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第一章:薄暮の月白
1-3.鳥々の夜明け
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-鷹- タカ目タカ科の鳥類
比較的に大きい種類を鷲、比較的小さい種類を鷹と呼ぶ。この2種に明確な違いはなく、習慣的に呼び分けられているだけである。
その威厳ある姿から鳥の王者とされ、信仰の対象にもなった。王家や国家の紋章に用いられることも多々ある。また尾羽は矢羽根の最高級品とされている。
鷹を用いて狩りを行う鷹狩は、世界各国の兵士、多様な時代の中でも楽しまれてきた狩猟。少人数を効率的に動かす作戦指揮を求められ、戦の練習としては最適とも言われている。
速く飛び、力強いというイメージから、航空機や電車、車など様々なものに鷹という名や愛称が付けられることも。
(参考資料:Wikipediaより)
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ーTempo tutto cancellaー
美しい朝日が爽やかな風と共に部屋を彩り、鼻腔を華やかな植物の香りが刺激する冬晴れの午前八時。純白と黄金で飾られた細工の光る窓辺では、空を薄く透かす濁り無き白いレースのカーテンが穏やかに揺れていた。
脇に置かれているのは、シックの落ち着いた羽根布団が埋める暖かくベッド。そこから、
「ん~……ん………………」
となんとも情けのない声がした。
声の主は、桃色の髪の青年。JACK OF DIAMONDたる人物だ。朝日に揺れてキラキラと光を反射するピンクゴールドを思わせる細い髪は、一糸に至るまで手入れされた蚕の糸のように美しい。
(うー……なんか、首が痛い……。寝違えたかな……?)
そう思案していると、コンコンコンと三つノックが響き、こちらの返事を待たずして部屋の扉が開かれる。
「……なんだ、起きていたのか」
部屋に入ってきたのは、この部屋を彩る純白にも勝る、美しい白い髪の男だ。一点の濁り無きそれを後ろで結わえ、髪の白にも負けない美しい白銀の瞳をしている。
「今起きたとこ。Buongiorno、オジロ」
そんな彼に笑顔を向けて、桃髪の青年はベッドの上から上機嫌に手をふった。
オジロと呼ばれた男性は、ベッド横の椅子へと腰を下ろす。
「……単刀直入で悪いが、昨日、何があった?」
美しい朝を楽しむ余裕などなさそうな、かなり緊迫した面持ちで、固く重い声を発した。どうやら、何かあったらしい。
「昨日? えーっとね…………」
ゆっくりと昨日の記憶を漁る。……そしてまもなく、それが途中で途切れていることに気がついた。
北東の貧民窟に向かい、その帰り道……
「!」
咄嗟に自分に首に手を当てる。通りで痛いわけだ。
確かに自分はJACKだと明かしていた。……が、外見は人間と何ら変わりない。それなのに、人間なら確実に死んでいるだろう攻撃を仕掛けてくるだなんて……。
まあもちろん、彼女もQUEENなのだから、絵札がその程度では死なないことは、知っていただろうが……。自分も油断していた。しかし、そうだとしても、一切の殺気なく、洗練された無駄の無い動作で、確実に一撃で落としにくるとは……。
(……まさか、訓練受けてる、なんてこともないだろうし……)
彼女に対する疑問が、またひとつ増えてしまった。
「あれ? そういえば、どうやって帰って来たんだっけ……」
あの場から、帰ってきた記憶がない。傷が治ってから、目を覚まして、自力でここまで帰ってきたのだろうか……?
「……あぁ、それなら」
オジロは、ベッド脇のテーブルに置かれた紙を手渡す。
見慣れない紙は到底良質には見えず、なんだか不思議な形で折り目が着いている。それを訝しげに受け取って、
「? これ、なに?」
「良いから読め」
「う、うん」
よく分からないままに紙を開くと、中には文章が綴られていた。状況に理解が追いつかない中、ひとまず文章へ目を落とす。そこに書き綴られていたのは……
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J'ai trouvé JACK OF DIAMOND dans le bidonville du nord-est.
Nous nous excusons pour la gêne occasionnée, mais veuillez le reprendre.
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「え…………なにこれ」
流暢で美しい筆跡で綴られた♢の言葉。この筆跡、どこかで……。
「昨夜、そこの鳥が持ってきてな」
オジロが指出した窓辺には、銀の羽毛のカラスが一羽、静かに止まっていた。
一枚残さず銀の羽、その目は宝石のように赤い。そしてその色は、たった今思い浮かべた筆跡の持ち主と同じ色だ。
紙に残っている不可思議な折り目は、その鳥の足に結ばれていた跡だろう。昨日彼女のホテルの部屋へ押しかけた時に見た、あの鳥で間違いない。銀色のカラスなど、永い人生で他の例を知らない。
(うっわ…………。自分でやっといて、それは無くない?)
たまたま通りかかっただけの善人を演じた、自作自演。彼女の行動を軽蔑するように冷たく目を細める。
「……ねぇオジロ、僕の傍にナイフとか落ちてなかった?」
傷を治すために抜いてしまった、あのナイフのことだ。
「いや? 何も聞いていないぞ」
「そっかぁ……」
露骨に、ため息が漏れる。自分で首から引き抜いたこと自体は後悔していないが、少し勿体なかったかもしれない。
「なぜそんなことを聞く?」
「証拠があれば、不敬罪で指名手配できるなぁって……」
残念なことに、彼の体には傷は残っていない。完全に、最初から、何も無かったかのように、美しい肌をしている。
証人や目撃者もおそらく居ないだろう。が、凶器は動かぬ証拠足り得る。そうすれば、指名手配なりなんなりして、合法的に、そして強制的に、軍を動かしてでも、彼女を王宮に連れてこれた。
「……お前はサラッと恐ろしいことを言うな……」
オジロは、そんな彼に様子に、少し呆れたような反応を返した。
「それで、質問に答えろ。昨日は何があった?」
そして、再度質問を述べる。結局、最初の質問の答えが得られていない。
「そう! QUEENを見つけたんだ♪ 間違いない。やっぱり彼女がQUEENだったよ!」
痛手は負ったが、昨夜はそれ以上の収穫があった。彼女の身に刻まれた♢の紋様は、間違いなくQUEENのものだったし、言質も取れた。
QUEEN不在のこの国は、対外関係的にもかなり追い詰められている。何より、貿易ができないのはかなり痛い。それを解決に導く核を掴んできたのだから、文句なく褒めたいところだが…………
「……ふむ。……して、そのQUEENはどこに?」
「えっとぉ……」
初めの出会いはカジノ。王都に来ていると聞いたから、ただ安直に。けれど、今は行先のカジノを移しているかもしれない。彼女について知っている内容は外見と、時折スラムへ出向いていることと、おそらく♤出身であることと…………。……………………。
「あ……」
はたと行き詰って理解する。彼女がQUEENなのは間違いない。けれど、掴めている情報はあまりにも少なく、この広い国内で再度発見することは困難を極める。
「……はぁ…………全く。トワ、お前というやつは……」
白髪の男性が盛大にため息をつき、
「うわぁんっ、オジロ、ごめんなさいっ!」
そうして、勇猛果敢なJACKの名にはあまりに相応しくない声が部屋に響き渡った。
***
ーIt’s hard to walk away from a winning streak, even harder to leave the table when you’re on a losing one.ー
