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太陽に手を伸ばす教皇
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しおりを挟むオリバー様のご両親の離婚は、前公爵の浮気が原因だった。不倫だけにおさまらず愛人の女性との間の子どもまで出てきて、お家騒動にまで発展してしまったのだそうだ。
激怒したお母様が離縁を決意し、後に将軍となるジェンキンス様を後見人に立ててオリバー様に家督を継がせ、離縁を成立させたのだという。
その後、ご両親はどちらも別宅で過ごしているらしい。そんな大事件を公にせずにやり遂げた前公爵夫人の手腕に恐れ入るやら、別宅で悠々と暮らせる資金の潤沢さに感嘆するやらで、私は相槌も忘れて聞き入ってしまった。
「坊ちゃんが物心つく頃には、お二人とも口論を隠さないようになられていて……。奥様を気遣ってか、弱音を吐きませんでしたが、傷ついておられたんでしょう。長期休みでも帰省を拒まれることもありました」
そう言う執事は当時を思い出したのか、その顔は痛ましげに歪んでいた。
貴族の子息が通う学園は寄宿制で、夏と冬の長期休暇には原則、生徒は自宅の両親のもとへ帰るのが普通だ。私も兄姉が返ってくることを心待ちにしていた。
帰ってきた彼らは両親に存分に甘えていたように思う。同じ年のころに、帰省を嫌がる少年がいたなんて胸が痛んだ。
「家督を継ぐことが決まってからは特に気負っていらしたのか、すっかり子供らしさがなくなってしまいました」
なんだか聞けば聞くほど今の公爵とは離れていくようだった。
続く執事の言葉に私は目を丸くした。
「そんなオリバー様を気遣ってくださったのがジェンキンス様とフランチェスカ様でございました」
「フランチェスカ様って、まさか……」
ある人の姿を思い浮かべながら執事を見つめると、少し微笑みながら老人は頷いた。
「えぇ、今のダールトン侯爵夫人、リンジー様のお母様でございます」
マーティンは懐かしむように話し続けた。
「ジェンキンス様は同じ年頃の騎士候補生と一緒に訓練をつけてくださって、フランチェスカ様も、屋敷にこもりがちだった坊ちゃんを外へと連れ出してくださいました」
「そうだったの……知らなかったわ」
舞踏会で公爵がお母様にお世話になっていた、と話していたのはそのことだったのか。いつか母に会えたら、幼いころの公爵の様子を聞いてみたいと思った。
「その甲斐あってか、明るくなってご友人も増えたのですが、恋愛関係には冷めてしまったと申しますか……」
執事の話では、思春期を迎えてからの公爵は、女性に思いを寄せられても深く関わることを避け、合意の上で刹那的な関係を楽しむようになったらしい。
初めて聞いたことばかりで動揺する私を執事がじっと見つめてきた。
「リンジー様、どうか坊ちゃんをお見捨てにならないでくださいね」
「そんな、見捨てたり、なんか……」
滅相もない。見捨てられるとしたら私の方だ。浮かんできた皮肉をぐっと飲みこんだ。
公爵の潔癖さと、それに釣り合わない関係の築き方の謎はなんとなく解けた。しかし、公爵の恋愛観が変わることはあるんだろうか。大人の駆け引きを楽しんでいた公爵が、私を相手にするとは思えなかった。
私は男性との触れ合いはまだ怖いし、恋愛慣れなんて全くしてない。そもそも異性の友人もいないから、昔親しかった皇太子と再会して、その距離感でさえつかみ切れていない。結果、変な噂を生んでしまった。公爵はそのことを快く思っていないかもしれない。
(前途多難ね、ことごとく相性があわないみたい)
重苦しい雰囲気のなか、お茶を飲んで菓子をつまんだ。季節の果物を使った菓子は、少し気分を変えてくれた。
「メアリが来てから、お菓子が増えた気がするわ」
呟くように言った一言に執事は目を細めた。
「オリバー様のご指示ですよ」
「え?」
「なかなか出歩かせてあげられないから、せめてリンジー様がメアリと楽しめるように、と」
にこやかに言う言葉に心が浮き立つようだった。もしかしたら、ほんの少し希望を持ってもいいんだろうか。飲み終えて卓上を片付ける執事に思い切って尋ねた。
「マーティン、その、公爵って香水はお嫌いかしら」
やっとの思いで口に出すと、みるみるうちに顔が熱くなってくるのが自分でも分かった。マーティンは目を丸くした後、にこにこして答えた。
「嫌いではないかと。ただ、薔薇のような強い花の香りは避けることが多い気がします」
昨日私がつけていたのは柑橘系の香りだ。コンスタンス様は恐らく、オリバー様の好みを把握して贈ってくれたんだろう。少々複雑な気はしたが、ひとまず気分を害すことはなさそうだと安堵した。
「それから、坊ちゃんみたいな愛に飢えた面倒なへそ曲がりは、案外正面からの攻撃に弱いものでございます」
それだけ言うと、ぽかんと呆ける私を置いて執事はしずしずと引き上げていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王都の一等地、王家所有のある邸宅の居間には、朝の陽ざしが差し込んでいた。眩しい光に目を覚ました子犬は周囲の匂いがいつもとは違うことに好奇心を覚えた。
いつも寝坊助な兄弟たちはもう目を覚ましたのか、籠の中には見当たらない。置いてけぼりを食らったのだろうか。空腹と好奇心に、ついに子犬は動き出した。籠のふちに白い前足をかけて身を乗り出す。もう少し、もう少しで地面に足が届きそうだ――。
「おっと危ない、まったく活発なやつだ」
冒険が始まりそうだったのに、子犬は急に現れた人間に抱き上げられてしまった。
視界が急に高くなって、空のような色をした目の男が話しかけてくる。その手つきが思いのほか優しく、心地よいので子犬はそのまま甘んじて腕の中にいた。
「今日から僕が君の飼い主だよ」
嬉しそうに言った青年は、子犬を籠に戻すと、おいしそうな匂いのする陶器の皿を置いてくれた。探検はひとまず後回しにしようと決め、子犬は朝飯にありついた。
お腹がくちくなったころ、空気の流れが変わった。自慢の鼻が別の人間がやってくるのを教えてくれる。果たしてやってきたもう一人は、飼い主と名乗った男にぼそぼそ話しかけた。
「殿下、再度使いの者が参りました。今度は庭園のガゼボでお待ちしている、と」
子犬の優秀な耳は、きちんとその声を拾ったのだった。
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