婚約破棄されまして・裏

竹本 芳生

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噂 ある元王都民の話

「ねぇ、お母さん。ここの人たちはやさしいけど、私たちに早く出て行ってほしいのかな?」

いきなり娘がそんな事を言ってきてドキリとした。
それは最近良く聞く噂が原因なんだと分かってるからだ。
侯爵様がこちらに戻って来る時に一緒に来た連中は私たちみたいに後から来たのと余り親しくない。
大体が商人ばっかりが我先に侯爵様と一緒に来たって聞いてさすが商人は目ざといと夫と夜中喋ったことも一回二回じゃない。
でも子供にまで聞かせることじゃないし、そんな心配させるなんて親としてなっちゃいない。

「そんなこと無いさ。今だって皆良くしてくれるだろ?ほら、そんな顔しないで手を洗ってきな。ティナの好きなシチューだよ」

匂いで分かるだろうに言われると嬉しいのかニコッと笑って手を洗いに走って行く。
ここは寒いけど王都みたいに雪が積もることもないし、王都よりも何もかもが安い。
それに店じゃあ見たこともない物が店先に置かれ、扱い方を知らないと言えばていねいに教えてくれる。
今日のシチューだってそうだ。
白い汁を隣の奥さんが買ってるのを見て使い方を教えて貰った。
ほのかに甘いシチューは子供も夫もお気に入りだ、もちろんあたしも気に入ったさ。王都にはこんな物は無かった。
それだけじゃない。ショーユとかソースとかミソってのもあって、最近では高いけどサトウってのもある。
帝国から入ってくるワインも工芸品も何もかもが安い。
働く所もたくさんあって、夫もあたしもちゃんと暮らしていける程稼がせて貰ってる。
それでも流れてくる噂はどう受け取ったら良いのか悩む。

ー元王都民は皆新しい開拓地に移住させられるー

そりゃあ元王都民なら気兼ねなく暮らせるだろうさ。でもここより不便だったら?仕事はどうなる?荒れた土地を開拓するのか?ここでの暮らしに不満なんて無い。

「お母さーん!シチュー早くー!」

手を洗ってテーブルについたティナを見れば早く食べたいって顔に書いてある。

「ただいま。良い匂いだな」

「お帰りアンタ。アンタも手を洗ってきなよ」

夫の笑顔に笑って言う。
王都を出る前はこんな風に笑えるなんて思ってもいなかった。

「ああ」

大きくて深い木のスープ皿にシチューをたっぷりよそってティナの前にコトリと置く。

「早くお父さん来ないかな~」

「すぐ来るよ」

手にスプーンを持って待ち遠しそうに足をブラブラさせる娘の顔に安心する。

「待たせたな」

「ティナがね」

そう言って夫の分をよそって持って行く。
すでに切っておいたパンを軽く焼いてかごに入れてテーブルに置いてから自分のシチューをよそってテーブルにつく。

「美味しそうだ。さ、冷める前に食べよう」

「わぁ~い!」

夫のやさしい声とティナの幸せそうに食べる顔。
どうか……どうか噂が本当じゃありませんように。
この笑顔が続きますように……
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