オトノミヤ

真夜中の抹茶ラテ

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第一章 風の旅路

3.太陽の国

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 少女が二人、歩いている。季節は梅雨から夏への移り変わりくらいだ。蝉の声がするには些かまだ早いが、遠い空には高く積もった雲の山が見えた。
 「チェシーさ~ん、こっちであってるんですか?」
「んーとね~……」
チェシーと呼ばれた朱色の髪の少女は、大きなかばんから金のコンパスを取り出して、方角を確認する。現在地・Eの国。さすがに隣国の道には詳しくなく、チェシーの隣を歩く白髪の少女・ミスは不安げな顔をしている。
 コンパスは進行方向やや左を差している。
「あ、ちょっとズレたかも」
「えぇ……?」
訝し気な声を上げても、二人の道しるべは彼女の持つぽんこつのコンパスしかない。二人は渋々進路を修正し、再び歩を進めた。
 視界に映るのは、木と木と木。うっそうと茂る夏の準備を終えた深い森だ。
「うぅ…さっきからずっと同じ道を回ってるような気がしますよぅ……」
「ミスちゃんもそう思う? ボクもそんな気がしてるんだよねぇ…」
「ダメじゃないですか!」
泣きそうな声がした。こんな森の中でまたコンパスが狂いだしたら、それこそ一生ここを彷徨い続けることになるかもしれない……。
 そんな折、前方の木の枝がゆれ、
「もしかして迷子?」
ひょこっと逆さ吊りに人影が現れる。
「わぁ!?」「きゃっ!?」
チェシーとミスは突然の出来事に、思わずその場で抱き合って腰を抜かした。
 「あ~ごめんごめん! 驚かせるつもりはなかったんだ」
逆さ吊りの人影は、軽やかな足取りで木から飛び降り、足音を立てずに着地した。
 オレンジ色の髪の少女だ。背は二人よりも拳二つ分ほど高い。後ろ髪を三つ編みに結ってまとめ、その上から猫のような三角耳が飛び出している。
 「だ、誰?」
ミスと手を取り合ったまま、早鐘を打つ鼓動を押さえてチェシーが問う。少女の歳はチェシーたちよりも少し上に見えた。
「ワタシはミーナだよ! 驚かせちゃってごめんね」
ミーナと名乗った少女は、座り込んだままの二人に手を差し出し助け起こす。猫耳が生えているくせに、手は人間のものだ。しかしよく見れば、青いホットパンツの下で髪色と同じ毛並みの尻尾が揺れている。
 「迷ってそうな声がしたから来てみたんだよ。よければ街まで案内しよっか?」
驚かせちゃったお詫びも兼ねてね、とミーナは付け足した。知らない人にほいほいとついて行ってはいけない。チェシーとミスは顔を見合わせた。そして、
「「お願いします!」」
と声をそろえた。願ってもみない申し出だ。断る理由はない。第一、ミスだって見ず知らずのチェシーについて旅をしている。そんな警告今更だ。
 「じゃあこっちだよ! ついてきて!」
迷うことなく歩き出したミーナの背を、二人は早足に追いかけた。

