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人の噂もなんとやら
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入学2日目、教室に入るなり幾人ものクラスメイトに囲まれ質問責めにあう。
どうやら昨日の一件は光の速さでクラス中に広まったらしい。それも噂には必ず付き物の尾ひれはひれ、全く別のおまけ付きで。
「あの超美人な会長を口説いたせいで副会長の沖田先輩に決闘挑まれたってマジか!」
その最たる人物である東が机の上に両手を乗せ、迫る様に詰問してくる。単なる興味にしては少しばかり熱烈すぎる周囲の反応。これが女子なら恋バナで盛り上がるのもわかる。しかし男子が大いに盛り上がってることを考えると、入学式で行われた生徒会長挨拶がよほど効いたということなのだろう。
「だーかーらー、口説いてねぇし決闘もしてねぇよ」
じゃあなんだよと口々に騒がれ、仕方ないので念のため用意しておいた嘘の使用を渋々決意する。
できれば使いたくなかった、というか噂が勝手に広まり使わざるを得ない状況にならないで欲しいと願いつつ。自己防衛のために止む無く考えた悲しい嘘である。
「生徒会に誘われてだな。そんで実力を見るのを兼ねて、ダンジョンで模擬戦をすることになった。ほんとにそれだけだっつーの」
半分は世間体を考えてオブラートに包ませてあるが、残り半分は嘘ということもない。
「なんで入学初日から生徒会に?やっぱコネか?」
「いや別にコネとかはないな、生徒会メンバー全員初対面だったし。そういえばなんなんだろうな、俺が生徒会メンバーに誘われた理由」
不覚も不覚、沖田先輩との口論で聞きそびれていたが、そもそも俺が生徒会に誘われた理由を一切聞かされていない。
であれば、今日の放課後あたりにでも聞かせてもらうとしよう。もしかしたら自分でも理解できていない、物凄い超絶能力が宿ってるいる可能性だって捨てきれないわけだから。
そうこうしているうちに予鈴が鳴り響き、それと同時に我等が担任鬼嶋幽々子が教室のドアを開ける。
席を離れている生徒はすぐ様席に戻る中、俺は隣の席の杏花から小さな声で話しかけられる。
「真司くん昨日は大変だったらしいね。でも生徒会の人の誤解解けてよかったね。あっ、あと生徒会はいったんでしょ、おめでとう」
「へぇ、よく知ってるね」
攻略者にとって情報は鮮度と質が重要、さらに言えば情報の仕入れ先も非常に重要だ。勿論それは攻略者に限ったことではないが、下手をすれば情報一つで死にかねないのが攻略者。それを誰もかれもが噂話に惑わされているようでは先が思いやられる。
その点で杏花は実に優秀だ。情報源は知らないが、正確な情報を得られていることは素晴らしい。
どこから仕入れた情報だろうか探りを入れようとするも、先に杏花の方から口を開く。
「えっとね、B組の子に聞いたんだ。あの子この手の噂話大好きだから」
「あぁ、例の部屋が隣になった子か」
杏花の話にこれまで幾度も出てきた杏花の隣人。是非紹介してもらいたいほどに、その人物は迅速かつ正確に情報を集めることに長けている。というか実際に今度紹介してもらいたい。そうすれば実技試験で俺が轟かせた(?)戦闘狂という誤情報を流した人物も特定できるに違いない。
「あのさ、今度その子紹介してよ」
いつも通りの一つ返事で了承するものかと思いきや、何故か杏花が少しムッとしたように、口元をごく僅かに膨らませる。
あぁ、なるほと。確かに今のは俺の言い方が悪かったかもしれない。これじゃあ女友達紹介してよ、と言い寄るチャラ男と変わりない言い方だった。
「なんで?」
そう尋ねられれば素直に答えるしかない。なにせ俺は嘘をつくのが大嫌いなのだ。
