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3 シンデレラの魔法
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十一月に入り、社会学の課題の提出期限が来た。
この一ヶ月の間に、色々な場所に二人で行った。そしてますます龍之介を好きになった。会うたびに、この時間がずっと続けばいいのにと思った。
仕上げたレポートを出してしまえば、もう連絡を取る口実はなくなる。とは言え友達になったのだから、特に用などなくても連絡すればいい。面白いと勧めてくれたマンガを読んでみたいから、貸してとメールすればいい。一度一緒に入ったラーメン屋が美味しかったから、また行こうと誘えばいい。けれどそんな芸当は出来そうになかった。冗談を言い合える仲になっても、糸恵にとって龍之介は、やはり王子様だった。気軽に連絡するには、あまりに眩しい存在の。
レポートを提出する日、龍之介はどうしても実家の用事で授業に出られないということだったので、糸恵は一人で授業に出た。教壇の上にレポートを置いた時、終わったんだなと思った。これからだって、顔を合わせれば親しく話をするだろう。けれどこの一ヶ月のような濃密な時間はもうやってこない。シンデレラの魔法は解けたのだ。そう、思っていた。
龍之介からメールが届いたのはその日の午後だった。今夜二人で打ち上げしない? という内容だった。もちろんすぐにOKと返したい気持ちだったが、あえて冷静を装い、実家の方はもういいの? と返すと、すぐに、もう済んだよ、と返事が来た。
六時に大学近くの駅で待ち合わせをした。胸は否が応でも高鳴る。だが、魔法の解ける時間が少し伸びただけだ。打ち上げが終われば本当に全て終わるのだ。儚い期待を振り払うように、糸恵は何度も自分にそう言い聞かせた。
龍之介は先に来て待っていた。ラフな格好で壁際に立っているだけで、ファッション誌の一ページのようだった。糸恵の姿を見つけると軽く手を上げて微笑んだ。
少し歩いて、こじゃれた居酒屋に入った。龍之介がサークルの先輩たちと何度か来たことがある店らしい。「おしゃれな店とか知らなくてごめん」という龍之介に、逆に好感を持った。
二人ともまだ十九歳だったけれどビールで乾杯した。糸恵もお酒を飲むのは初めてではなかったものの、ほんのちょっと口にしたことがあるだけなので、すぐに気分がふわふわし始めた。
「ねえ私たちって未成年だから、お酒飲んでるのバレたら捕まっちゃうのかな」
「大丈夫でしょ。副島さん誕生日いつなの?」
「今月。25日」
「ウソ! 全く一緒! 俺も11月25日」
取りとめのない会話も心から楽しんでいたけれど、二人の誕生日が全く同じだとわかってからは更に盛り上がった。それはものすごくスペシャルな共通点に思えたし、誇らしくさえあった。
二時間ほどそこで過ごし、店を出た。入った時より気温が下がっている。しばらく、黙って歩いた。
「ねえ副島さん」
「んん?」
冷たい空気で少しはシャキッとしたものの、まだ酔い心地で歩きながら、龍之介の次の言葉を待った。
「よかったら、今度の誕生日、一緒に過ごさない? 二人で」
彼はそう言った。気がした。そんなに酔っているつもりはなかったのだけれど。
龍之介は突然立ち止った。
「俺と、つき合ってくれないかな」
やっぱり、けっこう酔っていたのかもしれない。だって、今度はそう聞こえた。
「ダメ……かな……」
あの立花龍之介が、緊張の面持ちで佇み、こちらを見ている。夢なのかもしれなかった。だとしたら、このまま一生この夢の中にいたい。ぼうっと龍之介の顔を見つめ返しながら、そんなことを思っていた。
「ねえ立花、あんたまさか遊びじゃないでしょうね」
萌はジョッキに残ったビールをぐびっと飲み干すと、「すいませーん、おかわりー」と店員に向かって叫んでから、龍之介に向き直ってそう言った。萌は龍之介とまともに話をするのは初めてで、店に入ってからまだ四十分ほどだというのに、まるで昔からの知り合いのような口調だ。
「何だよそれ」
「だってあんたいっつも周りに女子はべらせてんじゃん」
「そんなことしてないよ」
あの日の出来事は夢ではなく、糸恵と龍之介はつき合うことになった。それを萌と菜々美に報告したら、萌がどうしても一度龍之介と話したいと言い出したのだ。
「うそ。あっちこっちで女の子たちとおしゃべりしてるの知ってるんだからね。口説いてるんじゃないの」
「そんなことしてないよ。話しかけてくるから普通に話してるだけだよ」
「だからそれはぁ、女子があんたと話したいってことなの。つまり、あんたは常に狙われてるの。ねえ正直さあ、今まで何人ぐらい喰っちゃったの? ん? 言ってみぃ?」
すでに菜々美の制止もきかない。
「あのさあ萌さん、俺多分、君が思ってるような男じゃないと思うよ」
「何よそれ」
「俺、いたって普通の、健全なる男子だから」
「だから健全なる男子はぁ、女が好きでしょ。まさか童貞とか言わないよね? ん?」
「そん……何なんだよもう。飲み過ぎなんじゃないの」
「あんた、ちょっとぐらいいい男だからって糸恵泣かせたらぶっ飛ばすからね」
「萌、もうわかったから。ね」
