流れ者のソウタ

緋野 真人

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当世の刀聖

言わずにいた言葉

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「――さてっ、と」

まだ、少しだけ滲んだ程度しか日の明かりが見えない、オウビの早朝。

間借りしている屋敷の一室で、一晩を明かしたソウタは、早々に身支度を整え、手荷物を背負い、襖を開けて屋敷内の厩へと向った。


ソウタが、足音に気付かれない様に、まるで――

「ふっ、盗人みたいな足取りしちゃってさぁ」

――先に言われてしまったが、そんな様で屋敷から出ようとしているトコロを、オリエに呼び止められた。


「なんだよ、起こさないように気を使ったつもりなのに、起きてるのかよぉ……」

「たまたま――ね。

目覚めたら、気配がしたからだよ、昨夜は”急な書類仕事”で、寝酒も浅く済ませたしねぇ」

「悪うございましたねぇ、そんな"急な仕事"させてさ」


"急な書類仕事"とは、もちろん、ソウタが商隊の護衛に加わる旨を記した文書の事である。


「なになに、そいつは良いさぁ。

なにせ刀聖サマが、ウチの商隊を護ってくれるんだ♪、書類一枚で、その名誉と安心を、ヨクセ商会ウチは得られるんだから、願ったり叶ったりさね」

オリエは、不敵な笑みを見せ、ヒラヒラと掌を振るう。


「――その割りには、報酬の方は"並み"だけどねぇ……」

「あら?、刀聖サマとして扱われるのは、イヤだったんじゃなかったかい?」

オリエは、からかう様にそう言って、恍けたフリして明後日の方向に目を向けた。

「さっすが、商いの達人だねぇ。

都合のイイ話だけを振りかざすってさぁ」

「それはコッチのセリフさね♪

刀聖だってコトを隠して、報酬だけはそれなりに欲しいってのは、手前勝手過ぎるんだよ」

オリエは得意気に、ソウタの鼻に触れて――

「――要は、どれだけ賊に、"襲ってもワリに合わねぇ"って思わせるのかが、護衛ってモンの肝だからね。

『ヨクセの商隊には、"刀聖"が護衛に居るぅ~~っ!!!』

――って、宣伝でも出来りゃあ、アンタ一人だけを雇うんで済むってモンさ……賊に襲われる心配は、ほぼ無くなるからね

そうなりゃ、その分を報酬に乗せてやれるが――そんな宣伝がダメだとなりゃ、いくらアンタが強くたって、襲われりゃあ、被害は少なからず出ちまうから、襲う気を削ぐために護衛を多くしなきゃならないのよ?」

「だぁ~っ!、それぐらいは俺でも解ってるよ!、話の流れで言っただけで、別に報酬に不満があるワケじゃねぇ!、正直言って、三食付きだけでもかなり助かるし」

ソウタは、自分の恥ずかしい経済事情まで吐露し始めた。

「はいはい――アタシだって、アンタの懐具合を解ってるから、仕事を世話したんだよ?」

オリエは、ソウタの肩に手を乗せ――

「――アンタは、私欲のためには、その力を使わないからね。

嫌がっては見せても、そーいうトコが、アンタが刀聖に選ばれた理由さね――きっと。

だから、上手く稼げなくて、喰うにも困るなら、アタシがなんとかしてやるさっ!、それが――アタシとアヤコ様との約束だし、"先代オヤジ"と"先世リョウゴ様"との、"契り"の続きなんだ……アンタは、思う様にやれば良いのさ」

――と言って、にこやかな表情で、彼の胸を小さく叩いた。


「――ありがと」

――と、ソウタは照れ臭そうに顔を背けながら言った。

「あの娘のコトも――任しときな。

絶対に、悪い様にはしないよ、"そんなアンタが"助けたく思った娘なんだしね」

「ああ、頼みます」

ソウタは、オリエに一礼して、屋敷を出た。




「――さあ、テンくん、朝の飼い葉を持って来たよぉ~♪」

ソウタやオリエよりも、一足先に起きていたレンは、厩用の雑着に着替え、厩舎作業に勤しんでいた。


「……レン?」

――そこに、ソウタがやって来た。


「!、えっ!?」

呼び止められた事に気付いたレンは、慌てた素振りで、飼い葉桶をテンの側に置き――

「おっ!、おはようございます……ソウタ、"様"」

――何と呼ぶべきなのかを、悩んだのがアリアリな様子で、レンはぎこちなく朝の挨拶をした。


ソウタは、その急な"様付け"に違和感を覚えたが、レンに貰った飼い葉をムシャムシャと嬉しそうに頬張る、テンの姿を観て――

「こんな早朝はやくから、厩作業に出て来たの?」

――と、レンの仕事に対する熱心さに、感嘆していた。


「いっ!、いぇ……テンくんには、ここまで乗せてもらいましたから、早く食べさせてあげたいですし、村の厩を見て、朝早くから取り掛かるモノだと知っていたのでぇ……そっ!、それにまだ、勝手が解らない場所でもあるので、慣れるまでは、何事も先手先手とぉ――」

その、ぎこちない態度と返事から覗く意味を、すんなり看破したソウタは――

「――その態度、さてはオリエさんに聞いたなぁ?、俺の正体を」

――と、ニヤッと不敵な笑みを見せながら、レンの態度の変貌を指摘する。


「――あっ、すっ!、すいませんでしたぁ!

とっ!、刀聖様の事を、疑う様な態度をしたりしてぇ……」

レンは、顔を真っ赤にして、何度も頭を下げて平謝りする。


そんなレンの様を、ソウタは困った顔をして――

「う~ん……そーいう態度コトになるから、隠していたんだがなぁ。

気にしないでよ、こんな風体でいる、俺の方も悪いんだしね」

――苦笑いも見せて、この空気の収拾に苦慮する。


「俺は――刀聖それで呼ばれるのは大キライだし、自分が、そんな立派なモンだとは、どうしても思えなくてね……だから、知る前からの態度で良いよ、俺もその方が助かる――イヤかな?」

「いっ!、いえ!、そんなコトは……」

「はは♪、ほら、そーいう緊張したトコだよ。

まっ、戻る度に慣れてくれば良いさ。

その内――この薄汚さに、刀聖ってモンに抱いている幻想イメージが、否が応でも崩れていくはずだからさ」

ソウタは、そう言って笑いながら、テンの側に鞍などの馬具一式を置く。


「――えっ!?、どこかに行かれるのですか?」

レンは、ソウタの振る舞いに驚き、行動の意図を問うた。

「ああ、オリエさんから商隊護衛の仕事を頼まれたのさ、オウクまでね」


――"オウク"とは、皇が暮らす御所がある、コウオウの首都である。

オウビから、荷を抱えた商隊が向うとすると――だいたい、二日半の道程だ。


「えっ!、じゃあ――もしかして、お別れ……なんですか?」

レンは驚き、また何故か寂しそうに、表情を曇らせてソウタに詰め寄る。


レンの思わぬ反応に、ソウタも少し驚いて、後退りもする。

「う~ん……それはちょっと違うかなぁ、"戻る度に慣れてくれれば"って、言っただろ?

俺は、ココを定宿にさせて貰ってるんだから、キミがここで働いていれば――"お別れ"にはならないよ」

ソウタは、諭す様にそう言った。

「あっ……そっ、そうですよね。

私、何を勘違いしてるんだろ?」

レンは、そう応えたが、まだ曇った表情は晴れない。

「――ホントは、何日か滞在して、キミがココでの生活に慣れるまで――とは思ってたんだけど、急にそういうハナシになっちまって……ゴメン」

ソウタは、申し訳なさそうに、不安げな表情のレンに詫びた。

「そんな!、謝らなくても」

「いや、ちょっと無責任かなって、気にしてたから――こうして、出立前に会えて良かったよ」


そんな会話を、レンと交わしながら、飼い葉をあっという間に食べ終えたテンに、ソウタはテキパキと馬装を施す。


そして、ソウタは屈託無い笑顔を見せて、レンの肩に手を置いた。

「――っ?!、ふぇっ!」

予期せぬソウタの行動に、レンは驚いて――対応しようにも全身が硬直し、何かを言おうにも言葉も失い、頬を紅潮させて、その行為に暫し身を委ねた。


「――じゃあ、行ってくる、達者でな、レン」

それだけを言って、ソウタはすれ違う様にレンの横をすり抜け、ヒョイッとテンの背に跨って、そのまま振り返る事も無く、テンに合図をして門へ向うように歩を進めさせた。


まるで、一陣の風の様に去って行こうとしている、ソウタに向けて、レンは慌てて振り向き――

「――ソウタさんっ!」

――と、叫んで呼び止めたが、彼はテンを止まらせようとはしない。


(やっぱり――"お別れ"に等しいぐらい、戻らないつもりなんだ……)

ソウタの態度に、そんな意思を察したレンは、まだ、一度も言わずにいた、言わなくてはならない言葉を搾り出す――

「――助けて頂いて、ありがとうございましたっ!」

――レンは、それだけを言って、深々と頭を下げた。


その一言に向けて、ソウタはこれにも振り向かず――もちろん、テンを立ち止まらせる事も無く、そのまま、ただ左手を掲げて、ヒラヒラと振って見せた。


レンは、それが返事だと察し、彼女はもう一度振り向いて厩の片付けを始めた。

(私は――ここで、頑張って生きて行こう。

そして、いつか――戻って来た、ソウタさんに……)

レンは、顔を汚しながらも、テンが使っていた寝藁を厩の隅に集めた。


その汚れを拭っても、決意に満ちたレンの顔は、ほんのりと頬が紅潮していた。
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