世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

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合意の下で異世界へ

追憶

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「ふわぁぁぁっ!、とっても美味しかったですぅ~っ!!!」

 ――と、ミレーヌは平身低頭で公太に頭を下げた。

「どういたしまして、お粗末様でした」

 対して公太は、感激気味のミレーヌの姿を見やり、小さく笑みを造って彼女の賛辞に応じる。


 しかし――窓に写っているのは、夕日が沈もうとしている時分の光景。

 これはもはや、二人があんパンとクリームパンを食べていた、昼時ではない事を現している。


 あの後、ミレーヌはこの世界の食べ物に俄然として興味を示し、公太が昼食用にストックしていた菓子パン類を物色――アッと言う間に平らげたあんパンに続き、豆パンにも手を付け感動しながら昼食を終えた。

 その際、公太は……

「――ミレーヌちゃん、朝まで俺を見張ってるつもりなんだろ?

 なら……返答を決める材料にしたいから、そのクートフィリアってトコの事、詳しく話してくれねぇかな?」

 ――と、どうせ部屋に留まるつもりなら、判断材料を挙げろと伝えたのだった。


 それを請け、ミレーヌは語り始めた……


 クートフィリアは、人造物が乱立している今居る世界とは違い、ほとんどが手付かずの自然に覆われていて、人々はそれを活かした暮らしをしている事。

 大まかに分けると、4つの種族が世界を四等分する形で国家を形成――自分はその中の"エルフィ"という国の者で、出身や所属を現す意味で、ミドルネームに国の名を冠するのが通例だという事。

 魔神封じを求めた旅は4種族、4か国肝煎りの一大プロジェクトで、実行部隊として動いているのは、自分を含めた5人の仲間であり、自分が依り代となってくれる者を連れて帰ってくる事を信じ、心待ちにしているという事。

 ――そこから、生活様式や、人々の暮らし向きへと話しの流れが移ると、段々と公太への勧誘色が濃くなり……成功報酬というか、異世界むこうで公太に提供するつもりでいる特権へと話が及んだ。


「――コータさんには、4か国合同の御礼として、”ヒュマド族”の国の一角にある、温暖な気候で肥沃に富んだ地域の土地と、そこから上がる税収……つまり、”領主の権限”を差し上げる事が決まっています。

 そして、残りの3種族――エルフィ、"ドワネ"、"ホビル"からも、様々な産物の専売権を献上させて頂くと共に、4種族から選りすぐった有能な者たちを、コータさんの臣下としてお送りさせて貰い、領地経営で煩わしい思いをさせる事も一切ございませんっ!」


 ――と、承諾して魔神封じの依り代となれば、バラ色の異世界生活が待っているのだと、彼女は嬉々として告げたのだった。


(――アタマから『公太おれにくれる』って、完全にアテにされてる物言いだよねぇ……)


 興奮気味に説明するミレーヌの様子を、引き気味に見据えた公太は苦笑した。


 聞き終えた後に窓を見ると、丁度夕食の用意の頃合いだと気付いた公太は……

「――晩飯も、喰うよね?、ミレーヌちゃん」

 ――と、一応は食する意思をミレーヌに尋ねた。

「あっ……いつの間にか、そんな時間でしたか。

 ずっ、図々しい事この上ありませんがぁ……御相伴に預かれれば嬉しいです♪」

 ミレーヌは少し、よだれも口元に覗かせながら、馳走になる意思を示した。

 そんな夕食――ちなみに、メニューとしては、豚肉の細切れと野菜を荒く炒めた物と白飯というシンプルな食事を終え、一息吐いているのが今の光景なのである。


「――コチラの世界の物を食べたのは、今とお昼のが初めてでしたが……どちらも大変な美味で、皆に良い土産話も出来ましたぁ♪」

 ミレーヌは満面の笑みを浮かべ、ご機嫌に公太のベッドに横たわる。

「土産話”も”って、また俺がOKする前提かよ……」

 公太もまた呆れた様子で、食器一式をキッチンに片付けながら、そんな呟きを溢す。

 食器をとりあえず水に漬け、テーブルの側に戻る。

「――ん?、ミレーヌちゃん?」

 ――と、公太はミレーヌの何らかの変化に気づいた。

「何か……ワケの解からない言葉を喋ってるな?、これ、向こうの言葉か?」

 公太は、ミレーヌが呟いている不可思議な言動を、クートフィリアの言語だと邪推した。

「――てぇ事は、例の翻訳結界が解かれたって事だよね?、つまり……」

 公太はそう言うと、澄ました耳を横たわっている彼女の顔へと近付ける。

「寝てる、ね……スゥスゥと寝息まで発てて。

 まぁ、駆けずり回ってたってハナシだから、やっと見つかった安堵で気が抜けても――って、俺にも前提癖が伝染うつったかぁ?」

 公太は寝てしまったミレーヌの様子を、苦笑いを交えながら見詰めた。

「……そういや、このまま朝まで寝られたら、俺、どこで寝よ?

