終止符を君の手で~国家機密をうっかり立ち聞きしてしまったら結婚を命じられた話~

砂川恭子

文字の大きさ
3 / 48
街角の魔術師

2

しおりを挟む
 姉と買い物に出かけた翌日、早速買ったばかりのハイヒールを履いてみた。姉や母と同じ緑の目で鏡を見ていると、なんとなく髪型も凝りたくなってしまって、侍女の助けを借りていつもより凝った編み方でまとめてみた。

 姉よりもほんの少し暗い私の栗毛は癖が強く、いつも簡単にまとめるだけだったが、熟練の技術で久しぶりに貴族令嬢らしくなった気がする。朝食のために食堂へ向かうと家族が勢ぞろいしていて、思わぬ人の姿に心が躍った。

「おはようございます。カイルお兄様!戻ってらしたのね!」
 辛うじて挨拶をして駆け寄るように兄のカイルに抱きつく。少々はしたないが、しばらくぶりに会うせいか、大目に見てもらえたようで両親からのお咎めはなかった。

 ジャクリーンとカイルは双子の兄妹だ。母親似の兄は子どもたちの中で唯一の金髪で、幼い頃はそのことで散々姉と私に妬まれてうんざりしていた。少し巻き毛の華やかな金髪に緑色の瞳、整った顔立ちで、幼い頃は女の子によく間違えられていたが、その反動か、見た目のわりにやんちゃでたくましく、早いうちから独立したいと士官学校に入り、そのまま軍に入隊してしまった。

「おう、昨日帰ってきたんだ。久しぶりだな」
「それなら部屋にきてくださればよかったのに」
「行ったさ。そしたら気持ちよさそうにぐうすか寝てた」

 まったく口の減らない兄だ。「淑女の寝室に勝手に入るなんて失礼ね」。笑いながら抗議のつもりで軽く握った拳で胸を打ちつける。しばらく会わないうちにすっかりたくましくなってしまったようで全く効いていないのが少し寂しい。

 騎士団に所属する兄は遠方での二年間の任務を終えて王都に帰ってきたばかりだ。普段は独身寮に入っているがこの夏は式典に合わせて各地から騎士が警備のために引き上げて王都に滞在するため、実家や親戚の邸宅など、拠点がある者は寮を出ることが許可されるそうだ。

「僕に挨拶はなしかい?」
 さみしいなぁと続けるのは長男のアーサーだ。いずれ家督を引き継ぐ兄は、王立学園で学び優秀な成績をおさめ、現在は宮廷で文官として仕えている。最近はお母様を筆頭に結婚をせっつかれているが、仕事を言い訳にうまくかわしている。

「ごめんなさいお兄様。おはよう」
「おはよう。いつもと髪型が違うのかな?似合ってるね」
 妹二人のあしらいに慣れ、学園でマナーを完璧に叩き込まれた兄だ。ちょっとした変化に目ざとく気づいてさらりと褒めてくれる。

 姉や私よりも暗い、こっくりとした艶のある茶色い髪に、祖父譲りのヘーゼル色の瞳が優しげに輝く。将来有望で見た目だって悪くないのに、昨日聞いた話では、アーサーお兄様よりもカイルお兄様の方が女性からの人気があるらしい。曰く、ちょっと粗野なところに魅力を感じるんだとか。結局派手な美形がいいんだろうか。思わず二人を見比べてしまう。

 すると目があった次男にじとっと睨まれる。
「なんか失礼なこと考えただろう」
 慌てて否定するより先にお姉さまが笑いながら割り込んだ。

「リンジーったら。昨日カイルがお兄様よりご令嬢に人気だって教えたのが信じきれないのね」
「お姉さま、言いつけるなんてひどい」
「君は分かりやすいからね。光栄だよ、ありがとう」
 おかしそうに笑い声をあげた長兄にとりなされる。

「さぁ、みんな席について。今日は忙しいよ」
 にこやかにやり取りを眺めていた父がグラスをスプーンで軽くたたいて注意を集めた。今日は社交シーズンの幕開けを飾る王宮舞踏会が開催されるのだ。伯爵以上の上位貴族がここぞとばかりに着飾り、短い夏を楽しもうと国中から集まってくる。我が家も警備に駆り出されるカイルを除いて全員が招待されている。

 父の合図を受けた使用人が給仕をはじめ、清潔な白いクロスのテーブルに豪華な朝食が供されていく。久々の再会を喜びながら、みんなで話に花を咲かせた。話題の中心は来月の独立記念式典だ。

 王宮の舞踏会を皮切りに、今年の夏は狩猟大会や、王立公園での茶会、屋外演劇の上演など行事が目白押しで予定される。こうしたイベントを終え、来月に開かれるのが最重要行事として国を挙げて進める独立記念式典だ。

 元々独立国家であったトレランド王国は八十四年前、南に位置する強大なアルトザラン帝国に攻め込まれ、まもなく併合された。しかし、王族の生き残りが旧王国勢力と合流してひそかに力をつけ、五十年前に蜂起して独立を勝ち取ったのだ。

 以降、皇帝の代替わりを経て二国間はおおむね友好関係にある。今回の式典では、アルトザランの皇帝が直々に参加する予定だ。王国としては、いまなお繁栄し大きな影響力を持つ帝国との友好関係をアピールして周辺国を牽制したい狙いがある。

「なんと。皇帝陛下の体調が思わしくないらしい」
 執事が手渡した新聞に目を通した父が顔を曇らせた。記事によると、皇帝はここ一カ月ほど原因不明の病で床に臥せているらしい。

「それなら教会の勝手も納得だ! 奴ら、最近やけに教皇領に兵力を集めて妙なんだよな」
「あんまりそういう情報を軽々しく話すものではないよ」
 少し興奮した様子の次男がなるほど、と相槌を打ち、長男がたしなめた。教皇領は王国との国境にほど近い帝国内に位置し、ルカーナの教えを両国に広めている。なにやらそこできなくさい動きがあるようだ。

「でも……もし皇帝陛下がお目見えにならなかったら我が国の外交は困ったことになるんでしょう?」
 静かに会話を聞いていた姉が尋ねると、なにやら思案気な長男が口を開いた。

「まあ帝国側としては代役を遣わすしかないだろうね。弟の皇弟殿下かもしくは――皇太子殿下か」
 皇太子、という単語に一同がぎくりと身を強張らせたのは気のせいだろうか。不思議に思って周りをうかがっていると、兄のへーゼル色の瞳と目が合った。

「そんなお話おやめになって」
「これは失敬」

 どことなく重くなった雰囲気を変えたのは意外にもお母様だった。公爵家の出で、箱入り娘らしい純粋さを残しつつも、夫をそっと支える良妻として名高い母が、いつになくぴしゃりと言い放った。かと思うと無邪気な笑みを浮かべて続ける。
「そんなことよりも今夜の舞踏会が大事だわ。リンジー、あなたもう用意したドレスは見て?」

 そこからはもっぱら舞踏会の話で盛り上がった。招待された顔ぶれや食事、楽団の予想に始まり、何度か参加した長男がこれまでの舞踏会で起こった珍事をおもしろおかしく紹介した。次男による、軍隊ならではの警備目線の解説も新鮮で家族を楽しませた。

 話題は姉が買ってくれた靴の話にも及んだ。
「このハイヒールならきっとあのドレスにも合うと思うわ」
 お姉さまが自分のことのように楽しそうに話しだすと、購入に至るまでの経緯を聞かれ、ことの顛末を二人で話して聞かせた。

「どんなカードを引いたらそんな適当な結果になるんだよ。ぼられたんじゃないか?」
 結果に呆れ、相談料の高さに驚いたカイルが胡乱げに言い放った。

「そうか? その占い師のことならよく噂で聞くよ。実際お忍びで言った貴族も知っているし」
 王都で顔の広いアーサーが穏やかに反論した。
「なんでも占いの精度はぴかいちなんだけど、気まぐれで予約がなかなかとれないらしい。金額を倍出すって言っても断られた人もいたそうだよ」
 そんなに名高い占い師だったのか。なんとも現金な話だが、靴をもらってよかったと思う自分がいる。

「それに良心的な値段なんじゃないか?」
「そうよね、お兄様」
 ……自分でお金を稼ぐ必要のない二人には良心的らしい。家を出てゆくゆくは自分で生計を立てなければいけない私と次男とは感覚が違うのかもしれない。ほんの少し惨めな気持ちでいると、同じようにげんなりした顔の次男と目が合った。

 自分の表情は棚に上げて、人の顔を見てぷっと噴出した兄がせっかくきれいに結い上げた髪をぐしゃぐしゃとなで回す。
「お前はこっち側だと思ったよ」
「……およしになって」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。

佐藤 美奈
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。 そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。 しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。 不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。 「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」 リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。 幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。 平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

処理中です...