穏やかな夕日の差し込む窓辺で、銀色の髪が揺れていた。欠けたティーカップを傾けて、不潔な水の味を誤魔化すための紅茶を啜る。お世辞にも美味しいとは言えないが、この環境下ではマシな方だ。
偶然か必然か、唐突にJACKと出会ってから、何事もないまま既に2週間が経過している。件の一件以降は、半ば逃げるように王都を離れ、今まで通り各地を転々としながら、その日暮らしを続けていた。
それもそのはず、一国のJACKに対する攻撃など、国家権力への明確な反抗意思で最悪死刑だ。とはいえ、当のJACKがプライベートだと言っていたのを鵜呑みにするなら、そこまで悲観的に捉える必要はないのかもしれないが……。
しかし彼女は、不気味な程に平穏な日々を信頼していた。何も “嫌な予感” を感じないからだ。
(そろそろ行きますか……。もう二三日滞在したら、次の宿を探さねばなりませんね……)
向かう先はカジノ。JACKと出会った王都付近のカジノはとっくに見切りをつけており、ハシゴするように地方へと逃げていく。けれど、富裕層の遊び場は王都周辺にしか無いため、2週間経っても尚しつこく探しているならば、見つかるのも時間の問題だ。
(せめて、あの子が居れば良いのですが……。早く帰ってきてくださいな……)
帰らぬ遣いを思いながら、ボロ宿のドアを開く。今通っているカジノは、今日で見切りをつけよう。勝ち過ぎればゲームを避けられる。勝ちすぎのペナルティは、きっとすぐそこまでだ。
***
暖色の灯りが煌びやかに照らすホールの片隅、いつもと同じように同じ席へ腰を下ろす。数日に一度の夜、こうして相手を待つ。相手となるのは生粋のギャンブラーばかりだが、勝負の理由は様々だった。
ある者は無知に、ある者は興味本位で、ある者は手の内を探りに、またある者は鼻を明かそうと。見え透いた結果になぜ群がるのかは疑問だが、いずれそれらは消えていく。ある者は学び、ある者は興味を失い、ある者は断念し、またある者は自分の未熟さを知って。餌皿はいずれ空になり、残された受け皿は雨に濡れ、風に欠けていく。
(……私もいずれは、誰も相手にしてくれなくなるのでしょう。……今の資金だけでは、足りないというのに……)
今日は一人来れば良い方だろう。それ以上は時間と労力と、そして気力の無駄だ。
(……こうも煌びやかな場所は、落ち着きませんし……)
そうしてため息をこぼしかけた時、不意に、人の気配がして、俯き気味だった顔をあげる。すると、静かに相対する席へ腰を下ろした男性の姿が目に映る。
「……」
黒いローブの下で、彼女は静かに目を閉じた。胸騒ぎ。心臓に銃口を突きつけられたような感覚と、背筋を這い登る鳥肌。僅かばかり込み上げる吐き気は、間違いなく、例の “嫌な予感” だ。それも、2週間前、JACKと出会った時のような……。
「……すまない、相席よろしいだろうか?」
目も覚めるような純白の長髪を結わえた男性は、低く落ち着いた声で問うた。宝石のような赤眼と、光のような白眼が視線を混じえ、悪寒は加速する。
(……断らなくては)
この勝負に乗ってはいけない。即座にそれを理解し、息を吸う。この男が何者かを理解していたとしても……。
「……申し訳ございませんが……」
そう言いかけた音は、
「今度は逃さないよ?」
白髪の男性の後ろから姿を現した、桃髪の青年の声によってかき消される。
その青年に対してスッと目を細め、声のトーンを一段階落とす
「……JACK OF DIAMOND、お見えでしたか」
何故ここにいるのか、とは聞かない。何故ならば、その理由が白日の下にあるのだから。
「うん。だって君、また逃げるでしょ。探すの大変だったんだからね?」
温厚そうな顔に貼り付けた、高圧的な笑顔。その腕には銀のカラスが抱かれている。
「……Προδότης」
遣いへ低い声で毒づいても、カラスは人語など理解せぬと顔を逸らした。
あの鳥が相手側に着いているのであれば、勝負から逃げる訳にはいかない。きっとその鳥が、彼女の元まで彼らを案内したのだろう。裏切り者め。
しかし一体なぜ、そんなことをしたのか……彼女は知りえる手段はない。ただ一つ確かなのことは、彼女がその鳥に逆らえないということだ。
「……分かりました、勝負を受けましょう。ただし、私が勝ったら、金輪際、私に関わらないでくださいね」
リスクを引き受けるのだから、相応にリターンが必要だ。射るように、彼女の赤い宝石のような目が、2人と1羽を見つめている。
「その条件を飲もう。逆に、私が勝ったら、大人しく王宮に来てもらう」
一度、確認するように、白髪の男は桃髪の青年を見やってから、さらに条件を乗せた。
「…………えぇ。元よりそのつもりでいらしたのでしょう?」
「ああ」
僅かにため息がまじる。敗者は、勝者に逆らえない。事前に口約束を結ばずとも、もしも負けたのならば、無理やりに王宮へ連れていかれただろう。
「…………して、ゲームは何をなさいますか?」
「貴方が決めて構わない。……あぁ、私はあまりこの手の遊びには詳しくなくてな……できれば、有名なものを頼みたい」
ため息混じりに本題を持ちかければ、まるで2週間前の自分のように、男は選択権をこちらへよこした。
「……ポーカーはいかがでしょう?」
「……ふ~ん?」
その提案に一番に反応を示したのは、JACKだった。彼は、まるで悪人のように口角をにぃっと引き上げ、警戒を全面に押し出すように目を細める。
「……何か問題があるのか? マローネ」
白髪の男性は、その様子に首を傾げた。
「別に、問題があるわけじゃないけど……」
マローネはそう前置きしてから続ける。
「……ポーカーは『相手を下ろすゲーム』なんて呼ばれるんだ。単純な運よりも、駆け引きが主軸になるゲーム。……だから、なんでこの場でそれを提案したのかなぁ、って思っただけだよ」
「……」
彼女は何も返さない。無言は肯定と同意だ。
「そうなのか……。しかし、どのゲームでも構わないと言ったのは私だ。文句などない」
何か含みがあると踏んだ上でも、白髪は断らなかった。否、元から断るつもりなど毛頭なかった。
「ディーラーは僕がやるよ。せっかくなら、ジャック・ポットがいいでしょ?」
そう言って、初めて会った時と同じように、桃髪の青年は机上のトランプに手をつける。
「……構いません」
しかし、あの時と違い、彼女は了承を示した。
「レイズの上限はつける?」
「プレイヤーは二人だけですし……せっかくですから、じっくり楽しみましょう」
「Si」
そうして、軽いシャッフルの音が、室内を満たすジャズの音色に重なる。
最初の手札が配られた。机上には、アンティの黄色いチップが1枚ずつ……。自ら進んでディーラーを引き受けたものの、内心、マローネは不安でたまらなかった。
だってこの白髪、こういった賭け事はとんと向いていないのだ。事前に何度、自分が代わると言っても、結局聞き入れて貰えず、今に至っている。あまりにも、実力差がありすぎる……。100歩……いや、1万歩譲っても、白髪の彼に勝ち目はない。
どうにか上手く、テキサスホールデムだけは避けられたが……もしも、その点を彼女が譲ってくれていなければ、本当に勝負にならなかった。……もちろん、そんなこと、おくびにも出さないが。
「……じゃあ、初めよっか。オープニングベットはある?」
ジャック・ポット。彼の名を冠したそのゲームは、JACKのペア以上が揃っていなければ、オープニングベットを行えない、少し変わったルールのポーカーだ。
先行はディーラーの左側……つまりは、白髪の男からだ。おそらく、それをわかっていて、マローネはその位置に立った。
白髪の男は、手札を見て、短く悩み、
「うむ……ベットしよう」
短く呟いた。どうやら、良いカードが来たようだ。とはいえ、ドローはこの後なのだが……。
