三里話

じゃぱろう

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遊郭の亡霊

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 行商人というのは大変な仕事だ。
 賃金が安く、商売の才能がなきゃやっていけない。それに長くて平坦な道を何十里と歩いていると頭がおかしくなりそうだ。
 子供ならなおさらつまらない。

 人生で初めて行商路を歩いた少女は、一里を歩いたばかりで首をもたげ、数分前に祖父に「ついて行く!」と言った自分を後悔した。

 そんな孫娘の心中しんちゅうを予想していた祖父は「むか~し、むかし」といかにも物語の始まりといった口調で話し始める。



 彼らの家から一里離れたこの更地は、かつて有名な遊郭のあった跡地だ。

 男前な青年はなにやら周りの大人と同じように眉をひそめている。男前な青年は、勿論若い頃の少女の祖父だ。

「だから私は見たんだって!遊女が居たの!ホントよ!」

 赤い二階建ての屋敷、所謂遊郭の前で女は必死に訴えていた。

「落ち着けって!一体何を見たって言うんだ?何かと見間違えたんだろう。ここに遊女なんているわけがない」

 周りの人々も首を縦に振り、女の言うことを信じていない様子だ。遊郭に遊女が居るのは当たり前なことだが、ここにはいるはずがないのだ。

 かつてこの町は歓楽街で、通りは長い遊郭の真っ赤な屋敷に囲まれ、小格子こごうしの隙間から覗く綺麗な遊女たちは商品のように並べられていた。
 並べられていただけでなく、彼女たちは人として扱われていない。

 外に出れるのは外出と言う名の客引きの時だけで、身売りされた遊女たちは幼いにも関わらず何度も妊娠、堕胎だたいを繰り返させられた。

 そんな無法地帯であったが数年前、役人の遊郭への取締が厳しくなり、店主は数百人の遊女を置いてトンズラし、残された遊女は屋敷から出れずそのまま餓死していった。

 貴族の娯楽地である歓楽街など祖父たちのような平民は見たことがなく、周りの遊郭も取り壊せず廃墟のまま残され、行商路として使われた。

 今思えば彼らの判断は正解だったと言える。

 女が「遊女を見た」と騒いでから、封を切ったように同じ様な証言で溢れかえった。

「夜中、仕事の帰りにここを通ったら女の声が聞こえてきた!ありゃあ遊女の亡霊に違いねェ…」

「俺も夜だ!月の光で照らされた屋敷の中で、黒い遊女が煙みたいにうごめいていた!」

「誰も居ないはずの暗い小格子こごうしの奥から、真っ黒な腕をこっちへ伸ばしていたわ…恐ろしい!!」

 遊女の死体は残らず埋葬されており、彼らはなす術無く震え上がり、祖父は霊を払えるという占い師へ助けを乞うことにした。

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