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試しの岩場
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実を言うとこの都市、正式な名前が存在しないのである。
世界に唯一あるダンジョンと、それを取り囲んでいるため便宜上ダンジョン都市などと呼ばれているが、正式名称はまだ設定されていない。
そもそもここは国というわけでもなく、冒険者ギルドのホームが無数に置かれ発展していったため、王と呼べる存在がいないのだ。
強いていうなら冒険者ギルドの本部にいるお偉方や、大手ギルドの長による評議会が代表というところだろう。
そしてダンジョンで採れる核から作り出された素材の加工品、これらは外の世界にはない大変貴重なもの。
ドラゴンの鱗やセイレーンの血などは破格の値段が付けられる。
当然近隣諸国への輸出は非常に多く、世界の商業の中心すなわちダンジョンである。
それ故に、過去この都市を巡っての戦争も繰り返され、数多の王がこの地を目指した。
互いに睨み合い時には小競り合いを起こしながらも、決め手に欠け停滞していた侵略戦争が続いた。
そしておよそ100年前、北の大国の王があと一歩でダンジョンを手に入れるかと思われた時があったのだが。
それまでは王が誰だろうと関係ないと、無関心でも決めていたのかと思われていた冒険者達が猛威を振るった。
鬱陶しい虫でも払いのけるかのように手を一振り。
数十の兵士が吹き飛ぶ。
殺傷能力を抑えた風の魔法でまたも兵士が吹き飛ぶ。
近隣で最も屈強で獰猛と謳われた将軍がまるで子供扱いで、兵士の士気は皆無と成り果てた。
それから100年経ち、この都市を攻めようと兵を挙げた国は未だにないらしい。
つまり何が言いたいかというとだ。
誰にも縛られることなくあり続けているこの都市の法は最低限度と呼べる程度しかないということだ。
もっと言えば冒険者ギルドの一つ一つが小さな国で、それがたくさん集まってできているので、お互い仲良くやりましょうという暗黙のルールでみんな生きている。
やり過ぎて問題が大きくなれば、冒険者ギルド本部が灸を据えることもあるが、基本的には他ギルドに迷惑をかけなければ大抵は問題とはならない。
それ故、延々と横に広がったグレーゾーンを、小悪党達は何の引け目もなしに堂々とガニ股で闊歩していく。
横に首輪のついた奴隷達をお供に添えて。
「カムイ1匹行ったぞ!」
「大丈夫任せろ、てぇぇええいっ!」
「よしナイス!」
「岩陰に1匹いるぞ、投擲に注意」
「ファイヤーボール」
「そいつまだ死んでない、トドメを」
「よし、や、やったぞ!」
大きな岩がゴロゴロと転がった岩場、通称試しの岩場と言われる場所である。
ここを突破できたらルーキーは卒業と言われる目安となっている場所でもある。
特にこの辺りで出現する小型のモンスター、コボルトやゴブリンやラビットは岩に隠れての奇襲も多い。
だからこそソロでの攻略は難しく、最初はパーティーで攻略に挑むのが定番。
それでもパーティーでも最初は突破するのはなかなかに難しく、結成したてのパーティーは何度も挑戦し、苦労の果てにルーキー脱出となる。
しかし、今日組んだばかりの5人パーティーで、カムイ達は見事試しの岩場を突破した。
昨日までのカムイでは考えられもしなかった、まさに快挙と言ってもいい成果である。
「シドインさん!俺、俺ほんと嬉しいっす。お試しでパーティー組んで戦ったことはありましたけど、どれも上手くいかなくて。ソロで鍛えまくって見返してやろうとか思ってたっすけど、パーティーってこんな素晴らしいものだったんすね」
感激のあまり目に涙を浮かべながらカムイは何度もシドインに頭を下げた。
その言葉にシドインは照れ臭そうに笑って、カムイの肩を叩き苦労を労う。
しかしこの時カムイの胸の中に大きな不安があった。
(今まで組んできたパーティーはいつもここで解散しちゃった。性格の不一致とか目標の違い。冒険者は個性が強過ぎて、最後は方向性の違いで解散しちゃうんだよな。お試しでパーティーを組んで上手くやった後、その中から仲良い者同士で俺はサヨナラ。このパターンが何度あったことか)