「おや、運が良いですね。レイズ……5,000ドルでいきましょうか」
先に白髪の男が黄色いチップを1枚ベットし、間発入れず銀髪の彼女はポットを釣り上げる。こと、彼らに限って、運が良いなんてことは無いのだけれど……。
ポーカーは、相手を下ろすゲーム。いかに自分の手札を強く演じるかが勝負のゲームだ。マローネは不安げな面持ちで、白髪の男を見やる。
「ふむ……では、コール」
そう、それで良い。滑り出しは随分不安だが、この、賭け事が苦手な白髪にしてみれば、及第点だ。
さて、次はドロー。リレイズされているので、次の出番は銀髪の方からだ。
「パス」
彼女は迷うことなく、手順を終わらせた。
(……オープニングベットだけで6,000ドルも支払って、オマケにドロー無しなんて……)
QUEENは、賭け事や勝負に強いと聞いてはいたが、これほどとは。……いや、もしかしたら、ただそう振舞っているだけかもしれないが……。
「ヴァイスはどうする?」
マローネが白髪に声をかける。心配でしかない。やはり、自分がプレイヤーの席に着いた方が……。いや、自分相手では、きっとアルギスは速攻で逃げただろう。こうするしかなかった。なかったが……。
「……1枚だな」
「Si」
一体どのカードを捨てたのか……場に伏せたられたそのカードを、見る権限はディーラーにもない。胃が締められる思いだ。
そして、セカンドベット。ここからが、下ろし合いのゲームの本番だ。先手はヴァイスと呼ばれた白髪側だ。
「……チェック」
短い思考のあと、重く告げる。表情は初めから変わらず、固く、真面目そうなまま。ポーカーフェイスは得意なようだが……些か、この場では慎重すぎるかもしれない。
「ベットしましょう」
間髪入れず、銀髪は強気に声を発する。わざとらしく、不遜な態度を示し、重ねたチップ5枚をポットへ押し出す。まるで退屈だ、と言うような態度で。
マローネは唇を噛むことだけは何とか堪え、プレイヤーのやり取りを見守るしかない。挑発されている。自分を手に入れたくば、もっと強気で来い、と。
眼前ではチップが動くだけだが、実際には、その裏に大金が乗っている。これだから、ギャンブルは嫌いだ。
「……レイズ15,000」
「おや。ふふ、ではレイズ4万」
ポットに置かれた、茶色のチップ8枚。正しく、異色を放っている。財力だけで言えば、彼女個人でも王宮には張り合えるだろう。
(……アルギス、どこまで出すつもりなんだろう…)
マローネは奥歯を噛み締めた。その実、QUEEN捜索に、予算は割り当てられていない。今日の財源は、言い出しっぺのマローネ個人の貯金。多忙につき使う宛はないが、ギャンブルに大事な給与を溶かすなんて御免だ。
真っ向からやりあったら、まず間違いなく、こちらの財源が先に尽きる。確かに立場上はこの国のトップだが、残念ながら給与は上級兵より少し多い程度……。これ以上釣り上げられると、負けた時に辛い。
(……正攻法じゃ勝てないよね…)
彼女はきっと、こちらを測っている。どこまで本気なのか、と。そこまでして、手に入れたいのか、と。それが、彼女がこのゲームを選んだ意図だろう。そして、最初に、負けたら金輪際関わるな、と言ってきたのは、
(……初めから、僕らでは勝てないと)
挑発であり、拒絶。
……ただ、マローネがそれを読めたとして、プレイヤーである白髪の男が、そこまで気づけるかは別問題だ。ギリ…と、奥歯を噛み締める音がした。
手番はヴァイス。コールなら4万ドル、レイズなら6万ドル以上だ。
「レイズ、7万」
場に出された茶色いチップ12枚。勝ちに行くなら、それで正しい。
「ふむ……」
まだ、付き合うか。相対した銀髪の女は、フードの中で少し驚きを見せた。負ける気は無い。負ける手札でもない。……が、これ以上はいくら彼女とて、リスクが大きすぎる。
元々、ギャンブルはレバレッジが効く分、手っ取り早く稼げるから始めただけだ。自分の私腹を肥やすためではなく、♧から食料を輸入する元手のために。
……確かに、出せなくはない。自分一人のために、豪遊するために、あるいはゲームを楽しむためであれば、出せる。……が、目的はそうでは無い。
「……」
コールなら7万ドル、ミニマムレイズは10万ドルだ。ここでレイズすれば、牽制になる。この程度、いくらでも出せると、はっきり拒絶を示せる。
しかし、相対する彼らは、かの王宮の者。民から巻き上げた税金と言う名の後ろ盾がある。国家予算と、どこまで互角にやり合えるかは……未知数だ。やってみるまで分からない。
「……」
手札を見る。負けない自信はある。…………しかし、何も考えずに、全額投入できるほど、愚かではない。もしも、相手の手札の方が強かったら?
「……」
思考が、淀む。
***
ーQuit while you’re ahead.ー
珍しく、彼女が悩んでいる。顔はほとんどローブに覆われて見えないけれど、即断即決の彼女が、返答をよこさない。
「……アルギス?」
まだ時間が必要? と、ディーラーは声をかける。ベッティング・ラウンドは、本来それほど長くはない。
「……そこまでして、欲しいのですか。……税金を、ドブに捨ててまで」
これまで見てきた自信ありげな様とは幾分か違う、押しこらえたような声を発した。悪寒が走るほどの強い憎悪を含んだ、低い声を。
(……僕の貯金だとは、言えないしなぁ……)
ポーカーは、相手を下ろすゲーム。こちらの後ろ盾に王宮の財源があるように見えているのなら、この状況は有利に働く。事実を教えるメリットなどない。
「……何故そこまでして、王宮を嫌がる」
質問には答えず、代わりに白髪の男は冷たく言い放つ。すると、アルギスは冷徹な仮面のような薄ら笑いを貼り付けた。
かつて、この国の全ては貧民窟のような様で、どこもかしこも死に絶えていた。あの頃に比べれば、今はマシな方だ。この国の象徴たる王宮が燃やされたなど妄言に聞こえるほど、見違える国になった。
しかし、その裏にはいつだって、苦しむ民がいる。今も、そうだ。In gambling the many must lose in order that the few may win. 肥えた王都の裏には、無数の貧民がいる。
「……貧富の差が増せば、この国にあるのは滅亡だけですよ。あなたもわかっているのでは?」
国づくりをギャンブルだなんて口が裂けても言えないが、たった数百人の王都の民が私腹を肥すために、一体何万人を苦しめれば気が済むのか。
「あぁ、理解している。だかこそ、貴方の力が必要だ。貴方がこの国に尽くしていることなど、その姿を見れば痛いほどに解る。まともに、物を食べていないのだろう? 自らの食料さえも、民に分け与えているのだろう?」
「……」
枝きれのような細い腕、血色の悪い肌。ローブで隠してはいるが、髪色は銀と言うより、濁って灰色に見える。
「…………食わずとも、我らは死なないでしょう、KING OF DIAMOND? ならば、空腹で死してしまう者へ、食料を分けるなど当然です」
「! はは、やはり気づかれていたか……」
絵札は、空腹では死ねない。どれだけ飢え、どれだけ喉が乾き、生存本能が悲鳴をあげようとも……。
「確かにそうかもしれない。しかし、我らとて空腹は感じるはずだ」
「……」
「……」
会話が途切れる。沈黙は、肯定だ。
「……ねえ、ディーラーが口挟むべきじゃないのはわかってるんだけど……ちょっと聞いてもいい?」
退屈そうに勝負を傍観していたマローネは、ふと思い至ったように口を開いた。アルギスは何も返さない。
「君、この国の生まれじゃないんでしょ。なんでこの国にいるの? 自分の国に帰ればいいじゃん?」
彼女はQUEEN OF DIAMONDだ。けれど、QUEENとしてその座につかないなら、この国にとどまる意味もない。
「我が祖国へ帰るつもりは毛頭ございません」
「じゃあなんで?」
