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忘却の魔法
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前を歩く鉄騎士の首を、何度切り裂きたいと思ったか。
俺はこいつに完全敗北したんだ。よく考えれば俺は異世界に来てから、弱い相手としか戦ってなかったのかもしれねぇ。
それに俺は最近ずっとモヤモヤした気分でいた気がする。ろくに自分の欲望を満たしていないからだ。人を殺すことはできるが、アマリが生き返らせるから、結果的に全てをなかった事になるし、ビャクヤの契約に縛られて残虐性も発揮できねぇ。その燻りが向上心を阻害していたのかもな。
しかしどんなに素の能力が高くても、どんなに残虐性や攻撃性があっても、それだけじゃどうしようもねぇ相手がいるんだ。
目の前にいるヤイバのような化け物がな。こいつは豊富な経験と身体能力の高さでどんな攻撃も防ぐし、魔法の才能にも恵まれている。なんつうか、鉄壁の魔法要塞みたいだ。
恐らく俺がアマリで攻撃しても、結果は目に見えている。
「チートじゃねぇか・・・」
悔しさのあまりそう呟いたが、誰にも聞こえてはいなかった。もしここにビャクヤがいたら、悔しい気持ちを悟られて揶揄われていただろうよ。
今回、俺は負けて死ぬことはなかった。もしヤイバがファンタジーに出てくるようなオーガ鬼だったら、俺は今頃殺されていたかもしれねぇ。そういや俺は死んだらどうなるんだ?
もっと強くなりてぇ。もっと高みに・・・・。全ての者を蹂躙する圧倒的な力が欲しい。
「そんな力を得て何になる? 無意味だよ」
チッ! こいつも人の心を読むのか!
「圧倒的な力を手に入れて、その先は? 戯言に聞こえるかもしれないが、僕の父さんは星の国の神様なんだ。本気になれば一瞬で、大勢の命を奪えるほど凄まじい力を手に入れている。だけど父さんはそんな力を行使する意味なんてないと思っているよ。僕の父さんは、今日も幸せの野で盆栽を弄っている」
「人の心を勝手に読むなよ。とにかく俺は力が欲しいんだ。力があれば何だってできる。力が無ければ、どんなに自分の主張を叫ぼうが、泣き喚いて死ぬだけだ。力こそ全てだぜ」
「その考えは昔の僕たちのポリシーによく似ているね。力こそ全てってのは確かにシンプルで解りやすい。でも力ばかりを誇示していれば、力のある者同士で戦いに明け暮れるようになり、いずれ世界は荒廃して滅ぶ。人々は助け合い支え合って生きていくべきなんだ」
「力のあるお前さんが言っても、なんの説得力もねぇな」
「ところで過去に世界規模の災害は起きたかい? アマリさん」
俺の心の声が聞こえただろうに、ヤイバはそれを無視してアマリに訊ねた。自分は力の使い方を心得ているってか? お前みたいな悪魔とは違うって言いたいのか? ケッ!
「起きていない」
「そうか・・・。なら僕は過去に飛んできたのだな・・・」
ほー、こいつもビャクヤ同様未来人か。もしかしたら妄言狂人かもしれねぇな。ビャクヤだって妄想を喋っている可能性が大いにあるしよ。
まぁでも、悪魔の俺がいるのだから、未来人や神様がいてもおかしくはねぇか・・・。ってか前にも似たような事を考えてた気がするなぁ。
俺は何回か神様が地球人だと気が付いて、驚いては忘れてを繰り返していたりするからな。忘れっぽくていけねぇや。
「この国は転移に対する結界が張られている。空間ではなく時間の転移なら、結界は意味をなさない」
アマリが平坦な声でヤイバに言う。こいつはさっきまで道端の犬の糞を見て、ウンコウンコと嬉しそうに言ってたのに、ヤイバの踏んだウンコには反応しなかったな。スカトロ好きじゃなかったんだな。
そんなこんなで俺たちは教会前まで来ていた。アマリが教会の開かれた大扉を通って中に入る。
「なんで教会なんだぁ?」
「なんでって教会は、病院を兼ねている事が多いからだろう。トラウマのある子どもの扱いに困った親は、教会で治療を受けさせると考えて当然だからさ」
「へぇ。祈りや魔法でなんとかなるものなのか? 精神的な傷はよぉ」
「高レベルの司祭がいればね。こんな田舎町ではまず期待はできないだろうけど。いても高いお布施を請求される。だから錬金術師やドルイドが時間をかけて治療を行っていたりするが、この教会はそういった人もいなさそうだな」
