世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

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島の洗濯

島の洗濯

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「――わっ!、私をこんな目に遭わせて、我らヒュマドの国が黙っていると思っているのか⁉

 貴様の魔神の力を恐れて、戦などには及ぶ様な事無くとも――金止め、物止め、人の往来を制限して、島の経済はガタガタに……」

 捕縛されたトラメスが、ふてぶてしくそう言わ張ると、コータはまた、楽し気にニヤッと笑い……

「――そう来るのもお見通し♪

 では、今晩の大物ゲストの登場でぇ~すっ!、長らくお待たせしましたぁ~!」

 ……と、これまた悪ふざけ感に過ぎる口調で、奇岩の影へと手を指して見せる。


「――トラメス・ガムバスマ!

 貴様のしていた事を、全て直に!、見聞きさせて貰ったぞっ!」

「!!!!、バグフォ・ロルグスマ、閣っ、下ぁ……?」

 奇岩の影から現れたのは――縮れた白髪が印象的なヒュマド族の老人。

 彼の姿を見やり、トラメスが驚いた様子で言葉を紡いだ、彼の生業は――大判事ロルグという、ヒュマド国の法務、全般を司る立場に居る人物だった。


 ロルグという立場を、現世の日本から準えれるならば――最高裁判長兼法務大臣、更に警察庁、検察庁長官をも兼任している程の権限を持つ、ヒュマドの国の司法権を一手に握っている存在であり、いわゆる三権の一角の長である事を示す。


「――我らヒュマドが、貴様が言う様なサラギナーニア領への報復制裁に及ぶ事は絶対にあり得ぬ!

 そう、ヒュマドの三権者の名において、私が自ら宣言しよう――何故ならば、ワールアークの都にて、チャームル公とその一派の身柄は、既に我らヒュマド司法院が押さえているからなっ!」

 バグフォは険しい表情と、年甲斐も無い鋭い眼光でトラメスを圧し、同時に彼を絶望に満ちた奈落に突き落とす様な、決定的な敗北理由を突き付ける。

「なっ……⁉

 そんな馬鹿なぁぁぁっ!?!、数十年続いたチャームル様の執政が!、こんな異界人の企みに崩されてしまうなどこそ!、あり得ないぃぃぃぃっ!!!!

 それに何故、貴方の様な超の付く大物が、この場末の島に居るというのだぁっ⁉」

 トラメスは、発狂の様でそう喚き散らすと、溶けた様な狂気の表情で、縋る様にバグフォに説明を求める。

「――私が来たのは、アルム王子のご意向とご采配の末だ。

『――異界から招いた友人に見せてしまった、我らが種族の恥部を刈り取って欲しい』という、思し召しよ」

 バグフォは、何かを悟らせる様なゆっくりとした口調で、自分が来た理由を説明する。

「――くぅ、アルム、王子ぃ……

 そうか――噂に上っては消えていた、王室主導のクーデターぁ……」

「――そうだ。

 取るべき策を違えても、のうのうとその座を譲ろうとはしない、老獪に大事な権限を預け続けて居ては……その国や民は、良い道を歩めなくなってしまう。

 その故に生まれた、癌の様な存在であるキミを――私が切除しに来たのだよ」

 突き付けられた事実を察して、魂が抜けてしまった様に途切れ途切れでそれらを反芻して呟くトラメスに、バグフォは冷淡さが滲む口調で、吐き捨てる様にそう言い切った。



「――では、ランジュルデ卿。

 彼奴らの身柄と裁判は、我らヒュマド司法院にお預けてして頂けるという事で……」


 翌朝――トラメスたちをヒュマド本国、ワールアークの都へと護送するため、船に乗り込もうとしているバグフォ老は、見送りに来たコータに、これからの経緯への意思を、確認する様な尋ねをした。

「――ええ、誤魔化したカネが流れてる先が、本国ソチラばかりですしねぇ……トラメスさんたちだって、ナメてる存在の俺に裁かれたんじゃあ、納得行かないでしょうし」

 コータは、頷いて彼の言う事を認め、淡々とその理由を付与した言葉を紡ぐ。

「――畏まりました。

 それともう一つ……ランジュルデ卿に、お伝えしておきたい議、そして、お伺いしたい議がございます……」

 コータの意思を承ったバグフォ老は、続けて神妙は面持ちで……

「――あの様な輩だったとはいえ、トラメスが島の政治を取り仕切っていたのは、まごう事無き事実。

 ランジュルデ卿は、彼奴が抜けた穴を、どう取り繕うおつもりなのか――私も、アルム王子も杞憂に思っておるのです」

 ――と、これからの島の事を憂う思いを伝えた。

「う~ん……間違いなく、俺やみんなが、楽になる様な事にはならないだろうけど――まあ、任せてくださいよ、預けて貰った皆の事、俺は懸命に守って行くつもりなんですから」

 コータは優しい口調で、そんな楽観的な観測を楽し気に語ると、バグフォ老は……

「ふっ……確かに、貴方には魔神の人ならざる力と同時に、我らとは違う、異界ならではの観念や発想をお持ちでしたな。

 それに加え、貴方には……」

 ――と、言いながら、目線を目の前に立つコータから、その彼の後ろに当る遠目へと拡げる。

「――貴方は、何よりも、これまでの真摯な姿勢に因り、この島に住まう民からの信頼を得ていた。

 そんな貴方に対し、その様な杞憂は……要らぬ算用であったのかもしれませぬな」


 そう言ったバグフォ老が見渡した先には――波止場へと来た領主コータの姿を、一目観ようと集まった、島の住人たちが構成した鈴なりの人垣であった。


「我らが譲った、この宝の島の事――どうか、よろしくお願い致しますぞ?、コータ殿よ」

 バグフォがそう言いながら、コータに別れの握手を求めて手を伸ばすと、コータはその言葉に重ねる様な言葉は紡がず、ただ頷くだけで、出した手を握り合う事だけで、それを返答とした。


 バグフォたちを乗せた船が島から離れて行く様を見やったコータは、波止場の舳先からくるりと身を翻し……

「――さあて、現世の偉人の言葉を真似れば、汚れ切ってたこの島の『洗濯』はコレで済んだ。

 要はココが、俺の異世界生活の転換点ターニングポイント――この俺がした、字が違う方の『選択』が正しかったコトになるように、頑張らなきゃイケないねぇ……」

 ――と、彼はそんな独り言を小声で呟き、同じく小さな溜息も催した。

 翻した先に観えるのは、先程も挙げた鈴なりの人垣と――その前に居並んだ、クレアたち臣下の皆々であった。

「――まあ、なんとかなるかぁ~!

 もう、今の俺は一人じゃない……頼りになる皆が――『家族』が居るんだしな♪」

 コータは、これまでに見せた事が無い程に屈託の無い笑顔を浮かべながら、その列に歩み寄るのだった。
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