「入学早々変な噂ばかり広まってるからさ、その噂好きの子に色々聞きたいことがあるんだ」
件の情報通女子と知り合いになることにメリットは多い。情報を制すものは学園生活を制す。という格言が俺の中にあるほどに。
そこまで説明してようやく理解してくれた杏花が、いつも通りの天真爛漫な笑顔を浮かべる。
「あっ、そっか。なんだ、そういうことか。それならいいよ、今度聞いてみるね」
そこまで言ったところでホームが始まり、会話は打ち切られる。
今日の1時間目は数学、2時間目は国語という普通高校と変わらない一般教科の授業。そして3時間目がダンジョン概論という教科だ。
ダンジョン学園といえども、ダンジョン攻略者を育成するためだけの専門学校ではない。一般科目とダンジョン攻略者になるための専門科目の両方があるのは当然だろう。
しかし授業を受けている身としては、机に向かい数字と格闘するだけというのは少し拍子抜けしてしまう。
そして2時間目の授業の終わりを告げる鐘が鳴り、10分間の休み時間。これも普通の高校生と変わりない光景。次の授業の準備をしたり、友人との会話を楽しんだりetc。準備といっても教科書やノートは前時代的な紙媒体なものではない。机に備え付けられている機器に、自分の所有する端末を繋ぐだけなのだから。
因みに俺は後者、というか噂の真相を確かめようと集まる男子生徒のせいで、後者にならざるを得ない状況。
「それで真司よぉ、そろそろほんとのことを吐いたらどうなんだ。ほらゲロっちまえよー」
1時間目の休み時間と同様、俺の机の前まで来て茶化しに来る東。東に関していえば羨ましいとかではなく、単にからかいに来ているようだ。
勿論その程度のことで怒りはしない、それにこの手のタイプは扱いやすい。他に興味のある話題に移せば、いとも容易く話をそらすことができると俺はよく知っている。
「そんなことより次の授業楽しみだな。ダンジョン概論」
ようやくのダンジョン攻略科らしい授業は誰だって気になるだろう。
そして当然のように話に乗ってくる東。
「なっ!概論ってどんなことやるんだろうな?一般公開されてるダンジョンの情報より濃ゆ~い話聞けるんだよな!」
正直言って公開されているダンジョンの情報は極めて少ない、というかほとんど謎のままというのが現状らしい。とはいえ、本物のダンジョン攻略者から直に聞ける、ダンジョン科特有の授業は一言一句逃さず聞くつもりだ。
「だろうな、ちなみに担当は幽々子先生か。どんなことやるんだろ」
一般教科とは違い、ダンジョン関係の授業は当然専門のダンジョン攻略者が教壇に立つ。数学や国語と違うのは教員免許を持たない人間が教壇に立つというとこだろう。そもそも発足して間もないダンジョン学園と、ダンジョン関係の授業の教員資格試験自体、まだキチンと整備されていないのだから仕方のないことだ。確かB級攻略者以上で学校の採用試験に受かれば教師として認められる。勿論国家公認で。
「ダンジョンの一階層からその下の地形とか出現モンスターの説明するらしいよ」
そう言って隣の席から会話に加わる杏花。
「へぇ、誰かに聞いたのか?」
「うん、B組の子に聞いたんだ。B組は1時間目にダンジョン概論だったから」
「そっかぁ、あまり細かな情報はネットとかでもあまり公表されてないしな。下層のモンスターとかは気になるな」
ダンジョン一階層には何度か足を踏み入れたことはあるが、よく出現するモンスター程度しかまだ知らない。それに実技試験では一階層の奥まで行けなかったので、非常に気になる内容ではある。
「でも大丈夫なのかね」
「何が心配なんだ東?というかお前にも心配するときあるんだな」
「失敬だぞちみ!俺はいつでも憂いに満ちている」
東の冗談はスルーするとして、何を心配しているのかは気になる。なにせ心配とは無縁そうなこの男が心配するほどなのだから。