ヤイバは膝を抱えて教会の椅子に座る子供と、それを心配そうに見つめる親と、自分の力のなさに苦悩しながら子供の回復を祈る僧侶を見てそう言った。
「神よ、なぜ私に、この子らを治す力を与えてくれないのでしょうか・・・」
その見覚えのある坊主頭は、先日の神殿騎士との戦いの時にいた僧侶ボィズーだった。
「よぉ、オッサン」
「君は・・・! 奇跡の悪魔!」
「あんたは処分されなかったんだな。他の神殿騎士のように」
「私は彼らに騙されるような形で同行しただけですからね。悪魔を討伐するのにヒーラーが欲しいと言われて」
「神殿騎士なんだから、同僚に僧侶くらいいるだろうによ」
「後腐れがないように、私のような、小さな町の僧侶の方が都合がよかったのでしょうね」
あ~、それ。事が終わったら始末されるパターンだわ。そうなる前に神殿騎士は逮捕されたが。
「で、何用ですかな?」
ボィズーは怯えた目でヤイバをチラチラと見ている。初めてオーガを見たのだろうな。まぁ、俺も初めてなんだがよ。
「初めまして、僧侶殿。僕は鉄騎士のヤイバ・フーリーです。アマリさんに頼まれて治療の手伝いに来ました」
「初めまして、オーガのヤイバ殿。私はこの教会の僧侶ボィズーです」
流暢に言葉を喋るヤイバを見上げたボィズーの目から恐怖が消える。意思疎通ができるだけで、人ってのは安心するもんなんだな。
「治療の手伝いといいますと、どういった内容なのでしょうか? 失礼ながらヤイバ殿が、狂気払いの祈りをできるとは思えないのですが・・・」
「ヤイバには虚無の魔法がある」
なぜかアマリが自慢気に、鼻息をフンスと鳴らしてそう言った。
「虚無?」
困惑しながらアマリとヤイバを見るボィズーは、そんな魔法は聞いた事がないという顔をした。確か見つかって間もない魔法なんだったか? だったら当然の反応か。
「虚無魔法の【忘却】ならば、子供たちのトラウマを消すことが可能です」
「なんと! ではヤイバ殿はその魔法の使い手なのですか? オーガというものは魔法が苦手と聞いておりましたが・・・」
「まぁ論より証拠」
ヤイバは死んだ目をして椅子に座って、項垂れる女の子の頭に手をかざした。こいつは肛門にビーカーを突っ込まれてたガキだな。
「僕は拒絶する。この子の心を苛む傷を!【忘却】!」
灰色に光る右手がほんのりと光を強めると、子供の目にみるみる生気が戻っていった。
「あれ? 私なんで教会にいるの? 今日は日曜日だったかしら?」
オーガの行動に怯えつつも、経過を見守っていたガキの母親は立ち上がって驚いた。
「もしかして、この子を治してくれたのですか!?」
「ええ。これからは普通に生きていけますよ」
イケメンが爽やかに笑うと、若い母親は太いオーガの腕に抱き着いた。
「あの! ありがとうございます! お礼に好きなだけ私を抱いてください!」
「えっ! それはちょっと・・・」
恐らくはヤイバの爽やかな笑顔に魅了されて、勢い余ってそう言ったんだろうがよ、なに盛ってんだ? こら。子供は正気を取り戻してんのに、母親が狂ってどうすんだ。
「ゴホン! 確かに素晴らしい魔法ですな!」
咎めるようなボィズーの視線を受けて、母親はフヒヒと恥ずかしそうに笑い、子供の横に立った。子供にも白眼視されてらぁな。ヒャハハ。
「貴方との出会いはきっと神の導きによるものでしょう。ありがとうございます、ヤイバ殿!」
「いえ、僕はたまたま転移事故で飛んできただけで・・・。感謝なら、この子供たちを気にかけてたアマリさんに言ってください。彼女が僕に事情を説明して、ここに連れてこなければこの出会いはなかったでしょうから」
「どなたか存じませんが、子供の事を気にしていただきありがとうございます。正直、私も力不足でどうにもならないところでした。まだまだ神への信心が足りない事を恥じております」
ボィズーは頭を下げてアマリにお礼を言った。その禿げ頭を輪切りにしてぇなと何となく思う。
「子供が元気になるならそれでいい」
アマリはにっこりと笑っている。こいつがなぜ子供の事をこんなに気にしてたのかはわからねぇが、どうでもいいか。
それにしてもずっと俺を尾行しているあの女は何だ。こっち見て頷きながら泣いているしよ。気味が悪い。
あまり関わると相棒が嫉妬するから無視しとくか。
俺はこいつに完全敗北したんだ。よく考えれば俺は異世界に来てから、弱い相手としか戦ってなかったのかもしれねぇ。
それに俺は最近ずっとモヤモヤした気分でいた気がする。ろくに自分の欲望を満たしていないからだ。人を殺すことはできるが、アマリが生き返らせるから、結果的に全てをなかった事になるし、ビャクヤの契約に縛られて残虐性も発揮できねぇ。その燻りが向上心を阻害していたのかもな。
しかしどんなに素の能力が高くても、どんなに残虐性や攻撃性があっても、それだけじゃどうしようもねぇ相手がいるんだ。
目の前にいるヤイバのような化け物がな。こいつは豊富な経験と身体能力の高さでどんな攻撃も防ぐし、魔法の才能にも恵まれている。なんつうか、鉄壁の魔法要塞みたいだ。
恐らく俺がアマリで攻撃しても、結果は目に見えている。
「チートじゃねぇか・・・」
悔しさのあまりそう呟いたが、誰にも聞こえてはいなかった。もしここにビャクヤがいたら、悔しい気持ちを悟られて揶揄われていただろうよ。
今回、俺は負けて死ぬことはなかった。もしヤイバがファンタジーに出てくるようなオーガ鬼だったら、俺は今頃殺されていたかもしれねぇ。そういや俺は死んだらどうなるんだ?
もっと強くなりてぇ。もっと高みに・・・・。全ての者を蹂躙する圧倒的な力が欲しい。
「そんな力を得て何になる? 無意味だよ」
チッ! こいつも人の心を読むのか!
「圧倒的な力を手に入れて、その先は? 戯言に聞こえるかもしれないが、僕の父さんは星の国の神様なんだ。本気になれば一瞬で、大勢の命を奪えるほど凄まじい力を手に入れている。だけど父さんはそんな力を行使する意味なんてないと思っているよ。僕の父さんは、今日も幸せの野で盆栽を弄っている」
「人の心を勝手に読むなよ。とにかく俺は力が欲しいんだ。力があれば何だってできる。力が無ければ、どんなに自分の主張を叫ぼうが、泣き喚いて死ぬだけだ。力こそ全てだぜ」
「その考えは昔の僕たちのポリシーによく似ているね。力こそ全てってのは確かにシンプルで解りやすい。でも力ばかりを誇示していれば、力のある者同士で戦いに明け暮れるようになり、いずれ世界は荒廃して滅ぶ。人々は助け合い支え合って生きていくべきなんだ」
「力のあるお前さんが言っても、なんの説得力もねぇな」
「ところで過去に世界規模の災害は起きたかい? アマリさん」
俺の心の声が聞こえただろうに、ヤイバはそれを無視してアマリに訊ねた。自分は力の使い方を心得ているってか? お前みたいな悪魔とは違うって言いたいのか? ケッ!
「起きていない」
「そうか・・・。なら僕は過去に飛んできたのだな・・・」
ほー、こいつもビャクヤ同様未来人か。もしかしたら妄言狂人かもしれねぇな。ビャクヤだって妄想を喋っている可能性が大いにあるしよ。
まぁでも、悪魔の俺がいるのだから、未来人や神様がいてもおかしくはねぇか・・・。ってか前にも似たような事を考えてた気がするなぁ。
俺は何回か神様が地球人だと気が付いて、驚いては忘れてを繰り返していたりするからな。忘れっぽくていけねぇや。
「この国は転移に対する結界が張られている。空間ではなく時間の転移なら、結界は意味をなさない」
アマリが平坦な声でヤイバに言う。こいつはさっきまで道端の犬の糞を見て、ウンコウンコと嬉しそうに言ってたのに、ヤイバの踏んだウンコには反応しなかったな。スカトロ好きじゃなかったんだな。
そんなこんなで俺たちは教会前まで来ていた。アマリが教会の開かれた大扉を通って中に入る。
「なんで教会なんだぁ?」
「なんでって教会は、病院を兼ねている事が多いからだろう。トラウマのある子どもの扱いに困った親は、教会で治療を受けさせると考えて当然だからさ」
「へぇ。祈りや魔法でなんとかなるものなのか? 精神的な傷はよぉ」
「高レベルの司祭がいればね。こんな田舎町ではまず期待はできないだろうけど。いても高いお布施を請求される。だから錬金術師やドルイドが時間をかけて治療を行っていたりするが、この教会はそういった人もいなさそうだな」
ヤイバは膝を抱えて教会の椅子に座る子供と、それを心配そうに見つめる親と、自分の力のなさに苦悩しながら子供の回復を祈る僧侶を見てそう言った。
