世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

文字の大きさ
31 / 61
異世界のリアル

洋上での昼食

しおりを挟む
 ここはヒュマドの国、西岸の洋上――つまり、これからコータが赴こうとしている、ランジュルデ島の近海である。


「――船長!、東側に商船が2隻、客船が一隻の船団を確認!」

 その洋上に浮かぶ大型帆船の甲板の舳先に立った船員らしき男が、遠眼鏡を覗きながらしゃがれた声でそう叫んだ。

「規模からして、例のアデナ・サラギナーニアに送られたっていう、産物や人員を載せた船団みてぇだな……どうしやす?」

 ――と、それを聞いた別の船員らしき男が、側に立つこれまた別の者…その船長らしき者の顔色を伺う体でそう尋ねる。

「へへっ……♪、決まってんだろ?、それが今回一番の獲物なんだからさっ!」

 そう尋ねられた、声色からして女と思しき唾が広い帽子を深めに被ったその者は、わずかに見える口元から舌なめずりを覗かせ、嬉しそうにそう言った。




「――美味しいっ!♪」

 同じく西の洋上――だが、場面はうって替わり、下には海は海でも雲海が拡がっている空の上である。

 更に詳しく言えば、今のセリフの主はクレア――そう、ココはリンダの鞍上である。


 ワールアークを飛び立ってから、今は小一時間が過ぎた時分、3人は持って来た弁当を開け、昼食を摂り始めていた。


 その折、クレアが思わず声を漏らし、感激気味に食べていたのは……なんと『おにぎり』であった。

 リンダの乗り心地は、まあ……流石にすこぶる快適とは言えないモノではあるため、片手で食べられる物を――という事で、コータが弁当にと提案したのだったが……

「――本当に、美味いっ、ですし、何よりデュルゴをっ、御しながらでも食べ、られるのが、助かりっ……ますなっ!」

 ――という、アイリスの言葉から言っても、これは大歓迎な提案だった様だ。

「はは、喜んでくれたのは嬉しいが、何かデジャビュだな……」

 コータは、二人の感激ぶりを見て、在りし日のミレーヌの同様な反応を思い出し、苦笑いを見せた。

「ん……っ、異界では、”マコラ”をこんな風に食べるのですね。

 コータ様から聞かなければ、知る由もありませんでした」

 クレアは一個のおにぎりを瞬時に食べ切り、残りのもう一個をまじまじと見つめながら、驚嘆の眼差しをその一個へと向ける


 クレアが触れた『マコラ』とは、クートフィリアでは一般的な穀物の一種で、コータがこの世界での食生活の中で、最も米に近いと感じた穀物だった。


「マコラの食し方は、せいぜいダーヌ(※クートフィリアにおける『スープ』)と共に煮て、嵩増しを図るぐらいのモノだと思っておりましたので、よもや、ただの水のみで炊き、それで炊けた物をエト(※クートフィリアにおける『塩』)と共に、球体状に握るだけでこれほどの旨味を催すとは……」

「そのスープ――いや、ダーヌと一緒に煮たのが、現世コッチのリゾットとそっくりだったからね。

 フツーに炊いたなら、そのマコラってのはおにぎりに出来るんじゃないかと思ったんだよ」

 クレアと同じく、カルチャーショックの最中に居るアイリスに、コータはざっくりとここまでに至った経緯を教える。


 ちなみに――このおにぎりをこしらえたのは、コータの指示を忠実に行った彼女アイリス自身。

 故に、手順を明確に把握しているのである。


「うぅ……私、料理が出来るアイリスがうらやましいわ。

 料理は、本当に大の苦手で……」

 クレアは、二人のレシピ談議を見やり、悔し気に青菜に塩が如くうな垂れる。

「いやいや、料理が出来ると言っても、所詮は兵役仕込みの付け焼刃で、野戦食堂の類に過ぎぬモノ。

 本来なら、主に在られるコータ様の御口を汚すに値しないシロモノなれば……」

「その謙遜だけで、料理下手からすれば、もう嫌味にしか聞こえませんよぉ~……」

 ――と、二人は二個目に手を伸ばしながら、そんな戯れ言を交わし……

「――んっ⁈、コチラの中には……具?、なのかしら?、何やら、小さな焼き魚の切り身が……」

「それは、”サンレヌ”をエト焼きにした物ですよ。

 うんっ!、コータ様、に、言われるがまま入れ、ましたが、コレもっ、またイケまふなっ!」

 口に入れた二個目からは趣が変わった事に気付き、二人は称賛も込めて唸って見せた。


 『サンレヌ』とは、ヒュマドで一般的に食されている魚の名。

 コータ曰く、その塩焼きは『鮭っぽい味』がするとの事で、今回の具に取り入れていた。

 ちなみに――身の色こそは、現世の鮭とは違って白いのだが、魚体の大きさや、食するには切り身にする必要がある辺りは、鮭そのものとも言えよう。



(現世の時のミレーヌちゃんや、今の二人の様子だと、案外、領主様になるよりも、居酒屋とかコンビニでもやった方が儲かったりして♪)

 嬉しそうにおにぎりを頬張る二人の姿を、精神世界から眺めたコータは、楽し気にそんな戯れ言を呟く。


(ふん……何を言うか、別に料理が得意というワケでのなかろうに)

(まあね、もちろん冗談だよ、ジョ~ダンっ!

 商売ってのは、そんな生半可な気でやれる事じゃあねぇてのは解ってるし、何よりも、今のウケっぷりは所詮、珍しさから来る一過性に過ぎない、生業に出来る様なシロモノじゃあないに決まってる。

 仮に、料理スキルや商人スキルが俺にあったとしても、ココは何もかもが現世とは違うはずな異世界だ――ノウハウは大きく違うと思うべきなんだから、現世のスキルや知恵を活かして……なんてのは、フィクションのご都合主義でしかないって、よぉ~く解ってますよ)

 ――と、ツッコんで来たサラキオスに、コータは実に理知的な論旨を並べ……

(――だから、本当なら、この世界じゃ生きては行けないはずな俺を、これから向かう島じゃ、領主として庇護してくれるってんだ。

 足を向けては寝れないってのは、まさにこの事だよね)

 ――しみじみとそう呟き、合掌して拝む体で、前方の洋上にあるというランジュルデ島へ向けて頭を垂らした。


『……グルルルルゥッ』


 その時――リンダが、ヒクヒクと細かく鼻を鳴らす音と共に、低い唸り声を催した。


「――っ⁉、ううんっ!、リンダ、どうした?」

 手綱を持つアイリスは、最後の一口を喉に詰まらせ、少し咳払いをしてから愛竜が醸した異変に気付き、彼女の首筋をそっと撫でた。

「?、何かの……ニオイ?」

 ――と、愛竜と同様の異変に気付いたアイリスは、懐から遠眼鏡を取り出し、指先に着いた米粒も構わずにそれを目に当てた。

「……煙?、火の手――⁈、船!」

 アイリスは遠眼鏡越しに見えた物を単語のみで羅列し、言い終わった瞬間に顔色を変えてコータの方に振り向く。

「コータ様っ!、前方の洋上を行く船の甲板から火の手がっ!!」

 そう告げられたコータとクレアは互いの顔を見合わせ、突如起きた異変に二人もまた顔色を変えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。 ※2026年半ば過ぎ完結予定。

処理中です...