しばし目を閉じ、考える。随分と長くこの国にはいるが、知人もいなければ恩人もいない。この国が滅びようと、QUEENとしての責任があるくらいで、彼女個人としてはなんの関わりもないこの国にいる理由を。
……あぁ、そうだ。
「……Suspended Coffeeは、ご存知ですか?」
「……え? いや、知ってるけど……」
なぜ今、ここで、その名前が出てくるのだろう。マローネは首を傾げた。
「……すまない、知らないな」
よっぽどの世間知らずだと思われそうだが……まあ、王宮で育ったKING OF DIAMONDには、馴染みがなくて当然かもしれない。
「Suspended Coffeeは、カフェとかにある制度なんだけど……一杯のコーヒーを飲んだら、二杯分の金額を支払うことができるんだ。けど、それはチップじゃなくて、いつか誰かのための先払い。保留されてるコーヒーは、いつでも誰でも無料で飲むことが出来るっていう、この国の文化みたいなものだね」
知っていると答えたマローネか概要を話し、同意を求めるようにアルギスを見遣る。
「私は昔、その制度に救われたのです。名も知らぬ私に、恩情をかけてくださった、決して裕福ではない♢の国民たち……」
経済的には貧しくても、この国の国民の殆どは、豊かな心を持っている。他を慈しみ、思いやれる人々だ。
「そんな方々に、幸せになって欲しい。ただ、それだけです」
それが彼女の、純粋な本心だった。
***
ーI figure you have the same chance of winning the lottery whether you play or not.ー
「……決まった?」
話が途切れ、ディーラーは役に戻る。無駄なお喋りはこのくらいでいいだろう。
「……はい。レイズ、10万」
彼女は、この会話で何を思ったのだろうか。淡々とゲーム続行の石を表示した。
「オールイン」
「うぅ…ヴァイスぅ……」
続く宣言に、マローネが恨み節を零す。アルギスの意図が読めた時点で、凡そこうなるだろうとは思ったが……。
「ディーラー、何か?」
厳しい目付きをアルギスに向けられる。ディーラーがゲームに口出しするな、という意図も含んでいるだろう。
さあ、これでベッティング・ラウンドは終了だ。あとは、泣いても笑っても、勝敗が決まるだけ……。
「……うぅ…………なんでもない。じゃあ……ショーダウン!」
ディーラーの合図と同時に、10枚のカードが場に開かれる。
白髪の男の手札は、♢A、♢K、♢J、♢10、♢9。
「わ! フラッシュじゃん!」
♢のスートで揃えられた手札に、マローネは両手を合わせて目を輝かせる。なんともKING OF DIAMONDらしい役だ。
そして、そのままの瞳で銀髪の側を見やる。♤J、♧J、♢Q、♧Q、♤Q……。ハイカードだけで揃えられたその手札に、
「うぁぁん!」
何故か、ディーラーが崩れ落ちた。なんとも無様だ。
彼女の手札はフルハウス。フラッシュの一つ上の位の役だ。つまり、
「ふふ、私の勝ちですね」
「うぅ…………」
呻き声を上げながら、渋々ディーラーは精算作業をこなす。これだから、ギャンブルは嫌いだ。
対する黒いローブの女は非常の満足げだった。それもそのはずか。大金を抱えて、このまま逃げおおせるのだから。
「すまない、マローネ。半額は私が持とう」
「うぅ……」
それでも、痛手なことに変わりはない。どうせ負けるなら、早めにフォールドしてくれれば良かったものを……。いや、全ては今更だ。
「ふふ……ふふ、あぁ、こんなに楽しかったのは久しぶりです」
そりゃそうだろう。勝ったのだから。チップの精算を終えて、使用したカードをケースに戻しながら、マローネは恨みの視線を向けた。
「そう睨まないでくださいな、JACK OF DIAMOND. これ以上、あなたを虐めるほど、私も冷酷ではありません」
これ以上も何も、他に虐められる点もないのだが……。
マローネは深くため息をつく。まあ、今更何を思っても、負け犬の遠吠えだ。どうせ貯蓄の使い道もなかったし、QUEEN OF DIAMOND個人に対する投資だと思うしかない。
「はぁ…………認めるよ、君の勝ち。QUEENってこんなに強いんだね……」
初めの5枚がフルハウスとして揃う確率は、わずか約0.14%……。本当に、豪運以外の何物でもない。
「おや、私の噂をご存知ありませんでした?」
「あるよ……勝てるとは思ってなかったけど、予想以上だった」
「お褒めに預かり光栄です」
彼女は冷酷にチップを片付け、席を立った。
残されたKINGとJACKはしばらく酷く落ち込んでから、これからどうしよう……なんて話しつつ、カジノを出る。とにかく、一度王宮には帰るけれど……金輪際関わるなと言われてしまった以上、打つ手が無い。
信頼できる部下を接触させるという手はあるが……
(あんなに強いんじゃ、多分勝てない。……僕でも無理だった気がする)
どことなく、確信に似たものがあった。少なくとも、隣に並ぶKINGよりは賭け事には強い自信がある。けれど、QUEENに勝てる気がしない。
彼ら絵札は、トランプならば、ある程度手札を操作できる。ある程度なら、自分の望む札を引き当てることができる。おそらく、QUEENが賭け事に強いと言われるのは、交渉力と、KINGやJACK以上に引きが強いせいだろう。
ため息混じりに、白い月を見上げると、夜風が過ぎ去っていった。ふいに、視界に人影が映る。月白の光を反射した、その特徴的な髪色の人物に、マローネは目を細め、低い声で、
「……なんでいるの。待ち伏せ? 趣味悪いよ? 嫌味でも言いたいの?」
威嚇を含めて口にした。
「半分正解かもしれませんね……」
ゲームに勝利し、事前の約束通り逃げ遂せることなど容易い。けれど、アルギスはわざわざ二人が出てくるまで、ここで待っていた。
「こんなにもゲームの弱い方々に、この国を任せておくのは心配なので」
「……。……うん? それってつまり……」
最初は嫌味かと思ったし、事実だいぶ嫌味は含まれているが、つまり彼女は、
「えぇ、王宮へ参ります。QUEEN OF DIAMONDとして」
はっきり、そう伝えた。しかし、その赤い目が見ていたのは、KINGでもJACKでもなく、マローネの腕に抱えられている、銀のカラスだった。
マローネは驚いたように……というか、事実驚いて、何度も瞬きを繰り返す。そして、歓喜と恨みを混ぜたような複雑な表情を白髪の男に向けた。
そんな様子を気にも止めず、
「……では、これからよろしくお願いしますね、KING OF DIAMOND. 私はクローネ・アルギスと申します」
そう言って、銀髪の女は手を差し出す。
あんな王宮へなど行きたくない、それは今でも変わらない。QUEENという座に着くのは不本意だし、今までの行動の全てが無意味へと成り果てるかもしれない。それでも……
「あぁ、よろしく頼む。QUEEN OF DIAMOND、私はヴァイス・ファルケだ」
良い国にしたい。
国を導く二人は確かに握手を交わす。彼らを護ることを任とするJACKは、一歩引いたところで、腕の中の銀のカラスを撫でながら、その様子を見つめていた。きっと、夜明けの時は、すぐそこだ。
【1-3.鳥々の夜明け】
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ー登場人物ー (トランプ史700年現在)
名前:ーー
偽名:クローネ・アルギス
役職:QUEEN OF DIAMND
能力:ーー
外見:銀髪、赤眼、黒いローブ
出身:♤
性別:女
象徴:烏 / 銀
備考:銀のカラスには逆らえない
名前:トワ?
偽名:マローネ・ニービオ
役職:JACK OF DIAMOND
能力:ーー
外見:桃髪、赤茶色の目
出身:ーー
性別:男
象徴:茶 / 鳶
備考:オジロの友達
名前:オジロ?
