流れ者のソウタ

緋野 真人

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当世の刀聖

宣戦布告

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――時は少しだけ戻って、ソウタたちが、ミモト川の畔に辿り着いた頃である。


太陽が徐々に沈む兆しを見せ始め、我々の時計に準ずるのなら――午後2時、ぐらいの時刻だろうか?

場所は、スヨウの都――『オウザン』である。

そんな、都会の昼下がり――"界気鏡"と呼ばれる、大きな鏡が備え付けられた、街の中心にある広場に、大勢の老若男女が続々と集まっていた。


界気鏡というのは、国が重大発表などを行なう際に使用される、ツクモ唯一の通信手段である。

街の中心部に備え付けられる界気鏡は、多くの民者に、そう言った重大発表を行き渡らせるために使われる――一種の、"街頭テレビ"の様なモノだ。

――とはいっても、界気鏡の使用には、膨大な界気の量と、高い想像力も要するため、個人レベルでの使用はほぼ不可能。

萬神道の教えでは、界気を娯楽などのために使用するのも禁忌とされているので、我々が思う"テレビ"とは、意味合いが違うと心得て頂きたい。


界気鏡におけるツクモの通信網は、星石を媒体としたケーブル(※の様なモノ)が、街道の地下に埋設されており、その工事が行なわれたのは、数千年前だったとも言われていている。

その事実が示すとおり、界気鏡は古くからある技術であり、この工事は街道整備と共に、各コミュニティの交流のため、アマノツバサノオオカミが命じたものだとされている。


そんな界気鏡の前に、続々と人々が集まっているのは、国守であるノブタツから、重大な発表があるという御触れがあったからだ。


「一体、何の発表なんだろうな?」

「国守様は、国境の演習を視察されているはずでしょ?」

「何でも、近くの界気鏡から急遽、お話をされるそうだぜ」


――集まった人々は、噂になっている今回の放送の意味合いを、そんな風に邪推しながら、界気鏡が映るのを待っていた。


ちなみに――人々が、国守であるノブタツの動向を知っているのは、"新聞"に一日の動向を発表する記事が、毎日記されているからだ。


ツクモ、唯一の"メディア"と呼べるのが、新聞である。

――さりとて、これも我々が思う"新聞"とは違い、論説の様な私見の類いを挟む様なモノは無く、淡々と政治や経済、事件などの事実を伝える媒体となっている。


その重大発表を待っているのは、スヨウの民者たちだけではなかった。



「――スヨウから、急に"占報せんほう"の御達しだなんて、一体何があったのでしょう?」


――そう言って、険しい表情で小さな界気鏡を見つめているのは、質素な格好ではあるが、厳かな気品も漂わせている、一人の若い女性で――腰まで伸びた、艶やかに黒い長髪を背に垂らし、顔立ちもかなりの美形だ。

年の頃は――若干、あどけない雰囲気も感じるので、レンとそうは変わらないであろう。


彼女の名は、"チハエノ"・サトコ――名字から容易に察するコトが出来るだろうが、彼女が、コウオウの今の元首――つまり、"当世"の"皇"だ。


「本当ですな、急な占報を行なうという事は、余程の――」


サトコの側に控えているのは、宰相を勤めている公者、ロクスケである。


ちなみに――『占報』とは文字通り――

めてほうす』

――という意味で、大陸中、全ての界気鏡に向けての放送を表す。


占報が使われるのは、世界中に対して重大な報せがある――そんな、重要な事柄が発生した時ぐらいにしか使われないのが通例である。


「まさか――っ!、ノブタツ殿の身に何か?!」

サトコは、心に浮かんだ負の事柄を懸念して、顔をしかめた。


近々に占放が行なわれたのは、一年ほど前に先代――"先世"の皇が崩御した際に、サトコがその事を大陸中へ伝え、自分が次の皇となる事を報せた時であった。

だからサトコは、視察中のノブタツの身に、不慮の何かでもあったかと、邪推したのである。


「それは無いでしょう――スヨウの国守様、御自ら、お話になるという報せでしたし」

ロクスケは、先に来た占報の知らせを、書き留めた書面を見ながらそう言った。


――ジ、ジジジジッ………


――と、界気鏡からノイズの様な音が聞こえた。


「――おっ?、始まる様ですな」

ロクスケは身を正して、界気鏡を見据えた。


ノイズの様な音が止み、界気鏡に映ったのは――無残に虐殺された遺体が、沢山倒れている光景だったっ!