「で、東は何が心配なんだ」
「だってよ、授業やんの幽々子先生だろ。あの人攻略者上がりだから、教員免許とか無いんだろ。授業大丈夫なのかな」
「でも、採用試験受かってるんだし問題ないだろ」
「そうだけどさ、でも俺バカだぜ!免許持ってる教師に教わっても何一つわかんないんだぞ、大丈夫だと思うか?」
冗談ではなく真面目な顔でそう言った東。いやいや、心配するのは教師ではなくお前の頭だろ。さすがにそう言ってしまうのは可哀想なので言葉を飲み込み、代わりに隣で口元を押さえている杏花と笑いを共有する。
「何2人で笑ってんだよ、俺にとっちゃ超大切な話なんだけどさ───」
と言ってる間にチャイムが鳴り、渋々東は自分の席へと戻っていき、幽々子先生が挨拶をして3時間目が始まった。ようやくダンジョン学園らしい授業だ。
「はい、それではダンジョン概論の授業を始めます、のですが。その前にまず皆さんを脅かしておこうと思います」
話している内容を無視すれば、きっと多くの男を虜にするのではないかと思えるほどの笑顔。そんな笑顔を浮かべる幽々子先生が少し色素の薄めな唇を動かし話し始める。
「まず皆さんに知ってもらいたいのは、ダンジョン攻略者というのは遊び半分ではできない、なるべきではないものと私は思います。その上でお話しします。まず我々人類が多大な犠牲を払い、15年間という年月ダンジョンに挑み続け何が得られたのか。はい、剛力君」
まさかの指名制と東は大いに驚いている。この時代名指しで生徒を指名するのも珍しいことだが、教師によっては昔ながらの授業の仕方を好む人もいるのだろう。
そして大いに悩んだ挙句、東は一切恥じることなく堂々とした態度で声を張る。
「先生!わかりません」
いっそ清々しいまでの東の態度に対し、幽々子もまた清々しい声で一言を返す。
「正解っ!」
「……はぁ?」
「正解って言ったのよ。ダンジョンの謎について、そもそもダンジョンが何なのか、何一つ判明していない、つまりわからない。だから正解」
メディアでは何階層まで攻略したとか、何処何処のパーティーが単独で階層主攻略達成など言ってなんとか盛り上げようとしている。しかし実際重要なことは何一つ判明していない。声を大にして言う人は少ないが、多くの人が暗黙のうちに了解していることでもある。
「……えっと、これは喜んだ方がいいんすか?」
「ダ~メ」
「ですよね~」
これからダンジョン攻略者になろうという人間にとって、当然喜ばしいことではない。先の見えない真っ暗闇を、出口があるのかもわからず進み続けるなんて、まともな精神ではやってられなくなる。
俺たちが攻略者になる前に厳しいことを言ってくれるのも、恐らく先生の優しさではないだろうか。
その後も非常にわかりやすく丁寧な教え方で授業は進む。東ではないが、授業の進行に多少不安のあった身としては有り難いことだ。
ただ、わかりやすいだけに現在のダンジョン攻略が難航していることや、他国に差をつけられ始めていることなど、中々に厳しい現状を思い知らされたわけだが。
ともあれ、先生が初めに言った、俺達を脅かすことは十二分に達成したに違いない。
停滞するダンジョン攻略に気を重くした俺や、おそらく他の生徒の気疲れしたような顔と、どこか満足げに教室を去る先生の顔を見てそう感じた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
放課後、生徒会室では3人の男女が真剣な面持ちで会議している。生徒会長を除く3人の生徒会メンバーによって定期的に開かれる、その会議の名は救済相談会議。先日開かれたばかりにも関わらず、今回緊急で開かれたのには理由がある。
「本当に彼は信用できるんですね」
