流れ者のソウタ

緋野 真人

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哲学

哲学(後編)

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 ノブユキが言い放った予期せぬ返答に、ソウタは面内にて渋い表情を造りながら、前のめりだった姿勢をスッと戻した。

「『"邪"とは何か?』と来たかい……これまた、急に哲学染みた事を言い出したモンだな」

「はい――我ら愚輩にとっては、此度の三者様方の行いの意図は、正直図りかねまする……一体、我ら愚輩に何を求めておられるのだろうか?、と」

 ソウタが不遜な素振りで、再び胸前にて腕を組んでみせると、対するノブユキは慄然とした態度のまま、淡々と目の前の鬼面に答えを乞うた。


(――流石、と言ったトコロね……確かに、今回の三者の動きは、明確に"邪"とは何か、誰であるのかを示してはいない。

 きっかけは、民の飢えを晴らすためではあっても、翼域が持つ不戦の理を覆してまで、大国同士の戦へと舵を切ったハクキノ・ヤスミツお父様が、"世界そのものにとっての共通敵"として、"邪"へと成り下がった時とは違い――今のこの状況は、"ソレ"を見出し切れてはいないと言える。

 要は、何に対して憤り、何を倒そうとすれば良いのか?――現状、限りなく"中立"に近い立場である、ハクキ連邦としては、制裁を解除して欲しいが、何をすれば解除して貰えるか解からない……まさに、哲学的な思考の袋小路に陥っている……

 成程、ソウタも、皇様も、シオリ様だって、まだまだ若輩と呼べる年頃――ある意味、そんな勢いのままに奔った、此度の計の盲点を突かれた恰好だわ)

 ――とは、側でやり取りを聞いていた、アヤコの心中。

 彼女は、そんな結論に至ると、思わずほくそ笑み……

(――コレまで、この点に気付けなかった辺り……私も、この子らの"若さ"にアテられていたのかもしれませんね)

 ――と、ソレを苦笑いへとシフトしながら、対峙するソウタとノブユキの間を見守る。


「……へっ!、悔しいが、アンタの言い分はご尤もだ。

 だが――今の民ってぇのは、それこそ"自由"に……政治なんかの御大層な事であろうと何であろうと、何でも自分らが選べるべきだってぇいう、偉ぇ御方たちなんじゃあなかったのかい?

 そんな、神サマみたく偉ぇ連中なら、ホイホイと解ってくれるモンかと思ってたんだがね?」

 ソウタは、嘲笑う様な口調で、そうノブユキへと問い掛けるが……

「……故に、"愚輩"と自評させて頂きました。

 生憎――我らハクキが者は、コクエの衆が如き尊大さは持ち合わせて居りませぬ故……是非とも、”刀聖様が思われる邪"とは、何であるかをお示しくださりませ」

 ――と、彼は相変わらずの慄然とした様で、目の前の鬼面に問答を投げ掛け続ける。


(――言い方はアレになるが、こりゃあ実に"良い勝負"だ……

 ソウタ殿の、現状の俗世の様相へ向けた皮肉は、実に痛烈で鋭利だが……統領殿は、ハクキの微妙な立場を利して、その切っ先を見事に"いなして"見せている……宛ら、言葉と言葉の大武会とでも言ったトコロかな?)

(……この様な、文官のホームグラウンド檜舞台とも言える交渉の場において、酸いも甘いも噛み分けた達者者と心得るべき統領殿を相手に、これほどの立ち回りを演じられるか……)

 コレらは――前者はヒロシ、後者はモトハルの心中。

 ヒロシは……半ば楽し気に二人の切磋を注視しており、モトハルは……ソウタの意外とも言える、武人らしからぬ腹芸ぶりに、"別の意味"での恐ろしさまで抱いていた。


(アヤコ……それにリョウゴ殿よ。

 貴方がたは、実に厄介な若者を育て落としてくれた様だ……)

 ――とは、ソウタと対しているノブユキの内心。

 彼は、心中で苦笑を浮かべながら、或る日のリョウゴとの会話を思い出す――



『――私には、昔から常々思っている事がある……刀聖が、この世の全てを統べてしまえば、戦も国家間のイザコザも、起き様が無くなるはずだと!』

 その時のノブユキは、些かの酒気を帯びており――いわゆる"気が大きく"なっていたという自覚が、思い出している当人からしてもあった。

『……無論、暴論で幼稚な発想である事は、私も重々解っているぅ……だが!、それは刀聖であるキミと知り合い、その考え、思いを聞いてぇ……私は!、その思いを強くしたよ!!』

 ……いや、既に呂律にも支障が出始め、"些かの酒気"と表するのは憚れる状態であったかもしれない……

『……連邦制へと窶してしまった、これからでも遅くはぬわぁいっ!!!

 キミぃがぁ……アヤコ様を正式に娶ってだっ!、国守専制を基軸とした、このツクモにおける"正しき形の国家"への復古を掲げて起てばぁ……私は勿論、多くの者がその意義に賛同するはずだよ!?

 そしてぇ……キミはそのまま、当世を統べる絶対的な存在へと駆け上がるのだよぉっ!』

 ……いやいや、"憚られる"どころではない……"酩酊"、"泥酔"と表されるべき程度であったかもしれないと、心中のノブユキは赤面し、顔を覆ってその醜態を恥じた。


 そんな、"出来上がっている"状態のノブユキに向けて、リョウゴが答えたのは――

『――はは♪、そいつぁイイかもなぁ……だけど、そいつぁ"俺には"無理だな。

 ロクに学がねぇ俺じゃあ、おめぇみてぇな頭のキレる文官相手にゃあ太刀打ち出来ず、言い包められんのがオチだろうし、何だかんだで、誰も付いては来ねぇだろうさ……俺ら刀聖ってのは、滅ぼす事しか出来ねぇ下郎でしかねぇんだからな』

 ――という、ソウタが何時も言っているのと同じ、刀聖当人だからこそ行き着く、悲しい程に達観した自虐の弁であった。


『――いや!、その卑屈さがっ!、ややこしくしている元凶なんだよぉ!

 その”滅ぼす力”だって……"使い様”である事を、先の大戦においてのキミや、件のぉ……オウビを大津波から救ったという御方が、ちゃぁんと示しているじゃあないかぁ……』

 呆れ笑いを催しながら酒杯を傾けるリョウゴの肩に、しだれかかる態でノブユキはグダグダとしつこく絡んでみせる。

『……ぼかぁ、ちゃぁ~んと聞いていたよ?、”俺には”無理だとぉ……つまりぃ!、他の……いや、"後の"刀聖であれば、政治的な立ち回りだって苦にしない刀聖が、現れるかもしれないって事だよねっ?!』

 ノブユキは、急に据わった目つきをして立ち直ると、ズイっと接吻キスでもしてしまいそうな近さにまで、リョウゴの顔へ迫り――

『――じゃあ、"次"だっ!

 キミが将来、継承を考えねばならなくなった時は――武人としての強さの他にも、キミが欠けていると自称している、教養だとかにも気を配った養成を心掛けてくれたまえっ!?、良いね?!」

 ――と、ビシッと彼の鼻の先に人差し指を立て、ブスッとした赤ら顔を、天下に轟く畏怖を秘めた刀聖へ向けて示すのだった。


『はいはい、わかりましたよぉ~……って、んな立派な講釈並べたのと同時に、ついに酔い潰れたかい♪』

 ……ココからは、ノブユキの記憶には無いシーンではあるが――リョウゴは、倒れ込む様で"落ちた"、彼の身体を側から除けて、僅かに銚子の底に残った酒を、猪口へと注ぎながら……

『……確かに、今のこの世界――俺ら刀聖も、昔どおりのままじゃあ庇いきれなくなっちまうかもな……

 "滅ぼしたくない"と思うなら、刀聖俺らも変わるべきなのかもしれねぇ……』

 ――という、独り言を呟きながら、酒を煽っていたのだった。


(……変わる必要を思い立ったからこそ、あえてアヤコの下に預けたというワケか?

 まったくキミは――タダでは喰えない男だと、つくづく思うよ)

 ノブユキは、ソウタの返答を待ちながら、そんなソウタの後ろに立ち、したり顔でこの状況を見守っている、リョウゴの幻を睨んでいた。


「――さぁて、"邪とは何か"……まあ、"刀聖おれが思う"っていう、括りを付けてくれたおかげ、楽に答えられそうだ♪」

「……と?、言いますと?」

 ノブタツだけが見ている、リョウゴの幻のソレと同じく、ソウタもしたり顔でそう答えてみせると、ノブユキはすかさず、彼へ返答を急かす。

「単純過ぎて、笑われちまうのがオチかもしれねぇが……俺に言わせりゃあ――」

 そう――言い出した、彼の脳裏を過ったのは……何時ぞやの、スヨウノ・ノブタツと対した時と同じく、ヤマカキ事変、翌日の野宿の際、父母の死を嘆くレンの咽び泣く声や、苦渋の末に戦への道へと舵を切る決断をしたサトコの姿、故国のために殉じた義父の躯の上で、声を挙げて泣き崩れたリノの様に加え、姉を無惨に殺められ、恩人をも自害へと追い遣られた事を、悲壮な面持ちで伝えていたミユの涙に濡れた表情――とにかく、彼がこれまでに目にして来た、様々な"涙"に関連するシーンが、走馬灯の態で流れていく。

「……理不尽な言い分を盾に、てめぇの"我"ばかりを通そうとする輩は――等しく、"よこしま"な下衆だ。

 それを理由に、誰かを泣かせちまう様なヤツは特にな」

 ――と、徐に鬼面を外しながら、そのしたり顔を直に晒すのだった。
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