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ルーキー冒険者お金を借りる

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 貴重な鉱石であり非常に高価なアダマンタイトやオリハルコンやヒヒイロカネ。
 それらを使いその人の体に合ったオーダーメイドで作られた装備を手にできる冒険者なんてものは、本当に限られた上位冒険者もしくは大貴族や大商人の息子などしかいない。

 田舎から出てきてこれから一旗あげようなんて青年には、天文学的な数字にすら映るであろう値段である。

 そんな装備を作っている鍛治職人のいる工房の一つにルドリックの工房というものがある。

 ルドリックの工房とは、都市に5人しかいない人間国宝の名誉を授かりし鍛治師の1人、ゴルベリオン・ルドリック開いている工房のこと。
 ゴルベリオンの祖父の代から続いており、彼は三代目ルドリックということになる。

 弟子のほとんど取らない他の4人の人間国宝の鍛治師と比べ、弟子が多くいるルドリックの工房では弟子の作品が格安で売っている。
 それでもやはりゴールドもしくはプラチナ以上の冒険者でなければなかなか手が届かない代物である。

 だから駆け出しの冒険者は何の変哲も無い鉄の剣を持ち、自分の体に大体合うサイズの防具を着け、そして命懸けの戦場ダンジョンに向かうのだ。

 モンスターを倒し核を集め、偶に落とすドロップアイテムと合わせてギルドに売る。
 依頼された鉱石や薬草やドロップアイテムを採集し、依頼主へ届け報酬を貰う。

 地道な作業を繰り返し経験とお金を貯め、より良い装備を整えさらにダンジョンの下層へ。

 そうして冒険者というものは育っていく。

 ただその途中で青い命は多く散っていく。
 特に駆け出しの冒険者がルーキーのまま終わりを迎えることが非常に多い。

 もう少しいい装備を買えていたら、もう少し多く回復アイテムを買えていたら、そう思いながら散っていった冒険者も少なくないだろう。
 努力や才能も大事、しかし"金"というのもそれと同じ、もしくはそれ以上に大事なものである。



 鍛治街とも言われ鍛治師やその見習いが多く住む一角にある、ここらで一、二を争う大きな店構え。
 ルドリックの工房のすぐ近くにある、ルドリックの工房直営店の一階。
 首から銅でできたチップをぶら下げた青年がショーケースの前で地に根が生えたように立ち尽くしていた。

 青年の名はカムイ、半年前にこの都市にやって来た駆け出しの冒険者である。

「ほ、欲しい。この剣が欲しい」

 心の奥底から漏れ出す言葉とは裏腹に、青年の財布の中身はあまりにも乏しい。

 実は自分には冒険者としての才能があって、少しダンジョンに潜っただけでどんどん強くなっていき、数々の偉業を成し遂げちゃったりして。
 気付けば街行く人から羨望の眼差しを向けられるようになり、沢山の優秀な仲間とともに伝説の冒険者へ。

 などという夢物語は儚く崩れ去った。

 ダンジョンのあるこの都市に来てから約半年、来る前に描いていた理想図と目の前の現実は直視し難いほどにかけ離れていた。

 田舎を出るとき親から貰ったなけなしのお金は、背中に差した切れ味の悪い剣に変わった。
 パーティーを幾度か組んだが相性が悪くその都度解散し、大手冒険者ギルドへの売り込みも全て失敗した。

 ダンジョンの入り口付近で、野犬より多少強い態度のモンスターを撃退するだけでは日銭程度しか稼げない。

 とてもじゃないがこの工房に置いてある装備を買うなど無理で、ショーケースの前で眺め明日のやる気の糧にするのが精々。

 結局カムイ半年たった今でもルーキー冒険者のまま。
 自分は何の才能もないただの凡人だったと、田舎に帰ったほうがいいのではという選択肢が夜を迎える度に浮かぶようになっていた。



 日課になりつつあった武器の鑑賞がひと段落ついたところで、今日も日銭を稼ごうとダンジョンへ向かおうとしたその時だった。

「すいません店員さん。これ売ってください」

 青年の眺めていたすぐ横で男が店員を呼んだ。

 妬ましくて羨ましくて、そんな感情で横の男を見た瞬間。
 そんな感情が一気に吹っ飛んだ。

「え、なんで?ロッチさんだよな」

 そこにいたのは青年の知っている顔だった。
 手入れをしていないため顔にはだらしなく伸びた無精髭、昼間から飲むことが多く常に顔は赤らんでいるような男。
 違うのは年季の入ったボロボロのロングコートが、丈夫そうな毛皮のコートに変わっていたことくらいだろう。