開口一番副会長の沖田にそう尋ねたのは、艶のあるサラサラとした長い黒髪に、赤縁の眼鏡が特徴的な女子生徒。生真面目という言葉が良く似合いそうな女子生徒の名は服部彩芽、生徒会での役職は書記長。学年は会長の戒能と同じ3年生。
沖田の目を真っ直ぐ見つめる服部に、沖田も真っ直ぐ見つめ返し口を開く。
「一戦交えればわかります。あの一振りに憎しみという雑念は無かった。彼は……多田真司は今の僕達と同じこちら側の人間です」
「なるほど。剣を交えればわかる……か。まぁ、他でもない君が言うのであれば信じるとしよう。それでどうする?彼も我々の計画……会長の御心を救う計画に参加してもらうのか?」
「それも悪くはないと思いますが……」
沖田と服部は合理的に損得のみで判断しようと頭を巡らせるが、もう1人の女子生徒がそこに割って入る。
と同じく2年の本多麻里、肩口ほどに短く切られた鳶色の髪、色素の薄い茶色がかった瞳には強い意志が感じられる。
「他人を巻き込むのはやめましょう。これは私達3人で解決するべきです」
損得のみで判断しようとする2人に対して、感情論での反対意見を本多は出す。
そこにあるのは昨日まであった排他的感情ではなく、本人が言ったように自分達で解決したい問題だからである。
沖田と服部もそれをよく理解できるからこそ、本多の意見に力強く頷いた。
「確かに麻里の言う通りだな。これは俺達どうにかしなきゃいけない問題ということを忘れていたようだ。だが……」
「どうした沖田?」
「機を見て話くらいはしておきましょう。何も知らないままでは、いざという時足を引っ張られる可能性がありますから。それに……いや、なんでもないです」
沖田は漠然とした、何か自分達に足りないものがあるような不安を感じつつ言葉を飲み込む。自分でさえもその何かを漠然と不安に感じているだけで、具体的に何かと問われてはっきりと答える自信が沖田にはなかった。
そして沖田がそろそろ他の誰かが来る時間だろうと時計に視線を送れば、廊下からは静寂に紛れ足音が響く。
3人はほぼ同時にその足音に気付くと、何事もなかったかのようにそれぞれの事務仕事へと戻り、緊急救済会議は静かに閉会した。
どうやら昨日の一件は光の速さでクラス中に広まったらしい。それも噂には必ず付き物の尾ひれはひれ、全く別のおまけ付きで。
「あの超美人な会長を口説いたせいで副会長の沖田先輩に決闘挑まれたってマジか!」
その最たる人物である東が机の上に両手を乗せ、迫る様に詰問してくる。単なる興味にしては少しばかり熱烈すぎる周囲の反応。これが女子なら恋バナで盛り上がるのもわかる。しかし男子が大いに盛り上がってることを考えると、入学式で行われた生徒会長挨拶がよほど効いたということなのだろう。
「だーかーらー、口説いてねぇし決闘もしてねぇよ」
じゃあなんだよと口々に騒がれ、仕方ないので念のため用意しておいた嘘の使用を渋々決意する。
できれば使いたくなかった、というか噂が勝手に広まり使わざるを得ない状況にならないで欲しいと願いつつ。自己防衛のために止む無く考えた悲しい嘘である。
「生徒会に誘われてだな。そんで実力を見るのを兼ねて、ダンジョンで模擬戦をすることになった。ほんとにそれだけだっつーの」
半分は世間体を考えてオブラートに包ませてあるが、残り半分は嘘ということもない。
「なんで入学初日から生徒会に?やっぱコネか?」
「いや別にコネとかはないな、生徒会メンバー全員初対面だったし。そういえばなんなんだろうな、俺が生徒会メンバーに誘われた理由」
不覚も不覚、沖田先輩との口論で聞きそびれていたが、そもそも俺が生徒会に誘われた理由を一切聞かされていない。
であれば、今日の放課後あたりにでも聞かせてもらうとしよう。もしかしたら自分でも理解できていない、物凄い超絶能力が宿ってるいる可能性だって捨てきれないわけだから。
そうこうしているうちに予鈴が鳴り響き、それと同時に我等が担任鬼嶋幽々子が教室のドアを開ける。
席を離れている生徒はすぐ様席に戻る中、俺は隣の席の杏花から小さな声で話しかけられる。
「真司くん昨日は大変だったらしいね。でも生徒会の人の誤解解けてよかったね。あっ、あと生徒会はいったんでしょ、おめでとう」
「へぇ、よく知ってるね」
攻略者にとって情報は鮮度と質が重要、さらに言えば情報の仕入れ先も非常に重要だ。勿論それは攻略者に限ったことではないが、下手をすれば情報一つで死にかねないのが攻略者。それを誰もかれもが噂話に惑わされているようでは先が思いやられる。
その点で杏花は実に優秀だ。情報源は知らないが、正確な情報を得られていることは素晴らしい。
どこから仕入れた情報だろうか探りを入れようとするも、先に杏花の方から口を開く。
「えっとね、B組の子に聞いたんだ。あの子この手の噂話大好きだから」
「あぁ、例の部屋が隣になった子か」
杏花の話にこれまで幾度も出てきた杏花の隣人。是非紹介してもらいたいほどに、その人物は迅速かつ正確に情報を集めることに長けている。というか実際に今度紹介してもらいたい。そうすれば実技試験で俺が轟かせた(?)戦闘狂という誤情報を流した人物も特定できるに違いない。
「あのさ、今度その子紹介してよ」
いつも通りの一つ返事で了承するものかと思いきや、何故か杏花が少しムッとしたように、口元をごく僅かに膨らませる。
あぁ、なるほと。確かに今のは俺の言い方が悪かったかもしれない。これじゃあ女友達紹介してよ、と言い寄るチャラ男と変わりない言い方だった。
「なんで?」
そう尋ねられれば素直に答えるしかない。なにせ俺は嘘をつくのが大嫌いなのだ。
「入学早々変な噂ばかり広まってるからさ、その噂好きの子に色々聞きたいことがあるんだ」
件の情報通女子と知り合いになることにメリットは多い。情報を制すものは学園生活を制す。という格言が俺の中にあるほどに。
そこまで説明してようやく理解してくれた杏花が、いつも通りの天真爛漫な笑顔を浮かべる。
「あっ、そっか。なんだ、そういうことか。それならいいよ、今度聞いてみるね」
そこまで言ったところでホームが始まり、会話は打ち切られる。
今日の1時間目は数学、2時間目は国語という普通高校と変わらない一般教科の授業。そして3時間目がダンジョン概論という教科だ。
ダンジョン学園といえども、ダンジョン攻略者を育成するためだけの専門学校ではない。一般科目とダンジョン攻略者になるための専門科目の両方があるのは当然だろう。
しかし授業を受けている身としては、机に向かい数字と格闘するだけというのは少し拍子抜けしてしまう。
そして2時間目の授業の終わりを告げる鐘が鳴り、10分間の休み時間。これも普通の高校生と変わりない光景。次の授業の準備をしたり、友人との会話を楽しんだりetc。準備といっても教科書やノートは前時代的な紙媒体なものではない。机に備え付けられている機器に、自分の所有する端末を繋ぐだけなのだから。
因みに俺は後者、というか噂の真相を確かめようと集まる男子生徒のせいで、後者にならざるを得ない状況。
「それで真司よぉ、そろそろほんとのことを吐いたらどうなんだ。ほらゲロっちまえよー」
1時間目の休み時間と同様、俺の机の前まで来て茶化しに来る東。東に関していえば羨ましいとかではなく、単にからかいに来ているようだ。
勿論その程度のことで怒りはしない、それにこの手のタイプは扱いやすい。他に興味のある話題に移せば、いとも容易く話をそらすことができると俺はよく知っている。
「そんなことより次の授業楽しみだな。ダンジョン概論」
ようやくのダンジョン攻略科らしい授業は誰だって気になるだろう。
そして当然のように話に乗ってくる東。
