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悪の巣窟

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 冒険者ギルドと一概に言っても、その内訳は様々である。
 ダンジョンの中で戦闘をする戦闘系ギルド、武器やアイテムを売る商業系ギルド、武器の生産をする生産系ギルド。
 それらを全部引っくるめて冒険者ギルドと呼んでいる。

 大手のギルドともなればその全てをやっているギルドも当然あるが、どれか一つに特化しているギルドもある。
 例えばルドリックの工房だが、ルドリックの工房は生産系に特化した冒険者ギルドの一つということになる。

 ただしこれは大まかに分ければその三種類ということであり、それ以外の方針を持つギルドが無いというわけではない。

 例えば直接戦闘には参加しないが、戦闘のサポートを雇われて行うギルドもある。
 他にも武器やアイテム以外の物で商売をするギルドもある。

 そんな数多あるギルドの中で、ルーキー冒険者のカムイ青年が訪れた冒険者ギルド、ニコニコファミリア。

 今回の物語はここから始まる。



 この都市ではよく見る二階建ての木造建築、ほのかにニスの香りが漂う小綺麗な状態。
 一階の入り口の上には少し崩した字体でファミリアネームが彫られており、ギルドというよりカフェのような雰囲気を醸し出している。

 ちなみにこの都市に飲食店はいくつもあるが、それらは基本的にギルドではなく単なる飲食店として存在する。
 ただしダンジョンの中にのみ存在する食材を使用し作る飲食店の中には、飲食系ギルドとして営業している店も存在する。

 つまりはダンジョンに何かしらでも関係するのであれば、冒険者ギルドという肩書きを名乗れるということだ。

 もちろんこのニコニコファミリアは飲食店などではない。 
 そして戦闘系でも生産系でもない。

 このギルドにて扱うのは"金"。
 言うなれば消費者金融のギルドである。


 故に小洒落た外観とは違い、ギルドの中に入ってみると雰囲気はガラリと変わる。

「もう払えませんて。毎週毎週金利分を払うのが精一杯で元金が減らない。これじゃお金を借りる前より酷い生活じゃないか」

 背はあまり高くないが筋肉質で屈強そうな男が、見た目とは反対に情けない声をあげた。
 相対するのはその男よりも遥かに屈強で2mを越す巨漢の男である。

 この男こそニコニコファミリアの代表、ニコニー・ボーンヘッド。
 要は闇金の社長だ。

 白の短パンにアロハシャツのような赤いシャツを着たラフな格好で、左の眉の辺りから口元にかけて大きな古傷がある。
 ただその屈強さと鋭い目付きだけで、反抗するという意思を奪い去るだけのものがあった。

「どうします代表、こいつやっちゃいますか」

 直角に腰を曲げ深々と頭を下げる男の後ろで、これまた目付きの悪い屈強な体躯の坊主頭の男が言った。

 この男はニコニコファミリアのNo.2、ガルシア・フェザーロ。
 ニコラスの右腕であり、荒事担当である。

「ばかやろう。使いもんにならなくしてどうする。なぁお前、いやダーシムって言ったっけ。今どこで冒険してんだ?」

 冒険する、という言葉はダンジョンで行う大抵の事柄に対して使える便利な言葉である。
 モンスターを倒してレベル上げしたり、鉱石の採掘や薬草の採集などを含め、冒険するという言葉に含まれることもある。

「上層だ。俺はソロだから10階層付近で毎日4時間冒険してる」

「おいおい、一日は24時間もあるんだぜ。その内たったの4時間冒険しただけで限界とか、そんなみっともねぇこと言ってんなよ」

「ガルシアの言う通りだな。言い訳を言ってる暇があればダンジョンで稼いでこい。ダーシム、お前今日から午前と午後4時間ずつで8時間冒険しろ」

「……は、8時間。急に倍なんて幾ら何でも体力がもたな───」

「───いいからやれ。上位冒険者になった奴はお前の数百倍やってるよ。冒険者なら本気で冒険やってみろ」

 ドスの効いた渋みのある声でそう言われてしまうといい返すこともできず、ダーシムは黙って頷くしかなかった。

「ほら金利分は置いていきな、今回はジャンプってことで許してやる。あんたは|10日3割(とさん)だから9万ヴィオーネだぜ」

「くそっ、今あるちょうど全財産かよ」

「違うだろ?9万ヴィオーネちょうど稼いで、それから手を抜いて冒険したんだ。十分頑張ったしこの辺で休もうってな。それがお前の本質、悔しかったら元金分も返済してみるんだな」

「わかったよ!やってやるとも30万ヴィオーネなんてすぐ返済してやるからな!」

「それは楽しみだ。ところで装備は足りているか?力はあるが敏捷には不安があるんだろ?風の属性が付与されたスケイルブーツがあれば俊敏な敵にも対応できるぞ」

 眼光の鋭さこそそのままだが、やや優しくなった口調で話しかけるニコニー。
 装備の相場と客の欲している物から導き出した最適解。

 事実、ダーシムはニコニーのアドバイスにより冒険者ランクを一つ上げている。
 故に迷いが生じたのは僅かな時間だった。

「……20万ヴィオーネ追加で貸してくれ」

「いいだろう、手数料引いて14万ヴィオーネだ受け取れ。これで合計50万ヴィオーネ、10日後に払う利息は15万ヴィオーネだ」

「わかってるよ!」

 ダーシムは革袋を受け取り中身を確認し、自分の胸ポケットから代わりに9万ヴィオーネ入った革袋を取り出す。
 そしてせめてもの抵抗と言わんばかりに少し強めに机の上に革袋を叩きつけると部屋を去っていった。

 冒険者に金を貸し、法外に吹っかけた金利を受け取る。
もちろん金利についても法律など存在しないのだが。
 しかし、これこそがニコニコファミリアでの日常風景である。



「代表あんなこと言っていいんすか?」

 部屋に残ったのはニコニーとガルシアの二人、そして男が出てすぐ口を開いたのはガルシアだった。

「どれのことだ?」

「元金返済してみろって言葉っすよ。ほんとに元金返済されたら金利ふんだくれなくなりますぜ」

「あぁあれか。お前はまだまだ見る目が無ぇな。奴の借り入れ額を全額返済するのは中々に骨が折れる。多少無茶しなきゃできない、それこそ命を張る必要もある」

「いやぁでもそれで死なれたらそれこそ最悪じゃないっすか。貸した分も金利も返ってこないわけだから」

「だから見極めんのさ。そいつの冒険者としての限界をな。そして俺達はその限界分の金利を頂く」

「くふぅう!流石は代表、悪の親玉は言うことが違うぜ」

 ニコニーに対し崇拝の域に近い思いを抱くガルシアが両手を握り締め感動を露わにした。
 しかしそれはニコニーの求めていた反応とは違う。

「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよゴルァ!ニコニコファミリアのモットーは?」

「下級冒険者への金銭的支援、それにより冒険者の自力の底上げをし社会貢献を果たす事」

「そうだよ、大事な大事な建前・・忘れんなよ」

「はいっ代表!」

 あくまで建前としては冒険者支援が目的のギルドである。
 冒険者を食い物にし陥れるのみでは、ギルド本部による制裁、そしてギルドとして名は剥奪が待っている。

 だから時にはハッパをかけることも大切なのだと、ニコニーはメンバーに常々語っている。

 会話が途切れ僅かな沈黙が流れた丁度その時、タイミングを見計らったように扉がノックされた。

ちち様、お客です。ロッチなる人物がご新規さんを連れて来たです」

 ニコニーとガルシアが巨漢だからこそ余計にそう見えるが、実際に小柄な少女が小鳥が囀るがごとく可愛らしい声で入って来た。

 クリッとした大きな薄紅色の瞳に透き通るような白い肌。
 肩口の辺りで短めに切り揃えられた瞳と同じ薄紅色の髪で、前髪は少し長く左目が隠れている。
 体の線は細く全体的に肉付きが薄いが、それは彼女の種族的特徴でもある。

 食べても太りにくい体質なんですぅ、と発言した場合多くの女性から反感を買うこと間違いなしだが、そうではない。
 彼女の種族はエルフ、正確にはハーフエルフである、それ故に食べても肉が付きにくい。

 スレンダーはいるがグラマーのいない種族かつ、この少女はまだ成長しきる前であるため仕方のないことでもある。

「そうかそうか、あのおっさんまたカモを連れて来たみたいだな。それでどんなだった?」

「私のタイプではなかったです」

 その答えに一番反応したのはガルシアだった。
 そうかと頷くニコニーの横で、ガルシアは口の中の空気をブッと吹き出すと続いて笑った。

「だーはっはっは!アミラ嬢、代表はそんなこと聞いたんじゃねぇのよ。そいつがいいカモになれるかどうか聞いたのさ。大事なのは見極めること、つってな」

 その言葉に対しアミラは無反応を通し、ニコニーは鼻で笑う。

「バーカ、こいつはお前よりずっと見る目があるよ。俺の娘だからな」

「それを言われちまうと敵わなぇや」

ガルシアはパチンと自分の額を叩き、天を仰ぐ。

「それでは連れてくるです」

そんなオーバーリアクションには見向きもくれずアーミラは部屋から立ち去る。


 こうして部屋に通されたのは無精髭を生やした中年の冒険者、それと見るからにルーキーな青年冒険者だった。
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