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明日知らぬ世界
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しおりを挟む「お前、どこから入ってきた!」
一瞬の沈黙ののち、真っ先に動いたのは数々の勲章で飾られた軍服を着た壮年の男性だった。無様にうずくまるようにしていた私の腕をとり、強引に立ち上がらせる。そのまま逃がさないようにして怒鳴りつける。つかまれた二の腕に痛みが走るが、あまりのことに声も出なかった。
「リンジー嬢!? なぜここに……」
聞き覚えのある心地よい声にはっと顔を上げると、数日前にあいさつを交わしたオリバー・ガーフィールド公爵が立っていた。この人なら、話を聞いてくれるかもしれない。一瞬期待したが、驚愕の表情を浮かべていた彼の表情が変化し、眉間に深いしわが寄った。疑念と嫌悪を感じる表情に怖気づいて開いた口を再び閉ざす。
「どいて、オリバー」
公爵の横から割り込むように正面に出た男性をみてまたも体から血の気が引く。濡れ羽色の見事な黒髪に、緑がかった青い瞳。若いのに公爵を自然に退かせるこの威厳。
「こ、国王陛下……」
この国を統べる人を前に、私はあえぐようにして声を絞り出した。
「将軍、手は離していい」
「しかし――」
「ここからじゃ逃げられやしない。いいから。椅子を二つ並べてくれ」
不承不承といった様子で解放され、向かい合う形で国王の正面に座るよう促される。
こちらのお方は将軍だったか……。国王に委任される形で軍の全権を握るお人で、つまりはカイルお兄様の上司の上司の……そのまたずっと上の上司だ。のろのろと座りながら回らない頭を回転させる。これからのやり取りで私だけじゃない、兄弟、ひいては侯爵家の行く末が左右される。
「さて……君はどこから聞いた?」
「……あの……陛下、私、」
「早く答えろ!」
横で聞いている公爵が声を荒げ、思わず体がびくつく。緊張と怒鳴りつけられたショックで、しゃべろうとしても喉がしまって声が上手く出せない。
「脅したって仕方ないだろう。いいから黙っていてくれ」
少し驚いたような顔で公爵をなだめた陛下が再び私に向き直って問いかける。
「リンジー、君は何を聞いたのかな?」
「……なにも拝聴しておりません」
まっすぐに見返して答える。嘘をつくときは目をそらしてはいけない、トランプが得意なアーサーお兄様の教えだ。
「嘘をついたって無駄だよ」
小細工はしかし、全く通用しなかった。こうなってはもう正直に言うしかない。
「ナイジェル殿下の、あ、暗殺の計画を……」
ぽつり、と答えると、将軍と公爵が息を呑んだ。
「そう。どこから聞いた?」
「皇帝のお加減がよろしくなくて、式典には来られないというところからです」
そこからか……陛下が呟いてひじ掛けに頬杖をついて考え込む。視線が外れたことで少し緊張がゆるむ。
また青い目をこちらに向けて陛下が問う。
「ここへはどうやって?宮殿にいた経緯は把握しているから必要ない」
どもりながら、要件を済ませたのちに廊下で迷い、偶然仕掛け扉を開けてしまったこと、戻れなくなり通路を進んでこの部屋の扉を開けてしまったことを説明した。
「将軍、確認してきてくれ」
命を受けた将軍が蝋燭を手に、隠し扉を開けて薄暗闇に消えていった。
「どうなさるおつもりですか?」
一番問いかけたかった言葉を、公爵が陛下に投げかけた。
「さてね……心配かい?」
「そういうわけでは」
まだ処分を決めかねているんだろうか。あのとき文官のお願いを断っていれば、いや、壁にもたれかからなければ。どうしようもない後悔が渦巻く。
こちらの存在は置き去りのまま、陛下が何やら面白いものを見つけたような顔で公爵に問いかける。
「そうか。というか二人はどういう知り合いなんだ?」
「私が幼いころ、彼女の母親にいくらか世話になっただけです」
「それだけ? なんの感情もない?」
「あるはずがない」
それどころではないのに、吐き捨てられた言葉に胸がえぐられる。
そんな問答が繰り広げられているうちに、扉が再び空いた。少し埃をかぶった将軍が顔をのぞかせる。
「陛下、確かに廊下が続いておりました。向こうの扉はかなり固く閉じられていましたが、こじ開けて確認してから閉めて戻ってきました」
「そうか、この通路のことはくれぐれも内密にしてくれ」
ひとまずここへ偶然に迷い込んだことは信じてもらえただろうか。少しだけ安堵するも、そのまま告げられた陛下の言葉に急転直下で気分を落とされた。
「それじゃあ、リンジー・ダールトン。君にはそこの公爵と結婚してもらおう」
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