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2 マコト君と悠斗君
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「それで、行ったんだ? 一緒に。福山」
奥さんが聞いた。
「そうなんですけどちょっと聞いてくださいよ!」
清風さんから一緒に買い物に行こうと(しつこく)誘われたのでつき合ってあげたのだったが、さすがは旧財閥の流れをくむという大企業の御曹司、電車の乗り方をよく知らないのには驚いた。
「セレブは電車なんか乗らないんだろうなあ」
「やっぱり小さい頃からお抱え運転手付きの高級車だったのかしらね」
マスターも奥さんも、呆れるというよりは感心したように言った。
最初、清風さんはわたしに何かプレゼントしてくれると言っていたのを、だったら行かないと断っていた。清風さんの買い物に付き合うのなら、ということで一緒に行くことにしたのだったが、実はそれもちょっと迷った。だって、ああいう人は普段きっと銀座とかの超一流ブランドの店で買い物するんだろうから、いくらお隣の福山市が尾道より大きな街だとはいってもたかが知れている。清風さんが買いそうな物があるのか疑問だったのだ。
広島市まで行けば多少はあるのかもしれないけれど、こっちに来てから広島には一度しか行ったことがない。でも福山だったら、買い物だったり映画だったりで何度も行っているので、少しは案内出来る。それで結局、福山に行くことに決めたのだった。
二十八歳のセレブをどんなお店に連れて行ったらいいのかわからないので、とりあえずはデパートに行った。
「ろくなものがないわね」とか何とか文句を言うのかと思っていたら、メンズフロアに入っているショップでたまに服を手に取っては「これどうかしら?」とか言いながら鏡の前で当ててみたりしていた。そんな、一般人にとってはごく当たり前のことをやっているだけでちょっといい人に思えるから不思議だ。
そこら辺の人なら絶対着こなせないような色やデザインのものでも、当ててみればなぜか似合っていたけれど、清風さんは結局何も買わなかった。
「清風君、モデルみたいだもんな。羨ましいよ。まあでも僕だって若いころは……」
「で、咲和ちゃんはやっぱり何も買ってもらわなかったの?」
「それが……」
メンズフロアをざっと見て回ったあと、清風さんはレディースのフロアで勝手にどんどん服を選んで、強引にわたしに試着をさせたのだった。そして結局買って、「あたしよりあんたの方が似合うからあげるわ」とわけのわからない理由を付けて、くれたのだった。
「まあいいんじゃないか? 清風君の気のすむようにしてもらえば」
「そうよ。そうしたいんだと思うわよ。咲和ちゃんに、助けてもらった感謝の気持ちを伝えたいのよ」
「だけど、清風さんにとってはどうってことないにしても、わたしにとってはデパートに売ってる服ってやっぱり高いから申し訳なくて……」
「いくらぐらいしたの?」
奥さんがわざと声をひそめて聞く。
「上が二万六千円くらいと、下が三万三千円くらい」
その他にもあれもこれもと選び、さらには靴だのアクセサリーだの色々買おうとしたので、「ホントにやめてください」と止めたのだった。
「そしてですね、ちらっと見えちゃったんですけど、カードがブラックだったんです」
「え!? 悪いことしてるってこと?」
目を丸くした奥さんにマスターは言った。
「そうじゃないよ。逆だよ。君が言ってるのはブラックリストだろ」
「ドラマで見たんですけど、あれって誰でも持てるわけじゃないんですよね?」
「ゴールドカードとかプラチナカードのさらにその上だもんなあ。そう言えば俺は実物を見たことはないなあ」
「なんかほら、ちょっとあれみたいね。映画。昔あったじゃない。若い女の子とお金持ちの男の人の。何だっけほら、リチャード・ギアと、誰だっけあの……」
「ジュリア・ロバーツか。『プリティ・ウーマン』だな」
その映画なら何となく知っている。観たことはないけれど。
わたしは買い物を終えてショップを出る時の店員の顔を思い出していた。なんとも微妙というか複雑な表情の女性店員に向かって、去り際、清風さんが意味ありげな笑みで目配せしたのだ。
〈どうかしたんですか?〉
〈あんたが試着してるときにあの子がね、「お若い彼女さんですね。きっとお似合いになるでしょうね」って言うからさ、あたし「僕が選んだんだから似合うのは当然ですが、着せるより脱がせる方が楽しみです」って言ったの。そしたらそれからずっとあの顔よ〉
〈何てこと言ってるんですか!?〉
〈ちょっとからかっただけじゃない。なに顔真っ赤になってんのよ。お子様ね~〉
マスターや奥さんは、もちろん戸惑いもあっただろうけれど、清風さんの“キャラ変”をわりとすんなりと受け入れているように見える。けれどわたしは、まだ百パーセント消化できたわけではない。
清風さんは見た目に変化があるわけでもなく、黙っていればはじめの頃の清風さんのままだ。今でも、気が付けばその美しく凛々しい顔立ちや佇まいに見入ってしまっていることがある。そして「あら。あんたまたあたしに見とれてたわね」と言われて現実に返る。その繰り返しだ。もう少したてば、きっと何とも思わなくなるのだろうけれど。
そんなことを考えていたら本人がやってきた。
奥さんが聞いた。
「そうなんですけどちょっと聞いてくださいよ!」
清風さんから一緒に買い物に行こうと(しつこく)誘われたのでつき合ってあげたのだったが、さすがは旧財閥の流れをくむという大企業の御曹司、電車の乗り方をよく知らないのには驚いた。
「セレブは電車なんか乗らないんだろうなあ」
「やっぱり小さい頃からお抱え運転手付きの高級車だったのかしらね」
マスターも奥さんも、呆れるというよりは感心したように言った。
最初、清風さんはわたしに何かプレゼントしてくれると言っていたのを、だったら行かないと断っていた。清風さんの買い物に付き合うのなら、ということで一緒に行くことにしたのだったが、実はそれもちょっと迷った。だって、ああいう人は普段きっと銀座とかの超一流ブランドの店で買い物するんだろうから、いくらお隣の福山市が尾道より大きな街だとはいってもたかが知れている。清風さんが買いそうな物があるのか疑問だったのだ。
広島市まで行けば多少はあるのかもしれないけれど、こっちに来てから広島には一度しか行ったことがない。でも福山だったら、買い物だったり映画だったりで何度も行っているので、少しは案内出来る。それで結局、福山に行くことに決めたのだった。
二十八歳のセレブをどんなお店に連れて行ったらいいのかわからないので、とりあえずはデパートに行った。
「ろくなものがないわね」とか何とか文句を言うのかと思っていたら、メンズフロアに入っているショップでたまに服を手に取っては「これどうかしら?」とか言いながら鏡の前で当ててみたりしていた。そんな、一般人にとってはごく当たり前のことをやっているだけでちょっといい人に思えるから不思議だ。
そこら辺の人なら絶対着こなせないような色やデザインのものでも、当ててみればなぜか似合っていたけれど、清風さんは結局何も買わなかった。
「清風君、モデルみたいだもんな。羨ましいよ。まあでも僕だって若いころは……」
「で、咲和ちゃんはやっぱり何も買ってもらわなかったの?」
「それが……」
メンズフロアをざっと見て回ったあと、清風さんはレディースのフロアで勝手にどんどん服を選んで、強引にわたしに試着をさせたのだった。そして結局買って、「あたしよりあんたの方が似合うからあげるわ」とわけのわからない理由を付けて、くれたのだった。
「まあいいんじゃないか? 清風君の気のすむようにしてもらえば」
「そうよ。そうしたいんだと思うわよ。咲和ちゃんに、助けてもらった感謝の気持ちを伝えたいのよ」
「だけど、清風さんにとってはどうってことないにしても、わたしにとってはデパートに売ってる服ってやっぱり高いから申し訳なくて……」
「いくらぐらいしたの?」
奥さんがわざと声をひそめて聞く。
「上が二万六千円くらいと、下が三万三千円くらい」
その他にもあれもこれもと選び、さらには靴だのアクセサリーだの色々買おうとしたので、「ホントにやめてください」と止めたのだった。
「そしてですね、ちらっと見えちゃったんですけど、カードがブラックだったんです」
「え!? 悪いことしてるってこと?」
目を丸くした奥さんにマスターは言った。
「そうじゃないよ。逆だよ。君が言ってるのはブラックリストだろ」
「ドラマで見たんですけど、あれって誰でも持てるわけじゃないんですよね?」
「ゴールドカードとかプラチナカードのさらにその上だもんなあ。そう言えば俺は実物を見たことはないなあ」
「なんかほら、ちょっとあれみたいね。映画。昔あったじゃない。若い女の子とお金持ちの男の人の。何だっけほら、リチャード・ギアと、誰だっけあの……」
「ジュリア・ロバーツか。『プリティ・ウーマン』だな」
その映画なら何となく知っている。観たことはないけれど。
わたしは買い物を終えてショップを出る時の店員の顔を思い出していた。なんとも微妙というか複雑な表情の女性店員に向かって、去り際、清風さんが意味ありげな笑みで目配せしたのだ。
〈どうかしたんですか?〉
〈あんたが試着してるときにあの子がね、「お若い彼女さんですね。きっとお似合いになるでしょうね」って言うからさ、あたし「僕が選んだんだから似合うのは当然ですが、着せるより脱がせる方が楽しみです」って言ったの。そしたらそれからずっとあの顔よ〉
〈何てこと言ってるんですか!?〉
〈ちょっとからかっただけじゃない。なに顔真っ赤になってんのよ。お子様ね~〉
マスターや奥さんは、もちろん戸惑いもあっただろうけれど、清風さんの“キャラ変”をわりとすんなりと受け入れているように見える。けれどわたしは、まだ百パーセント消化できたわけではない。
清風さんは見た目に変化があるわけでもなく、黙っていればはじめの頃の清風さんのままだ。今でも、気が付けばその美しく凛々しい顔立ちや佇まいに見入ってしまっていることがある。そして「あら。あんたまたあたしに見とれてたわね」と言われて現実に返る。その繰り返しだ。もう少したてば、きっと何とも思わなくなるのだろうけれど。
そんなことを考えていたら本人がやってきた。
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