仮名:ヴァイス・ファルケ
役職:KING OF DIAMOND
能力:ーー
外見:白髪、銀眼
出身:ーー
性別:男
象徴:白 / 鷹
備考:駆け引きが苦手
比較的に大きい種類を鷲、比較的小さい種類を鷹と呼ぶ。この2種に明確な違いはなく、習慣的に呼び分けられているだけである。
その威厳ある姿から鳥の王者とされ、信仰の対象にもなった。王家や国家の紋章に用いられることも多々ある。また尾羽は矢羽根の最高級品とされている。
鷹を用いて狩りを行う鷹狩は、世界各国の兵士、多様な時代の中でも楽しまれてきた狩猟。少人数を効率的に動かす作戦指揮を求められ、戦の練習としては最適とも言われている。
速く飛び、力強いというイメージから、航空機や電車、車など様々なものに鷹という名や愛称が付けられることも。
(参考資料:Wikipediaより)
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ーTempo tutto cancellaー
美しい朝日が爽やかな風と共に部屋を彩り、鼻腔を華やかな植物の香りが刺激する冬晴れの午前八時。純白と黄金で飾られた細工の光る窓辺では、空を薄く透かす濁り無き白いレースのカーテンが穏やかに揺れていた。
脇に置かれているのは、シックの落ち着いた羽根布団が埋める暖かくベッド。そこから、
「ん~……ん………………」
となんとも情けのない声がした。
声の主は、桃色の髪の青年。JACK OF DIAMONDたる人物だ。朝日に揺れてキラキラと光を反射するピンクゴールドを思わせる細い髪は、一糸に至るまで手入れされた蚕の糸のように美しい。
(うー……なんか、首が痛い……。寝違えたかな……?)
そう思案していると、コンコンコンと三つノックが響き、こちらの返事を待たずして部屋の扉が開かれる。
「……なんだ、起きていたのか」
部屋に入ってきたのは、この部屋を彩る純白にも勝る、美しい白い髪の男だ。一点の濁り無きそれを後ろで結わえ、髪の白にも負けない美しい白銀の瞳をしている。
「今起きたとこ。Buongiorno、オジロ」
そんな彼に笑顔を向けて、桃髪の青年はベッドの上から上機嫌に手をふった。
オジロと呼ばれた男性は、ベッド横の椅子へと腰を下ろす。
「……単刀直入で悪いが、昨日、何があった?」
美しい朝を楽しむ余裕などなさそうな、かなり緊迫した面持ちで、固く重い声を発した。どうやら、何かあったらしい。
「昨日? えーっとね…………」
ゆっくりと昨日の記憶を漁る。……そしてまもなく、それが途中で途切れていることに気がついた。
北東の貧民窟に向かい、その帰り道……
「!」
咄嗟に自分に首に手を当てる。通りで痛いわけだ。
確かに自分はJACKだと明かしていた。……が、外見は人間と何ら変わりない。それなのに、人間なら確実に死んでいるだろう攻撃を仕掛けてくるだなんて……。
まあもちろん、彼女もQUEENなのだから、絵札がその程度では死なないことは、知っていただろうが……。自分も油断していた。しかし、そうだとしても、一切の殺気なく、洗練された無駄の無い動作で、確実に一撃で落としにくるとは……。
(……まさか、訓練受けてる、なんてこともないだろうし……)
彼女に対する疑問が、またひとつ増えてしまった。
「あれ? そういえば、どうやって帰って来たんだっけ……」
あの場から、帰ってきた記憶がない。傷が治ってから、目を覚まして、自力でここまで帰ってきたのだろうか……?
「……あぁ、それなら」
オジロは、ベッド脇のテーブルに置かれた紙を手渡す。
見慣れない紙は到底良質には見えず、なんだか不思議な形で折り目が着いている。それを訝しげに受け取って、
「? これ、なに?」
「良いから読め」
「う、うん」
よく分からないままに紙を開くと、中には文章が綴られていた。状況に理解が追いつかない中、ひとまず文章へ目を落とす。そこに書き綴られていたのは……
------------
J'ai trouvé JACK OF DIAMOND dans le bidonville du nord-est.
Nous nous excusons pour la gêne occasionnée, mais veuillez le reprendre.
------------
「え…………なにこれ」
流暢で美しい筆跡で綴られた♢の言葉。この筆跡、どこかで……。
「昨夜、そこの鳥が持ってきてな」
オジロが指出した窓辺には、銀の羽毛のカラスが一羽、静かに止まっていた。
一枚残さず銀の羽、その目は宝石のように赤い。そしてその色は、たった今思い浮かべた筆跡の持ち主と同じ色だ。
紙に残っている不可思議な折り目は、その鳥の足に結ばれていた跡だろう。昨日彼女のホテルの部屋へ押しかけた時に見た、あの鳥で間違いない。銀色のカラスなど、永い人生で他の例を知らない。
(うっわ…………。自分でやっといて、それは無くない?)
たまたま通りかかっただけの善人を演じた、自作自演。彼女の行動を軽蔑するように冷たく目を細める。
「……ねぇオジロ、僕の傍にナイフとか落ちてなかった?」
傷を治すために抜いてしまった、あのナイフのことだ。
「いや? 何も聞いていないぞ」
「そっかぁ……」
露骨に、ため息が漏れる。自分で首から引き抜いたこと自体は後悔していないが、少し勿体なかったかもしれない。
「なぜそんなことを聞く?」
「証拠があれば、不敬罪で指名手配できるなぁって……」
残念なことに、彼の体には傷は残っていない。完全に、最初から、何も無かったかのように、美しい肌をしている。
証人や目撃者もおそらく居ないだろう。が、凶器は動かぬ証拠足り得る。そうすれば、指名手配なりなんなりして、合法的に、そして強制的に、軍を動かしてでも、彼女を王宮に連れてこれた。
「……お前はサラッと恐ろしいことを言うな……」
オジロは、そんな彼に様子に、少し呆れたような反応を返した。
「それで、質問に答えろ。昨日は何があった?」
そして、再度質問を述べる。結局、最初の質問の答えが得られていない。
「そう! QUEENを見つけたんだ♪ 間違いない。やっぱり彼女がQUEENだったよ!」
痛手は負ったが、昨夜はそれ以上の収穫があった。彼女の身に刻まれた♢の紋様は、間違いなくQUEENのものだったし、言質も取れた。
QUEEN不在のこの国は、対外関係的にもかなり追い詰められている。何より、貿易ができないのはかなり痛い。それを解決に導く核を掴んできたのだから、文句なく褒めたいところだが…………
「……ふむ。……して、そのQUEENはどこに?」
「えっとぉ……」
初めの出会いはカジノ。王都に来ていると聞いたから、ただ安直に。けれど、今は行先のカジノを移しているかもしれない。彼女について知っている内容は外見と、時折スラムへ出向いていることと、おそらく♤出身であることと…………。……………………。
「あ……」
はたと行き詰って理解する。彼女がQUEENなのは間違いない。けれど、掴めている情報はあまりにも少なく、この広い国内で再度発見することは困難を極める。
「……はぁ…………全く。トワ、お前というやつは……」
白髪の男性が盛大にため息をつき、
「うわぁんっ、オジロ、ごめんなさいっ!」
そうして、勇猛果敢なJACKの名にはあまりに相応しくない声が部屋に響き渡った。
***
ーIt’s hard to walk away from a winning streak, even harder to leave the table when you’re on a losing one.ー
穏やかな夕日の差し込む窓辺で、銀色の髪が揺れていた。欠けたティーカップを傾けて、不潔な水の味を誤魔化すための紅茶を啜る。お世辞にも美味しいとは言えないが、この環境下ではマシな方だ。
偶然か必然か、唐突にJACKと出会ってから、何事もないまま既に2週間が経過している。件の一件以降は、半ば逃げるように王都を離れ、今まで通り各地を転々としながら、その日暮らしを続けていた。
それもそのはず、一国のJACKに対する攻撃など、国家権力への明確な反抗意思で最悪死刑だ。とはいえ、当のJACKがプライベートだと言っていたのを鵜呑みにするなら、そこまで悲観的に捉える必要はないのかもしれないが……。
しかし彼女は、不気味な程に平穏な日々を信頼していた。何も “嫌な予感” を感じないからだ。
(そろそろ行きますか……。もう二三日滞在したら、次の宿を探さねばなりませんね……)
向かう先はカジノ。JACKと出会った王都付近のカジノはとっくに見切りをつけており、ハシゴするように地方へと逃げていく。けれど、富裕層の遊び場は王都周辺にしか無いため、2週間経っても尚しつこく探しているならば、見つかるのも時間の問題だ。
(せめて、あの子が居れば良いのですが……。早く帰ってきてくださいな……)
帰らぬ遣いを思いながら、ボロ宿のドアを開く。今通っているカジノは、今日で見切りをつけよう。勝ち過ぎればゲームを避けられる。勝ちすぎのペナルティは、きっとすぐそこまでだ。
***
暖色の灯りが煌びやかに照らすホールの片隅、いつもと同じように同じ席へ腰を下ろす。数日に一度の夜、こうして相手を待つ。相手となるのは生粋のギャンブラーばかりだが、勝負の理由は様々だった。
ある者は無知に、ある者は興味本位で、ある者は手の内を探りに、またある者は鼻を明かそうと。見え透いた結果になぜ群がるのかは疑問だが、いずれそれらは消えていく。ある者は学び、ある者は興味を失い、ある者は断念し、またある者は自分の未熟さを知って。餌皿はいずれ空になり、残された受け皿は雨に濡れ、風に欠けていく。
(……私もいずれは、誰も相手にしてくれなくなるのでしょう。……今の資金だけでは、足りないというのに……)
今日は一人来れば良い方だろう。それ以上は時間と労力と、そして気力の無駄だ。
(……こうも煌びやかな場所は、落ち着きませんし……)
そうしてため息をこぼしかけた時、不意に、人の気配がして、俯き気味だった顔をあげる。すると、静かに相対する席へ腰を下ろした男性の姿が目に映る。
「……」
黒いローブの下で、彼女は静かに目を閉じた。胸騒ぎ。心臓に銃口を突きつけられたような感覚と、背筋を這い登る鳥肌。僅かばかり込み上げる吐き気は、間違いなく、例の “嫌な予感” だ。それも、2週間前、JACKと出会った時のような……。
「……すまない、相席よろしいだろうか?」
目も覚めるような純白の長髪を結わえた男性は、低く落ち着いた声で問うた。宝石のような赤眼と、光のような白眼が視線を混じえ、悪寒は加速する。
(……断らなくては)
この勝負に乗ってはいけない。即座にそれを理解し、息を吸う。この男が何者かを理解していたとしても……。
「……申し訳ございませんが……」
そう言いかけた音は、
「今度は逃さないよ?」
白髪の男性の後ろから姿を現した、桃髪の青年の声によってかき消される。
その青年に対してスッと目を細め、声のトーンを一段階落とす
「……JACK OF DIAMOND、お見えでしたか」
何故ここにいるのか、とは聞かない。何故ならば、その理由が白日の下にあるのだから。
「うん。だって君、また逃げるでしょ。探すの大変だったんだからね?」
温厚そうな顔に貼り付けた、高圧的な笑顔。その腕には銀のカラスが抱かれている。
「……Προδότης」
遣いへ低い声で毒づいても、カラスは人語など理解せぬと顔を逸らした。
あの鳥が相手側に着いているのであれば、勝負から逃げる訳にはいかない。きっとその鳥が、彼女の元まで彼らを案内したのだろう。裏切り者め。
しかし一体なぜ、そんなことをしたのか……彼女は知りえる手段はない。ただ一つ確かなのことは、彼女がその鳥に逆らえないということだ。
「……分かりました、勝負を受けましょう。ただし、私が勝ったら、金輪際、私に関わらないでくださいね」
リスクを引き受けるのだから、相応にリターンが必要だ。射るように、彼女の赤い宝石のような目が、2人と1羽を見つめている。
「その条件を飲もう。逆に、私が勝ったら、大人しく王宮に来てもらう」
一度、確認するように、白髪の男は桃髪の青年を見やってから、さらに条件を乗せた。
「…………えぇ。元よりそのつもりでいらしたのでしょう?」
「ああ」
僅かにため息がまじる。敗者は、勝者に逆らえない。事前に口約束を結ばずとも、もしも負けたのならば、無理やりに王宮へ連れていかれただろう。
「…………して、ゲームは何をなさいますか?」
「貴方が決めて構わない。……あぁ、私はあまりこの手の遊びには詳しくなくてな……できれば、有名なものを頼みたい」
ため息混じりに本題を持ちかければ、まるで2週間前の自分のように、男は選択権をこちらへよこした。
「……ポーカーはいかがでしょう?」
「……ふ~ん?」
その提案に一番に反応を示したのは、JACKだった。彼は、まるで悪人のように口角をにぃっと引き上げ、警戒を全面に押し出すように目を細める。
「……何か問題があるのか? マローネ」
白髪の男性は、その様子に首を傾げた。
「別に、問題があるわけじゃないけど……」
マローネはそう前置きしてから続ける。
「……ポーカーは『相手を下ろすゲーム』なんて呼ばれるんだ。単純な運よりも、駆け引きが主軸になるゲーム。……だから、なんでこの場でそれを提案したのかなぁ、って思っただけだよ」
「……」
彼女は何も返さない。無言は肯定と同意だ。
「そうなのか……。しかし、どのゲームでも構わないと言ったのは私だ。文句などない」
何か含みがあると踏んだ上でも、白髪は断らなかった。否、元から断るつもりなど毛頭なかった。
「ディーラーは僕がやるよ。せっかくなら、ジャック・ポットがいいでしょ?」
そう言って、初めて会った時と同じように、桃髪の青年は机上のトランプに手をつける。
「……構いません」
しかし、あの時と違い、彼女は了承を示した。
「レイズの上限はつける?」
「プレイヤーは二人だけですし……せっかくですから、じっくり楽しみましょう」
「Si」
そうして、軽いシャッフルの音が、室内を満たすジャズの音色に重なる。
最初の手札が配られた。机上には、アンティの黄色いチップが1枚ずつ……。自ら進んでディーラーを引き受けたものの、内心、マローネは不安でたまらなかった。
だってこの白髪、こういった賭け事はとんと向いていないのだ。事前に何度、自分が代わると言っても、結局聞き入れて貰えず、今に至っている。あまりにも、実力差がありすぎる……。100歩……いや、1万歩譲っても、白髪の彼に勝ち目はない。
どうにか上手く、テキサスホールデムだけは避けられたが……もしも、その点を彼女が譲ってくれていなければ、本当に勝負にならなかった。……もちろん、そんなこと、おくびにも出さないが。
「……じゃあ、初めよっか。オープニングベットはある?」
ジャック・ポット。彼の名を冠したそのゲームは、JACKのペア以上が揃っていなければ、オープニングベットを行えない、少し変わったルールのポーカーだ。
先行はディーラーの左側……つまりは、白髪の男からだ。おそらく、それをわかっていて、マローネはその位置に立った。
白髪の男は、手札を見て、短く悩み、
「うむ……ベットしよう」
短く呟いた。どうやら、良いカードが来たようだ。とはいえ、ドローはこの後なのだが……。
「おや、運が良いですね。レイズ……5,000ドルでいきましょうか」
先に白髪の男が黄色いチップを1枚ベットし、間発入れず銀髪の彼女はポットを釣り上げる。こと、彼らに限って、運が良いなんてことは無いのだけれど……。
