尾道海岸通り café leaf へようこそ

川本明青

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1 謎の美青年、海に落ちる

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 面会できるのは午後からということだったので、翌日、授業が終わると急いで昼食をすませ病院へ向かった。

 清風さんは昨日わたしが病院を出るまで目を覚まさなかったので、一言も話をしていない。葵さんの頼みを引き受けたからには、とにかく一度本人と話をして、何をすればいいか聞かなければならない。

 昨日の濡れた服を洗濯したものと、あとはタオルや歯ブラシなど、入院に必要そうなものをいくつか準備して病室を訪ねた。



「え? 退院したんですか?」

「勝手にね」

 昨日の病室に清風さんがいなかったので、ナースステーションで尋ねるとそう言われた。診察費はあとで払いに来るからと、止めるのを振り払って、病衣のままタクシーに乗って帰ってしまったのだそうだ。

 すぐに葵さんに電話をかけたけれど、仕事中なのか出なかった。

 どうしたらいいんだろう。でもこのまま放っておくわけにもいかない。

 さげていた紙袋の中に視線を落とす。清風さんの服。とりあえずこれを届けるか……。

 お金がかかるのでバスに乗ろうと思ったけれど、タクシーで別荘の住所を告げれば探さずに済むと思い、病院のタクシー乗り場で待機していたタクシーに乗った。

「あらぁ、また雅楽川さんとこの別荘? お嬢さんも雅楽川さんとこの人?」

 住所を告げると運転手は言った。

「はい?」

「ちょっと前に乗せた若い男の人もここに行ってくれ言うて。土地のもんじゃないけえ道はわからん、とにかくこの住所に行ってくれ言うもんじゃけえ、ナビに入れたらあそこの有名なとこじゃったけえね。ほんでまたあんたが同じとこじゃ」

 そう言うと運転手は車を出した。

「有名なんですか?」

「有名よぉ。あんた関係者じゃないん?」

「わたしは……違いますけど、ちょっと用事があって」

「雅楽川言うたらあんた、学校の歴史の教科書にも出てくるじゃろ。昔でいうところの三大財閥よ。四葉、菱丸、雅楽川。今もようけ(たくさん)名前聞くじゃろ。雅楽川物産とか雅楽川銀行とか雅楽川建設とか」

「えっ? あの雅楽川?」

ほうよ(そうよ)。あそこの別荘はもう何十年も前に雅楽川の人が買うたんよ。元はどっか外人さんの持ち物じゃったらしいけどな」

 おしゃべりな運転手はずっとそんなことを喋り続けていた。

 そうか……。別荘とか出てきた時点でお金持ちだとは思っていたけれど、そんなにすごい家なのか……。だからなんだか顔立ちに品があるし、名前も庶民っぽくないし、弟の葵さんの話し方もすっごく礼儀正しかったわけだ。そういえば昨夜洗った服も、一見普通のシャツやデニムかと思いきや、海外の超一流ブランドのタグが付いていてびっくりしたし。いいワカモノが仕事もしないで別荘にしばらく滞在できるわけね……。

 妙に納得しつつも、同時にどうもモヤモヤしたものが拭いきれなかった。葵さんの言葉がずっと気にかかっていたのだ。

(ほかに頼れる人がいないんです)

 それほどの家の人が、頼れる人がいない?

 こっちに知り合いがいないというのはまあわかるとして、なにも弟が来られなくても、誰かしら来ることはできないのだろうか。ひとまず命に別状はなかったとは言え、意識を失った原因を検査した方がいいとお医者さんは言ったのだ。普通だったら、何か重大な病気が隠れているかもしれないと心配になって、母親とかが駆け付けてもよさそうなのに。それがダメなら、せめて“お付きの者”みたいな人とか……。

 途中から運転手の話は上の空で聞きながら、そんなことを考えていた。
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