15 / 48
ぎこちない恋人たち
2
しおりを挟む出発した時とは反対に、沈んだ気持ちでのろのろと馬車に乗り込む。屋敷がどんどん遠ざかっていくにつれ、恋しさがどんどん膨れ上がった。
駄目だ。いい加減自立しなければ。我慢、我慢、そう自分に言い聞かせていると、急に肩を両手でつかまれて正面に公爵の顔が迫っていた。
「ひっ」
間抜けな声を気にも留めず、公爵が疑わしげに言う。
「姉に何を言われた」
まさか、あんな一瞬のことが見えていたはずない。そう分かっているのに、紙を隠した左手に自然と力がこもってしまう。「なにか渡されたか」、舌打ちして呟いた公爵が、瞬く間に私の左腕をねじり上げた。
「、痛いっ、おやめください」
「動くな」
公爵は掌をくまなく見た後、袖口を探り、ついに手首側に忍ばせていた紙を引き抜いてしまった。
「いや、返してっ」
動揺のあまり素に戻って叫び、咄嗟に手を伸ばすも、公爵は内容を確認したのち、小さな紙を引き裂いてしまった。
「そんな……」
「言ったはずだ。小細工はよせと」
無慈悲に告げる彼の手の中で、紙切れがどんどん小さくなっていく。ついにはそれを窓から捨ててしまった。初夏の青空を季節違いの雪が散っていく。
抗議しようかと口を開くが、今さらどうしようもない。涙をこらえ、口を閉じて黙ってうつむいた。しばし静寂が訪れる。
「しかしさっきは見事な茶番だったな」
なんのことだろう、ぼんやり公爵を見上げると彼の口元はにやりと意地悪げに歪んでいる。理解の遅い私にいらだった様子で公爵が言葉を続けた。
「愛してるといった芝居だよ、うまいものだ。家族をだますのもお手のものか」
皮肉と侮蔑が込められた言葉が胸に突き刺さり、必死に耐えていた涙腺が決壊した。
涙がとめどなく流れ落ちるが、そんな顔を見られたくなくて顔を手で覆った。せめて嗚咽はもれないように喉に力を入れてこらえた。ふっふっと短く息継ぎをする声が二人の間に落ちた。
彼の言うことも事実だと、頭のどこかで分かっていた。私はひどい道化だったし、心配する家族に嘘をついた。でもどうすればよかったんだろう?家族を守るのに、なにか他に方法があったんだろうか。
どうしようもないことを嘆いていると、しばらくした後に向かいの席から深いため息が聞こえて、勢いを落としていた涙がまた流れてくる。また呆れられてしまった。顔を見るのが怖くて姿勢は変えられなかった。
公爵家に戻るころには、涙はひいていた。無言のまま馬車を降りて、見張りとともに部屋に行く。何かあったのは丸分かりなのに、誰も何も言わないのがむしろありがたかった。
部屋のソファに腰掛けてぼんやりしていると、公爵と執事が入室してきた。その後ろから見覚えのある大きなトランクが二つ運ばれてきた。どうやらダールトンの家から必要な荷物を預かってきたらしい。
「侯爵家の荷物だ。中身は改めさせてもらう」
「オリバー様……」
「分かりました」
マーティンはなにか言いたげだったが、私が承諾の返事をすると、公爵は彼に目で指示してトランクを開けさせた。
よく読んでいた本に、舞踏会用につくったあのドレスや装飾品、私がずっと気に入って領地からわざわざ持ってきてもらったぬいぐるみ……取るに足らない個人的な品々が目の前で暴かれ、機械的に確かめられていく。肌着まで確認されたときは恥ずかしさで消えてしまいたいくらいだったが、もう歯向かう気力も残っていなかった。ただ突っ立っている私をマーティンが痛ましげにみていた。
「……随分踵が高いな、どうしてこんな靴ばかり持っているんだ」
最後の方になって、靴が並べられたところでちくりと公爵が言った。どうやらお気に召さなかったようだ。占いの話でもしようかと思ったがきっと否定されると思ってただ謝った。私だって、こうなってしまった今は占いなんてほとんど信じてないけど、姉の気遣いまで馬鹿にされたら耐えられそうになかった。
「よくお似合いですよ。このお店、王都で人気のお店ですね」
執事が重い雰囲気を変えてくれた。なんでそんなことを知っているんだろう、不思議そうに見たのが伝わったのか、「最近孫にねだられまして」とこちらを見てほほ笑む。
「ありがとうございます……お孫さんはおいくつ?」
「それがまだ八歳で」
それは相当なおませさんだ。小さな女の子が靴をねだる姿を想像して思わず微笑んでしまう。
「お前は口を挟むな。君も使用人に対してそんな様子では困る。格好がつかないだろう」
へらへらした様子がまた気に障ったのか、注意されてしまう。確かにお母様もお姉様も、使用人に親切にはしてたけどきちんと壁をつくっていた。学校のことはひとまず忘れて、令嬢として過ごしていたことを思い出さなければ。
マーティンは心配そうに私と公爵の顔を交互に見やっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
実家へのあいさつを済ませてから数日後、果たして執事の不安は悪い方向に的中した。
多くの貴族女性と同様、公爵夫人も労働とは縁遠いが、同じ貴族との付き合いを円滑にこなすことが求められる。基本的なマナーは問題ないが、王立学園に通わず領地に引きこもっていた私は、とにかく今の貴族社会の人間関係に疎かった。