ポーカーは、相手を下ろすゲーム。いかに自分の手札を強く演じるかが勝負のゲームだ。マローネは不安げな面持ちで、白髪の男を見やる。
「ふむ……では、コール」
そう、それで良い。滑り出しは随分不安だが、この、賭け事が苦手な白髪にしてみれば、及第点だ。
さて、次はドロー。リレイズされているので、次の出番は銀髪の方からだ。
「パス」
彼女は迷うことなく、手順を終わらせた。
(……オープニングベットだけで6,000ドルも支払って、オマケにドロー無しなんて……)
QUEENは、賭け事や勝負に強いと聞いてはいたが、これほどとは。……いや、もしかしたら、ただそう振舞っているだけかもしれないが……。
「ヴァイスはどうする?」
マローネが白髪に声をかける。心配でしかない。やはり、自分がプレイヤーの席に着いた方が……。いや、自分相手では、きっとアルギスは速攻で逃げただろう。こうするしかなかった。なかったが……。
「……1枚だな」
「Si」
一体どのカードを捨てたのか……場に伏せたられたそのカードを、見る権限はディーラーにもない。胃が締められる思いだ。
そして、セカンドベット。ここからが、下ろし合いのゲームの本番だ。先手はヴァイスと呼ばれた白髪側だ。
「……チェック」
短い思考のあと、重く告げる。表情は初めから変わらず、固く、真面目そうなまま。ポーカーフェイスは得意なようだが……些か、この場では慎重すぎるかもしれない。
「ベットしましょう」
間髪入れず、銀髪は強気に声を発する。わざとらしく、不遜な態度を示し、重ねたチップ5枚をポットへ押し出す。まるで退屈だ、と言うような態度で。
マローネは唇を噛むことだけは何とか堪え、プレイヤーのやり取りを見守るしかない。挑発されている。自分を手に入れたくば、もっと強気で来い、と。
眼前ではチップが動くだけだが、実際には、その裏に大金が乗っている。これだから、ギャンブルは嫌いだ。
「……レイズ15,000」
「おや。ふふ、ではレイズ4万」
ポットに置かれた、茶色のチップ8枚。正しく、異色を放っている。財力だけで言えば、彼女個人でも王宮には張り合えるだろう。
(……アルギス、どこまで出すつもりなんだろう…)
マローネは奥歯を噛み締めた。その実、QUEEN捜索に、予算は割り当てられていない。今日の財源は、言い出しっぺのマローネ個人の貯金。多忙につき使う宛はないが、ギャンブルに大事な給与を溶かすなんて御免だ。
真っ向からやりあったら、まず間違いなく、こちらの財源が先に尽きる。確かに立場上はこの国のトップだが、残念ながら給与は上級兵より少し多い程度……。これ以上釣り上げられると、負けた時に辛い。
(……正攻法じゃ勝てないよね…)
彼女はきっと、こちらを測っている。どこまで本気なのか、と。そこまでして、手に入れたいのか、と。それが、彼女がこのゲームを選んだ意図だろう。そして、最初に、負けたら金輪際関わるな、と言ってきたのは、
(……初めから、僕らでは勝てないと)
挑発であり、拒絶。
……ただ、マローネがそれを読めたとして、プレイヤーである白髪の男が、そこまで気づけるかは別問題だ。ギリ…と、奥歯を噛み締める音がした。
手番はヴァイス。コールなら4万ドル、レイズなら6万ドル以上だ。
「レイズ、7万」
場に出された茶色いチップ12枚。勝ちに行くなら、それで正しい。
「ふむ……」
まだ、付き合うか。相対した銀髪の女は、フードの中で少し驚きを見せた。負ける気は無い。負ける手札でもない。……が、これ以上はいくら彼女とて、リスクが大きすぎる。
元々、ギャンブルはレバレッジが効く分、手っ取り早く稼げるから始めただけだ。自分の私腹を肥やすためではなく、♧から食料を輸入する元手のために。
……確かに、出せなくはない。自分一人のために、豪遊するために、あるいはゲームを楽しむためであれば、出せる。……が、目的はそうでは無い。
「……」
コールなら7万ドル、ミニマムレイズは10万ドルだ。ここでレイズすれば、牽制になる。この程度、いくらでも出せると、はっきり拒絶を示せる。
しかし、相対する彼らは、かの王宮の者。民から巻き上げた税金と言う名の後ろ盾がある。国家予算と、どこまで互角にやり合えるかは……未知数だ。やってみるまで分からない。
「……」
手札を見る。負けない自信はある。…………しかし、何も考えずに、全額投入できるほど、愚かではない。もしも、相手の手札の方が強かったら?
「……」
思考が、淀む。
***
ーQuit while you’re ahead.ー
珍しく、彼女が悩んでいる。顔はほとんどローブに覆われて見えないけれど、即断即決の彼女が、返答をよこさない。
「……アルギス?」
まだ時間が必要? と、ディーラーは声をかける。ベッティング・ラウンドは、本来それほど長くはない。
「……そこまでして、欲しいのですか。……税金を、ドブに捨ててまで」
これまで見てきた自信ありげな様とは幾分か違う、押しこらえたような声を発した。悪寒が走るほどの強い憎悪を含んだ、低い声を。
(……僕の貯金だとは、言えないしなぁ……)
ポーカーは、相手を下ろすゲーム。こちらの後ろ盾に王宮の財源があるように見えているのなら、この状況は有利に働く。事実を教えるメリットなどない。
「……何故そこまでして、王宮を嫌がる」
質問には答えず、代わりに白髪の男は冷たく言い放つ。すると、アルギスは冷徹な仮面のような薄ら笑いを貼り付けた。
かつて、この国の全ては貧民窟のような様で、どこもかしこも死に絶えていた。あの頃に比べれば、今はマシな方だ。この国の象徴たる王宮が燃やされたなど妄言に聞こえるほど、見違える国になった。
しかし、その裏にはいつだって、苦しむ民がいる。今も、そうだ。In gambling the many must lose in order that the few may win. 肥えた王都の裏には、無数の貧民がいる。
「……貧富の差が増せば、この国にあるのは滅亡だけですよ。あなたもわかっているのでは?」
国づくりをギャンブルだなんて口が裂けても言えないが、たった数百人の王都の民が私腹を肥すために、一体何万人を苦しめれば気が済むのか。
「あぁ、理解している。だかこそ、貴方の力が必要だ。貴方がこの国に尽くしていることなど、その姿を見れば痛いほどに解る。まともに、物を食べていないのだろう? 自らの食料さえも、民に分け与えているのだろう?」
「……」
枝きれのような細い腕、血色の悪い肌。ローブで隠してはいるが、髪色は銀と言うより、濁って灰色に見える。
「…………食わずとも、我らは死なないでしょう、KING OF DIAMOND? ならば、空腹で死してしまう者へ、食料を分けるなど当然です」
「! はは、やはり気づかれていたか……」
絵札は、空腹では死ねない。どれだけ飢え、どれだけ喉が乾き、生存本能が悲鳴をあげようとも……。
「確かにそうかもしれない。しかし、我らとて空腹は感じるはずだ」
「……」
「……」
会話が途切れる。沈黙は、肯定だ。
「……ねえ、ディーラーが口挟むべきじゃないのはわかってるんだけど……ちょっと聞いてもいい?」
退屈そうに勝負を傍観していたマローネは、ふと思い至ったように口を開いた。アルギスは何も返さない。
「君、この国の生まれじゃないんでしょ。なんでこの国にいるの? 自分の国に帰ればいいじゃん?」
彼女はQUEEN OF DIAMONDだ。けれど、QUEENとしてその座につかないなら、この国にとどまる意味もない。
「我が祖国へ帰るつもりは毛頭ございません」
「じゃあなんで?」
しばし目を閉じ、考える。随分と長くこの国にはいるが、知人もいなければ恩人もいない。この国が滅びようと、QUEENとしての責任があるくらいで、彼女個人としてはなんの関わりもないこの国にいる理由を。