「なっ!概論ってどんなことやるんだろうな?一般公開されてるダンジョンの情報より濃ゆ~い話聞けるんだよな!」
正直言って公開されているダンジョンの情報は極めて少ない、というかほとんど謎のままというのが現状らしい。とはいえ、本物のダンジョン攻略者から直に聞ける、ダンジョン科特有の授業は一言一句逃さず聞くつもりだ。
「だろうな、ちなみに担当は幽々子先生か。どんなことやるんだろ」
一般教科とは違い、ダンジョン関係の授業は当然専門のダンジョン攻略者が教壇に立つ。数学や国語と違うのは教員免許を持たない人間が教壇に立つというとこだろう。そもそも発足して間もないダンジョン学園と、ダンジョン関係の授業の教員資格試験自体、まだキチンと整備されていないのだから仕方のないことだ。確かB級攻略者以上で学校の採用試験に受かれば教師として認められる。勿論国家公認で。
「ダンジョンの一階層からその下の地形とか出現モンスターの説明するらしいよ」
そう言って隣の席から会話に加わる杏花。
「へぇ、誰かに聞いたのか?」
「うん、B組の子に聞いたんだ。B組は1時間目にダンジョン概論だったから」
「そっかぁ、あまり細かな情報はネットとかでもあまり公表されてないしな。下層のモンスターとかは気になるな」
ダンジョン一階層には何度か足を踏み入れたことはあるが、よく出現するモンスター程度しかまだ知らない。それに実技試験では一階層の奥まで行けなかったので、非常に気になる内容ではある。
「でも大丈夫なのかね」
「何が心配なんだ東?というかお前にも心配するときあるんだな」
「失敬だぞちみ!俺はいつでも憂いに満ちている」
東の冗談はスルーするとして、何を心配しているのかは気になる。なにせ心配とは無縁そうなこの男が心配するほどなのだから。
「で、東は何が心配なんだ」
「だってよ、授業やんの幽々子先生だろ。あの人攻略者上がりだから、教員免許とか無いんだろ。授業大丈夫なのかな」
「でも、採用試験受かってるんだし問題ないだろ」
「そうだけどさ、でも俺バカだぜ!免許持ってる教師に教わっても何一つわかんないんだぞ、大丈夫だと思うか?」
冗談ではなく真面目な顔でそう言った東。いやいや、心配するのは教師ではなくお前の頭だろ。さすがにそう言ってしまうのは可哀想なので言葉を飲み込み、代わりに隣で口元を押さえている杏花と笑いを共有する。
「何2人で笑ってんだよ、俺にとっちゃ超大切な話なんだけどさ───」
と言ってる間にチャイムが鳴り、渋々東は自分の席へと戻っていき、幽々子先生が挨拶をして3時間目が始まった。ようやくダンジョン学園らしい授業だ。
「はい、それではダンジョン概論の授業を始めます、のですが。その前にまず皆さんを脅かしておこうと思います」
話している内容を無視すれば、きっと多くの男を虜にするのではないかと思えるほどの笑顔。そんな笑顔を浮かべる幽々子先生が少し色素の薄めな唇を動かし話し始める。
「まず皆さんに知ってもらいたいのは、ダンジョン攻略者というのは遊び半分ではできない、なるべきではないものと私は思います。その上でお話しします。まず我々人類が多大な犠牲を払い、15年間という年月ダンジョンに挑み続け何が得られたのか。はい、剛力君」
まさかの指名制と東は大いに驚いている。この時代名指しで生徒を指名するのも珍しいことだが、教師によっては昔ながらの授業の仕方を好む人もいるのだろう。
そして大いに悩んだ挙句、東は一切恥じることなく堂々とした態度で声を張る。
「先生!わかりません」
いっそ清々しいまでの東の態度に対し、幽々子もまた清々しい声で一言を返す。
「正解っ!」
「……はぁ?」
「正解って言ったのよ。ダンジョンの謎について、そもそもダンジョンが何なのか、何一つ判明していない、つまりわからない。だから正解」
