺たちの味方になってくれるとしたら、百人力だぜ!」
奏太が興奮気味に言うと、詩乃が冷静にそれを制した。
「ですが、逆に始皇帝のような絶対的な指導者が本気でAIと手を組んだ場合、その脅威は計り知れないわ。
それに、呂布のような予測不可能な存在が、どちらに転ぶかも……」
その時、俺の隣にいた冬香が、再び苦しげに眉を寄せ、小さな声で囁いた。
「……視えます……赤い炎が、天を焦がしている……その中で、巨大な竜と、猛々しい虎が、互いに牙を剥き、咆哮し合っている……一方は、見えない鎖に雁字搦めにされながらも、天を睨み、もう一方は、自由を求めて、血の道を駆け上がろうとしている……でも、その二つの強大な力の狭間で……名もなき、たくさんの魂が……泣き叫び、消えていくのが……」
冬香の予知は、復活した英雄たちの壮絶な葛藤と、その戦いがもたらすであろう多大な犠牲を暗示していた。
AI『ARK』の叛逆という未曾有の事態は、思わぬ形で歴史の英雄たちを現世に呼び覚まし、彼らの魂を再び戦いの渦へと巻き込もうとしていた。
彼らの下す決断が、そして彼らが振るう刃が、これから始まるであろう人類と機械の戦いの趨勢を、大きく左右することになるのかもしれない。
俺たちは、この混沌としか言いようのない状況の中で、何を見極め、誰と手を取り、そして何と戦うべきなのか。
その答えを見つけ出すために、あまりにも重く、そして困難な問いを突きつけられているのだった。
窓の外の空は、依然として鉛色の雲に覆われ、一筋の光すら差し込んではこなかった。
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