 青年よりも冒険者歴はずっと長いが、稼ぎはほぼ酒代に消え、さらにツケがたまり出禁になった店も数えきれないほど。

 そんな男がルドリックの店に来ること自体場違いなのに、それがこんなあっさりと剣を買うなど青年からすれば悪い冗談にしか思えなかった。

 いっそ酔っ払っていてふざけたことを言っただけ、と言われたほうがすんなり納得できるだろう。

「おー、カムイじゃねぇか。お前も武器買いに来たのか?」

「いやそういうわけじゃ。いつか買いたいとは思っているけど。ロッチさんこそ隠れて貯金でもしてたんですか?てっきり酒代を稼ぐために冒険者やってるんだと思ってましたよ」

 カムイの言葉を聞き、ロッチはニタリといやらしい笑みを浮かべる。

「そりゃ俺だって冒険者の端くれだからよ。へへへ、まぁ貯金とかしてたわけじゃあないんだがね」

 明らかに何か隠していて、しかし本当は言いたくて堪らない、そんな表情だとカムイは察した。
 だから直球で聞くのではなく、相手が話したくなるよう言葉を選んで話す。

「でも貯金なしじゃ買えないんじゃないんですか?周囲をコーティングしてあるだけって言っても、オリハルコンでコーティングしてますからね。50万ヴィオーネなんて結構な大金ですよ。当然分割で払うこともできないわけだし」

「そりゃ俺らは冒険者だ、いつ死ぬかわからん職業で分割なんてしてくれるわけねぇからな。だから底辺で燻ってりゃ一生縁の無い代物よ。普通はな」

「普通は?」

 カムイの作戦は功を奏し、気を良くしたロッチの口は徐々に滑らかになっていく。
 だからカムイがそう尋ねれば簡単に口を開くのだった。

「お前とは何度かパーティーを組んだっけな。そのよしみで教えてやるよ。借りればいいのよ、金を。おっと店員さん、このシリカル・カスフォード作のシミターを貰えるかい。代金はこれで」

 しばらくしてやって来た店員にロッチは懐からパンパンに張った革袋を渡す。
 その動作に何かしらの感情があったかどうかはロッチにしかわからぬが、革袋がわざとらしくカムイの直ぐ目の前を通り店員に手渡された。

「代金を数えさせていただきますので、少々お待ち下さい」

 そう言って立ち去る店員の背を見送ると、耐え切れなくなってカムイが尋ねる。

「冒険者に金を貸す?そんなけったいな御仁がどこにいるっていうんだ。普通じゃありえない」

 カムイの言う通り、普通ではありえない話である。

 実績のある有名ギルドの冒険者に対してであれば話は別だが、十数年以上冒険者をやっていて底辺とまでは言わないがロッチは下級の冒険者。
 金を貸したところで下手をすれば返す前に死ぬダンジョンで可能性だってある。

 カムイの頭の中は理解出来ないと、クエスチョンマークで埋め尽くされ溢れ出しそうな勢いである。

「そりゃあれよ。常識ってのはお前の普通よりも少しばかり異常だったってことだろ」

「……それでその金を貸してくれるって人、俺に紹介することはできますか?」

 相手の腹を探って上手く言葉を引き出そうなどという考えは消え失せ、気付けば縋るような思いでカムイは頭を下げていた。

 そんなカムイの丸まった背中を優しく数度叩いて、ロッチは微笑みを浮かべる。
 しかしそこには滲み出る卑しい感情が隠し切れずに漏れ出ていた。

「おいおい、男が情けない声を出すなよ。俺は前からお前にゃあ見込みがあると思ってたんだ、当然紹介してやるとも。ここからそう遠くない場所にあるからこのまま行こう」

「是非!」

 カムイの即答を聞きロッチは満足そうに頷くのだった。



 普段であればダンジョンでモンスターと戦っている時間だが、カムイははやる気持ちを抑えながら会計を済ませたロッチの後を続く。

 ただし店を出る前に近くにいた店員に話しかけ、ずっと前から気になっていた武器の取り置きを依頼することは忘れていない。

 ルドリックの工房を出てから歩くこと十数分、カムイはとある建物の前へと辿り着いた。
 冒険者ギルド、ニコニコファミリアと木の看板に彫られた建物の前に。



 ダンジョンのあるこの都市に来た半年前と比べても劣らぬ程に、希望で胸膨らませるルーキー冒険者カムイ。
 まさかこの先がその希望を喰らう悪の巣窟とはつゆとも知らずに。
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