8 / 48
愚者も歩けば企みにあたる
1
しおりを挟むたくましい軍服の腕に抱かれ、鈴を転がすような笑い声を上げる令嬢。
その表情を見た途端、歪んだどす黒い感情が男の胸に渦巻いた――。
◇◇◇◇◇◇◇◇
軽快な音で王都を走る馬車。時間が早いこともあって、道はまばらだ。小窓を開けると早朝の澄み切った空気が、馬車の中へ吹き込んでくる。手元ではためく新聞をおさえながら目を通すも、ふと気づくと男は先日の舞踏会のことを考えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
社交シーズンの始まりを告げる宮殿主催の舞踏会。その数日前、旧知の女性から男のもとに一通の手紙が届いた。幼いときに何度か遊び相手になってくれた女性だったが、ここのところ久しく連絡を取り合っていなかった。
懐かしい気持ちで便箋を開くと、無沙汰を浴びるあいさつとともに、舞踏会に彼女が家族と参加する旨と、久しぶりに話したいという文言が美しい字でつづられていた。
しきたりに厳しい社会では、ともすれば突飛で無礼とも思える手紙だったが、悪い気はしなかった。差出人の、どこか人を振り回す天真爛漫さを思い出して男の口角が自然とあがる。
「フランチェスカ様ですか。お懐かしい」
横に控えていた執事のマーティンが目を細めると目元のしわがさらに増えた。
「どうやら舞踏会でなにか話があるらしい」
「話ですか……一体何のご用件でしょう」
「さあな、手紙では触れていない。それにあの方のやることはいつも想像を超えてくるから……。長男が宮殿で働きはじめたと聞くから顔をつなげたいのかもしれない」
考え込みながら言うと、執事は納得がいったようだった。
ダールトン家の長男は家督を継ぐまえに宮殿に仕えている。優秀で人当たりもよいと評判だ。その有能な長男が母親を通してなにか仕事の話をしたいのかもしれない。
思案を巡らせながらも、男は楽しみにしている自分に気付いた。複雑な歴史がありながらも、侯爵は立派な人物で国によく仕え、その子どもたちもなかなかの評判だった。
何より、あまり子どもらしい幼少期を送らなかった小憎らしかったかつての彼を、なんとか楽しませようと無茶をしつつかわいがってくれた侯爵夫人の存在が大きかった。彼女の子どもたちなら会ってみたい気がしたのだった。
そんな思いで迎えた舞踏会当日、陛下へのあいさつを済ませた後で夫人とその一家を探していた。知り合いや友人につかまりながら大広間を歩いていると、それらしき人物をようやく見つける。
彼女は若い男性と、長椅子に腰かけた令嬢となにやら問答しているようだった。男性は公爵に似た髪色で、女性はもう少し明るい栗色の髪をしている。その手に指輪はつけていない。
(未婚……とするとあれが秘蔵の末娘か)
歩みを進めながら男は推測する。ダールトン家の四兄弟は出来のいい長男にはじまり、見目のいい双子、そして末娘が続く。華々しい上の三人の陰で、王立の学園にも入らず、社交からも遠ざかっている末っ子の存在は人々の興味を駆り立てた。
下世話な噂を好まない男でさえも、様々な憶測を耳にしたことがあった。いわく、病弱で寝たきりだとか、姉以上の美人で父親が心配して領地に閉じ込めている、いやその反対でものすごく醜いのだ――などなど。
どうやらどれも外れていたらしい。少々ぎこちなくも、きちんと淑女の礼をとる姿を見ながら男は思った。薄い緑のドレスで着飾ったリンジーと名乗る彼女は、華奢ではあるが至って健康そうに見えるし、不細工ではないと断言できる。
美人と評判の姉とは面識がないので比べようがないが、美しすぎるというほどではないだろうか。ただ、と男は思った。遠巻きに見て感じた柔らかな雰囲気は好みだと。
こちらの無礼な考えを気取られないように観察していると、その母親からダンスをするように誘われる。それまで如才なく立ち回っていた次期侯爵がにわかに取り乱すが押し問答の末、彼もその場を離れていった。
彼女の思惑は分からなかったが、男は礼儀正しく娘を誘った。
踊りはじめてすぐに、男は令嬢の関心が自分にないと分かった。これまで分かりやすく女性から好意を寄せられることは幾度もあったし、相手を見定めたうえで気軽な恋愛を楽しんだこともあった。しかし、今日の踊りの相手はこちらには目もくれず、会話をする気もないようだった。
ならば一層、なぜ根回しまでして踊りに誘われたのか。不思議に思っているうちに、相手の顔色が青ざめていった。注意深く様子を見ていると、次第に足ももつれ、つなぐ手も冷えていく。それとなく壁際に移動して、人の輪から外れて落ち着かせる。
回復した様子の彼女が、どこか落ち込んでいるような気がして、気が付いたら男はもう一度手を差し伸べていた。再び踊りだした彼女の様子を見極めながら、男は段々とダンスの難易度をあげ、ついてこられなさそうなところでまた基本動作に戻った。
このころには会話もできるようになったらしい。会話を何往復かするとすぐに、令嬢が嘘や誤魔化しが致命的に下手なことがわかった。少し踊りの振り付けを変えるとすぐに表情と声にぼろが出る。
悪趣味だと思いつつも、彼女自身に興味がわいてそんなことを繰り返していると、完全に困った様子の彼女が口ごもってしまった。真剣な表情がかわいらしくて、おかしかった。つい笑ってしまうと、令嬢は暗い表情で身をすくめ、罪悪感が男を襲った。
話題を変えると、相手は分かりやすく安堵し、ほっとしたような笑みを小さくこぼした。男はなぜかそれに気をよくして、当たり障りのない会話を続けるのだった。
曲が終わるころ、それを少し残念に思うことが男は意外だった。駆け引きのない会話とダンスは久々で思っていた以上に楽しめた。本心を混ぜつつ世辞を言って令嬢と別れ、その場を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。
佐藤 美奈
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。
そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。
しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。
不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。
「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」
リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。
幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。
平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
愛される日は来ないので
豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。
──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる