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3 夏の終わり
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「これ、すごくしょっぱいわね。ダイナミックって言うか、繊細さのかけらもないって言うか」
「普段はピザとか食べないんですか?」
わたしは聞いた。
「たまに食べるわよ。でもこういうアメリカンなやつじゃなくてイタリアのピザね。ちゃんと石窯で焼いたやつ。やっぱりシンプルにマルゲリータが一番好きかな。チーズが好きだからクアトロフォルマッジもいいけど」
すると加奈さんが共感するように言った。
「私も好き。クアトロフォルマッジ。はちみつたっぷりかけて」
「そっち派なのね。あたしはかけないわ」
マルゲリータはわかる。何だ。クアトロ何とかって。わたしは悠斗君と顔を見合わせて軽く首を傾げた。
広いダイニングテーブルの端には、ホットプレートや失敗したお好み焼きの残骸が押しやられている。
お好み焼きを甘く見ていた。思った以上に焼くのが難しくて、ここにいる四人ではどうにもならなかった。唯一の広島県人である悠斗君もまるであてにはならなかった。まあ彼は元々、「自分にはできない」と宣言していたのだけれど。
バラバラになった生地や具材を寄せ集めてソースをかけてしまえばいいというものでもなくて、お店で何度も食べたプロの味とは全く違っていた。それで結局、宅配ピザを取ることになったのだった。
「加奈さんごめんなさい。尾道最後のディナーがこんなことになっちゃって」
お好み焼きを作ろうと言い出したのはわたしだ。もう謝るしかなかった。
「いいのいいの。返ってすごくいい思い出になったもん」
ボロボロのお好み焼きとワインはあんまり合わなかったらしいけれど、結局清風さんと加奈さんはピザが届くまでの間にチーズをつまみながら一本空けてしまった。わたしもグラスで少なめに一杯もらったけれど、あんまり美味しいとも思わなかった。もう少し大人になれば、味がわかるようになるのだろうか。わたしは今のところ甘いお酒の方がいい。でもピザを食べる時はみんなでビールを飲んだ。悠斗君も少し飲んで美味しくないと言ってやめた。やっぱりコーラが一番だそうだ。
お好み焼きの失敗作を全く食べなかったわけでもないので、ピザが届くころにはお腹も落ち着いていて、わたしと清風さんと加奈さんは二切れも食べればもう満腹だった。あとは悠斗君に託されたけれど、悠斗君もさすがにMサイズ二枚の残りを全部平らげるのは無理なようだった。
加奈さんは、もう少し若く見えたけれど、年齢は清風さんよりも一つ上の二十九歳、広告関連の会社で働いているということだった。
「どうして旅行先に尾道を選んだんですか?」
わたしは聞いた。
「前から一度来てみたかったの。仕事の関係で知って、古い町並みの路地の雰囲気がすごくよさそうだなあって思っていて」
「来てみてどうでした?」
「思っていたとおり、すごく素敵。猫がたくさんいたり、個性的なカフェがあちこちにあったり」
加奈さんはワイングラスを口に運んだ。お腹はいっぱいのくせに、清風さんと加奈さんは二本目のワインを開けたのだった。二人ともわりとお酒には強い方らしいが、ほんの少し気分は良さそうだ。悠斗君は食べ過ぎて苦しいからちょっと横になりたいと、ソファのところに行ってしまった。
「リーフ、どうなっちゃうのかな……」
わたしはぼそりと言った。加奈さんがカフェの話をしたのでふと思い出したのだ。
「リーフがどうかしたの?」
加奈さんは聞いた。
「無くなっちゃうかもしれないんです。あそこ賃貸なんだそうですけど、オーナーが土地を売るかもしれないらしくて」
「そうなんだ……」
「奥さん、もしダメでも別の場所を探せばいいとか言ってましたよね」
「そうねえ。でもやっぱりリーフはあの場所でこそリーフよね。奥さんだって本当はそう思ってると思うわ。リーフが無くなっちゃったらあたしも寂しいな。あそこがあるからまた尾道に来ようって思うし」
少しおいて、加奈さんが口を開いた。
「清風さんは、どうしてこっちにいるの? やっぱり夏休みで?」
清風さんは軽くため息を吐いてから言った。
「いろいろあるのよ」
それ以上プライベートなことに踏み込んではいけないと思ったのか、加奈さんは話を変えた。
「咲和ちゃんは、大学を卒業したら東京に帰るの?」
「どうかなあ。今はまだわからないです。尾道の暮らしは気に入ってるけど、この辺には就職先は少ないだろうし」
「こういう分野の仕事がやりたい、とかは?」
「それが、まだあんまり考えてなくて……」
「まあ、そんなものかもね」
「加奈さんはどうして今の仕事を選んだんですか?」
うーんと少し考えてから、加奈さんは「内定もらった中で、一番やってみたいって思ったからかな」と答えた。
「普段はピザとか食べないんですか?」
わたしは聞いた。
「たまに食べるわよ。でもこういうアメリカンなやつじゃなくてイタリアのピザね。ちゃんと石窯で焼いたやつ。やっぱりシンプルにマルゲリータが一番好きかな。チーズが好きだからクアトロフォルマッジもいいけど」
すると加奈さんが共感するように言った。
「私も好き。クアトロフォルマッジ。はちみつたっぷりかけて」
「そっち派なのね。あたしはかけないわ」
マルゲリータはわかる。何だ。クアトロ何とかって。わたしは悠斗君と顔を見合わせて軽く首を傾げた。
広いダイニングテーブルの端には、ホットプレートや失敗したお好み焼きの残骸が押しやられている。
お好み焼きを甘く見ていた。思った以上に焼くのが難しくて、ここにいる四人ではどうにもならなかった。唯一の広島県人である悠斗君もまるであてにはならなかった。まあ彼は元々、「自分にはできない」と宣言していたのだけれど。
バラバラになった生地や具材を寄せ集めてソースをかけてしまえばいいというものでもなくて、お店で何度も食べたプロの味とは全く違っていた。それで結局、宅配ピザを取ることになったのだった。
「加奈さんごめんなさい。尾道最後のディナーがこんなことになっちゃって」
お好み焼きを作ろうと言い出したのはわたしだ。もう謝るしかなかった。
「いいのいいの。返ってすごくいい思い出になったもん」
ボロボロのお好み焼きとワインはあんまり合わなかったらしいけれど、結局清風さんと加奈さんはピザが届くまでの間にチーズをつまみながら一本空けてしまった。わたしもグラスで少なめに一杯もらったけれど、あんまり美味しいとも思わなかった。もう少し大人になれば、味がわかるようになるのだろうか。わたしは今のところ甘いお酒の方がいい。でもピザを食べる時はみんなでビールを飲んだ。悠斗君も少し飲んで美味しくないと言ってやめた。やっぱりコーラが一番だそうだ。
お好み焼きの失敗作を全く食べなかったわけでもないので、ピザが届くころにはお腹も落ち着いていて、わたしと清風さんと加奈さんは二切れも食べればもう満腹だった。あとは悠斗君に託されたけれど、悠斗君もさすがにMサイズ二枚の残りを全部平らげるのは無理なようだった。
加奈さんは、もう少し若く見えたけれど、年齢は清風さんよりも一つ上の二十九歳、広告関連の会社で働いているということだった。
「どうして旅行先に尾道を選んだんですか?」
わたしは聞いた。
「前から一度来てみたかったの。仕事の関係で知って、古い町並みの路地の雰囲気がすごくよさそうだなあって思っていて」
「来てみてどうでした?」
「思っていたとおり、すごく素敵。猫がたくさんいたり、個性的なカフェがあちこちにあったり」
加奈さんはワイングラスを口に運んだ。お腹はいっぱいのくせに、清風さんと加奈さんは二本目のワインを開けたのだった。二人ともわりとお酒には強い方らしいが、ほんの少し気分は良さそうだ。悠斗君は食べ過ぎて苦しいからちょっと横になりたいと、ソファのところに行ってしまった。
「リーフ、どうなっちゃうのかな……」
わたしはぼそりと言った。加奈さんがカフェの話をしたのでふと思い出したのだ。
「リーフがどうかしたの?」
加奈さんは聞いた。
「無くなっちゃうかもしれないんです。あそこ賃貸なんだそうですけど、オーナーが土地を売るかもしれないらしくて」
「そうなんだ……」
「奥さん、もしダメでも別の場所を探せばいいとか言ってましたよね」
「そうねえ。でもやっぱりリーフはあの場所でこそリーフよね。奥さんだって本当はそう思ってると思うわ。リーフが無くなっちゃったらあたしも寂しいな。あそこがあるからまた尾道に来ようって思うし」
少しおいて、加奈さんが口を開いた。
「清風さんは、どうしてこっちにいるの? やっぱり夏休みで?」
清風さんは軽くため息を吐いてから言った。
「いろいろあるのよ」
それ以上プライベートなことに踏み込んではいけないと思ったのか、加奈さんは話を変えた。
「咲和ちゃんは、大学を卒業したら東京に帰るの?」
「どうかなあ。今はまだわからないです。尾道の暮らしは気に入ってるけど、この辺には就職先は少ないだろうし」
「こういう分野の仕事がやりたい、とかは?」
「それが、まだあんまり考えてなくて……」
「まあ、そんなものかもね」
「加奈さんはどうして今の仕事を選んだんですか?」
うーんと少し考えてから、加奈さんは「内定もらった中で、一番やってみたいって思ったからかな」と答えた。
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