【完結】ツンデレお嬢様弁護士は奮闘中! ~法と人情で悪を裁く! ~

月影 流詩亜

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第四章:虚構の断罪者

第13話 科学のメス

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 大江戸グループが誇る、最新鋭の研究施設の一室。
 白を基調とした無機質な空間に、複雑な分析装置が並び、静かな動作音だけが響いている。
 その中央で、大江戸巧は電子顕微鏡のレンズを覗き込み、神経を集中させていた。

 彼の目の前にあるのは、30年前の「A市一家惨殺事件」で、犯人とされた鈴木一郎の血染めのシャツとされるものから採取された、微細な繊維片だ。

「…やはり、構造が微妙に違う」

 巧は小さく呟き、モニターに映し出された拡大画像と、被害者宅から採取されたとされるカーペットの繊維のデータを比較する。
 当時の鑑定書には「酷似」と記されていたが、現代の技術で詳細に見れば、その組成や織り方に看過できない差異が存在した。

「DNA鑑定の方も、かなり厳しいな…」

 隣のクリーンベンチでは、ジャンヌが微量のサンプルからDNA抽出を試みていた。
 30年という歳月と、劣悪だったであろう保管状況は、遺伝子情報を著しく劣化させている。
 一郎本人のDNA型はかろうじて検出できたものの、比較対象となるべき被害者の血液や英里香たちが期待する「第三者の痕跡」を見つけ出すのは、砂漠で針を探すような作業だった。

「それでも、諦めるわけにはいかない」

 巧は自らに言い聞かせるように言った。

「たとえ決定的な第三者のDNAが出なくても、この繊維鑑定の結果や、血痕の不自然な付着パターンを突きつければ、当時の物的証拠がいかに曖昧で、信頼性に欠けるものだったかを証明できるはずだ」

 科学は、時に残酷なまでに客観的な事実を示す。 しかし、その事実をどう解釈し、どう判断するかは、結局のところ人間に委ねられている。
 当時の捜査官や鑑定人は、おそらく「鈴木一郎が犯人である」という予断を持って証拠に向き合い、都合の悪い事実から目を逸らしたのではないか。
 巧は、科学者としての静かな怒りを覚えていた。
 と、その時。  研究室の自動ドアが、けたたましい音と共に開いた。

「巧兄ちゃん! 助太刀に来てやったのじゃ!」

 現れたのは、やはりフリル付きの白衣に身を包み、今度はゴーグルまで装着した潮来由利凛だった。
 その手には、前回事務所を半壊させた「真実解明くんZ」よりも、さらに怪しげな光を放つ、ヘルメットのような形状の装置が握られている。

「ゆ、由利凛 !? どうしてここに…というか、その物騒なものは何だい !?」

 巧は思わず立ち上がり、警戒態勢をとる。
 隣のジャンヌも、苦笑いを浮かべている。
 この(自称)天才科学者の扱いには、巧だけでなく、彼の恋人も慣れてきているようだった。

「ふふん、これは妾の最新発明、『真実の目・改しんじつのめ・かい』じゃ ! 
肉眼では見えぬもの、隠された痕跡、偽りのオーラまでをも見通す、スーパー鑑定装置なのじゃ !」

 由利凛は得意げに胸を張り、そのヘルメット型装置を掲げてみせた。
 装置からは七色の怪光線が明滅し、「ピコピコ」という間の抜けた電子音が鳴っている。

「遠慮するよ。  君の発明品が、まともな結果を出したことなんて一度もないだろう ?」

 巧は冷静に、しかしきっぱりと断った。前回の事務所での惨状が脳裏をよぎる。

「何を言うか! 前回の『真実解明くんZ』だって、結果的に古新聞を発見するという大手柄を立てたではないか !   あれは計算通りじゃ !」

「あれは偶然だろう ! 
大体、僕の研究室は精密機器の塊なんだ。
君の怪しげな装置でショートでもされたら、損害がいくらになると思ってるんだ !」

「むぅ…巧兄ちゃんは頭が固いのう。
ならば、まずはこの妾が、その目で真実を見せてやろう !」

言うが早いか、由利凛は「真実の目・改」を自分の頭に装着した。
 途端に、ゴーグル部分が激しく点滅し始め、「ターゲッティング…ロックオン…真実スキャン開始!」という、またしてもチープな合成音声が響く。

 由利凛は、その奇妙なヘルメットを被ったまま、巧が分析していたシャツのサンプルに顔を近づけた。

「ふむふむ…なるほどのう…この血痕には、怨念のようなものがこびりついておるぞ… ?
 あ、こっちの繊維からは、甘酸っぱい恋の思い出の波動が…って、これは妾の昨日の夕食の匂いか ?」

「……由利凛、頼むから邪魔しないでくれ」

 巧はこめかみを押さえ、深いため息をついた。
 しかし、その時、由利凛が「おや?」と声を上げた。

「なんじゃ? このシャツの、この部分だけ、妙に…『新しい』感じがするのじゃが… ?
 周りの劣化具合と比べて、ここだけ時間が止まっておるような… ?」

彼女が指差したのは、シャツの襟元に近い、目立たない部分だった。
 巧もジャンヌも、これまで特に注目していなかった箇所だ。

? どういう意味だい ?」

 巧が訝しげに尋ねる。

「うーむ…言葉で説明するのは難しいのじゃが…まるで、ここだけ後から『何か』が付け加えられたような…そんな違和感があるのじゃ。
例えば、糊とか、特殊な薬品とか… ?」

 由利凛の突飛な言葉に、巧は眉をひそめた。
 科学的根拠は何もない、彼女の「感覚」でしかない。
 だが、彼女の常識外れの発想が、時に核心を突くことがあるのも事実だった。

(後から、何かを付け加えた… ?)

 もし、証拠を偽装するために、何か特殊な処理が施されていたとしたら ?
  それが、DNA鑑定を困難にしている原因の一つだとしたら ?

 巧は、由利凛が指差した箇所を、改めて高倍率の顕微鏡で観察し始めた。
 特殊な薬品の痕跡がないか、別の角度から分析してみる価値はあるかもしれない。

「…分かったよ、由利凛。  一応、その可能性も考慮に入れて、調べてみよう。
 だが、これで何も出なかったら、君は一週間、僕の研究室出入り禁止だ」

「む ! 望むところじゃ ! 
妾の『真実の目』は誤らぬわ !」

 由利凛は、なぜか自信満々にふんぞり返った。
 科学的分析は、依然として困難な壁に直面していた。
 しかし、由利凛という予測不能な存在が加わったことで、思わぬ突破口が開ける可能性もゼロではないのかもしれない。

 巧は、複雑な思いを抱えながらも、再び分析作業に没頭し始めた。
 重要なのは、当時の鑑定の「不確かさ」を証明すること。その一点に集中し、粘り強く科学のメスを入れていくしかないのだ。

 一方、御門法律事務所では、英里香が机に向かい、前の労働審判の時に発見された古い新聞記事の束を読み解いていた。
 一枚一枚、丁寧にページをめくり、事件当時の報道状況、関係者の名前、証言内容などを丹念にチェックしていく。

(この記事…事件直後のものだけど、一郎さんのアリバイに関する記述が一切ないわね。
弁護側は当初から主張していたはずなのに、なぜ報道されていないのかしら… ?)

(被害者の専務の人間関係…この記事には、会社の経営方針を巡って、他の役員と対立があったと書かれているわ。
 当時の捜査では、この線は全く追及されなかったのかしら ?)

 古びた紙面からは、公式記録だけでは見えてこなかった、事件当時の空気感や、見過ごされた可能性のある事実が浮かび上がってくる。
 英里香は、重要な箇所にマーカーを引き、疑問点をメモに書き出していく。
 
 科学チームの分析と並行して、英里香はこれらの情報を元に、A市での聞き込み調査の対象者を絞り込み、質問事項を整理していた。
 地道で根気のいる作業だが、一つ一つの小さな事実を繋ぎ合わせることが、真実への道を開くと信じて。

 来週には、A市へ向かう予定だ。
 果たして、30年の時を経て、閉ざされた人々の口から、何が語られるのか。
 英里香は、ペンを握る手に力を込め、次のページへと目を進めた。
 科学のメスと、人の記憶。

 二つのアプローチが、事件の真相にどこまで迫れるのか。

 戦いは、まだ始まったばかりだ。

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