貴族の顔ぶれや家系図を相当数頭に叩き込むのはなかなか大変な作業だった。そのうえ、公爵家ともなると帝国以外の国とも交流があるようで、外国語の基本的な会話も習得するよう求められた。
公爵か執事、またはその両方から、忙しい合間を縫って教わるのだが、勉強を進めても、公爵の前では萎縮してしまった。執事の前では答えられる問いにもまごついてしまったりして、彼をしばしば苛立たせた。
護衛の軍人を女性に変えてもらえないか尋ねたことも、公爵の不興を買ったようだった。
「女性に?……君はああいうのが好みだと思ったが」
めずらしく怒られることなく学習を終えた日に恐る恐る提案してみたのだが、不機嫌そうな様子に失敗を察した。
「難しければいいんです」
「そうだな……軍の女性はごく少数だし、それぞれ配置が決まっている。君のわがままに付き合えと?」
「いえ、申し訳ありませんでした」
女性が少ないのは知っていたが、彼女たちはそれぞれ被害者支援や捜査で、女性ならではの役割を担い、重宝されているらしい。公爵ほどの裁量があれば融通が利くかと打算で頼んだが、そんなことも知らないで軽々しく行動したことを恥じた。
今日はダンスの練習だった。ここにきて、積み重なった公爵のイライラが、ついに爆発した。舞踏会で初めに踊った時のように、いやもっとひどい動きを私はみせて、ついには彼の足を思いっきり踏んづけてしまったのだ。
痛みに顔をしかめた公爵が激怒する。
「どういうつもりだ!」
謝罪を伝える前に遮られる。公爵の肩がわなわなと震えている。
「そんなに私が気に入らないか?こっちだって君のような卑劣な人間はお断りだし、怯える人に手を出す趣味もない」
「オリバー様、落ち着いてください」
見ていられなかったマーティンが間に入る。
「落ち着いていられるか!茶会まで一週間しかないんだ!わざと下手を打っても恥をかくのは私たちだけじゃないんだぞ」
公爵が吠え、執事を押しのけて詰め寄られる。
婚約を公表したことで、同伴で参加するようにとの社交のお誘いが多くかけられたらしい。可能なものは断っているが、王国主催の茶会は参加が絶対だった。
「大体さっきの動きはなんだ!わざとやってるとしか思えない。君はちゃんと踊れるだろう」
肩を強く掴んで揺すられる。先日見たおぞましい夢がフラッシュバックする。返事をしようとするのに、恐怖で口も動かず声も出ない。胸が早鐘を打ち、視界がぐにゃりと歪んだ。
「お、おいっ、リンジー!?」
焦った公爵の声が遠くに聞こえた。
0
あなたにおすすめの小説
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
転生者と忘れられた約束
悠十
恋愛
シュゼットは前世の記憶を持って生まれた転生者である。
シュゼットは前世の最後の瞬間に、幼馴染の少年と約束した。
「もし来世があるのなら、お嫁さんにしてね……」
そして、その記憶を持ってシュゼットは転生した。
しかし、約束した筈の少年には、既に恋人が居て……。
【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!
あきのみどり
恋愛
【ヒロイン溺愛のシスコンお兄様(予定)×悪役令嬢(予定)】
小説の悪役令嬢に転生した令嬢グステルは、自分がいずれヒロインを陥れ、失敗し、獄死する運命であることを知っていた。
その運命から逃れるべく、九つの時に家出を決行。平穏に生きていたが…。
ある日彼女のもとへ、その運命に引き戻そうとする青年がやってきた。
その青年が、ヒロインを溺愛する彼女の兄、自分の天敵たる男だと知りグステルは怯えるが、彼はなぜかグステルにぜんぜん冷たくない。それどころか彼女のもとへ日参し、大事なはずの妹も蔑ろにしはじめて──。
優しいはずのヒロインにもひがまれ、さらに実家にはグステルの偽者も現れて物語は次第に思ってもみなかった方向へ。
運命を変えようとした悪役令嬢予定者グステルと、そんな彼女にうっかりシスコンの運命を変えられてしまった次期侯爵の想定外ラブコメ。
※コミカライズ企画進行中
なろうさんにも同作品を投稿中です。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
二年後、可愛かった彼の変貌に興ざめ(偽者でしょう?)
岬 空弥
恋愛
二歳年下のユーレットに人目惚れした侯爵家の一人娘エリシア。自分の気持ちを素直に伝えてくる彼女に戸惑いながらも、次第に彼女に好意を持つようになって行くユーレット。しかし大人になりきれない不器用な彼の言動は周りに誤解を与えるようなものばかりだった。ある日、そんなユーレットの態度を誤解した幼馴染のリーシャによって二人の関係は壊されてしまう。
エリシアの卒業式の日、意を決したユーレットは言った。「俺が卒業したら絶対迎えに行く。だから待っていてほしい」
二年の時は、彼らを成長させたはずなのだが・・・。
英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です
氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。
英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる