二八の約束🐾愛猫のそばで

月影 流詩亜

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第9話 奇跡の菊練り

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​ 東の空が白み始め、夜と朝の境界が曖昧になる頃。
 打ち場の中は、研ぎ澄まされた静寂に包まれていた。

​ アタシは棚の上で、身を乗り出すようにしてその瞬間を待っていた。

 母ちゃんの動きが、これまでとは明らかに違う。力任せではない。けれど、弱腰でもない。まるでお互いの呼吸を確かめ合うように、母ちゃんの掌が蕎麦玉と対話している。

​(いけ……いけ、母ちゃん!)

​ 母ちゃんの指先が、流れるような円を描く。

 すると、どうだろう。昨日まではあんなに頑固に口を閉ざしていた蕎麦の生地が、母ちゃんの熱に導かれるように、スルスルと形を変えていく。

​ 一枚、また一枚。

 中心から外側へ、等間隔に、そして深く。

 
 朝日が窓から一筋差し込み、白木の打ち台を照らした。

 そこには、一点の曇りもない、完璧な「菊の花」が咲いていた。

 空気が抜けて引き締まった生地の表面は、真珠のように鈍く光り、力強い生命力を放っている。

​「……できた」

​ 母ちゃんが、信じられないものを見るような声で呟いた。
 その目からは、ポタポタと大粒の涙がこぼれ落ちる。でも、それはあの「嫌な雨」の匂いじゃない。長い冬を越えて、ようやく春が来たことを告げる、温かい雨の匂いだ。

​ アタシはたまらず棚から飛び降り、母ちゃんの足元で高く鳴いた。

​「にゃあ! にゃあぁん!」

​『やったね、母ちゃん! アタシにはわかってたよ。母ちゃんなら、絶対に咲かせられるって!』

​ 母ちゃんは腰を落とし、アタシを力いっぱい抱きしめた。
 首筋に、母ちゃんの温かい涙が触れる。
 
「アン、見て……咲いたよ。アンがずっと、そばにいてくれたから……」

​ その時、打ち場の引き戸が静かに開いた。

 立っていたのは、いつの間にか起きてきていたお婆だった。彼女は打ち台の上の「菊」をじっと見つめ、それから母ちゃんの手を見た。
 
「……美冬」
 
 お婆の声が、震えている。
 
「いい菊だ。これなら、長寿庵の暖簾を任せられる」
 
 初めてもらった、本当の「合格点」

 母ちゃんはアタシを抱いたまま、子供のように声を上げて泣いた。
 
 アタシは、母ちゃんの胸の鼓動を全身で感じながら、誇らしく尻尾を振った。

 この「菊」は、母ちゃんが頑張った証。
そして、アタシたちが二人で守り抜いた、大切な絆の形なんだ。
 
 世界で一番綺麗な花が、今、アタシたちの目の前で満開になっていた。

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