メディアでは何階層まで攻略したとか、何処何処のパーティーが単独で階層主攻略達成など言ってなんとか盛り上げようとしている。しかし実際重要なことは何一つ判明していない。声を大にして言う人は少ないが、多くの人が暗黙のうちに了解していることでもある。
「……えっと、これは喜んだ方がいいんすか?」
「ダ~メ」
「ですよね~」
これからダンジョン攻略者になろうという人間にとって、当然喜ばしいことではない。先の見えない真っ暗闇を、出口があるのかもわからず進み続けるなんて、まともな精神ではやってられなくなる。
俺たちが攻略者になる前に厳しいことを言ってくれるのも、恐らく先生の優しさではないだろうか。
その後も非常にわかりやすく丁寧な教え方で授業は進む。東ではないが、授業の進行に多少不安のあった身としては有り難いことだ。
ただ、わかりやすいだけに現在のダンジョン攻略が難航していることや、他国に差をつけられ始めていることなど、中々に厳しい現状を思い知らされたわけだが。
ともあれ、先生が初めに言った、俺達を脅かすことは十二分に達成したに違いない。
停滞するダンジョン攻略に気を重くした俺や、おそらく他の生徒の気疲れしたような顔と、どこか満足げに教室を去る先生の顔を見てそう感じた。
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放課後、生徒会室では3人の男女が真剣な面持ちで会議している。生徒会長を除く3人の生徒会メンバーによって定期的に開かれる、その会議の名は救済相談会議。先日開かれたばかりにも関わらず、今回緊急で開かれたのには理由がある。
「本当に彼は信用できるんですね」
開口一番副会長の沖田にそう尋ねたのは、艶のあるサラサラとした長い黒髪に、赤縁の眼鏡が特徴的な女子生徒。生真面目という言葉が良く似合いそうな女子生徒の名は服部彩芽、生徒会での役職は書記長。学年は会長の戒能と同じ3年生。
沖田の目を真っ直ぐ見つめる服部に、沖田も真っ直ぐ見つめ返し口を開く。
「一戦交えればわかります。あの一振りに憎しみという雑念は無かった。彼は……多田真司は今の僕達と同じこちら側の人間です」
「なるほど。剣を交えればわかる……か。まぁ、他でもない君が言うのであれば信じるとしよう。それでどうする?彼も我々の計画……会長の御心を救う計画に参加してもらうのか?」
「それも悪くはないと思いますが……」
沖田と服部は合理的に損得のみで判断しようと頭を巡らせるが、もう1人の女子生徒がそこに割って入る。
と同じく2年の本多麻里、肩口ほどに短く切られた鳶色の髪、色素の薄い茶色がかった瞳には強い意志が感じられる。
「他人を巻き込むのはやめましょう。これは私達3人で解決するべきです」
損得のみで判断しようとする2人に対して、感情論での反対意見を本多は出す。
そこにあるのは昨日まであった排他的感情ではなく、本人が言ったように自分達で解決したい問題だからである。
沖田と服部もそれをよく理解できるからこそ、本多の意見に力強く頷いた。
「確かに麻里の言う通りだな。これは俺達どうにかしなきゃいけない問題ということを忘れていたようだ。だが……」
「どうした沖田?」
「機を見て話くらいはしておきましょう。何も知らないままでは、いざという時足を引っ張られる可能性がありますから。それに……いや、なんでもないです」
沖田は漠然とした、何か自分達に足りないものがあるような不安を感じつつ言葉を飲み込む。自分でさえもその何かを漠然と不安に感じているだけで、具体的に何かと問われてはっきりと答える自信が沖田にはなかった。
そして沖田がそろそろ他の誰かが来る時間だろうと時計に視線を送れば、廊下からは静寂に紛れ足音が響く。
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