 森の小道を進む。足元には野イチゴが実をつけ、心地良い感覚で木漏れ日が道を作っていた。見上げれば葉に遮られた太陽が頭上で光を遊んでいる。実に幻想的な光景だ。
 迷子の状態から抜け出してみれば、あぁこんなにもこの森は良い景色だったのかと気づく。不安というのはいつだって、視界を曇らせてしまうものだ。
 しばらくすると視界が開け、目の前には木でできた家々が見える。暖色を中心にあしらったログハウス。軽装の人々が街を行きかっている。
 「お~! Eの国は活気があるね」
チェシーが嬉しそうに頬を緩める。
 この国に来る前、ミスと出会ってからE♭の国の町にも立ち寄った。消耗品の補給のために。E♭の国もそこそこ人がいたけれど、活気があり賑わっているというより落ち着いた様子の町だった。一人一人が自分の時間や他人との距離感を大事にしているような……。そりゃあ国によって特色もあるだろうが、こういう賑やかな方がチェシーの好みに合っていた。
 「でしょ? あ、そういえばアナタたち、用事は? よければそこまで案内するよ!」
「う~ん、とりあえず…」
チェシーが言おうとした言葉に被せるように、腹の虫が鳴いた。
「先にご飯が良いです」
「朝から何も食べてないんだよね……」
もしも遭難したのなら、食料は大事にしなくては。そう思ってここまで我慢していたのだ。結局そうではなかったのだが、おかげで二人とも腹ペコだった。
 「じゃあ美味しいお店教えてあげる!」
「飲食店があるなんて珍しいですね」
「うちは農業が盛んだからね~。食料にはあんまり困ってないんだよ」
そういえば、E♭の国もEの国からいくらか食料を供給してもらっていた。供給元が潤っているのは納得がいく。
 道をすれ違う陽気な国民たちは、「よ、ミーナちゃん」「お友達かい?」と口々に声をかけてきた。ミーナはいつものこととでも言いたげに愛想よく適当な返事をしている。
「お知り合いが多いんですね…」
「みんな顔見知りみたい?」
つられるようにチェシーとミスも適当に会釈を返すが、にしても声をかけてくる人が多いこと多いこと……。
 「二人の国はそうじゃなかったの?」
「ボクのところは結構みんな気さくに声かけ合ってた気がするよ」
「私の国は逆ですね…。必要以上に相手に絡んだりはあまり」
答えながらチェシーは正直よく覚えていないけれど、と胸中で呟いた。
 「じゃあしばらくは、ちょっと疲れるかもね。見たところアナタ、E♭変ホ長調でしょ? 人と関わるのに体力を使うたちと見た」
「あら、バレてしまいましたか」
ミーナはミスの髪飾りをトントンと指さし、対するミスは気恥ずかしそうに笑った。彼女の♭が三つ繋がった髪飾りは、静寂と寂しさと乙女のような恋心を愛する隣国の出身であることを物語っていた。
 そんな他愛ない話を楽しんでいると、やがてミーナが足を止める。
「ここだよ!」
そう教えられたのは他と変わり映えしない一軒のログハウス。唯一違いを上げるとすれば、入り口の屋根のやや上側に、食器のマークが描かれた看板が吊るされていることだろうか。よくよく観察してみれば、暖色の明かりが灯った店内にはいくつかの机があり、何人かの男女が食事をしているのが見える。
 入口のドアを上げると同時に、木と何やら色々な食材の匂いが混ざった香りが混ざってなだれ込んできた。それだけでチェシーは美味しそうな想像をして、ぐぅ…と更に腹が鳴った。
 「いらっしゃいませ。ってあら、ミーナちゃんじゃない。久しぶりね」
「相変わらず繁盛してるみたいだね!」
「おかげさまで。そっちの子たちはお友達?」
「そう。さっき出会ったの」
「それは良かったわね。こちらへどうぞ」
4人掛けのボックス席に案内される。つい数分前に出会った初対面の相手が果たして友達の定義に当てはまるかは謎だが、店員もミーナも気にしていないようだ。
 メニューを開く。元々この星に文字という文化はない。そのため、そこに載っているのは色とりどりの写真だけだ。これはこの店に限った話ではない。
 「あ、これ美味しそう! 玉ねぎのスープだよね? ボクこれと、パンとサラダで良いかな~」
「私はフルーツサンドにします」
「あとホットケーキ1つ!」
「飲み物はどうします?」
「ワタシ紅茶で~」
「あ、私もです」
「ボクはオレンジジュースにするよ」
そんなこんなで少女たちは食事を決め、店員はかしこまりましたと定型文を口にして奥へ引っ込んでいった。あとは、注文通りの料理が届くことを信じて待つだけだ。
 「そういえば、二人の名前、まだ聞いてなかったね」
ミーナは待ち時間の空白を埋めるように、ぽんと手を叩いた。
「ボクはチェシー。こっちはミスちゃんだよ」
「その髪飾りを見るに、アナタCハ長調でしょ? どうしてわざわざEの国に?」
チェシーの頭に飾られた♮の髪飾りを指さして首を傾げる。ハ長調がいるのはだいたいCの国だ。こんなところにCの国の者がいることは、ミーナの目には随分奇怪に映った。だってそれなりに距離があるのだから。
 「ボクら、旅をしてるんだよ」
「そうはいっても、私が同行したのはお隣の国からですけれど…」
「どうして旅を? このご時世に国を渡り歩くなんて大変じゃない」
現に二人は何も食べられぬまま今日森をさ迷っていた。食料や資金が潤沢にあるのなら旅行も悪くない。けれど、この時代にそれをする余裕があるとは到底思えない。
 「そうだね…簡単な話じゃないよ。いつ行き倒れてもおかしくない」
チェシーは第一にその意見に賛同して頷いた。
「でもね、それでも、旅をしなきゃいけないから」
「またどうして?」
「だって、このまま星が滅んでいくのを見過ごせないでしょ?」
音楽が滅びつつあるこの世界で、一人また一人と、誰も知らぬうちに消えていく。放っておけばこの星はいずれ、誰からも忘れられ、そして死んでしまう。そんなの、耐えられない。だって、この星を、音楽を愛しているから。
 「だからって旅をする必要はないじゃん?」
「そうだね。そうかもしれない。でも、ボクは旅という手段を選んだ。ボクはまだ、音楽を取り戻せると信じている。同じ夢物語を追いかけてくれる人を探すには、この足で歩いていくしかないと思ったから」
「……」
なるほど、確かに彼女はハ長調のようだ。その純粋で真っ直ぐな様を表すには、その言葉が最もしっくりくる。
 「私も少し前にチェシーさんにそう言われて、ついて行くことにしたんです。もちろん、そうする必要はきっとないのでしょうけれど…」
でも、一緒に行かなければ、この少女がどうにかなってしまいそうな不安を覚えたから。それを今この場で打ち明ける必要はないが、そんな不要な必要に迫られて、ミスは今ここにいる。
 「ふ~ん…」
お待たせしました、そう声がして湯気を立てるオニオンスープと、甘い香りを放つパンケーキ、少し遅れてフルーツサンドとパンとサラダと飲み物が三つがテーブルの上に並んだ。
 「わ! 美味しそう!」
「ですね! いただきましょう」
ホクホクの笑顔で空腹の二人は本日初の食事に舌鼓を打った。美味しい美味しいと口ずさみながら食べ進める二人を横目に、ミーナは
「アナタたちの夢には賛同するけれど、ワタシはついていかない」
と端的に告げた。理由は色々ある。この国の長として、国の仲間を見捨てて旅になど出られないこと。自ら危険を冒してまでこの足で旅路について行く必要を感じないこと。その夢を応援しはするけれど、叶うなどと能天気な考えに至れはしないこと……。挙げ始めればきりがない。ミーナの喉の奥一杯に、パンケーキを詰める隙間などないほど否定の言葉がひしめいていた。
 「そっか」
それに対してチェシーは短く返した。引き留める理由もない。賛同してくれるというだけで十分だ。もちろん、一緒に来てくれるのならば歓迎するが、誰かと一緒でないと旅ができないほど軟弱な心持ではない。
 「うん。でも応援はしてる。だから、何かあったら頼ってよ。またこの国に立ち寄った時には心から歓迎するし。まだまだ旅は長いんでしょ? なら今日の宿を探してあげる。旅の救世主は労わってあげないとね!」
「ありがとう! じゃあお言葉に甘えるよ」
吐き出したい支援を伝え、喉の奥が空っぽになってから、ミーナはパンケーキに手をつけた。甘いメープルの香りが包み込む。それに第一、旅に出たらこんなおいしいものが食べられなくなるなんて、御免だからだ。



【3.太陽の国 [完]】
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