世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

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旅の終わり

ドワネの国

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 ――場面はまた、現世から旅客機が降り立った名も無き山へと戻り、夜も明け始めた早朝。

「――ではコータ君、散り尻になった他の転移者みんなにも、君が得た土地に移る提案を伝えておくから、訪ねる者が居たらよろしく頼むよ」

 ――と、転移者たちの農場を発とうとしているコータに、アブドゥルは昨晩の申し出についての話をする。

「僕たちも、ぼちぼちと引っ越しの用意をして後を追うつもり――う~ん、楽しみだなぁ……キミが、どんな"チーレム生活"をするのかを観るのが♪」

 一緒に見送りに出て来たシンジは、そんな戯れ言も交えて楽し気にそう言う。

「ハーレムを手に入れるのはコータさんでしょ?

  まさか……本気でコータの代わりにとかって、企んでるんじゃ!」

 チュンファは表情に怒気を滲ませ、鋭い眼光をシンジに浴びせる。

「――チッチッチッ、これだからカタギの娘は困る。

 僕たちアニオタは、主人公という他人がくんずほぐれつにモテまくる姿を観てるのも、好きで楽しいのっ!

 だから、チーレム物は定番の一角として存在するのだよっ!

 あっ……ちなみに、ココで言う『カタギ』は、いわゆる『その筋』で言う意味じゃなくて、非オタクの一般人の事を指すよ?、コレ、テストに出るからっ!」

「どんな科目のテストだよ……あと、俺はハーレム化するつもりはこれっぽっちも無いから、楽しめなくてもあしからず」

 力強く拳を握り、熱弁を振るうシンジに、コータは冷や水を刺す様なツッコミを入れる。

「まあ、でも、歳も趣味も国も同じな現世人と、こうしてバカ話をして笑えるのは、お互いの異世界暮らしにとっては良いコトだろうからさ――待ってるぜ、シンジ」

「――もちろんだよ、コータ!」

 二人は、イマイチ似合わない、実に爽やかに写る握手を交わし、ランジュルデ島での再会を誓った。

「ふぅ~ん……一晩で、呼び捨てにし合う仲になるだなんて、何だか意外だなぁ」

「ふふ……それが、"同族"というものよ。

 私だって、コータさんやシンジ様の様な境遇に立ったなら……きっと、同じ様になると思うわ」

 少女二人は、おっさん二人のそんな姿を見やり、そんな事を呟いて居た…。



 さて――コータたちは、その日の昼頃には無事アルムたちと合流。

 一行の旅は標準の体制へと戻り、二日後には予定どおり、ドワネの国の都――"グーデルバイン"へと到着した。


 グーデルバインは、あの名も無き秀峰を遥かに凌ぐ程の、クートフィリア随一の標高を誇るグーデル山の麓を切り開いて出来た街で、街の名の意味もその地形に由来している。

 グーデル山は、鉄工に用いられる鉱石の埋蔵量や採掘量が共にクートフィリア世界一で、それらを主産業としているドワネ族にとっては、ココに都を築くのは当然の流れであった。


 その採れた鉱石を溶かすための巨大な高炉が街の奥にそびえ、それが吐き出す熱気が街中を包み、そこから精製された鉄を黙々と鍛えるハンマーの音が、あちらこちらから響く中を進む一行に向けて……

「おうっ!、よう来たなぁ!、王子も姫さんも」

 ――と、実に豪放な態度で声を掛けて来たのは、その態度に相応しい、種族の特性としては低くとも、"横"は大柄な体躯をした中年男性だった。


 この男が、ドワネの国の王――"ガルハルト・ドワネ・マイドスマ"である。

 ドワネの国にとって『王』とは、鍛冶ギルドの元締めに推された、最も優秀な職人に贈られる称号の類と同じで、政治的な権限はそれに付与されているに過ぎない。

 その様な国体ゆえ、王とは言っても世襲されるモノではなく――言わば、鍛冶職人の頂点に居る者が、この国の王なのだ。

 なので、ガルハルトも今だ現役の鍛冶職人の一人で――故に、この様な工場の端くれで一行を迎える事となり、ホビルの時の様な熱狂が起きないのは、勤勉で知られているドワネ族は、一行の様な賓客レベルの者を迎える事よりも、仕事の手を止めない事の方が大事だからなのである。


「――で、コッチの黒髪が……新たなサラギナーニア様ってワケかい?」

 ガルハルトは互いの挨拶も取るに取らず、タップリと顎に蓄えた赤毛の髭を摩りながら、不敵な笑みを見せてコータの方へと顔を向けた。

「はい、コータと言いま……」

「……ほぉ?、黒髪の異界人って伝え聞いてっから、シンジみてぇなのを想像してたんだが――結構、良いガタイをしてんじゃねぇか」

 この豪放な王は、コータの返答を遮る体でそう言うと、その無骨な手で彼の身体に触れる。

「シンジとは違って、それなりに『仕事』をしてた身体だな……まあ、アイツも長年の農場勤めで、転移した矢先のひ弱さは既に抜けたが。

 特に、ガッチリとした筋肉が着いてるのは左半身――第一報を置いてったローランから、『片抜け』を患ってるとは聞いたあったが……右を庇う内に、自然と偏ったてぇトコかねぇ」


 ガルハルトが漏らした『片抜け』という単語とは――コータが患った脳血管疾患全般の、クートフィリアでの通称である。

 クートフィリアでは、その症状や障害の様子から、本当なら”それで死するはずだった者が、身体の半分だけを先に死なせる”――彼らが言うトコロでは『神に魂の一部が抜かれ、それを天へと捧げる』事で、一命を取り留めた末に残る障害だと言われている。

 無論、クートフィリアの医者たちも、現世とほぼ同様な知見は既に得ていて、脳血管に因る病だという事は理解しているが、その知識は識者レベルで止まっているため、この様な俗説が根強いのだ。


「――俺の兄貴も、片抜けをっててなぁ……大変さや辛さは、ある程度解ってるつもりだ。

 そんな身の上だってのに、世界おれたちのために一肌脱いで、ましてや二度と帰れねぇ覚悟を決めて、世界の境まで超えて来てくれるなんてよぉ……感謝しても、し切れってモンだぜ……」

 ガルハルトはそう言うと、コータの肩に手を乗せて申し訳なさそうに頭を垂れた。

「いっ、いやぁ……まあ、魔神を宿せば身体が思う様になりそうだっていう、打算があっての事っスから」

 コータは、ガルハルトの”べらんめえ口調”に影響されてか、少し口調を崩してに応じる。

「へへ……そう言ってくれるとありがてぇよ。

 さて――日も暮れて仕事が終わったら、皆を集めて一つパァっと歓迎の宴をと思ってっからよぉ、ちいと待っててくれや」

 ガルハルトはそう言って席を立つと、一行に快活な笑顔を見せて仕事へと戻って行った。



「おうっ!、みんなぁっ!、今晩は新たなサラギナーニア様を迎えた宴だぁっ!

 その新たなサラギナーニア様もっ!、魔神封じのために頑張った姫さんたちもっ!、もちろんっ!、俺らドワネの衆もっ!、今日は呑んで喰って、いっちょ憂さ晴らしと行こうぜぇっ!」

「おぉぉぉぉ~っ!」


 そんなガルハルトの音頭と共に始まった、一行を歓迎する宴が始まったのだが――まずに始まったのは、全員が手に持った盃を頭上に掲げ、神妙に目を瞑る光景だった。


「――えっ?」

「……とりあえず、皆の真似をしただければ良いです」

「……現世で言う所の"黙祷"だから、ミレーヌを真似るだけで良いよ」

 戸惑うコータの耳元に、ミレーヌとチュンファが小声でそう告げる。

「――……」

 そう聞いて慌てて真似るコータを含め、全員が数秒の黙祷を終えると――グイッ!っと、これも全員で、盃に入ったアルネルを喉元に煽る。


「一年前――エルフィの国を壊滅させたサラキオスに対し、私たち4族は専従の軍を持たないホビルを除いた3国連合軍を結成。

 約6万の兵を投入して、ここグーデルバインの西にある”シュランスの谷”にて、サラキオスに決戦を挑みました――しかし、その結果は言うに及ばず……総兵力の三分の一に当たる2万の兵を失い、その中でも、決戦の場となったドワネは……兵以外の者を含め、7千名に迫る死者を出す被害を被ったのです」

 目を瞑ったまま、ミレーヌは辛そうにそう呟くと、彼女は目尻から一筋の涙を流した。

「ドワネ族はホビル同様、当初から討滅よりも再度の封印で鎮める事を主張していたのですが……まぁ、"イロイロ"とありましてなぁ。

 決戦の場と、幾分かの兵力を提供する事を余儀なくされたのです」

 説明好きのランデルが、らしくない態度で事情を濁していたが……

「――『イロイロ』ってのは、ヒュマドの王子の前で言うのはちいと憚られるが、まあ……ありがちな、"国と国とのしがらみ"ってぇヤツよ」

 ――その『イロイロ』が七割方解ってしまいそうな物言いで、ガルハルトは盃を片手に、アルムに一瞥をくれながらコータの席へと近付く。

「想像は……着きますよ。

 鉄工品が経済を支えている国てぇコトは、武具の類を買ってくれてる、他国の軍の要請には逆らい難そうだしね」

「ほぉっ!、こりゃあまあ、なかなかアタマも切れそうなサラギナーニア様だな。

 それに、経緯もよく知らねぇはずの追悼の祈りに、わざわざ加わってくれて、ありがとよ……俺は、あの時死んだ同胞みんなと、手前勝手てめぇがってに約束をしてたんだ。

 魔神様が鎮まった後じゃなきゃ、おめぇらをあの世へと送ってはやれねぇ……だから、その時が早く来る様にと、生き残った俺らを見守っててくれってな」

 ズバリと経緯を言い当てたコータの見識と、彼が現した姿勢に、ガルハルトは素直に関心と敬意を評する。

「その原因の魔神様に、宿を貸してる立場としては、黙祷だけで済むモンかと思いますけど……」

「へへっ……流石は、魔神様が酔狂にも、自ら望んで封じられたっていう異界人だぁ――"宿を貸してる"ったぁ、随分と粋な事を言いやがる♪

 心配しなさんな……悪かったのは、魔神様に盾突こうとした俺ら”人の業”だよ。

 逆恨みする様な輩は、”少なくとも”――俺らドワネの中には居ねぇよ」

 黙祷とその経緯に対し、忸怩足る思いを吐露するコータに、不敵な笑みを浮かべたガルハルトは、またもアルムの顔を見やりながら、何か意味深な強調を込めた物言いをする。


 コータはここまでのそれらを観て、ヒュマドとドワネの間には、根深い軋轢があるらしいと学んだのだった。
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