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第四章:虚構の断罪者
第12話 動き出す歯車
しおりを挟む週明けの御門法律事務所は、いつもの静けさとは少し違う、熱気を帯びていた。
応接スペースに集まったのは、英里香、嵐、巧、そしてモニター越しに参加している明日菜。
大江戸家の兄妹が、一つの難事件に立ち向かうべく、それぞれの決意を胸に顔を合わせていたのだ。
「改めて確認するわ。鈴木一郎さんの再審請求。目標は、検察が隠している可能性のある証拠も含め、あらゆる角度から新たな証拠を発見し、再審の扉を開けること。
そして、最終的には無罪を勝ち取ることよ」
英里香が、テーブルに広げられた資料を示しながら、力強く宣言した。
その瞳には、前回の労働審判や倉田遥さんの事件を経て培われた、確かな自信と覚悟が宿っている。
「了解だ。俺と蝶子は、警察内部に残る資料と、当時の捜査関係者の洗い出しを徹底的にやる。
30年前の地方の事件だ、簡単じゃないだろうがな」
嵐が腕を組み、険しい表情で頷く。
隣に座る夜野蝶子も冷静な目で資料に目を通しながら、
「当時のA県警の組織体制や人事異動の記録から、キーマンとなりうる人物を絞り込みます」と付け加えた。
「僕とジャンヌは、科学的見地からのアプローチだね」
巧が、タブレット端末に表示された鑑定書のコピーを指差しながら言う。
「当時の鑑定技術の限界を突き、物的証拠とされるものの矛盾点を洗い出す。
特に、血痕の付着状況と凶器とされた刃物の形状には、すでにいくつか疑問点が見つかっているよ」
「遺体の状況からも、公式発表されている犯行状況には少し不自然な点を感じますわ。
看護師としての知識ですが、何かお役に立てれば」
ジャンヌが、穏やかながらも的確に補足する。
『私の方では、大江戸グループのリソースを最大限活用して、調査に必要な資金、情報網、専門家などをバックアップします。
特に、証拠の再鑑定に必要な最新設備の手配や、海外の事例調査などは任せてちょうだい』
モニターの向こうで、明日菜が頼もしく請け負った。
辣腕専務取締役としての手腕が、この困難な戦いを力強く後押ししてくれるだろう。
「ありがとう、みんな。それぞれの専門分野で、力を合わせましょう」
英里香は、心強い兄姉、そして仲間たちの存在に、改めて感謝の念を抱いた。
これは孤独な戦いではない。
その日の午後、嵐と蝶子は警視庁の資料保管庫の一角にいた。
薄暗い部屋には、古いファイルや段ボール箱が山積みになっている。
目的は、30年前のA県警の捜査資料や関連記録だが、予想通り、捜索は難航していた。
「くそっ、ほとんど残ってねえじゃねえか! A県警に問い合わせても『記録はない』の一点張りだしよ !」
嵐が、埃っぽいファイル棚を蹴り飛ばしたい衝動を抑えながら、悪態をついた。
「焦らないで、嵐くん。 記録がなくても、当時の人事記録や関連部署の業務日誌などから、何か手がかりが見つかるかもしれません。
それに、当時の捜査員に直接アプローチすることも考えましょう」
蝶子は冷静に状況を分析し、代替案を示す。直情的な嵐にとって、彼女の存在は欠かせないブレーキ役であり、ナビゲーターでもあった。
「…分かってるよ。だが、もし組織ぐるみで何かを隠してるとしたら…」
嵐の脳裏に、警察という巨大組織の持つ闇の部分がよぎる。単なる記録の散逸ではない、意図的な「壁」が存在する可能性も否定できなかった。
一方、都内にある大江戸グループ傘下の最先端研究所では、巧とジャンヌが、顕微鏡や分析装置とにらめっこをしていた。
鈴木一郎のものとされる血染めのシャツから採取された微細な繊維片。当時の鑑定では、被害者宅にあったとされる布の繊維と「酷似」するとされたものだ。
「…当時の光学顕微鏡レベルの鑑定では『酷似』かもしれないけど、電子顕微鏡で分子構造レベルまで見ると、明らかに組成が異なる部分がある」
巧がモニターに映し出された拡大画像を指し示す。
「それに、この血痕の付着パターン…」
ジャンヌが別の資料を指差す。
「もし、激しい争いの末に付着したものだとしたら、もっと広範囲に飛沫が付くはずですわ。まるで、後から意図的に付けられたような…」
「そうだね。当時の鑑定官は、自白という『結論』に引きずられて、客観的な分析を見誤った可能性がある。あるいは…」
巧の言葉がそこで途切れた。
あるいは、もっと悪質な意図があった可能性。
科学者としての冷静さを保ちながらも、彼の胸の内には静かな怒りが込み上げていた。
その頃、英里香は御門法律事務所で、所長の御門に現状を報告し、アドバイスを求めていた。
「なるほどな。嵐君や巧君も動き出したか。心強い限りだ」
御門は静かに頷いた。
「だが、焦りは禁物だぞ、大江戸先生。特に、30年前の事件となると、記憶違いや思い込みも多い。一つ一つの事実を丹念に裏付け、客観的な証拠として積み重ねていく地道な作業が不可欠だ」
「はい。分かっています」
「当時の弁護団は、アリバイの立証に重点を置いていたが、決定的な証拠を出せなかった。検察側は、自白の信用性と物的証拠とされるものの『状況証拠としての価値』を盾に、有罪を主張し続けた。我々が覆すべきは、まさにその点だ。
検察の主張の根幹を揺るがす、新たな『動かしがたい事実』を見つけ出す必要がある」
御門の言葉は、長年の経験に裏打ちされた重みがあった。英里香は、その言葉を一つ一つ胸に刻み込んだ。
と、その時。事務所のドアが勢いよく開き、けたたましい声が響き渡った。
「たのもー! 英里香ちゃん、おるかのう?
妾のスーパーマシン、『真実解明くんZ(ゼータ)』の最終調整が完了したのじゃ! いざ、デモンストレーションじゃ !」
現れたのは、白衣(なぜかフリル付き)を翻し、頭には奇妙なヘッドギアを着けた潮来由利凛。
その手には前回、英里香にメッセージで送りつけてきた、怪しげな機械が握られていた。
銀色のボディに、無数のケーブルと点滅するランプ。
どう見ても、まともな発明品には見えない。
「ちょ、由利凛!? 何しに来たのよ! 今、忙しいんだけど!」
英里香が慌てて止めようとするが、由利凛は聞く耳を持たない。
「何を言うか! この歴史的冤罪事件の解決には、妾の天才的頭脳と超科学力が不可欠じゃろうが! さあ、まずはこの『真実解明くんZ』で、事務所に潜むあらゆる『嘘』を暴き出してしんぜよう!」
言うが早いか、由利凛は機械のスイッチを入れた。
途端に、機械からけたたましいアラーム音と、
「ウソハッケン! ウソハッケン!」
という合成音声が鳴り響き、先端から緑色の怪光線が乱射され始めた!
「きゃあ!」「うわっ!」「こら、やめんか!」
事務所内は大パニック。
怪光線は書類の山をなぎ倒し、コーヒーメーカーを直撃してコーヒーを噴出させ、壁にかけてあった御門所長お気に入りの絵画(?)を焦がした。
「ま、待つのじゃ! 計算と違う!
なぜか、所長の淹れたコーヒーの『薄さ』に反応しておるぞ !? まさか、これも偽りじゃと !?」
由利凛自身も、予想外の暴走に慌てふためいている。
英里香と事務員の田所さんが必死で機械を取り押さえようとし、御門所長は冷静に(しかし額に青筋を立てて)消火器を構えている。
ドタバタの末、なんとか機械の電源を落とし、事務所は静けさを取り戻した。
しかし、床には書類が散乱し、コーヒーの匂いが充満し、壁には焦げ跡が残る惨状だ。
「……由利凛、あなたねえ…」
英里香が、怒りを通り越して呆れた声で由利凛を睨みつける。
「う、うう…す、すまぬ…ちょっとエネルギー配分を間違えただけじゃ…」
さすがの由利凛も、しょんぼりと肩を落とす。
だが、その時だった。 散乱した書類の山の中から、田所さんが何かを拾い上げた。
「あら? これ、なんですかね? 随分古い新聞みたいですけど…」
それは、茶色く変色した、数十年前の地方新聞の束だった。 おそらく、今回の騒動で、棚の奥から転がり落ちてきたのだろう。
英里香が受け取り、一面の見出しに目をやる。そこには、「A市一家惨殺事件、容疑者逮捕」の文字が、生々しく踊っていた。
「これ…事件当時の新聞…!」
由利凛の起こした大騒動は、とんだ置き土産を残していった。
果たして、この古びた新聞の束の中に、30年の時を経て、真実への新たな手がかりは眠っているのだろうか?
嵐を呼ぶ(物理的にも)天才科学者の乱入により、動き出した歯車は早くも予想外の方向へと回り始めたのかもしれない。
英里香は溜息をつきながらも、手の中の新聞の重みを確かに感じていた。
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