糸恵は割って入った。萌なりに糸恵のことを心配してくれているのはわかっていた。けれどそのせいで、何も悪い
ことをしていない龍之介が説教をされているみたいで申し訳なかった。
この一ヶ月の間に、色々な場所に二人で行った。そしてますます龍之介を好きになった。会うたびに、この時間がずっと続けばいいのにと思った。
仕上げたレポートを出してしまえば、もう連絡を取る口実はなくなる。とは言え友達になったのだから、特に用などなくても連絡すればいい。面白いと勧めてくれたマンガを読んでみたいから、貸してとメールすればいい。一度一緒に入ったラーメン屋が美味しかったから、また行こうと誘えばいい。けれどそんな芸当は出来そうになかった。冗談を言い合える仲になっても、糸恵にとって龍之介は、やはり王子様だった。気軽に連絡するには、あまりに眩しい存在の。
レポートを提出する日、龍之介はどうしても実家の用事で授業に出られないということだったので、糸恵は一人で授業に出た。教壇の上にレポートを置いた時、終わったんだなと思った。これからだって、顔を合わせれば親しく話をするだろう。けれどこの一ヶ月のような濃密な時間はもうやってこない。シンデレラの魔法は解けたのだ。そう、思っていた。
龍之介からメールが届いたのはその日の午後だった。今夜二人で打ち上げしない? という内容だった。もちろんすぐにOKと返したい気持ちだったが、あえて冷静を装い、実家の方はもういいの? と返すと、すぐに、もう済んだよ、と返事が来た。
六時に大学近くの駅で待ち合わせをした。胸は否が応でも高鳴る。だが、魔法の解ける時間が少し伸びただけだ。打ち上げが終われば本当に全て終わるのだ。儚い期待を振り払うように、糸恵は何度も自分にそう言い聞かせた。
龍之介は先に来て待っていた。ラフな格好で壁際に立っているだけで、ファッション誌の一ページのようだった。糸恵の姿を見つけると軽く手を上げて微笑んだ。
少し歩いて、こじゃれた居酒屋に入った。龍之介がサークルの先輩たちと何度か来たことがある店らしい。「おしゃれな店とか知らなくてごめん」という龍之介に、逆に好感を持った。
二人ともまだ十九歳だったけれどビールで乾杯した。糸恵もお酒を飲むのは初めてではなかったものの、ほんのちょっと口にしたことがあるだけなので、すぐに気分がふわふわし始めた。
「ねえ私たちって未成年だから、お酒飲んでるのバレたら捕まっちゃうのかな」
「大丈夫でしょ。副島さん誕生日いつなの?」
「今月。25日」
「ウソ! 全く一緒! 俺も11月25日」
取りとめのない会話も心から楽しんでいたけれど、二人の誕生日が全く同じだとわかってからは更に盛り上がった。それはものすごくスペシャルな共通点に思えたし、誇らしくさえあった。
二時間ほどそこで過ごし、店を出た。入った時より気温が下がっている。しばらく、黙って歩いた。
「ねえ副島さん」
「んん?」
冷たい空気で少しはシャキッとしたものの、まだ酔い心地で歩きながら、龍之介の次の言葉を待った。
「よかったら、今度の誕生日、一緒に過ごさない? 二人で」
彼はそう言った。気がした。そんなに酔っているつもりはなかったのだけれど。
龍之介は突然立ち止った。
「俺と、つき合ってくれないかな」
やっぱり、けっこう酔っていたのかもしれない。だって、今度はそう聞こえた。
「ダメ……かな……」
あの立花龍之介が、緊張の面持ちで佇み、こちらを見ている。夢なのかもしれなかった。だとしたら、このまま一生この夢の中にいたい。ぼうっと龍之介の顔を見つめ返しながら、そんなことを思っていた。
「ねえ立花、あんたまさか遊びじゃないでしょうね」
萌はジョッキに残ったビールをぐびっと飲み干すと、「すいませーん、おかわりー」と店員に向かって叫んでから、龍之介に向き直ってそう言った。萌は龍之介とまともに話をするのは初めてで、店に入ってからまだ四十分ほどだというのに、まるで昔からの知り合いのような口調だ。
「何だよそれ」
「だってあんたいっつも周りに女子はべらせてんじゃん」
「そんなことしてないよ」
あの日の出来事は夢ではなく、糸恵と龍之介はつき合うことになった。それを萌と菜々美に報告したら、萌がどうしても一度龍之介と話したいと言い出したのだ。
「うそ。あっちこっちで女の子たちとおしゃべりしてるの知ってるんだからね。口説いてるんじゃないの」
「そんなことしてないよ。話しかけてくるから普通に話してるだけだよ」
「だからそれはぁ、女子があんたと話したいってことなの。つまり、あんたは常に狙われてるの。ねえ正直さあ、今まで何人ぐらい喰っちゃったの? ん? 言ってみぃ?」
すでに菜々美の制止もきかない。
「あのさあ萌さん、俺多分、君が思ってるような男じゃないと思うよ」
「何よそれ」
「俺、いたって普通の、健全なる男子だから」
「だから健全なる男子はぁ、女が好きでしょ。まさか童貞とか言わないよね? ん?」
「そん……何なんだよもう。飲み過ぎなんじゃないの」
「あんた、ちょっとぐらいいい男だからって糸恵泣かせたらぶっ飛ばすからね」
「萌、もうわかったから。ね」
糸恵は割って入った。萌なりに糸恵のことを心配してくれているのはわかっていた。けれどそのせいで、何も悪い
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