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力と節制
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しおりを挟む万全の態勢で能力を伸ばすための訓練をはじめたものの、なかなか成果は上がらなかった。誰かに助言を求めようにも、能力を持っていたことが分かっている祖父も数年前に他界してしまっていて、焦燥感だけが募っていく。
公爵は決して私を責めたり、急かしたりすることはなかったが、会話も少ない二人きりの訓練は、徐々に重荷になり始めていた。犬を相手に練習していたその日、まだ日も傾かないうちに練習が切り上げられた。
「もう、お終いですか?」
「あぁ、今日はもう止めにしよう」
上手くいかない訓練に、ついに公爵も嫌気がさしたのかもしれない。黙っていると、ご褒美代わりのおやつを犬に与えていた公爵が焦ったように付け足した。
「今日は君に来客があるんだ」
「来客?」
「あぁ、早く部屋へ戻ろう」
何かを楽しみにしているような公爵に続いて屋敷へ戻った。
ノックをして入った応接間には、よく見知った人物が待っていた。長椅子に腰掛けていたマホガニーのように暗い茶色の髪の男性が立ち上がる。
「やぁリンジー」
「アーサーお兄様!」
長兄はメアリとお茶を飲んでいたらしい。メアリはいつものように気配を消して隅に立っているものの、卓上には飲みかけのティーカップが二つ並んでいた。
思わず足早に長男の元へ向かった。
「ごきげんよう、どうしてこちらに?」
「陛下にお願いしてね」
「嬉しいわ、来てくれて」
しかし、いいのだろうか。思わず振り返って公爵の顔を見つめた。前回、応接間で身内を迎えたことは苦い思い出になっていた。
「リンジーはすっかりあなたの顔色を伺う癖がついてしまったようですね」
急に兄がにこにこと毒を吐いて、目が点になった。やや無鉄砲なカイルお兄様ならまだしも、思慮深い長兄がそんな言い方をするなんてにわかには信じがたかった。
「お兄様、そんな言い方……」
「いいんだ。私は外そう。護衛とメアリは廊下に控えているのでそのつもりで」
公爵は兄の言葉に動じずに、侍女と護衛に指示を出して退出していった。
「公爵にあんな態度取るなんて……よくないわ」
「招いてもらったことには感謝してるよ。それでも彼の暴言は許されたものじゃないだろう。君はもう許したの?」
一瞬なんのことかと分からなかったが、前回カイルが来た時の公爵の言動が伝わったのだと察しがついた。
「ちゃんと謝ってもらったし、あれは誤解だったの。……あのこと、家族みんな知ってるの?」
「いや、僕とカイルだけさ。母上の耳に入ったら一体何をするやら」
そう言うと兄は渋い顔で肩をすくめた。
そういえば演奏会の夜、兄に当たってしまっていたのだと遅まきながら思い出した。
「この間はごめんなさい。動転してしまって……。みんな元気? カイルお兄様はまだ王都に?」
「あぁ、辺境行きも式典が伸びたから延期さ。ひとまず座ろう。僕こそこの間は悪かったね」
そう言いながら、兄は自分の肩口をとんとんと叩いた。怪我のことを聞きつけたらしい。
向かい合う形で腰掛けると、兄は穏やかながらも、困ったように眉を下げて口を開いた。
「さて……何から話したらいいんだろうね」
黙り込んだ兄を前に、私は口火を切った。
「本当は、私がなにを忘れているか思い出させたかったの?」
ずっと気になっていたことだった。思えば長男は、家族が避けていた帝国や皇太子の話題を出したり、11年前の事件を思い出させようとしてた節があった。
「どうだろうね。でも知る権利があると思った。君はもう大きくなって自分で考えるようになっていたから」
「そう。いつから能力のことを?」
「11年前、ことが起こってすぐさ。小さい子どもがあの場を切り抜けたことがどうしても腑に落ちなくて、父上に問い詰めて。祖父のこともその時聞いたんだ」
「お父様には能力はでなかったの?」
「あぁ、直接聞いたから間違いない」
答えを聞いて私は肩を落とした。父にも能力があれば、練習を進める時の指標になると思ったのだ。
「そう……どうしてかしら」
「陛下の話を勘案すれば隔世で目覚めるのかもしれないが……能力については分からないことが多くてね」
長男は組んでいた足を組み直して話し続けた。
「祖父は動物を意のままに操るだけじゃなくて、その五感を借りることもできたそうだ。だけど君が目覚めてから試してみたら、もう能力は使えなくなっていたと言ってたよ」
「そんなことまで分かっていたの?」
「あぁ。それから、僕とジャクリーン、カイルで試した限りでは、能力を引き継ぐのは一世代で一人らしい」
「試すって?」
「家の馬やら領民の羊やらを借りて、裏庭で言うこと聞かせようとしたんだよ。だけど遊んでもらってると思ったらしく、もみくちゃにされるだけでね。数回で懲りた」
きっと当事者は真剣だったのだろうが、まだ幼い兄たちに動物が戯れつく様を想像して思わず笑みが溢れた。
同じように昔を懐かしんでいた兄はふと表情を曇らせた。
「もどかしかったよ、何度僕か、せめてカイルに引き継がれていればと思ったことか」
兄は気にしているようだが、そこまで聞ければ充分だった。
「いいのよ、ありがとう。……本当は最近、不安だったの、何もかも手探りだし――」
取り止めのない話でも、兄は口を挟まずに聞いてくれた。
心配ごとを吐き出し終えると、相槌を打っていたお兄様が話し出した。
「14歳の時、僕は自分の人生を少し恨んでいたんだよ」