「――っ?!」

サトコは……その映像に驚き、咄嗟に口元を両手で覆った。


オウザンの広場に集まった人々も、一様にその映像に驚き、その衝撃映像から目を逸らす者、そんなモノを見せる事に怒りを露わにする者、悲しんで嗚咽を漏らす者など、様々な反応が人々から現われた。


『――我が国の民者、公者、そして、ツクモに住まう、全ての者たちよ――』


そんな音声と共に、画面に現われたのは、その惨状の最中に立つ、金色の甲冑を纏った、軍装のノブタツであった。

『――まずは、唐突に、この様な惨状を目に掛けた事を詫びよう。

だが――これを見て貰わなければ、皆に、この占報の意味を話すことは出来ぬのだ』

ノブタツは、神妙な面構えで、そう躊躇いがちに話し始め、まずはそこまで言って、口を真一文字に結んでみせた。


『今、観て貰ったのは――我が領内、ヤマカキ村の今である。

視察のために、近隣のオウカの城に滞在していた我は、今朝、日課の朝駆けの帰りに、忍んでこの村に立ち寄ろうとした――だが、不思議と人々が動く気配がしない事に気付き、慎重に村内に入ると……このっ!、この有様であったっ!』

ノブタツは、涙混じりの声を出し、辛そうに、そして、ワナワナと手も震わせておもむろに身を正す。


『――我はっ!、何事がぁ……あったのかを、手勢と共に……隈無く、村内の有り様を調べた。

すると、国境警備隊が一戦を交えていた痕跡があり、それが何者かの襲撃に因るモノだという事に気付き、今度は犯人を断定するため、さらなる痕跡を探したっ!』

ノブタツは、そう言いながら、側に控えている衛士から何か――"長い物"を受け取る。


『――我は見つけたっ!、これをっ!』


ノブタツが、手を震わせながら差し出したのは、刀身がべっとりと血に濡れた一振りの刀――柄には、龍が巻き付いている様なデザインの紋章が彫られている刀だった。


「――?!、この紋は……っ!」

サトコとロクスケは、目を見張った――あのデザインは、コウオウの兵たちに支給されている刀のモノなのである。


『――柄の龍を見て、皆も解かるであろう……これはっ!、ツクモが世に気高き"皇様の紋"だっ!

警備隊に、この刀を持った者は無論、居らぬ――つまりっ!、ヤマカキ村はっ!、この刀を携えた者に襲われたのだっ!

これだけならば……どこぞの山賊にでも、皇軍から流れた刀が使われたのだと思ったが、一人だけ、警備隊の兵が討ち取ったと思われる、襲撃者の躯が森の中で見つかり――その襲撃者の懐にはっ!、コウオウ宰相、ロクスケの押印がある、極秘の命令書があったのだっ!!』


ノブタツはそう言いながら、今度は血塗られた書状を示し、熱い口調でそう言い放つと、界気鏡を見ているスヨウの民者たちから、大きなどよめきが起こった。


それ以上に、驚いていたのは――

「なっ?!、そんな命令、私が出す訳がありませんっ!!!」

――この虐殺を指示したとされた、ロクスケ自身だった。


「この様な命令、私も知りません……宰相の押印を確認するのは、元首たる私の役目。

もし、このような押印があったなら――皇たる私が、発布などさせませんよっ!」

サトコも、表情の険しさを強め、ジッとこの占報の行方を凝視する。


『――皆も知っていようっ!?、つい、二ヶ月前まで、我らがツクモの"皇"の座はっ!、コウオウが元首の座はっ!、"空位"であった事をっ!」


――ツクモでは、国守、及び皇が死亡した場合、1年の間、国中が喪に服す事が通例で、次の国守、及び皇の継承は、喪が明けてからというのも、また、通例であった。

因って、サトコが"正式に"皇へと即位したのは、ノブタツが言う様に、ほんの2ヶ月前の事である。


『空位の間、政務まつりごとを代行していたロクスケが、国境の星石採掘に関して、我がスヨウにチクチクと言いがかりを付け、責めていた事は知っていよう――それに乗じて、境を隣するにココっ!、ヤマカキ村を侵攻きりとりに及んだのだっ!、

おまけに、当世の皇はうら若き、齢十九の乙女だ……真に政務を行なうには、まだ若過ぎ、半ば悪しき宰相の傀儡かいらいとされていると思うのが、至極妥当であろう――』


「――バカなっ!、何を根拠にそんなっ!!

あれは、領内に食い込んで採掘をしている事を、我らの民者から抗議を願う嘆願があったために……」

ロクスケは、机を叩いて激昂する。


「まだ、宰相から習う事も沢山あるとはいえ、傀儡にされているなどと――そんな事は、考えた事もありませんっ!」

サトコもまた、声を荒げ、呆れた顔で画面のノブタツを見つめる。


『――このヤマカキの事変は、ヤツの傲慢を表したモノだ!、コレはっ!!、決してっ!!!、黙っているワケにはっ!!!!、行かぬっ!!!!!

