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哲学
生き字引
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「老師も――此度の会談に加わる御つもりで?」
「――いいえ。
ノブユキ殿からは、顧問としての同席を願われましたが……一応は、姫様の様に裁判の果てに下ったモノではないとはいえ、私も"旧国体"に深く加わった者として、蟄居に等しき経緯でこの街へと隠居した身の上であり、革新派からは、身の周りに暗衆の類まで放たれている立場ですからねぇ……遠慮しておくのが適切な判断であろうという考えに至りました」
一通り、挨拶の類を終えた後、此度の再会への真意を尋ねたアヤコに対し、ユウゲンはそう答えて、飲みかけだった茶を一口啜る。
「……まぁ、経験だけは無駄に積んでいる、この老い耄れをも加える事で、この会談へより"箔"を付けようとしている、ノブユキ殿のお考えは解りますが……私の参加は、"西"や"南"の神経を逆撫でしかねませんしね」
そう言って、薄ら笑いを浮かべるユウゲンの様子に、アヤコは、室内に用意されていた茶器を用いて、レンが新たに淹れた茶を口に含み、渋い表情を浮かべる。
「……老師、それは私の此度の行動を、叱って居られるのですか?」
――と、ユウゲンの答えに、それを察したアヤコは、気まずそうに再び問い返す。
「ええ、こうした再会の喜びこそはあれ、かなり軽挙ではあったかと。
皇様よりの勅使を立てる上で、適当な人選に困られたであろう事は推察出来ますが……何も、イロイロと波風が立つ事が必至である貴女を立てるは、随分と思い切った手を打たれるモノだと驚きました」
ユウゲンはそうハッキリと言い返すと、今度は席を同じくしたソウタの方へと半身を向け――
「――コレは、当世刀聖様のお考えで?、それとも、他のお二方の?」
――と、経緯を確認する態で、尋ねて来た。
「いいえ、言い出したのはアヤコ様ですし、俺も皇様たちも、最初は反対しましたよ。
でも、早く自分でカタを着けねぇと、俺らの邪魔になってしまうからと……」
尋ねられたソウタは、茶碗を置いたレンに会釈をしながら、そう言って経緯をユウゲンに知らせる。
「……なるほど。
"良い意味"で、リョウゴ殿の様な人物と交わった事は、貴女の見識を養う上で、良い"糧"へと成った様ですね」
ユウゲンは、満足気な笑みを浮べてそう言うと、"自分にもおかわりを頂けますか?"――という意味合いを覗かせた態で、レンに向けて椀を差し出す。
「わかりました――それならば、叱るのは止めておきましょう。
ただ、郷愁に駆られただけの我儘だったならば、ココまでで御諫めするつもりで出張って参りましたが、強い覚悟と確かな意図を持っての事ならば、それを留めるは無粋の極みでしょうしね」
ユウゲンは、そう言うとまた満足気な笑みを溢して、大きく頷くのだった。
その後――アヤコはこのままユウゲンと、ヒロシはミスズと、各々で談笑を交わす態となり、それに応じてモトハルも一旦退室して、幾ばかりか寛げる時間が出来た。
「はぁ……緊張しました。
まさか、"あの"ユウゲン老師に、お茶を出す事になるだなんて……」
――と、それらとは少し離れた部屋の隅で、ソウタと共に過ごす態となったレンは、幾分呆けた素振りでそう呟き、自分用に淹れた茶を一口啜った。
「父さんの書棚にあった、様々な偉人の伝記にも度々登場する御方ですし……何だか、とても不思議な感覚ですよぉ……」
「――はは♪
まあ、人種特性の妙で、今だ存命中とはいえ――これまでにやって来た事は、既に歴史上の人物の"それ"だもんなぁ……気持ちは解かるよ」
呆気に取られたままのレンを、励ます態でソウタは彼女の小さな手を握り、そう告げて気を楽にしてやろうと働きかける。
「――そういえば、オリエさんの書棚にも、老師が綴ったとされる書物がありましたね……ご商売の事を解説しているモノだったので、私ではてんで読み解けませんでしたが……」
レンは、優しく握られたソウタの手の温もりを感じながら、安らいだ表情で、ユウゲンにまつわる事柄を思い出してみせる。
「あの人――確か、若い頃……って言っても、百五十年ぐらい前までの事だが、実はオウビに暮らす流者で、商会の頭領をしてたってハナシだからな。
――んで、その頃のオウビは、"あの短歌"にも謳われてる、"大地震と大津波"に見舞われて……当時の刀聖のおかげで、人的被害こそは最小に留められたが、結局の損害は充分に甚大――それを、当時の商工組合の元締めとして切り盛りし、早期の復興と今の繁栄の礎を築いたのは、あの爺さんの手腕と言われてるしねぇ。
その手腕を買われて、アヤコ様の曾祖父に当たる、四代前のハクキ国守――ヤストキ様が幾度も足繁く通って、"大蔵顧問"として臣下に招聘したってのが、あの爺さんが歴史上の人物へと成って行く、第一歩目ってワケよ」
――と、得々とソウタが語る、ユウゲンの逸話を聞き、レンは再びキョトンと呆けてみせる。
「ずっ、随分とお詳しいんですね?」
「まあな……アヤコ様からは、自分の自慢話みたくよく聞かされたモンだし、オリエさんだって、商売の師匠みたく思ってるお人で、オウビの流者の中でも、ある程度"学"があるモンなら、誰でも知ってる様な英雄譚だからなぁ……周りに長く居たら、嫌でも憶えちまうよ」
ソウタが饒舌に語る様にも、驚いた態で応じるレンに対し、彼は苦笑いを覗かせながらそう説明して、温くなった自分の茶碗へと口をつける。
(――しっかし、本棚で見かけたからって……十七~八の娘が、中身に興味持ったり、それに出てる事を憶えている様な、書物や登場人物じゃあないだろうよ……あの爺さんが出て来る様なトコは特に。
その辺は、アヤコ様に強く似た証拠なんだろうね……まあ、俺としては?、こーいう教養なんかも持ち合わせてるトコが、この娘に魅かれた要因の一つでもあるんだけれど……)
――と、隣で関心気に、彼から聞いたユウゲンの逸話を咀嚼しようと頷いている、レンの横顔を肴に、温い茶を喉元へと呷るソウタであった。
「――いいえ。
ノブユキ殿からは、顧問としての同席を願われましたが……一応は、姫様の様に裁判の果てに下ったモノではないとはいえ、私も"旧国体"に深く加わった者として、蟄居に等しき経緯でこの街へと隠居した身の上であり、革新派からは、身の周りに暗衆の類まで放たれている立場ですからねぇ……遠慮しておくのが適切な判断であろうという考えに至りました」
一通り、挨拶の類を終えた後、此度の再会への真意を尋ねたアヤコに対し、ユウゲンはそう答えて、飲みかけだった茶を一口啜る。
「……まぁ、経験だけは無駄に積んでいる、この老い耄れをも加える事で、この会談へより"箔"を付けようとしている、ノブユキ殿のお考えは解りますが……私の参加は、"西"や"南"の神経を逆撫でしかねませんしね」
そう言って、薄ら笑いを浮かべるユウゲンの様子に、アヤコは、室内に用意されていた茶器を用いて、レンが新たに淹れた茶を口に含み、渋い表情を浮かべる。
「……老師、それは私の此度の行動を、叱って居られるのですか?」
――と、ユウゲンの答えに、それを察したアヤコは、気まずそうに再び問い返す。
「ええ、こうした再会の喜びこそはあれ、かなり軽挙ではあったかと。
皇様よりの勅使を立てる上で、適当な人選に困られたであろう事は推察出来ますが……何も、イロイロと波風が立つ事が必至である貴女を立てるは、随分と思い切った手を打たれるモノだと驚きました」
ユウゲンはそうハッキリと言い返すと、今度は席を同じくしたソウタの方へと半身を向け――
「――コレは、当世刀聖様のお考えで?、それとも、他のお二方の?」
――と、経緯を確認する態で、尋ねて来た。
「いいえ、言い出したのはアヤコ様ですし、俺も皇様たちも、最初は反対しましたよ。
でも、早く自分でカタを着けねぇと、俺らの邪魔になってしまうからと……」
尋ねられたソウタは、茶碗を置いたレンに会釈をしながら、そう言って経緯をユウゲンに知らせる。
「……なるほど。
"良い意味"で、リョウゴ殿の様な人物と交わった事は、貴女の見識を養う上で、良い"糧"へと成った様ですね」
ユウゲンは、満足気な笑みを浮べてそう言うと、"自分にもおかわりを頂けますか?"――という意味合いを覗かせた態で、レンに向けて椀を差し出す。
「わかりました――それならば、叱るのは止めておきましょう。
ただ、郷愁に駆られただけの我儘だったならば、ココまでで御諫めするつもりで出張って参りましたが、強い覚悟と確かな意図を持っての事ならば、それを留めるは無粋の極みでしょうしね」
ユウゲンは、そう言うとまた満足気な笑みを溢して、大きく頷くのだった。
その後――アヤコはこのままユウゲンと、ヒロシはミスズと、各々で談笑を交わす態となり、それに応じてモトハルも一旦退室して、幾ばかりか寛げる時間が出来た。
「はぁ……緊張しました。
まさか、"あの"ユウゲン老師に、お茶を出す事になるだなんて……」
――と、それらとは少し離れた部屋の隅で、ソウタと共に過ごす態となったレンは、幾分呆けた素振りでそう呟き、自分用に淹れた茶を一口啜った。
「父さんの書棚にあった、様々な偉人の伝記にも度々登場する御方ですし……何だか、とても不思議な感覚ですよぉ……」
「――はは♪
まあ、人種特性の妙で、今だ存命中とはいえ――これまでにやって来た事は、既に歴史上の人物の"それ"だもんなぁ……気持ちは解かるよ」
呆気に取られたままのレンを、励ます態でソウタは彼女の小さな手を握り、そう告げて気を楽にしてやろうと働きかける。
「――そういえば、オリエさんの書棚にも、老師が綴ったとされる書物がありましたね……ご商売の事を解説しているモノだったので、私ではてんで読み解けませんでしたが……」
レンは、優しく握られたソウタの手の温もりを感じながら、安らいだ表情で、ユウゲンにまつわる事柄を思い出してみせる。
「あの人――確か、若い頃……って言っても、百五十年ぐらい前までの事だが、実はオウビに暮らす流者で、商会の頭領をしてたってハナシだからな。
――んで、その頃のオウビは、"あの短歌"にも謳われてる、"大地震と大津波"に見舞われて……当時の刀聖のおかげで、人的被害こそは最小に留められたが、結局の損害は充分に甚大――それを、当時の商工組合の元締めとして切り盛りし、早期の復興と今の繁栄の礎を築いたのは、あの爺さんの手腕と言われてるしねぇ。
その手腕を買われて、アヤコ様の曾祖父に当たる、四代前のハクキ国守――ヤストキ様が幾度も足繁く通って、"大蔵顧問"として臣下に招聘したってのが、あの爺さんが歴史上の人物へと成って行く、第一歩目ってワケよ」
――と、得々とソウタが語る、ユウゲンの逸話を聞き、レンは再びキョトンと呆けてみせる。
「ずっ、随分とお詳しいんですね?」
「まあな……アヤコ様からは、自分の自慢話みたくよく聞かされたモンだし、オリエさんだって、商売の師匠みたく思ってるお人で、オウビの流者の中でも、ある程度"学"があるモンなら、誰でも知ってる様な英雄譚だからなぁ……周りに長く居たら、嫌でも憶えちまうよ」
ソウタが饒舌に語る様にも、驚いた態で応じるレンに対し、彼は苦笑いを覗かせながらそう説明して、温くなった自分の茶碗へと口をつける。
(――しっかし、本棚で見かけたからって……十七~八の娘が、中身に興味持ったり、それに出てる事を憶えている様な、書物や登場人物じゃあないだろうよ……あの爺さんが出て来る様なトコは特に。
その辺は、アヤコ様に強く似た証拠なんだろうね……まあ、俺としては?、こーいう教養なんかも持ち合わせてるトコが、この娘に魅かれた要因の一つでもあるんだけれど……)
――と、隣で関心気に、彼から聞いたユウゲンの逸話を咀嚼しようと頷いている、レンの横顔を肴に、温い茶を喉元へと呷るソウタであった。
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