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第209話 おさけ。

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 深夜のコンビニは変な客が来やすい。

「マスター。久しぶり」

「お、お久しぶりです?」

 スーツを着た40代後半の男性が店にやってきた。俺に対してとても親しげな雰囲気だが……完全に記憶にない。俺が覚えてないだけか……?こういう仕事をしてると一方的に覚えてもらったりすることも多いから、適当に話を合わせていくしかない。

「ちょっと座らせてもらうよ」

「え、ああ、はい」

 男はレジカウンターの上に座って此方を向いた。

 ……何こいつ。今時幼い子でもこんなことしねえんだけど。

「とりあえずいつものを水割りで頼むよ」

「いつもの……?」

「何だい、忘れちゃったのかい。マスター。お湯の水割りだよ」

「えっ」

「先に代金は払っておくよ。釣りはいらない」

 男は財布から1万円札を取り出した。……途中まで頭がおかしいやつがまた来たと思っていたが、金を払うなら別問題だ。頑張って要望に応えるしかない。作り方もよくわからないので、おでんのカップに半分だけポットのお湯を入れて、水道水を注ぎたした。

 …………自分で作っといてあれだけど、これ1万円の価値あります??

「マスター手際がいいね」

「ど、どうぞ」

「じゃあ頂くよ。…………うん、これだ。懐かしい。故郷を思い出すよ」

 ……こいつどんな地域で暮らしてんだよ。

「……ふふっ。森の動物たちが語り掛けてるよ。……一緒に踊ろうよって」

 ……薬やってないか。大丈夫か。

「はははっ!そうだ!これが森のカーニバルだ!熊さんもこっちにおいで!あははっ!」

 ……確実にやってる。やべえ。警察呼ばねえと。

「はははっ!はははっ!!!……はぁー……美味い。……マスターありがとう。また来るよ」

「……あ、ありがとうございましたー……」

 男が出て行ったあと、残されたカップを見てみると半分以上残っていた。

 ……美味いんじゃねえのかよ。
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