だから我はっ!、万世に比類なき"禁忌"を犯す事とした――我が軍をっ!、コウオウが地へと赴かせるっ!!!!」


「――なぁっ!?」


今、占放を観ている全ての者が、同じリアクションをしたはずである。

これは――スヨウからコウオウに対する、"公開宣戦布告"だったのだっ!


『勿論、これは、皇様が統治して居られる、神聖なるコウオウが地に、矛を向けるという……オオカミ様の思し召しに背くのと同じ、前代未聞の大逆であるっ!

そしてっ!、同様に神聖なる"翼域"を、血に染め様とする事もまた、比類無き大罪であろう――だがっ!、此度のこの所業をっ!!、一国の国守としてっ!、捨て置く事が出来ようかぁっ?!』

ノブタツは、大きく手を振って、後ろに広がる惨状を、界気鏡にもう一度映させた。

『――その罪はっ!、我が身が全てを受ける覚悟であるっ!!、故にっ!、我が民者っ!!、我が公者よっ!!、我に……力を貸して欲しいっ!!!


そしてっ!、この占報を観る、ツクモに住まう全ての者たちにも告げるっ!!!


この決断はっ!、オオカミ様に背くためでも、その子孫たる皇様の地を侵すためでもぬわぁいっ!!

この行いは、我が民者の仇討ちである事と同時に、皇様を悪しき宰相の魔手から救い出し、皇国を"正しい道"へと戻らせるためのいくさなのだとぉっ!』

ノブタツは、右腕を振り上げ――

『――このツクモに漂い、蔓延る混沌は、治まるどころか、こうして拡がる一方だっ!

ハクキとの先の大戦、10年前のコクエの動乱――共通しているのは、どちらも驕り、助長した流者や民者が、扱い慣れぬ富や権力を、思慮浅く振るった結果であるっ!!

ツクモは――回帰すべきなのだっ!、オオカミ様が、この世界を律した頃の様な、各々の立場をっ!、各々が務める世にっ!


我は――宣言するっ!!!


この、混沌たる今のツクモにっ!、今だ真たる当世の刀聖が現われぬのならばっ!!、我はこの身をっ!!!、光刃の代わりと化してっ!!!!、混沌コレを払うつもりであるとぉ~~~~~~っ!!!!!』

――と、叫んで、占報を締め括った。


ノブタツの前で、その様子を見詰めていた兵士たちの間から――

『――ウォォォォッ!!!、ス・オ・ウ!!!、ス・オ・ウ!!!』

――と、叫び、刀を振りかざしての、"コール&レスポンス"を始める……


――すると、オウザンの街角で、界気鏡を観ていた民者の中からも――

「――そうだっ!、あの惨状を見て、黙っていられるワケがねぇっ!」

「そうよ――戦いのキッカケを作るのは、いつもっ!、欲深い人たちの仕業だったわっ!!」

「――国守様は、皇様を救い出すために戦うんだっ!、俺たちもっ!、精一杯に協力しなければっ!!」

――などという、歓声が巻き起こった。




一方――宣戦を布告された、コウオウ側では――

「――まずは、スヨウ側との外交的接触を図って下さい……会戦の寸前まで、戦を避ける方法を模索しなければなりませんから。

そのために、"クリしゃ"と"大巫女おおみこ"様に、交渉の仲介を頼むため連絡を……それと、不本意ではありますが、皇軍には出陣の準備を進めさせて下さい」

――と、皇であるサトコは、冷静にロクスケへそう指示を出した。

俯き、困惑した様で、額を片手で押さえながら。


クリ社とは、萬神道の総本山として、聖地であるクリン高原一帯を管理する、いかなる国家の意向を通さない、国際的な公者組織である。

また、大巫女とは、そのクリ社の最高責任者の尊称で、国守と同等の権力をクリ社内で保持し、皇に匹敵する国際的な影響力も持っている、最上級のVIPのコトを指す。

ちなみに――尊称が表している様に、これもオオカミが女神であるコトに習い、女性が任じられる決まりがある。


皇から勅命を受けた、ロクスケは身を正して――

「――はっ!、仰せのままにっ!」

――と、勅命を受領して、急いで界気鏡がある部屋から駆け出した。


(――このような、冷静な下知を下せる御方が、若過ぎて私の傀儡にされているだと?

どこをどう見聞きすれば、その様な発想になると言うのだっ?!)

ロクスケは、心中でそう激昂し、宰相執務室へと歩みを速めた。



こうして、後の大戦への初戦となる『コウオウ戦役』の火蓋が、切って落とされたのである。
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