パーティーを組めずにソロでやってる冒険者が声を掛け合い、パーティー組んでダンジョンに挑戦することは珍しくはない。
ただそのメンバー全員がパーティーを組むことは滅多にない。
その中から気が合った者同士で組んで他のメンバーを誘ってパーティーを作るのがよくあるパターン。
だからこそカムイはここが勝負どころだと自分に強く言い聞かせる。
「あのシドインさん───」
「───ちょっと待ってカムイ君」
しかしカムイの言葉はシドインの制止によって阻まれる。
「カムイ君、君を誘ったのはその剣が最初に目に付いたからだった」
その言葉を聞き、またダメだったとカムイが諦めかけたその時、シドインはさらに優しい声で言葉を続けた。
「でも一緒に戦ってわかったよ。君はとてもいい冒険者になれる。それこそ将来のアダマンタイト候補と言ってもいい。だからこそ今まで君に付いてこれる仲間に出会えなかったんだと思う」
これ以上は聞きたくない。
この後待っているのは、僕達も君には付いていけないという言葉だろう。
そう思ったカムイは、そうですか、わかりました。そう言って背中を向ける。
「いいや、君はわかってないよ。最初に言ったよね、僕達もアダマンタイトを目指してるって。僕達には君みたいな人材が必要なんだ。是非これからもパーティーを組んでくれないか?」
「え?えぇええ!!いいんですか俺がいても」
「当たり前じゃないか、初めて同じ戦場に立ってここまで安心して背中を任せられた自分に驚いた程だったよ。君は違うのかい?」
「そそそそんなことないです!是非俺からもよろしくお願いします」
こうしてカムイはシドインのいるパーティーへと正式に入ることとなった。
その後しばらくモンスターと戦闘を繰り返し、キリのいいところでシドイン所属するギルドへと戻ることとなった。
帰る途中、先程自分の横を楽しげに会話しながら通って行った新米パーティーと出くわし。
試しの岩場へと挑戦していたものの崩壊寸前に陥り、ちょうど通った自分達に助けを求めてきたため救ってやり、大いに優越感に浸りながらの帰路である。
ただダンジョンを出てからの道のりはカムイの知っているものとは少し違っていた。
通常ダンジョンを出て最初にするのは、ゲートのすぐ近くにあるギルド本部の受け付け。
そしてここで核やドロップアイテムの換金、それと今回は試しの岩場を初クリアしたカムイがルーキー卒業の申告がある。
そのためカムイは試しの岩場から少し行ったところにある石を一つ、自身のポケットに入れて持ってきている。
この石は特別価値のあるものではなく一見ただの石ころだが、ギルドに提出すれば試しの岩場の先にある石だとわかるので、首から下げたカッパーのプレートに刻印を押してもらえる。
どの冒険者もプレート自体はカッパーからスタートだが、この刻印があるかないかでルーキーと本当のカッパー冒険者の違いが出る。
しかしシドインはギルド本部とは真逆の方向へと歩き出していた。
「シドインさん、ギルド本部行かなくていいんですか?換金だって、それに俺の刻印とかそのぉ」
「うんうん、大丈夫。とりあえず黙って付いて来ればいいから」
「大丈夫って、そうなんですか?」
見た目は爽やかでイケメン、口調も優しく戦っている最中以外は終始微笑んでいるような男、というのがカムイがシドインに持っていた印象。
しかし一瞬だけシドインの表情が急変する。
それはモンスターに対して見せた視線より鋭いものだった。
「黙って付いて来いって言ったよな?」
そのあまりの急変ぶりに、カムイは黙って頷くしかなかった。
とはいえカムイのシドインに対する信頼はかなりのもの、それに表情は一瞬で戻ったためカムイは自分の気の所為と言い聞かせることにした。
しばらく歩くと戦闘系冒険者ギルドの並ぶ通りに辿り着き、さらにそこからだんだん入り組んだ裏道へと進む。
表通りにある豪華な造りの建物と違い、こじんまりとしたどこか閉鎖的な建物が増え始める。
小さなギルドでは表通りに居を構える金銭的余裕もないため、カムイはホームの場所についてはあまり不審には思うことなく付いて行く。
そしてパニーニファミリア、と書かれた看板の建物の前でシドインは立ち止まった。
世界に唯一あるダンジョンと、それを取り囲んでいるため便宜上ダンジョン都市などと呼ばれているが、正式名称はまだ設定されていない。
そもそもここは国というわけでもなく、冒険者ギルドのホームが無数に置かれ発展していったため、王と呼べる存在がいないのだ。
強いていうなら冒険者ギルドの本部にいるお偉方や、大手ギルドの長による評議会が代表というところだろう。
そしてダンジョンで採れる核から作り出された素材の加工品、これらは外の世界にはない大変貴重なもの。
ドラゴンの鱗やセイレーンの血などは破格の値段が付けられる。
当然近隣諸国への輸出は非常に多く、世界の商業の中心すなわちダンジョンである。
それ故に、過去この都市を巡っての戦争も繰り返され、数多の王がこの地を目指した。
互いに睨み合い時には小競り合いを起こしながらも、決め手に欠け停滞していた侵略戦争が続いた。
そしておよそ100年前、北の大国の王があと一歩でダンジョンを手に入れるかと思われた時があったのだが。
それまでは王が誰だろうと関係ないと、無関心でも決めていたのかと思われていた冒険者達が猛威を振るった。
鬱陶しい虫でも払いのけるかのように手を一振り。
数十の兵士が吹き飛ぶ。
殺傷能力を抑えた風の魔法でまたも兵士が吹き飛ぶ。
近隣で最も屈強で獰猛と謳われた将軍がまるで子供扱いで、兵士の士気は皆無と成り果てた。
それから100年経ち、この都市を攻めようと兵を挙げた国は未だにないらしい。
つまり何が言いたいかというとだ。
誰にも縛られることなくあり続けているこの都市の法は最低限度と呼べる程度しかないということだ。
もっと言えば冒険者ギルドの一つ一つが小さな国で、それがたくさん集まってできているので、お互い仲良くやりましょうという暗黙のルールでみんな生きている。
やり過ぎて問題が大きくなれば、冒険者ギルド本部が灸を据えることもあるが、基本的には他ギルドに迷惑をかけなければ大抵は問題とはならない。
それ故、延々と横に広がったグレーゾーンを、小悪党達は何の引け目もなしに堂々とガニ股で闊歩していく。
横に首輪のついた奴隷達をお供に添えて。
「カムイ1匹行ったぞ!」
「大丈夫任せろ、てぇぇええいっ!」
「よしナイス!」
「岩陰に1匹いるぞ、投擲に注意」
「ファイヤーボール」
「そいつまだ死んでない、トドメを」
「よし、や、やったぞ!」
大きな岩がゴロゴロと転がった岩場、通称試しの岩場と言われる場所である。
ここを突破できたらルーキーは卒業と言われる目安となっている場所でもある。
特にこの辺りで出現する小型のモンスター、コボルトやゴブリンやラビットは岩に隠れての奇襲も多い。
だからこそソロでの攻略は難しく、最初はパーティーで攻略に挑むのが定番。
それでもパーティーでも最初は突破するのはなかなかに難しく、結成したてのパーティーは何度も挑戦し、苦労の果てにルーキー脱出となる。
しかし、今日組んだばかりの5人パーティーで、カムイ達は見事試しの岩場を突破した。
昨日までのカムイでは考えられもしなかった、まさに快挙と言ってもいい成果である。
「シドインさん!俺、俺ほんと嬉しいっす。お試しでパーティー組んで戦ったことはありましたけど、どれも上手くいかなくて。ソロで鍛えまくって見返してやろうとか思ってたっすけど、パーティーってこんな素晴らしいものだったんすね」
感激のあまり目に涙を浮かべながらカムイは何度もシドインに頭を下げた。
その言葉にシドインは照れ臭そうに笑って、カムイの肩を叩き苦労を労う。
しかしこの時カムイの胸の中に大きな不安があった。
(今まで組んできたパーティーはいつもここで解散しちゃった。性格の不一致とか目標の違い。冒険者は個性が強過ぎて、最後は方向性の違いで解散しちゃうんだよな。お試しでパーティーを組んで上手くやった後、その中から仲良い者同士で俺はサヨナラ。このパターンが何度あったことか)
パーティーを組めずにソロでやってる冒険者が声を掛け合い、パーティー組んでダンジョンに挑戦することは珍しくはない。
ただそのメンバー全員がパーティーを組むことは滅多にない。
その中から気が合った者同士で組んで他のメンバーを誘ってパーティーを作るのがよくあるパターン。
だからこそカムイはここが勝負どころだと自分に強く言い聞かせる。
「あのシドインさん───」
「───ちょっと待ってカムイ君」
しかしカムイの言葉はシドインの制止によって阻まれる。
「カムイ君、君を誘ったのはその剣が最初に目に付いたからだった」
その言葉を聞き、またダメだったとカムイが諦めかけたその時、シドインはさらに優しい声で言葉を続けた。
「でも一緒に戦ってわかったよ。君はとてもいい冒険者になれる。それこそ将来のアダマンタイト候補と言ってもいい。だからこそ今まで君に付いてこれる仲間に出会えなかったんだと思う」
これ以上は聞きたくない。
この後待っているのは、僕達も君には付いていけないという言葉だろう。
そう思ったカムイは、そうですか、わかりました。そう言って背中を向ける。
「いいや、君はわかってないよ。最初に言ったよね、僕達もアダマンタイトを目指してるって。僕達には君みたいな人材が必要なんだ。是非これからもパーティーを組んでくれないか?」
「え?えぇええ!!いいんですか俺がいても」
「当たり前じゃないか、初めて同じ戦場に立ってここまで安心して背中を任せられた自分に驚いた程だったよ。君は違うのかい?」
「そそそそんなことないです!是非俺からもよろしくお願いします」
こうしてカムイはシドインのいるパーティーへと正式に入ることとなった。
その後しばらくモンスターと戦闘を繰り返し、キリのいいところでシドイン所属するギルドへと戻ることとなった。
帰る途中、先程自分の横を楽しげに会話しながら通って行った新米パーティーと出くわし。
試しの岩場へと挑戦していたものの崩壊寸前に陥り、ちょうど通った自分達に助けを求めてきたため救ってやり、大いに優越感に浸りながらの帰路である。
ただダンジョンを出てからの道のりはカムイの知っているものとは少し違っていた。
通常ダンジョンを出て最初にするのは、ゲートのすぐ近くにあるギルド本部の受け付け。
そしてここで核やドロップアイテムの換金、それと今回は試しの岩場を初クリアしたカムイがルーキー卒業の申告がある。
そのためカムイは試しの岩場から少し行ったところにある石を一つ、自身のポケットに入れて持ってきている。
この石は特別価値のあるものではなく一見ただの石ころだが、ギルドに提出すれば試しの岩場の先にある石だとわかるので、首から下げたカッパーのプレートに刻印を押してもらえる。
どの冒険者もプレート自体はカッパーからスタートだが、この刻印があるかないかでルーキーと本当のカッパー冒険者の違いが出る。
しかしシドインはギルド本部とは真逆の方向へと歩き出していた。
「シドインさん、ギルド本部行かなくていいんですか?換金だって、それに俺の刻印とかそのぉ」
「うんうん、大丈夫。とりあえず黙って付いて来ればいいから」
「大丈夫って、そうなんですか?」
見た目は爽やかでイケメン、口調も優しく戦っている最中以外は終始微笑んでいるような男、というのがカムイがシドインに持っていた印象。
しかし一瞬だけシドインの表情が急変する。
それはモンスターに対して見せた視線より鋭いものだった。
「黙って付いて来いって言ったよな?」
そのあまりの急変ぶりに、カムイは黙って頷くしかなかった。
とはいえカムイのシドインに対する信頼はかなりのもの、それに表情は一瞬で戻ったためカムイは自分の気の所為と言い聞かせることにした。
しばらく歩くと戦闘系冒険者ギルドの並ぶ通りに辿り着き、さらにそこからだんだん入り組んだ裏道へと進む。
表通りにある豪華な造りの建物と違い、こじんまりとしたどこか閉鎖的な建物が増え始める。
小さなギルドでは表通りに居を構える金銭的余裕もないため、カムイはホームの場所についてはあまり不審には思うことなく付いて行く。
そしてパニーニファミリア、と書かれた看板の建物の前でシドインは立ち止まった。
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