……あぁ、そうだ。
「……Suspended Coffeeは、ご存知ですか?」
「……え? いや、知ってるけど……」
なぜ今、ここで、その名前が出てくるのだろう。マローネは首を傾げた。
「……すまない、知らないな」
よっぽどの世間知らずだと思われそうだが……まあ、王宮で育ったKING OF DIAMONDには、馴染みがなくて当然かもしれない。
「Suspended Coffeeは、カフェとかにある制度なんだけど……一杯のコーヒーを飲んだら、二杯分の金額を支払うことができるんだ。けど、それはチップじゃなくて、いつか誰かのための先払い。保留されてるコーヒーは、いつでも誰でも無料で飲むことが出来るっていう、この国の文化みたいなものだね」
知っていると答えたマローネか概要を話し、同意を求めるようにアルギスを見遣る。
「私は昔、その制度に救われたのです。名も知らぬ私に、恩情をかけてくださった、決して裕福ではない♢の国民たち……」
経済的には貧しくても、この国の国民の殆どは、豊かな心を持っている。他を慈しみ、思いやれる人々だ。
「そんな方々に、幸せになって欲しい。ただ、それだけです」
それが彼女の、純粋な本心だった。
***
ーI figure you have the same chance of winning the lottery whether you play or not.ー
「……決まった?」
話が途切れ、ディーラーは役に戻る。無駄なお喋りはこのくらいでいいだろう。
「……はい。レイズ、10万」
彼女は、この会話で何を思ったのだろうか。淡々とゲーム続行の石を表示した。
「オールイン」
「うぅ…ヴァイスぅ……」
続く宣言に、マローネが恨み節を零す。アルギスの意図が読めた時点で、凡そこうなるだろうとは思ったが……。
「ディーラー、何か?」
厳しい目付きをアルギスに向けられる。ディーラーがゲームに口出しするな、という意図も含んでいるだろう。
さあ、これでベッティング・ラウンドは終了だ。あとは、泣いても笑っても、勝敗が決まるだけ……。
「……うぅ…………なんでもない。じゃあ……ショーダウン!」
ディーラーの合図と同時に、10枚のカードが場に開かれる。
白髪の男の手札は、♢A、♢K、♢J、♢10、♢9。
「わ! フラッシュじゃん!」
♢のスートで揃えられた手札に、マローネは両手を合わせて目を輝かせる。なんともKING OF DIAMONDらしい役だ。
そして、そのままの瞳で銀髪の側を見やる。♤J、♧J、♢Q、♧Q、♤Q……。ハイカードだけで揃えられたその手札に、
「うぁぁん!」
何故か、ディーラーが崩れ落ちた。なんとも無様だ。
彼女の手札はフルハウス。フラッシュの一つ上の位の役だ。つまり、
「ふふ、私の勝ちですね」
「うぅ…………」
呻き声を上げながら、渋々ディーラーは精算作業をこなす。これだから、ギャンブルは嫌いだ。
対する黒いローブの女は非常の満足げだった。それもそのはずか。大金を抱えて、このまま逃げおおせるのだから。
「すまない、マローネ。半額は私が持とう」
「うぅ……」
それでも、痛手なことに変わりはない。どうせ負けるなら、早めにフォールドしてくれれば良かったものを……。いや、全ては今更だ。
「ふふ……ふふ、あぁ、こんなに楽しかったのは久しぶりです」
そりゃそうだろう。勝ったのだから。チップの精算を終えて、使用したカードをケースに戻しながら、マローネは恨みの視線を向けた。
「そう睨まないでくださいな、JACK OF DIAMOND. これ以上、あなたを虐めるほど、私も冷酷ではありません」
これ以上も何も、他に虐められる点もないのだが……。
マローネは深くため息をつく。まあ、今更何を思っても、負け犬の遠吠えだ。どうせ貯蓄の使い道もなかったし、QUEEN OF DIAMOND個人に対する投資だと思うしかない。
「はぁ…………認めるよ、君の勝ち。QUEENってこんなに強いんだね……」
初めの5枚がフルハウスとして揃う確率は、わずか約0.14%……。本当に、豪運以外の何物でもない。
「おや、私の噂をご存知ありませんでした?」
「あるよ……勝てるとは思ってなかったけど、予想以上だった」
「お褒めに預かり光栄です」
彼女は冷酷にチップを片付け、席を立った。
残されたKINGとJACKはしばらく酷く落ち込んでから、これからどうしよう……なんて話しつつ、カジノを出る。とにかく、一度王宮には帰るけれど……金輪際関わるなと言われてしまった以上、打つ手が無い。
信頼できる部下を接触させるという手はあるが……
(あんなに強いんじゃ、多分勝てない。……僕でも無理だった気がする)
どことなく、確信に似たものがあった。少なくとも、隣に並ぶKINGよりは賭け事には強い自信がある。けれど、QUEENに勝てる気がしない。
彼ら絵札は、トランプならば、ある程度手札を操作できる。ある程度なら、自分の望む札を引き当てることができる。おそらく、QUEENが賭け事に強いと言われるのは、交渉力と、KINGやJACK以上に引きが強いせいだろう。
ため息混じりに、白い月を見上げると、夜風が過ぎ去っていった。ふいに、視界に人影が映る。月白の光を反射した、その特徴的な髪色の人物に、マローネは目を細め、低い声で、
「……なんでいるの。待ち伏せ? 趣味悪いよ? 嫌味でも言いたいの?」
威嚇を含めて口にした。
「半分正解かもしれませんね……」
ゲームに勝利し、事前の約束通り逃げ遂せることなど容易い。けれど、アルギスはわざわざ二人が出てくるまで、ここで待っていた。
「こんなにもゲームの弱い方々に、この国を任せておくのは心配なので」
「……。……うん? それってつまり……」
最初は嫌味かと思ったし、事実だいぶ嫌味は含まれているが、つまり彼女は、
「えぇ、王宮へ参ります。QUEEN OF DIAMONDとして」
はっきり、そう伝えた。しかし、その赤い目が見ていたのは、KINGでもJACKでもなく、マローネの腕に抱えられている、銀のカラスだった。
マローネは驚いたように……というか、事実驚いて、何度も瞬きを繰り返す。そして、歓喜と恨みを混ぜたような複雑な表情を白髪の男に向けた。
そんな様子を気にも止めず、
「……では、これからよろしくお願いしますね、KING OF DIAMOND. 私はクローネ・アルギスと申します」
そう言って、銀髪の女は手を差し出す。
あんな王宮へなど行きたくない、それは今でも変わらない。QUEENという座に着くのは不本意だし、今までの行動の全てが無意味へと成り果てるかもしれない。それでも……
「あぁ、よろしく頼む。QUEEN OF DIAMOND、私はヴァイス・ファルケだ」
良い国にしたい。
国を導く二人は確かに握手を交わす。彼らを護ることを任とするJACKは、一歩引いたところで、腕の中の銀のカラスを撫でながら、その様子を見つめていた。きっと、夜明けの時は、すぐそこだ。
【1-3.鳥々の夜明け】
------------
ー登場人物ー (トランプ史700年現在)
名前:ーー
偽名:クローネ・アルギス
役職:QUEEN OF DIAMND
能力:ーー
外見:銀髪、赤眼、黒いローブ
出身:♤
性別:女
象徴:烏 / 銀
備考:銀のカラスには逆らえない
名前:トワ?
偽名:マローネ・ニービオ
役職:JACK OF DIAMOND
能力:ーー
外見:桃髪、赤茶色の目
出身:ーー
性別:男
象徴:茶 / 鳶
備考:オジロの友達
名前:オジロ?
仮名:ヴァイス・ファルケ
役職:KING OF DIAMOND
能力:ーー
外見:白髪、銀眼
出身:ーー
性別:男
象徴:白 / 鷹
備考:駆け引きが苦手
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