47 / 48
太陽に手を伸ばす教皇
5
しおりを挟むオリバー様のご両親の離婚は、前公爵の浮気が原因だった。不倫だけにおさまらず愛人の女性との間の子どもまで出てきて、お家騒動にまで発展してしまったのだそうだ。
激怒したお母様が離縁を決意し、後に将軍となるジェンキンス様を後見人に立ててオリバー様に家督を継がせ、離縁を成立させたのだという。
その後、ご両親はどちらも別宅で過ごしているらしい。そんな大事件を公にせずにやり遂げた前公爵夫人の手腕に恐れ入るやら、別宅で悠々と暮らせる資金の潤沢さに感嘆するやらで、私は相槌も忘れて聞き入ってしまった。
「坊ちゃんが物心つく頃には、お二人とも口論を隠さないようになられていて……。奥様を気遣ってか、弱音を吐きませんでしたが、傷ついておられたんでしょう。長期休みでも帰省を拒まれることもありました」
そう言う執事は当時を思い出したのか、その顔は痛ましげに歪んでいた。
貴族の子息が通う学園は寄宿制で、夏と冬の長期休暇には原則、生徒は自宅の両親のもとへ帰るのが普通だ。私も兄姉が返ってくることを心待ちにしていた。
帰ってきた彼らは両親に存分に甘えていたように思う。同じ年のころに、帰省を嫌がる少年がいたなんて胸が痛んだ。
「家督を継ぐことが決まってからは特に気負っていらしたのか、すっかり子供らしさがなくなってしまいました」
なんだか聞けば聞くほど今の公爵とは離れていくようだった。
続く執事の言葉に私は目を丸くした。
「そんなオリバー様を気遣ってくださったのがジェンキンス様とフランチェスカ様でございました」
「フランチェスカ様って、まさか……」
ある人の姿を思い浮かべながら執事を見つめると、少し微笑みながら老人は頷いた。
「えぇ、今のダールトン侯爵夫人、リンジー様のお母様でございます」
マーティンは懐かしむように話し続けた。
「ジェンキンス様は同じ年頃の騎士候補生と一緒に訓練をつけてくださって、フランチェスカ様も、屋敷にこもりがちだった坊ちゃんを外へと連れ出してくださいました」
「そうだったの……知らなかったわ」
舞踏会で公爵がお母様にお世話になっていた、と話していたのはそのことだったのか。いつか母に会えたら、幼いころの公爵の様子を聞いてみたいと思った。
「その甲斐あってか、明るくなってご友人も増えたのですが、恋愛関係には冷めてしまったと申しますか……」
執事の話では、思春期を迎えてからの公爵は、女性に思いを寄せられても深く関わることを避け、合意の上で刹那的な関係を楽しむようになったらしい。
初めて聞いたことばかりで動揺する私を執事がじっと見つめてきた。
「リンジー様、どうか坊ちゃんをお見捨てにならないでくださいね」
「そんな、見捨てたり、なんか……」
滅相もない。見捨てられるとしたら私の方だ。浮かんできた皮肉をぐっと飲みこんだ。
公爵の潔癖さと、それに釣り合わない関係の築き方の謎はなんとなく解けた。しかし、公爵の恋愛観が変わることはあるんだろうか。大人の駆け引きを楽しんでいた公爵が、私を相手にするとは思えなかった。
私は男性との触れ合いはまだ怖いし、恋愛慣れなんて全くしてない。そもそも異性の友人もいないから、昔親しかった皇太子と再会して、その距離感でさえつかみ切れていない。結果、変な噂を生んでしまった。公爵はそのことを快く思っていないかもしれない。
(前途多難ね、ことごとく相性があわないみたい)
重苦しい雰囲気のなか、お茶を飲んで菓子をつまんだ。季節の果物を使った菓子は、少し気分を変えてくれた。
「メアリが来てから、お菓子が増えた気がするわ」
呟くように言った一言に執事は目を細めた。
「オリバー様のご指示ですよ」
「え?」
「なかなか出歩かせてあげられないから、せめてリンジー様がメアリと楽しめるように、と」
にこやかに言う言葉に心が浮き立つようだった。もしかしたら、ほんの少し希望を持ってもいいんだろうか。飲み終えて卓上を片付ける執事に思い切って尋ねた。
「マーティン、その、公爵って香水はお嫌いかしら」
やっとの思いで口に出すと、みるみるうちに顔が熱くなってくるのが自分でも分かった。マーティンは目を丸くした後、にこにこして答えた。
「嫌いではないかと。ただ、薔薇のような強い花の香りは避けることが多い気がします」
昨日私がつけていたのは柑橘系の香りだ。コンスタンス様は恐らく、オリバー様の好みを把握して贈ってくれたんだろう。少々複雑な気はしたが、ひとまず気分を害すことはなさそうだと安堵した。
「それから、坊ちゃんみたいな愛に飢えた面倒なへそ曲がりは、案外正面からの攻撃に弱いものでございます」
それだけ言うと、ぽかんと呆ける私を置いて執事はしずしずと引き上げていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王都の一等地、王家所有のある邸宅の居間には、朝の陽ざしが差し込んでいた。眩しい光に目を覚ました子犬は周囲の匂いがいつもとは違うことに好奇心を覚えた。
いつも寝坊助な兄弟たちはもう目を覚ましたのか、籠の中には見当たらない。置いてけぼりを食らったのだろうか。空腹と好奇心に、ついに子犬は動き出した。籠のふちに白い前足をかけて身を乗り出す。もう少し、もう少しで地面に足が届きそうだ――。
「おっと危ない、まったく活発なやつだ」
冒険が始まりそうだったのに、子犬は急に現れた人間に抱き上げられてしまった。
視界が急に高くなって、空のような色をした目の男が話しかけてくる。その手つきが思いのほか優しく、心地よいので子犬はそのまま甘んじて腕の中にいた。
「今日から僕が君の飼い主だよ」
嬉しそうに言った青年は、子犬を籠に戻すと、おいしそうな匂いのする陶器の皿を置いてくれた。探検はひとまず後回しにしようと決め、子犬は朝飯にありついた。
お腹がくちくなったころ、空気の流れが変わった。自慢の鼻が別の人間がやってくるのを教えてくれる。果たしてやってきたもう一人は、飼い主と名乗った男にぼそぼそ話しかけた。
「殿下、再度使いの者が参りました。今度は庭園のガゼボでお待ちしている、と」
子犬の優秀な耳は、きちんとその声を拾ったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。
佐藤 美奈
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。
そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。
しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。
不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。
「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」
リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。
幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。
平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
愛される日は来ないので
豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。
──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる