14 / 46
2 マコト君と悠斗君
1
しおりを挟む
「それで、行ったんだ? 一緒に。福山」
奥さんが聞いた。
「そうなんですけどちょっと聞いてくださいよ!」
清風さんから一緒に買い物に行こうと(しつこく)誘われたのでつき合ってあげたのだったが、さすがは旧財閥の流れをくむという大企業の御曹司、電車の乗り方をよく知らないのには驚いた。
「セレブは電車なんか乗らないんだろうなあ」
「やっぱり小さい頃からお抱え運転手付きの高級車だったのかしらね」
マスターも奥さんも、呆れるというよりは感心したように言った。
最初、清風さんはわたしに何かプレゼントしてくれると言っていたのを、だったら行かないと断っていた。清風さんの買い物に付き合うのなら、ということで一緒に行くことにしたのだったが、実はそれもちょっと迷った。だって、ああいう人は普段きっと銀座とかの超一流ブランドの店で買い物するんだろうから、いくらお隣の福山市が尾道より大きな街だとはいってもたかが知れている。清風さんが買いそうな物があるのか疑問だったのだ。
広島市まで行けば多少はあるのかもしれないけれど、こっちに来てから広島には一度しか行ったことがない。でも福山だったら、買い物だったり映画だったりで何度も行っているので、少しは案内出来る。それで結局、福山に行くことに決めたのだった。
二十八歳のセレブをどんなお店に連れて行ったらいいのかわからないので、とりあえずはデパートに行った。
「ろくなものがないわね」とか何とか文句を言うのかと思っていたら、メンズフロアに入っているショップでたまに服を手に取っては「これどうかしら?」とか言いながら鏡の前で当ててみたりしていた。そんな、一般人にとってはごく当たり前のことをやっているだけでちょっといい人に思えるから不思議だ。
そこら辺の人なら絶対着こなせないような色やデザインのものでも、当ててみればなぜか似合っていたけれど、清風さんは結局何も買わなかった。
「清風君、モデルみたいだもんな。羨ましいよ。まあでも僕だって若いころは……」
「で、咲和ちゃんはやっぱり何も買ってもらわなかったの?」
「それが……」
メンズフロアをざっと見て回ったあと、清風さんはレディースのフロアで勝手にどんどん服を選んで、強引にわたしに試着をさせたのだった。そして結局買って、「あたしよりあんたの方が似合うからあげるわ」とわけのわからない理由を付けて、くれたのだった。
「まあいいんじゃないか? 清風君の気のすむようにしてもらえば」
「そうよ。そうしたいんだと思うわよ。咲和ちゃんに、助けてもらった感謝の気持ちを伝えたいのよ」
「だけど、清風さんにとってはどうってことないにしても、わたしにとってはデパートに売ってる服ってやっぱり高いから申し訳なくて……」
「いくらぐらいしたの?」
奥さんがわざと声をひそめて聞く。
「上が二万六千円くらいと、下が三万三千円くらい」
その他にもあれもこれもと選び、さらには靴だのアクセサリーだの色々買おうとしたので、「ホントにやめてください」と止めたのだった。
「そしてですね、ちらっと見えちゃったんですけど、カードがブラックだったんです」
「え!? 悪いことしてるってこと?」
目を丸くした奥さんにマスターは言った。
「そうじゃないよ。逆だよ。君が言ってるのはブラックリストだろ」
「ドラマで見たんですけど、あれって誰でも持てるわけじゃないんですよね?」
「ゴールドカードとかプラチナカードのさらにその上だもんなあ。そう言えば俺は実物を見たことはないなあ」
「なんかほら、ちょっとあれみたいね。映画。昔あったじゃない。若い女の子とお金持ちの男の人の。何だっけほら、リチャード・ギアと、誰だっけあの……」
「ジュリア・ロバーツか。『プリティ・ウーマン』だな」
その映画なら何となく知っている。観たことはないけれど。
わたしは買い物を終えてショップを出る時の店員の顔を思い出していた。なんとも微妙というか複雑な表情の女性店員に向かって、去り際、清風さんが意味ありげな笑みで目配せしたのだ。
〈どうかしたんですか?〉
〈あんたが試着してるときにあの子がね、「お若い彼女さんですね。きっとお似合いになるでしょうね」って言うからさ、あたし「僕が選んだんだから似合うのは当然ですが、着せるより脱がせる方が楽しみです」って言ったの。そしたらそれからずっとあの顔よ〉
〈何てこと言ってるんですか!?〉
〈ちょっとからかっただけじゃない。なに顔真っ赤になってんのよ。お子様ね~〉
マスターや奥さんは、もちろん戸惑いもあっただろうけれど、清風さんの“キャラ変”をわりとすんなりと受け入れているように見える。けれどわたしは、まだ百パーセント消化できたわけではない。
清風さんは見た目に変化があるわけでもなく、黙っていればはじめの頃の清風さんのままだ。今でも、気が付けばその美しく凛々しい顔立ちや佇まいに見入ってしまっていることがある。そして「あら。あんたまたあたしに見とれてたわね」と言われて現実に返る。その繰り返しだ。もう少したてば、きっと何とも思わなくなるのだろうけれど。
そんなことを考えていたら本人がやってきた。
奥さんが聞いた。
「そうなんですけどちょっと聞いてくださいよ!」
清風さんから一緒に買い物に行こうと(しつこく)誘われたのでつき合ってあげたのだったが、さすがは旧財閥の流れをくむという大企業の御曹司、電車の乗り方をよく知らないのには驚いた。
「セレブは電車なんか乗らないんだろうなあ」
「やっぱり小さい頃からお抱え運転手付きの高級車だったのかしらね」
マスターも奥さんも、呆れるというよりは感心したように言った。
最初、清風さんはわたしに何かプレゼントしてくれると言っていたのを、だったら行かないと断っていた。清風さんの買い物に付き合うのなら、ということで一緒に行くことにしたのだったが、実はそれもちょっと迷った。だって、ああいう人は普段きっと銀座とかの超一流ブランドの店で買い物するんだろうから、いくらお隣の福山市が尾道より大きな街だとはいってもたかが知れている。清風さんが買いそうな物があるのか疑問だったのだ。
広島市まで行けば多少はあるのかもしれないけれど、こっちに来てから広島には一度しか行ったことがない。でも福山だったら、買い物だったり映画だったりで何度も行っているので、少しは案内出来る。それで結局、福山に行くことに決めたのだった。
二十八歳のセレブをどんなお店に連れて行ったらいいのかわからないので、とりあえずはデパートに行った。
「ろくなものがないわね」とか何とか文句を言うのかと思っていたら、メンズフロアに入っているショップでたまに服を手に取っては「これどうかしら?」とか言いながら鏡の前で当ててみたりしていた。そんな、一般人にとってはごく当たり前のことをやっているだけでちょっといい人に思えるから不思議だ。
そこら辺の人なら絶対着こなせないような色やデザインのものでも、当ててみればなぜか似合っていたけれど、清風さんは結局何も買わなかった。
「清風君、モデルみたいだもんな。羨ましいよ。まあでも僕だって若いころは……」
「で、咲和ちゃんはやっぱり何も買ってもらわなかったの?」
「それが……」
メンズフロアをざっと見て回ったあと、清風さんはレディースのフロアで勝手にどんどん服を選んで、強引にわたしに試着をさせたのだった。そして結局買って、「あたしよりあんたの方が似合うからあげるわ」とわけのわからない理由を付けて、くれたのだった。
「まあいいんじゃないか? 清風君の気のすむようにしてもらえば」
「そうよ。そうしたいんだと思うわよ。咲和ちゃんに、助けてもらった感謝の気持ちを伝えたいのよ」
「だけど、清風さんにとってはどうってことないにしても、わたしにとってはデパートに売ってる服ってやっぱり高いから申し訳なくて……」
「いくらぐらいしたの?」
奥さんがわざと声をひそめて聞く。
「上が二万六千円くらいと、下が三万三千円くらい」
その他にもあれもこれもと選び、さらには靴だのアクセサリーだの色々買おうとしたので、「ホントにやめてください」と止めたのだった。
「そしてですね、ちらっと見えちゃったんですけど、カードがブラックだったんです」
「え!? 悪いことしてるってこと?」
目を丸くした奥さんにマスターは言った。
「そうじゃないよ。逆だよ。君が言ってるのはブラックリストだろ」
「ドラマで見たんですけど、あれって誰でも持てるわけじゃないんですよね?」
「ゴールドカードとかプラチナカードのさらにその上だもんなあ。そう言えば俺は実物を見たことはないなあ」
「なんかほら、ちょっとあれみたいね。映画。昔あったじゃない。若い女の子とお金持ちの男の人の。何だっけほら、リチャード・ギアと、誰だっけあの……」
「ジュリア・ロバーツか。『プリティ・ウーマン』だな」
その映画なら何となく知っている。観たことはないけれど。
わたしは買い物を終えてショップを出る時の店員の顔を思い出していた。なんとも微妙というか複雑な表情の女性店員に向かって、去り際、清風さんが意味ありげな笑みで目配せしたのだ。
〈どうかしたんですか?〉
〈あんたが試着してるときにあの子がね、「お若い彼女さんですね。きっとお似合いになるでしょうね」って言うからさ、あたし「僕が選んだんだから似合うのは当然ですが、着せるより脱がせる方が楽しみです」って言ったの。そしたらそれからずっとあの顔よ〉
〈何てこと言ってるんですか!?〉
〈ちょっとからかっただけじゃない。なに顔真っ赤になってんのよ。お子様ね~〉
マスターや奥さんは、もちろん戸惑いもあっただろうけれど、清風さんの“キャラ変”をわりとすんなりと受け入れているように見える。けれどわたしは、まだ百パーセント消化できたわけではない。
清風さんは見た目に変化があるわけでもなく、黙っていればはじめの頃の清風さんのままだ。今でも、気が付けばその美しく凛々しい顔立ちや佇まいに見入ってしまっていることがある。そして「あら。あんたまたあたしに見とれてたわね」と言われて現実に返る。その繰り返しだ。もう少したてば、きっと何とも思わなくなるのだろうけれど。
そんなことを考えていたら本人がやってきた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる