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1 謎の美青年、海に落ちる
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翌日は土曜だった。わたしはcafé leafの開店時間である十時からバイトに入った。休みの日はブランチ目的の人もいて、開店してすぐからけっこうお客さんが入る。
「いらっしゃいませー」
営業開始から一時間ほどして入って来たのは、昨日奥さんが望んだ二人組だった。清風さんと葵さんだ。葵さんは昨夜と違ってカジュアルな格好をしているせいか、ぐっと若く見える。
窓側の席は埋まってしまっていたので、空いている席を案内した。
モデルのような美青年は一人ずつでも目立つのに、二人組ともなるともう店内のお客の注目の的だ。ここが田舎だからそうなのではなくて、きっとこの二人は東京にいてもそうだろう。
わたしは水とメニューを持って二人のところへ行った。
café leafには食事のメニューもある。看板メニューは清風さんにも届けたオムライスで、これを目当てに来るお客さんも多い。
「おススメは何ですか?」
葵さんが聞いた。
「オムライスが人気ですけど、本日のランチのチキン南蛮もおススメです」
「チキン南蛮って、たしか九州の……」
「はい。マスターが自分が好きでメニューに入れてあるんです。美味しいですよ」
「じゃあ僕はそれで。兄貴は?」
「オムライス」
清風さんと葵さんが二人揃っているのも、葵さんが清風さんに向かって“兄貴”と呼びかけるのも見ていて新鮮だった。
忙しくて清風さんたちとちゃんと話をすることはできないものの、たまに目を向けると、仲がよさそうに話をしている。驚くことに、あの清風さんの顔に軽く笑みが浮かんだりもする。やっぱり信頼し合っている兄弟の絆ってすごいなと思う。わたしはふと自分の姉が恋しくなった。
混んでいる時間帯だったので、食べ終えると清風さんたちは早々に店を出て行った。もっと空いている時間に来てくれれば少しは話もできたのに、ちょっと残念だった。
窓側のテーブルを片付けながらふと外に目をやると、清風さんと葵さんが並んで堤防沿いの遊歩道を歩いて行くのが見えた。そして清風さんが海に落ちた突堤の方へと曲がった。二人が歩くと突堤もまるでランウェイだ。「兄貴ここで落っこちたわけ?」「そうだよ」とか話していたりして。二人の姿はなんだか微笑ましかった。
その夜、また葵さんから電話があった。
(明日の午後、東京に帰ります)
「もう帰っちゃうんですか?」
(仕事があるので、あんまりゆっくりもしていられなくて)
「清風さんも帰るんですか?」
(いえ。兄はしばらくこっちにいます)
もしかして、これからもわたしに清風さんのサポートをお願いしたい、とか言い出すのだろうか。葵さんといるときの清風さんはリラックスしていて穏やかな感じだったけれど、一人になるとやっぱりちょっと心配とか。わたしもまさにそう思っていたので、まあお願いされれば断るつもりはない。
(明日もアルバイトですか?)
「いえ。明日はお休みです」
(もしよかったら、一緒にランチでもどうですか?)
直接会って、ランチしながらお願いされるのかもしれない。もちろんOKだ。
(お店はどうしましょうか。夏井さんのお店でもいいですけど、他のお店でも。何か食べたいものはありますか?)
一瞬考える。食べたいものをではなくて、店のことをだ。今日の昼間は二人してcafé leafに来てくれたけれど、ああいう人たちは普段はどんなところに行っているのだろう。やっぱり、星のついた高級レストランばかりなのだろうか。
「あの、わたし、あんまりちゃんとしたお店は知らないんですけど」
(僕たちは別にどんなところでもかまいませんよ。夏井さんの好きなお店とかあれば助かるんですが。僕たちは詳しくないので)
「だったら……」
適当に思いついたカジュアルイタリアンの店の名前を上げた。尾道駅の近くにあり、好きなお店と言っても一度しか行ったことはないけれど、美味しかったのでいいだろう。葵さんが予約を入れておいてくれるとのことで、明日十一時半にそこで待ち合わせることにした。
翌日お店に到着すると二人はもう来ていた。ただ座っているだけなのに、周りの空気が他のお客さんとは違う気がする。
葵さんがわたしに気づいて軽く手を上げた。と同時に、周りの何人かの視線がこちらに向くのを感じた。なんとなく優越感を覚えつつ、でもやっぱりちょっと緊張する。
席に着き、それぞれメニューを選ぶと、葵さんが店員を呼んで注文した。
「尾道も変わりましたよね。僕が最後に来たのはもう何年前かなあ。まだ中学生か、小学生だったかな」
「U2とか行きました?」
「昨日覗いてみました。おしゃれですよね」
“ONOMICHI U2”とは、海沿いの倉庫を改装した複合施設で、ホテルやカフェ、雑貨屋やベーカリーなどが入っている。そういえばレストランもあるが、昨夜どこがいいか聞かれたときには全く思いつかなった。
「あの中のホテルって、自転車乗りの人専用なんですか?」
「そんなことないみたいですよ」
そこのホテルは、客室に自転車が持ち込めたり、メンテナンスするスペースが設けられていたりと、サイクリスト向けではあるらしいが、一般の人でも泊まれるようだ。
「しまなみ海道、でしたっけ? サイクリングコースがあるんですよね?」
「そうみたいです。わたしはたまにママチャリ乗るくらいだからあんまりよく知らないんですけど」
尾道から瀬戸内海の島々を結んで愛媛県今治市へと続く高速道路「しまなみ海道」には、サイクリングロードも併設されていて、サイクリストの聖地と呼ばれているらしい。
「尾道っていいですよね。変わっていく所もあるけど、ずっと変わらない所もある。久しぶりだから、本当は僕ももう少しいてあっちこっち行ってみたいけど。兄貴が羨ましいよ」
わたしと葵さんが話すのをずっと黙って聞いてきた清風さんが、ようやく口を開いた。
「何が『羨ましい』よ。あたしは別に来たくてここに来たわけじゃないんだから。本当は二―スに行くつもりだったのに、葵がどうしてもって言うから」
ん?
「まあそう言うなって。せっかくだから夏井さんにいろいろ案内してもらえば? ねえ夏井さん」
「へ?」
「案内してもらうって言ったって特に何にもなさそうじゃない。あたしお寺とか別に興味ないわよ」
えーと……
「映画のロケ地巡りとかどう?」
「それはあんたの趣味でしょう? あたしも映画は好きだけど、別にこの町に思い入れないもの」
「別にニースに行ったってすることないんだから一緒だろ」
「全然違うわよ」
「あのっ」
思い切って割って入ったものの、次の言葉が出てこない。
「いらっしゃいませー」
営業開始から一時間ほどして入って来たのは、昨日奥さんが望んだ二人組だった。清風さんと葵さんだ。葵さんは昨夜と違ってカジュアルな格好をしているせいか、ぐっと若く見える。
窓側の席は埋まってしまっていたので、空いている席を案内した。
モデルのような美青年は一人ずつでも目立つのに、二人組ともなるともう店内のお客の注目の的だ。ここが田舎だからそうなのではなくて、きっとこの二人は東京にいてもそうだろう。
わたしは水とメニューを持って二人のところへ行った。
café leafには食事のメニューもある。看板メニューは清風さんにも届けたオムライスで、これを目当てに来るお客さんも多い。
「おススメは何ですか?」
葵さんが聞いた。
「オムライスが人気ですけど、本日のランチのチキン南蛮もおススメです」
「チキン南蛮って、たしか九州の……」
「はい。マスターが自分が好きでメニューに入れてあるんです。美味しいですよ」
「じゃあ僕はそれで。兄貴は?」
「オムライス」
清風さんと葵さんが二人揃っているのも、葵さんが清風さんに向かって“兄貴”と呼びかけるのも見ていて新鮮だった。
忙しくて清風さんたちとちゃんと話をすることはできないものの、たまに目を向けると、仲がよさそうに話をしている。驚くことに、あの清風さんの顔に軽く笑みが浮かんだりもする。やっぱり信頼し合っている兄弟の絆ってすごいなと思う。わたしはふと自分の姉が恋しくなった。
混んでいる時間帯だったので、食べ終えると清風さんたちは早々に店を出て行った。もっと空いている時間に来てくれれば少しは話もできたのに、ちょっと残念だった。
窓側のテーブルを片付けながらふと外に目をやると、清風さんと葵さんが並んで堤防沿いの遊歩道を歩いて行くのが見えた。そして清風さんが海に落ちた突堤の方へと曲がった。二人が歩くと突堤もまるでランウェイだ。「兄貴ここで落っこちたわけ?」「そうだよ」とか話していたりして。二人の姿はなんだか微笑ましかった。
その夜、また葵さんから電話があった。
(明日の午後、東京に帰ります)
「もう帰っちゃうんですか?」
(仕事があるので、あんまりゆっくりもしていられなくて)
「清風さんも帰るんですか?」
(いえ。兄はしばらくこっちにいます)
もしかして、これからもわたしに清風さんのサポートをお願いしたい、とか言い出すのだろうか。葵さんといるときの清風さんはリラックスしていて穏やかな感じだったけれど、一人になるとやっぱりちょっと心配とか。わたしもまさにそう思っていたので、まあお願いされれば断るつもりはない。
(明日もアルバイトですか?)
「いえ。明日はお休みです」
(もしよかったら、一緒にランチでもどうですか?)
直接会って、ランチしながらお願いされるのかもしれない。もちろんOKだ。
(お店はどうしましょうか。夏井さんのお店でもいいですけど、他のお店でも。何か食べたいものはありますか?)
一瞬考える。食べたいものをではなくて、店のことをだ。今日の昼間は二人してcafé leafに来てくれたけれど、ああいう人たちは普段はどんなところに行っているのだろう。やっぱり、星のついた高級レストランばかりなのだろうか。
「あの、わたし、あんまりちゃんとしたお店は知らないんですけど」
(僕たちは別にどんなところでもかまいませんよ。夏井さんの好きなお店とかあれば助かるんですが。僕たちは詳しくないので)
「だったら……」
適当に思いついたカジュアルイタリアンの店の名前を上げた。尾道駅の近くにあり、好きなお店と言っても一度しか行ったことはないけれど、美味しかったのでいいだろう。葵さんが予約を入れておいてくれるとのことで、明日十一時半にそこで待ち合わせることにした。
翌日お店に到着すると二人はもう来ていた。ただ座っているだけなのに、周りの空気が他のお客さんとは違う気がする。
葵さんがわたしに気づいて軽く手を上げた。と同時に、周りの何人かの視線がこちらに向くのを感じた。なんとなく優越感を覚えつつ、でもやっぱりちょっと緊張する。
席に着き、それぞれメニューを選ぶと、葵さんが店員を呼んで注文した。
「尾道も変わりましたよね。僕が最後に来たのはもう何年前かなあ。まだ中学生か、小学生だったかな」
「U2とか行きました?」
「昨日覗いてみました。おしゃれですよね」
“ONOMICHI U2”とは、海沿いの倉庫を改装した複合施設で、ホテルやカフェ、雑貨屋やベーカリーなどが入っている。そういえばレストランもあるが、昨夜どこがいいか聞かれたときには全く思いつかなった。
「あの中のホテルって、自転車乗りの人専用なんですか?」
「そんなことないみたいですよ」
そこのホテルは、客室に自転車が持ち込めたり、メンテナンスするスペースが設けられていたりと、サイクリスト向けではあるらしいが、一般の人でも泊まれるようだ。
「しまなみ海道、でしたっけ? サイクリングコースがあるんですよね?」
「そうみたいです。わたしはたまにママチャリ乗るくらいだからあんまりよく知らないんですけど」
尾道から瀬戸内海の島々を結んで愛媛県今治市へと続く高速道路「しまなみ海道」には、サイクリングロードも併設されていて、サイクリストの聖地と呼ばれているらしい。
「尾道っていいですよね。変わっていく所もあるけど、ずっと変わらない所もある。久しぶりだから、本当は僕ももう少しいてあっちこっち行ってみたいけど。兄貴が羨ましいよ」
わたしと葵さんが話すのをずっと黙って聞いてきた清風さんが、ようやく口を開いた。
「何が『羨ましい』よ。あたしは別に来たくてここに来たわけじゃないんだから。本当は二―スに行くつもりだったのに、葵がどうしてもって言うから」
ん?
「まあそう言うなって。せっかくだから夏井さんにいろいろ案内してもらえば? ねえ夏井さん」
「へ?」
「案内してもらうって言ったって特に何にもなさそうじゃない。あたしお寺とか別に興味ないわよ」
えーと……
「映画のロケ地巡りとかどう?」
「それはあんたの趣味でしょう? あたしも映画は好きだけど、別にこの町に思い入れないもの」
「別にニースに行ったってすることないんだから一緒だろ」
「全然違うわよ」
「あのっ」
思い切って割って入ったものの、次の言葉が出てこない。
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