 そこ、俺の唯一の寝床ベッドなのに……」

 更なる問題にも行き当たった公太は、今度は眉間にシワを寄せ、ミレーヌの寝顔を凝視する。

(まっ、待てよ、おい……)

 凝視する中で、公太は別の問題にも気付いた――それは彼の目線が、彼女の顔から徐々に、彼女の全身へと移り出している事で、大体の理由はお解りだろう。

(――俺、もしかして、ちょっと欲情してる?、何か"カラダの中心"が反応してるのを感じるんだけど……)

 公太は顔をしかめ、呆れた様子で自分の股間を睨んだ。

(……だからよぉ、こんな身体障害者カラダの俺にどうしろというんだ?、俺の『男の部分』よ)

 公太は頭を掻きながらミレーヌの寝姿に背を向け、目を閉じて黙考を始める

「……丁度良い、返事――どうするか決めなきゃな」


 彼の黙考については、ココからはモノローグとして現す事としよう……



 ――勝手に召喚されたり、くたばっちまって転生されるよりは、自分で決められるだけ確かにマシかもしれないが……唐突に、アニメの中から飛び出した様な美少女(※あくまでも見た目は)に声を掛けられて、一緒に異世界に行って欲しいと頼まれるのも、なかなかに衝撃的。

 いや、その発想自体も、アニメやラノベに影響されて、何かが一本外れてる気もするな。

 まっ、こうも関わっちまえば、信じるしか道はねぇし、彼女の頼みにどう応えるかは、真剣に取り組むべき事柄だろう。


 まず、頼みを請けた場合――その成功報酬が、破格なのは間違いない。

 もちろん、その第一の利点は……この片麻痺障害から、オサラバ出来る事だ。

 唐突に脳出血を発症して……一命を取り留めて目を覚ましたら、右半身が動かない――いや、目で見れば繋がっているのに、まるでカラダが半分に裂かれ、右側はどこかに失せてしまった感覚というのが適当だろう。

 リハビリを頑張って、こうして自立して暮らす事が出来る様にはなったが、それでも、こんなカラダでは働く事も間々ならない――それは、社会的には死んでいるのと同義だと言えるだろう。


 罹った病気の『ありふれた感』や、中度という身障者手帳上の記述と基準だけを参考にすれば、別に難病ってワケでも、車椅子を手放せないワケでも、目がまったく見えないワケでも、まったく耳が聴こえないワケでもないのだから、何が、どこが『障害者』なのだと思われがちだが、一番苦しくて辛いのは、そういう俺たちの方なんだよと思う。

 例に挙げた様な障害者ひと――手帳上では重度、つまり"1級"ならば、行政や福祉の支援も手厚く、障害年金の支給額も、潤沢にとは流石に言えないが、生活して行くに足りる額のモノとなる。


 それに――ハッキリ言えば、就労にも有利と言えるというのが、俺の率直な感想だ。


 どんなにキレイゴトを並べても、どれだけ時代は変わったとうそぶいても――障害者雇用というのは所詮、慈善事業の一面でしかない……それが、実態社会の現実だ。

 そういう面では、車椅子ユーザーや肢体欠損者、全盲者、ろう者は、傍の目にも明らかだから、雇う企業からすれば『社会貢献してますアピール』をするには最高の素材――コレが、パラリンピックを目指しているアスリートだったりしたら、鬼になんとやらなのである。


 卑屈と捉えられるのなら上等だ、それが俺が感じた現実なのだから。


 障害者雇用は慈善事業の一面と言ったが、その片面は――もちろん、純粋に人手が欲しい事と、法的なノルマという一面である。

 だが、それにだって"曰く"が付く――それは前出とは真逆に、障害を抱えている様には、傍からでは見えなく、能力的、身体的には仕事への支障が少ない、精神や発達……単純労働も含めれば知的障害者の雇用に偏ったモノ。

 俺の様に、出来る事が限られる場合は除外が濃厚だ。

 それに――これは法的なノルマのクリアと、行政の助成金下で人手不足も補うという、打算バリバリな発想でしかない……これも、俺が接した現実である。

 慈善と打算――そんな真逆な方向を向いた柱に支えられているのが、障害者雇用の実態であり、俺みたいなのはそのどちらの利にも適わないのだ。


 つまり俺は、手厚い支援も得られず、それを補おうにも働かせて貰えるワケでもない――まさに、"中度ちゅうど"半端な障害者なのだ。

 あっ……ちなみに生活保護という一手も、微額の障害年金を理由にアウトである事も付け加えておく。


 そんな状況下で、一山当てて人生を逆転させようと思うなら、今回の要請とその報酬を断る理由は無い。

 むしろ、そんな中途半端な俺を必要だと言ってくれている――彼女と、彼女の世界には感謝したいぐらいだし、そんな愁傷な異世界に報いたい気持ちも芽生えてはいる。


 だが、向こうの世界から帰っては来れないというのは――流石に、大き過ぎるネックである。


 何だかんだ言っても、生まれ育って、今日まで暮らして来た世界だ――未練が無いと言えば嘘になる。


 ……いや、そうとも限らないか?


 父親を小学生の頃、母親を高校生の時分に亡くし、長くはない期間ではあったが――俺は養護施設上がりである。

 施設を経た者には原則、大学への進学は認められず、高卒即就職というのがセオリー……つまり、"学歴にリミット"があるのだ。

 イマドキ、そんなリミットがあっては、選べる道筋は当然の様に限られるし、俺がその岐路に立った頃とは折しも、バブル崩壊後の空白の10年と呼ばれた時代。

 就活氷河期ととも言われた時分の中では、その氷河期の寒風は高卒の低学歴者には尚更冷たく――夢だの、やりたい事などは言って居られず、ただ喰って生きるためだけに、ガテン系の職に追いやられた……もう、その夢や何某が何だったのかは憶えていない。

 その顛末として待っていたのが、それで酷使していた身体を襲った病魔――脳出血と、その付録であるこの"中度"半端な障害。

 この世界に、神の類がホントに居るのなら、その神様は……随分と、俺の事が嫌いなのだろう。


 ――嫌われているのなら、出て行ってやるのが、一番良いのかもな……



 公太は――黙考を終えると、おもむろにノートPCを開き、その電源を入れた。
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