鋼鉄の黙示録 ── 侵略都市TOKYO ──

月影 流詩亜

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第一章 : 異質な鼓動

第 2話 予兆の影

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 大江戸巧は、研究室の白い壁に貼られた無数のグラフとデータシートを前に、深く眉をひそめていた。

 次元地震観測データの中に現れた規則性のある微弱な信号。
 世界各地で散発的に報告される精密機械の異常な誤作動や、説明のつかないエネルギー異常現象。

 一見すると無関係に見えるこれらの事象の間に、何か繋がりがあるのではないか──。
 その疑念は、日増しに巧の中で大きくなっていた。

「ノイズにしては、あまりにも規則的すぎる……」

 巧は、再びディスプレイに表示された波形を拡大した。
 それは、まるでモールス信号のように、短いパルスと長いパルスが不規則な間隔で繰り返されているように見えた。

 自然現象が生み出すランダムなノイズの中に、これほど明確なパターンが混入するとは考えにくい。

 彼は過去の文献や科学論文を徹底的に洗い直した。
 地震学、電磁気学、量子力学……ありとあらゆる分野の知識を総動員し、この奇妙な信号の正体を突き止めようと試みた。

 しかし、手がかりらしい手がかりは見つからない。
 行き詰まりを感じ始めた巧は、気分転換も兼ねて、研究室の本棚に並ぶSF小説の背表紙に目をやった。

 子供の頃から科学好きだった巧にとって、SFは科学への扉を開くきっかけであり、創造力を刺激する源泉でもあった。
 何気なく手に取った一冊の古いSF小説。
「時間SF」と背表紙に書かれたその本をパラパラと捲っていると、巧の目が釘付けになった。

 物語の中に、現代よりも遥かに進んだ未来から過去の世界へと干渉する存在が描かれていたのだ。

 そして、その干渉の兆候として、精密機械の不可解な誤作動や原因不明のエネルギー異常現象が描写されていた。

「まさか……」

 半信半疑ながらも、SF小説の中に描かれた現象と、現実に起こっている出来事との驚くべき類似性に、巧は背筋が凍るような感覚を覚えた。

 もちろん、これはあくまでフィクションであり、科学的な根拠は何もない。しかし、あまりにも多くの点が符合しすぎていた。

 その夜、巧は妹の明日菜に電話をかけた。

 明日菜は、大江戸グループの辣腕専務取締役として、多忙な日々を送っている。
 冷静沈着で論理的な思考を持つ彼女は、科学者である兄の才能を認めつつも、非科学的な話には耳を傾けない傾向があった。

「明日菜、少し話があるんだけど……」

 巧は、次元地震のデータと世界各地の異常現象、そしてSF小説に書かれていた内容を、出来る限り客観的に説明した。電話の向こうで、明日菜はしばらく沈黙していた。

「巧兄さん、巧兄さんは最近、少し疲れているんじゃない?
 次元地震の研究に没頭しすぎているわ。
 SF小説と現実を結びつけるなんて、いつもの巧兄さんらしくない」

 明日菜の反応は予想通りだった。
 彼女にとって、兄の話は荒唐無稽なSFの域を出るものではなかったのだ。

「でも、明日菜、これはただの偶然じゃない気がするんだ。
 あの信号の規則性、そして世界各地の異常現象……何か、見えない力が働いているとしか思えないんだ」

 巧は必死に訴えたが、明日菜の態度は変わらなかった。

「科学的な証拠がない限り、そんな話を真剣に受け止めることはできないわ。
 第一、未来から過去に干渉するなんて、物理学的にありえないでしょう?」

 電話は結局平行線のまま終わった。
 明日菜の言葉はもっともだ。

 科学者である巧自身も、タイムトラベルや過去への干渉といった概念が現時点の科学では非現実的であることを理解していた。

 しかし、それでも彼の胸の中に湧き上がってきた不安な予感は、どうしても拭い去ることができなかった。

 その夜、巧は眠りにつこうとしたが、脳裏には様々な思考が渦巻いていた。
 次元地震の波形、世界各地の異常現象、そしてSF小説の一節……。

 それらが断片的に現れては消えていく。
 そんな中、ふとした瞬間に古代ギリシャの鍛冶神ヘパイストスのイメージが、鮮明に彼の脳裏に浮かび上がった。炎の中で鉄を打ち、様々な道具や武器を生み出す神。

 なぜ、今このイメージが?
 巧は、その理由を理解することができなかった。

 それは彼の奥底に眠る、まだ見ぬ力の微かな目覚めだったのかもしれない。

「一体、何が起こっているんだ……」

 巧は暗闇の中でそう呟いた。
 それは、まだ見ぬ未来の脅威に対する、科学者の、そして一人の人間としての、深い不安の表れだった。

 巧の中で、かすかな光が灯り始めていた。

 それは、やがて来るべき闇を照らし出す、微弱ながらも確かな光だった。

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