「神よ、なぜ私に、この子らを治す力を与えてくれないのでしょうか・・・」
その見覚えのある坊主頭は、先日の神殿騎士との戦いの時にいた僧侶ボィズーだった。
「よぉ、オッサン」
「君は・・・! 奇跡の悪魔!」
「あんたは処分されなかったんだな。他の神殿騎士のように」
「私は彼らに騙されるような形で同行しただけですからね。悪魔を討伐するのにヒーラーが欲しいと言われて」
「神殿騎士なんだから、同僚に僧侶くらいいるだろうによ」
「後腐れがないように、私のような、小さな町の僧侶の方が都合がよかったのでしょうね」
あ~、それ。事が終わったら始末されるパターンだわ。そうなる前に神殿騎士は逮捕されたが。
「で、何用ですかな?」
ボィズーは怯えた目でヤイバをチラチラと見ている。初めてオーガを見たのだろうな。まぁ、俺も初めてなんだがよ。
「初めまして、僧侶殿。僕は鉄騎士のヤイバ・フーリーです。アマリさんに頼まれて治療の手伝いに来ました」
「初めまして、オーガのヤイバ殿。私はこの教会の僧侶ボィズーです」
流暢に言葉を喋るヤイバを見上げたボィズーの目から恐怖が消える。意思疎通ができるだけで、人ってのは安心するもんなんだな。
「治療の手伝いといいますと、どういった内容なのでしょうか? 失礼ながらヤイバ殿が、狂気払いの祈りをできるとは思えないのですが・・・」
「ヤイバには虚無の魔法がある」
なぜかアマリが自慢気に、鼻息をフンスと鳴らしてそう言った。
「虚無?」
困惑しながらアマリとヤイバを見るボィズーは、そんな魔法は聞いた事がないという顔をした。確か見つかって間もない魔法なんだったか? だったら当然の反応か。
「虚無魔法の【忘却】ならば、子供たちのトラウマを消すことが可能です」
「なんと! ではヤイバ殿はその魔法の使い手なのですか? オーガというものは魔法が苦手と聞いておりましたが・・・」
「まぁ論より証拠」
ヤイバは死んだ目をして椅子に座って、項垂れる女の子の頭に手をかざした。こいつは肛門にビーカーを突っ込まれてたガキだな。
「僕は拒絶する。この子の心を苛む傷を!【忘却】!」
灰色に光る右手がほんのりと光を強めると、子供の目にみるみる生気が戻っていった。
「あれ? 私なんで教会にいるの? 今日は日曜日だったかしら?」
オーガの行動に怯えつつも、経過を見守っていたガキの母親は立ち上がって驚いた。
「もしかして、この子を治してくれたのですか!?」
「ええ。これからは普通に生きていけますよ」
イケメンが爽やかに笑うと、若い母親は太いオーガの腕に抱き着いた。
「あの! ありがとうございます! お礼に好きなだけ私を抱いてください!」
「えっ! それはちょっと・・・」
恐らくはヤイバの爽やかな笑顔に魅了されて、勢い余ってそう言ったんだろうがよ、なに盛ってんだ? こら。子供は正気を取り戻してんのに、母親が狂ってどうすんだ。
「ゴホン! 確かに素晴らしい魔法ですな!」
咎めるようなボィズーの視線を受けて、母親はフヒヒと恥ずかしそうに笑い、子供の横に立った。子供にも白眼視されてらぁな。ヒャハハ。
「貴方との出会いはきっと神の導きによるものでしょう。ありがとうございます、ヤイバ殿!」
「いえ、僕はたまたま転移事故で飛んできただけで・・・。感謝なら、この子供たちを気にかけてたアマリさんに言ってください。彼女が僕に事情を説明して、ここに連れてこなければこの出会いはなかったでしょうから」
「どなたか存じませんが、子供の事を気にしていただきありがとうございます。正直、私も力不足でどうにもならないところでした。まだまだ神への信心が足りない事を恥じております」
ボィズーは頭を下げてアマリにお礼を言った。その禿げ頭を輪切りにしてぇなと何となく思う。
「子供が元気になるならそれでいい」
アマリはにっこりと笑っている。こいつがなぜ子供の事をこんなに気にしてたのかはわからねぇが、どうでもいいか。
それにしてもずっと俺を尾行しているあの女は何だ。こっち見て頷きながら泣いているしよ。気味が悪い。
あまり関わると相棒が嫉妬するから無視しとくか。
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