唐突な告白に驚いていると、兄はあんなに恵まれていたのにね、と付け足した。
「もちろん家族も好きだし、義務も理解していたけど、本当は王都へ出て、いろんな音楽に触れたかった。演奏家になりたかったんだ――最後まで聞いて」
恐れていた言葉を聞いて、思わず反応しかけた私を兄が止めた。
「そんな僕を変えたのは君だ。リンジーはあの時、僕たちを守ってくれたんだ。家族だけじゃなく領地も、国もね。君が守ってくれてものの大きさに気付いて、僕も守ろうと決めたんだ」
「それじゃあやっぱり、急に楽器を辞めたのは……」
怖々尋ねると、兄はどこかさっぱりした顔で頷いた。
「あぁ、踏ん切りをつけるつもりで辞めたんだ。まぁ縁あってまた再開したわけだけど」
みんなには内緒にしてね、と念押しして悪戯っぽく笑った。
「その後の僕達兄弟の決断に、多少なりとも君のことが影響したことは否定しないよ。家にはなにが足りなくてなにが必要か考えて選んだ。まあカイルは物理的な強さを選んじゃったわけだけど」
肩をすくめたアーサーお兄様はそのまま話し続けた。
「ジャクリーンもカイルも、強制された訳じゃなく自分で選んできたんだ。後悔だってしてやいないさ」
「本当に?」
陛下の言葉を気にしていた私には、すがりたくなる話だったが、都合が良すぎる気がした。
「あぁ。黙っていて悪かった。君はもう傷ついたから無理に思い出させることはないだろうって決めていたんだ」
「そう……色々動いてくれてありがとう。変にへそ曲げたりしてごめんなさい」
足を組み替えたアーサーが励ますように言った。
「皇太子を救うなんてなかなかできないだろう? 二度もやってのけたんだから、次だって大丈夫さ」
あえてなんでもないようなことのように言ってくれるのが嬉しかった。
「それに、これまでは指を咥えてみていたけど、ジャクリーンも僕もカイルも、もう子供じゃない。たとえ結果がどうなったとしても一人にはしないよ。結婚のこともね」
兄はそう言うと、時間が来たのか去っていった。
最後の言葉が意味するのは、失敗した場合のことだろうか。それに結婚について、一体何をどうしようと動いているんだろう。結局彼はまた疑問を残して行ってしまった。
自室へ戻る途中、会話を聞いていたはずのローズさんの反応が気になったが、彼女はご家族に会えてよかったですね、とほほ笑むだけだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アーサーお兄様との会話はいい気分転換になった。猟犬を扱える様になると、今度は公爵の愛馬を相手にすることが決まった。
温室では扱いきれないからと、馬車で郊外まで来る念の入れようだった。帯同するのはマーティンとローズさんだけで、御者までこなせる執事は、老体をいたわってほしいとぶつくさ文句を言って、私とローズさんを笑わせた。
狩猟の時に途中で立ち寄った湖の畔に馬車は止まった。馬車とから解放されると、真っ黒な侯爵の馬は辺りをのんびりと歩き出した。素人目に見ても均整のとれた素晴らしい体つきだった。
自由にしている馬を眺めながら公爵に尋ねた。
「いいんですか? 一番可愛がっていると聞きましたが」
危険なことをするつもりはないが、愛馬を任せることに不安はないのだろうか。
「あぁ、アドニスは……あの馬の名前だが、あいつは気位が高いが、私の言うことはよく聞く。何かあっても制御できると思ってな」
公爵は強い日差しを手で遮りながら馬の方を見て目を細めた。
「よくお乗りになるんですか?」
「あぁ」
会話が途切れ、公爵が口笛をならすと、アドニスはとことことこちらへやってきた。
かなり順調に訓練は進んだ。私が意図したところに移動させたり、いなないてもらったりした後で、鞍もあったので乗馬の練習も行った。なんとなく馬側の気持ちも伝わってきて、かなり久々ではあったものの、乗りこなせるようになってきた。
体力だけが追い付かずに、少し休憩していると、アドニスを撫でる公爵が感心した様子で聞いてきた。
「すごいな、一流の調教師のようだ。もしかして、動物の言葉もわかるのか?」
正直なところ私が感知できるのは、『うれしい』とか『苛ついている』とか、喜怒哀楽くらいだった。しかし悪戯心が芽生えた私は、陛下と対峙した時に犬をけしかけるんじゃないかと勘違いした公爵に仕返しをしたくなった。
「えぇ、なんとなく言葉になって浮かんできます」
「アドニスはなんと?」
「もっと人参が欲しいそうです。それから……」
自分で言いだしておいて言葉に詰まってしまう。あとはなんだろう……。でっち上げることがない私の脳裏に、ふとヘレナ様と、狩猟の時に見かけた赤いドレスの女性の姿がよぎった。
「――こっちをみて。あんまり他の馬ばかり、可愛がらないでほしいって」
思わず口をついた言葉に、自分で言っておいて衝撃を受けた。こんなのまるで、嫉妬しているみたいだ。こちらの動揺をよそに、公爵は撫でるのを再開してアドニスに話しかけた。
「お前、案外嫉妬深いんだな。悪かった」
からかうようにしつつも、感慨深そうに愛馬を見つめる公爵の目はあまりにも真剣で、この後も話しかけそうな勢いだ。動揺が落ち着いてくると、ご機嫌を取る姿に堪えきれずに吹き出した。
「……ご、ごめんなさい。嫌だとか嬉しいとか感情が伝わるくらいなんです」
笑いすぎて滲んできた涙を拭いながら詫びると、こちらを振り返った公爵はぽかんとした表情を浮かべ、照れたように笑い出した。
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