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名誉の回復
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愛欲に耽溺した午後を過ごし始めてから、一体どれくらい時が経ったのだろうかとクライネは壁掛け時計を見る。
「もう・・・夕方」
午後五時だが、初夏の昼は長い。外はまだ明るかった。
顔にかかるカールする長い赤髪を払いのけて、クライネはベッドで眠る愛おしい人にキスをした。
(こんなに美しい顔は、今までに見た事がない)
田舎の騎士団長とはいえ、ひっきりなしに王都からやって来る、様々な役人と顔を合わすため、一般人よりも遥かに多くの人と出会い、沢山の人相を見てきた。
五年前に王国近衛兵騎士だった自分は、騎士団の醜い権力争いに巻き込まれて、この地に左遷されてやってきた。それからは田舎者の顔しか見ていないが、それなりに人の顔のパターンを知り尽くしたと自負している。
沢山の出会いのお陰で、人相を見ると、大体その人物の人柄は見えてくるようにはなった。
勿論例外はある。
その例外がビャクヤだ。見た目と中身が違うという意味での例外ではない。
これまで見てきたどのパターンにも属さない、という意味での例外だ。彼のためカにテゴリーを作るとすれば、それは超絶美形という枠になるだろうか?
この見た目がとてつもなく美しい魔人族の男子は、自分を魅きつけて決して離そうとしない。初めて異性を感じた男が8歳も年下で、しかも処女を捧げる事になろうとは夢にも思わなかった。
肌の色こそ違えど、この美しい男は種族を超越して、誰しもを魅了するのではないかという嫉妬で不安になる。
人の不安をよそに当のビャクヤ(の分身)は精を出し切って疲れ果て、深い眠りについている。
「はぁ・・・。幸せ。もう絶対離さないぞ」
メイジにしては逞しいビャクヤの胸に頭を置くと、何時間にも渡って繰り返された愛の営みの余韻にクライネは浸った。
そして初めてのまぐわいでまさか自分がここまで乱れるとは、と恥ずかしくなり頬を赤らめる。
「私は淫乱なのか・・・」
淫乱だ、と心の中で自分の声が聞こえてくる。今もビャクヤの股間が少しでも大きくならないかを期待して擦っているからだ。
(これは・・・、違うのだ。ビャ、ビャクヤが何も知らなかった私に、愛欲に溺れる事を教えてしまったのが悪い)
心の声にそう言い訳して、クライネはビャクヤに抱き着いた。
「あー! 君の事が好き過ぎて駄目だ! このまま溶け合って一人の人間になりたいほどに!」
突然ドンドンドンと玄関のドアが叩かれたので、クライネはびくりと驚く。
「もう! 誰だ? 私たちの素敵な時間を邪魔するのは!」
クライネはビャクヤの唇に軽くキスをすると、ローブを羽織って玄関まで向かった。
「ワシじゃ! 団長! モン爺じゃ!」
モンジャス?
「早く出てくるゾイ! 出てこなければ、団長は今、豪快に脱糞をしている最中だと認定するゾイ!」
ガキャージまで・・・。
ローブの胸元を押さえてドアを開けると、詰所で自分の護衛をする二人が鎧姿で立っていた。その後ろには村人が多数。
「巡回の仕事はもう終わったのか?」
「そんな事よりも! 霧の魔物が出たんじゃ! 団長!」
「陽光草原にか? いつもはあの草原辺りに霧が発生して、魔物は暫くウロウロした後に、霧の中に戻っていくではないか」
「違うゾイ! 村の中に出たんじゃゾイ」
しかしガキャージのだみ声は、慌てているようには聞こえない。
「冗談だろう? 大勢で私を担ごうとしているのではないだろうな? その赤い鉄兜に誓うと言えるか? ガキャージ」
「勿論じゃゾイ! 赤兜に誓って!」
兜を触ってから手を上げるガキャージの横で、モンジャスが髭を撫でながら苦い顔をした。
「霧の向こう側から大きなスライムが出てきてたんじゃ。犠牲者の数は正確には解らんが、少なくとも騎士が三人に村人が数名・・・」
「なに? 本当か? 大ごとじゃないか! だが、お前らが落ち着いた素振りから察するに、何者かが霧の魔物を倒したというわけだな? 村に流れ着いた有名な冒険者パーティがやったのか? それでも霧の魔物の相手をするならレイドを組まないと無理だぞ。そんな都合よく名立たる冒険者たちが集まるとは思えないが?」
(やはりモンジャスもガキャージも、私を担ごうとしていると考えるべきだ)
「クライネ様! あいつがやったんですよ! あいつがやりやがったんです!」
村人が嬉しそうな顔で、後ろを見ずに親指で陰気な長髪の悪魔を指さしている。
「確か彼はビャクヤの下僕・・・。悪魔のキリマルだったか・・・」
村人はハハハと笑って、馴れ馴れしくクライムの肩を叩いた。
「もー! クライネ様はご冗談がお好きで! いや、彼も頑張りましたがスライムには歯が立たなかった。違いますよ! ビャクヤですよ! リンネの使い魔、ビャ・ク・ヤ!」
しかし村人が親指で指さす後方に、キリマル以外はいない。
「そんなはずはない。ビャクヤなら今、私のベッドで・・・」
言いかけてクライネは顔を赤くして口をつぐんだ。
「は? 今何と?」
モンジャスが驚いた顔をし、聞き間違えだろうかと耳を穿っている。
「な、何でもない」
村人は雰囲気の変わったクライネを見て、ヒソヒソと会話をしだした。
「なんか、団長エロくねぇか? 俺、勃起してきちゃったんだが?」
「馬鹿。さっさと小さくしろ、おめぇの太った嫁さんの顔でも思い浮かべてみたらどうだ? でも気持ちは解るぜ。昨日までは、綺麗なお人形さんみたいな雰囲気だったからな。今日はサキュバスのように甘ったるい顔をしてて、メスの匂いまで出している。一体何があったんだろうな」
「解ってるくせに。ハハハ」
彼らは聞こえていないと思っているのだろうが、クライネの耳には届いていた。
(私がサキュバスのようにエロいだと?)
そんなに自分は魅力的になっただろうかと玄関の姿鏡を見たが、疲れて気だるそうな自分が映っているだけだった。
「おい、気まずいのは解るがさっさと出てこい。ビャクヤ。いつまで【透明化】の魔法で消えているつもりだ」
キリマルは消えて見えないはずのビャクヤを、悪魔の感覚だけで探し当てて肩を叩く。
「おふっ!」
刺激を受けたり攻撃をしたりすると解除される、【透明化】の魔法の効果が切れてキリマルが現れた。
「ご、ごきげんよう! クライネ様」
仮面が動揺と微笑みを混ぜたような情けない顔を作る。
「え? え?」
クライネは、今も自分のベッドで寝ているビャクヤを確認しに行きたくて、二階への階段を何度も見た。
「その・・・ッ!ごめんなさいッ! クライネ様。貴方様と楽しい時間を過ごしていたのは吾輩ではなくてッ! 魔法で作り出した分身ですッ!」
それを聞いてクライネはブワッと大粒の涙を零した。あんなに愛し合って濃厚な時間を過ごしたのに、その全てが嘘だったのかと。
「そんな・・・。じゃあ私は君とは・・・」
しかし、すぐに涙を拭いてニコッと笑う。
「でも、君は私の事を思って家まで来てくれたのだろう?」
クライネは巻き毛をクリクリと指で弄って、上目遣いでビャクヤを見ている。
「なんじゃ? どういう事じゃ?」
生涯独身のモンジャスが方眉を限界まで上げて、気まずそうなビャクヤと恥じらうクライネを見ている。
「ここに来たのはジャイアントスライムを倒した村の英雄ビャクヤの為に、アトラスの晒し刑を取りやめにして欲しいからじゃゾイ!」
恋の相談をしてくる可愛い孫娘のいるガキャージは、二人がただならぬ関係だと気づいたが、ちょび髭を掻きながら空気を読まずに、団長の家まで来た目的を告げた。
「騎士の典範には、処刑された騎士の汚名を親族が何かしらの善行で拭った場合、刑を帳消しにできるとも書いてあるじゃろ? ビャクヤはリンネの使い魔。つまり所有物じゃからリンネが、アトラスの名誉の回復をしたとも言える。じゃから、アトラスの遺体を今すぐ、墓に埋葬してやるべきなんじゃ!」
「そうだゾイ!」
「俺たちからもお願いします! 友人のミカエルはスライムに食われちまったて悲しいけど・・・。それでもビャクヤのお陰で村は助かったんだ! アトラスさんに恩赦を!」
悲しみにやつれた少年がアトラスの遺体の開放を願った。英雄への恩返しが、死んでいった友人への手向けのような気がしたからだ。
「アトラスに恩赦を頼む! 団長!」
「ゾイ!」
老騎士二人と村の皆の真剣な眼差しを受けて、クライネはモジモジしながらもビャクヤの手を握った。
「君は美しいだけでなく、強いのだな! ますます惚れ・・・、ゲフンゲフン。わかった! 皆の願い、認めよう!」
クライネはローブの隙間から、豊満な乳房が見えそうになるのもお構いなしで胸を張って宣言する。
「アトラス・ボーンの娘リンネは使い魔ビャクヤを使役し、強力な霧の魔物を討伐して村を守った! それはアトラスの晒し刑を帳消しにするには十分過ぎるほどの善行だといえよう! よってイノリス村鉄鎖騎士団団長クライネ・アストレイヤは! リンネ・ボーンが父の名誉を回復したと認定する!」
「おおおお! やったぞ! アトラスさんの名誉は回復した!」
村人たちが指笛を鳴らしたり喚いたりして喜ぶ。
「では、モンジャスとガキャージ! 二人にアトラスの遺体を開放する任務を命ずる!」
「ハッ!」
「ゾイッ!」
年老いた騎士二人は敬礼をすると、喜ぶ村人をかき分けて処刑場に向かった。
「んじゃ、俺もアトラスを生き返らせてくるわ」
ビャクヤはキリマルの意地悪なニタニタ顔を見送りながら、これより待ち受けるクライネとの修羅場に戦慄する。
「(ひぃ! これから吾輩はどうすればッ! この先を何も考えてなかったンゴッ!)あ、ああ。宜しく頼むよッ!」
「俺たちは村の無事とアトラスさんの名誉が回復した事を祝って酒場で飲んでます! 英雄様も団長さんも来れそうだったら来てくれよな!」
村人たちは肩を組んで歌いながら去って行った。
ビャクヤは心の内では村人たちに行かないでくれと頼みたかったが、そんな事を頼めば下世話な話が好きそうな彼らは、根掘り葉掘り事情を訊こうしてくるだろう。
「はは、わかりまんした・・・。楽しんできてくれたま・・・」
最後まで村人達を見送る間もなく、ビャクヤはマントをグイッと手を引っ張られて、クライネに強引に玄関に連れ込まれた。
壁際に追いやらられて壁ドンを受けるビャクヤの仮面の顎に、冷や汗の雫が垂れる。
「ねぇ。ダーリンは何で幻なんかで私の相手をさせたの?」
クライネの口調がいつもと違う。凄く甘えた声だ。でも頬を少し膨らませて怒っている。
もっと怒っていると怯えていたビャクヤはクライネの様子を見て少し安堵した。
「吾輩には急ぐ任務があったゆえッ! それから! 吾輩はッ! 主様の許可がなければッ! 他のレディとまぐわう事ができないッ!(嘘)」
「だから分身に相手をさせたのぉ?」
「如何にもッ! もし許可があれば吾輩はッ! 貴方様を滅茶苦茶のヌレヌレのズッボズボにしたでしょうんんぬぬッ!」
「うふふ! 嬉しい!」
「しかしッ!」
ビャクヤは息を吸うと意を決し、仮面を外して真剣な眼差しでクライネを見た。
「しかし? ・・・やだ! んっ!」
クライネはビャクヤの顔を見た事で欲情してしまったが、下腹部を押さえて何とか堪えている。
「吾輩はクライネ様と付き合う事も、添い遂げる事もできませんぬッ!」
欲情して上気していたクライネの顔が曇り、眉間に皺が寄って涙目になる。
「どうしてぇ? 私の事が嫌いなの?」
「勿論、貴方様のような綺麗な女性をッ! 嫌うはずありませんッ!」
「じゃあ・・・」
「吾輩は使い魔ッ! 使い魔はッ! 主様を一番に考えるものでございますッ!」
「契約に縛られているって事? だったらその契約はもう無いはずよ! 私は・・・、私は知っているもの! あの子がホムンクルスだって事! 今日死ぬ運命だって事も! だから貴方は何にも縛られてはいない!」
「どうしてそれを・・・!」
「私はこの村に来てからずっとアトラスを父親のように慕っていたわ。彼は頼れるし凄く優しい人だったから。だから彼にゾンビの妻がいる事も、ホムンクルスの娘がいる事も知っていたの。彼は私に正直に話してくれたからね・・・」
「ではなぜ彼を咎めなかったのです?」
「私だって団長の前に一人の人間なのよ。自分の胸にしまっておく事で、全て丸く収まるならそうするわ。でも彼が戦場で逃げ出した事実はどうしようもなかったの。目撃者が沢山いたし、丁度王都から鉄鎖騎士団がちゃんと機能しているかどうかの監査員が来てたから・・・。本当は何とかしてあげたかった!」
「おぉぉ! なんと慈悲深きお方かッ!」
ビャクヤは不味いと思いながらも、彼女をハグせずにはいられなかった。
「ひゃう! イッちゃう!」
クライネはビャクヤの胸の中で快楽に震えた。
「し、失礼」
ビャクヤは彼女から離れるとマントで股間を隠す。言うまでもなく若い彼は直ぐに勃起してしまうからだ。
「正直に言いますと、吾輩は・・・。リンネ様の事が好きなのでありますッ!」
「そんな気はしていたわ。でもリンネはもうこの世にいない・・・。ううん、元々いなかった。彼女は家族を失ったアトラスの作り出した幻みたいなものだから」
「ええ、キリマルも同じことを言っていました。でもッ!」
それでも希望はあると思わなければ、自分の心が完全に崩壊してしまいそうなほど、ビャクヤはリンネの事を愛していた。
「なんとかなるような気がするのです。人を生き返らせる力のある、あの奇跡の悪魔キリマルとッ! 神に愛されし吾輩の知恵があれば! 主様は蘇るような気がするのデスッ!」
「え? キリマルは人を蘇らせる事ができるの? 悪魔なのに?」
「ええ! あれは良い拾い物でしたッ!」
クライネは何か思い当たる節でもあるのか急に考え事を始めた。何もない空中を見ながら、顎を指先でトントンと叩いている。
「もしかしたらリンネの復活の手助けが、できるかもしれないわ」
「なにぬぅッ! どういう事ですか! クライネ様ッ!」
クライネは意地悪且つ妖艶な笑みを浮かべて、ビャクヤの首に手を回した。
「私のいう事聞いてくれたら、教えてあ・げ・る!」
「もう・・・夕方」
午後五時だが、初夏の昼は長い。外はまだ明るかった。
顔にかかるカールする長い赤髪を払いのけて、クライネはベッドで眠る愛おしい人にキスをした。
(こんなに美しい顔は、今までに見た事がない)
田舎の騎士団長とはいえ、ひっきりなしに王都からやって来る、様々な役人と顔を合わすため、一般人よりも遥かに多くの人と出会い、沢山の人相を見てきた。
五年前に王国近衛兵騎士だった自分は、騎士団の醜い権力争いに巻き込まれて、この地に左遷されてやってきた。それからは田舎者の顔しか見ていないが、それなりに人の顔のパターンを知り尽くしたと自負している。
沢山の出会いのお陰で、人相を見ると、大体その人物の人柄は見えてくるようにはなった。
勿論例外はある。
その例外がビャクヤだ。見た目と中身が違うという意味での例外ではない。
これまで見てきたどのパターンにも属さない、という意味での例外だ。彼のためカにテゴリーを作るとすれば、それは超絶美形という枠になるだろうか?
この見た目がとてつもなく美しい魔人族の男子は、自分を魅きつけて決して離そうとしない。初めて異性を感じた男が8歳も年下で、しかも処女を捧げる事になろうとは夢にも思わなかった。
肌の色こそ違えど、この美しい男は種族を超越して、誰しもを魅了するのではないかという嫉妬で不安になる。
人の不安をよそに当のビャクヤ(の分身)は精を出し切って疲れ果て、深い眠りについている。
「はぁ・・・。幸せ。もう絶対離さないぞ」
メイジにしては逞しいビャクヤの胸に頭を置くと、何時間にも渡って繰り返された愛の営みの余韻にクライネは浸った。
そして初めてのまぐわいでまさか自分がここまで乱れるとは、と恥ずかしくなり頬を赤らめる。
「私は淫乱なのか・・・」
淫乱だ、と心の中で自分の声が聞こえてくる。今もビャクヤの股間が少しでも大きくならないかを期待して擦っているからだ。
(これは・・・、違うのだ。ビャ、ビャクヤが何も知らなかった私に、愛欲に溺れる事を教えてしまったのが悪い)
心の声にそう言い訳して、クライネはビャクヤに抱き着いた。
「あー! 君の事が好き過ぎて駄目だ! このまま溶け合って一人の人間になりたいほどに!」
突然ドンドンドンと玄関のドアが叩かれたので、クライネはびくりと驚く。
「もう! 誰だ? 私たちの素敵な時間を邪魔するのは!」
クライネはビャクヤの唇に軽くキスをすると、ローブを羽織って玄関まで向かった。
「ワシじゃ! 団長! モン爺じゃ!」
モンジャス?
「早く出てくるゾイ! 出てこなければ、団長は今、豪快に脱糞をしている最中だと認定するゾイ!」
ガキャージまで・・・。
ローブの胸元を押さえてドアを開けると、詰所で自分の護衛をする二人が鎧姿で立っていた。その後ろには村人が多数。
「巡回の仕事はもう終わったのか?」
「そんな事よりも! 霧の魔物が出たんじゃ! 団長!」
「陽光草原にか? いつもはあの草原辺りに霧が発生して、魔物は暫くウロウロした後に、霧の中に戻っていくではないか」
「違うゾイ! 村の中に出たんじゃゾイ」
しかしガキャージのだみ声は、慌てているようには聞こえない。
「冗談だろう? 大勢で私を担ごうとしているのではないだろうな? その赤い鉄兜に誓うと言えるか? ガキャージ」
「勿論じゃゾイ! 赤兜に誓って!」
兜を触ってから手を上げるガキャージの横で、モンジャスが髭を撫でながら苦い顔をした。
「霧の向こう側から大きなスライムが出てきてたんじゃ。犠牲者の数は正確には解らんが、少なくとも騎士が三人に村人が数名・・・」
「なに? 本当か? 大ごとじゃないか! だが、お前らが落ち着いた素振りから察するに、何者かが霧の魔物を倒したというわけだな? 村に流れ着いた有名な冒険者パーティがやったのか? それでも霧の魔物の相手をするならレイドを組まないと無理だぞ。そんな都合よく名立たる冒険者たちが集まるとは思えないが?」
(やはりモンジャスもガキャージも、私を担ごうとしていると考えるべきだ)
「クライネ様! あいつがやったんですよ! あいつがやりやがったんです!」
村人が嬉しそうな顔で、後ろを見ずに親指で陰気な長髪の悪魔を指さしている。
「確か彼はビャクヤの下僕・・・。悪魔のキリマルだったか・・・」
村人はハハハと笑って、馴れ馴れしくクライムの肩を叩いた。
「もー! クライネ様はご冗談がお好きで! いや、彼も頑張りましたがスライムには歯が立たなかった。違いますよ! ビャクヤですよ! リンネの使い魔、ビャ・ク・ヤ!」
しかし村人が親指で指さす後方に、キリマル以外はいない。
「そんなはずはない。ビャクヤなら今、私のベッドで・・・」
言いかけてクライネは顔を赤くして口をつぐんだ。
「は? 今何と?」
モンジャスが驚いた顔をし、聞き間違えだろうかと耳を穿っている。
「な、何でもない」
村人は雰囲気の変わったクライネを見て、ヒソヒソと会話をしだした。
「なんか、団長エロくねぇか? 俺、勃起してきちゃったんだが?」
「馬鹿。さっさと小さくしろ、おめぇの太った嫁さんの顔でも思い浮かべてみたらどうだ? でも気持ちは解るぜ。昨日までは、綺麗なお人形さんみたいな雰囲気だったからな。今日はサキュバスのように甘ったるい顔をしてて、メスの匂いまで出している。一体何があったんだろうな」
「解ってるくせに。ハハハ」
彼らは聞こえていないと思っているのだろうが、クライネの耳には届いていた。
(私がサキュバスのようにエロいだと?)
そんなに自分は魅力的になっただろうかと玄関の姿鏡を見たが、疲れて気だるそうな自分が映っているだけだった。
「おい、気まずいのは解るがさっさと出てこい。ビャクヤ。いつまで【透明化】の魔法で消えているつもりだ」
キリマルは消えて見えないはずのビャクヤを、悪魔の感覚だけで探し当てて肩を叩く。
「おふっ!」
刺激を受けたり攻撃をしたりすると解除される、【透明化】の魔法の効果が切れてキリマルが現れた。
「ご、ごきげんよう! クライネ様」
仮面が動揺と微笑みを混ぜたような情けない顔を作る。
「え? え?」
クライネは、今も自分のベッドで寝ているビャクヤを確認しに行きたくて、二階への階段を何度も見た。
「その・・・ッ!ごめんなさいッ! クライネ様。貴方様と楽しい時間を過ごしていたのは吾輩ではなくてッ! 魔法で作り出した分身ですッ!」
それを聞いてクライネはブワッと大粒の涙を零した。あんなに愛し合って濃厚な時間を過ごしたのに、その全てが嘘だったのかと。
「そんな・・・。じゃあ私は君とは・・・」
しかし、すぐに涙を拭いてニコッと笑う。
「でも、君は私の事を思って家まで来てくれたのだろう?」
クライネは巻き毛をクリクリと指で弄って、上目遣いでビャクヤを見ている。
「なんじゃ? どういう事じゃ?」
生涯独身のモンジャスが方眉を限界まで上げて、気まずそうなビャクヤと恥じらうクライネを見ている。
「ここに来たのはジャイアントスライムを倒した村の英雄ビャクヤの為に、アトラスの晒し刑を取りやめにして欲しいからじゃゾイ!」
恋の相談をしてくる可愛い孫娘のいるガキャージは、二人がただならぬ関係だと気づいたが、ちょび髭を掻きながら空気を読まずに、団長の家まで来た目的を告げた。
「騎士の典範には、処刑された騎士の汚名を親族が何かしらの善行で拭った場合、刑を帳消しにできるとも書いてあるじゃろ? ビャクヤはリンネの使い魔。つまり所有物じゃからリンネが、アトラスの名誉の回復をしたとも言える。じゃから、アトラスの遺体を今すぐ、墓に埋葬してやるべきなんじゃ!」
「そうだゾイ!」
「俺たちからもお願いします! 友人のミカエルはスライムに食われちまったて悲しいけど・・・。それでもビャクヤのお陰で村は助かったんだ! アトラスさんに恩赦を!」
悲しみにやつれた少年がアトラスの遺体の開放を願った。英雄への恩返しが、死んでいった友人への手向けのような気がしたからだ。
「アトラスに恩赦を頼む! 団長!」
「ゾイ!」
老騎士二人と村の皆の真剣な眼差しを受けて、クライネはモジモジしながらもビャクヤの手を握った。
「君は美しいだけでなく、強いのだな! ますます惚れ・・・、ゲフンゲフン。わかった! 皆の願い、認めよう!」
クライネはローブの隙間から、豊満な乳房が見えそうになるのもお構いなしで胸を張って宣言する。
「アトラス・ボーンの娘リンネは使い魔ビャクヤを使役し、強力な霧の魔物を討伐して村を守った! それはアトラスの晒し刑を帳消しにするには十分過ぎるほどの善行だといえよう! よってイノリス村鉄鎖騎士団団長クライネ・アストレイヤは! リンネ・ボーンが父の名誉を回復したと認定する!」
「おおおお! やったぞ! アトラスさんの名誉は回復した!」
村人たちが指笛を鳴らしたり喚いたりして喜ぶ。
「では、モンジャスとガキャージ! 二人にアトラスの遺体を開放する任務を命ずる!」
「ハッ!」
「ゾイッ!」
年老いた騎士二人は敬礼をすると、喜ぶ村人をかき分けて処刑場に向かった。
「んじゃ、俺もアトラスを生き返らせてくるわ」
ビャクヤはキリマルの意地悪なニタニタ顔を見送りながら、これより待ち受けるクライネとの修羅場に戦慄する。
「(ひぃ! これから吾輩はどうすればッ! この先を何も考えてなかったンゴッ!)あ、ああ。宜しく頼むよッ!」
「俺たちは村の無事とアトラスさんの名誉が回復した事を祝って酒場で飲んでます! 英雄様も団長さんも来れそうだったら来てくれよな!」
村人たちは肩を組んで歌いながら去って行った。
ビャクヤは心の内では村人たちに行かないでくれと頼みたかったが、そんな事を頼めば下世話な話が好きそうな彼らは、根掘り葉掘り事情を訊こうしてくるだろう。
「はは、わかりまんした・・・。楽しんできてくれたま・・・」
最後まで村人達を見送る間もなく、ビャクヤはマントをグイッと手を引っ張られて、クライネに強引に玄関に連れ込まれた。
壁際に追いやらられて壁ドンを受けるビャクヤの仮面の顎に、冷や汗の雫が垂れる。
「ねぇ。ダーリンは何で幻なんかで私の相手をさせたの?」
クライネの口調がいつもと違う。凄く甘えた声だ。でも頬を少し膨らませて怒っている。
もっと怒っていると怯えていたビャクヤはクライネの様子を見て少し安堵した。
「吾輩には急ぐ任務があったゆえッ! それから! 吾輩はッ! 主様の許可がなければッ! 他のレディとまぐわう事ができないッ!(嘘)」
「だから分身に相手をさせたのぉ?」
「如何にもッ! もし許可があれば吾輩はッ! 貴方様を滅茶苦茶のヌレヌレのズッボズボにしたでしょうんんぬぬッ!」
「うふふ! 嬉しい!」
「しかしッ!」
ビャクヤは息を吸うと意を決し、仮面を外して真剣な眼差しでクライネを見た。
「しかし? ・・・やだ! んっ!」
クライネはビャクヤの顔を見た事で欲情してしまったが、下腹部を押さえて何とか堪えている。
「吾輩はクライネ様と付き合う事も、添い遂げる事もできませんぬッ!」
欲情して上気していたクライネの顔が曇り、眉間に皺が寄って涙目になる。
「どうしてぇ? 私の事が嫌いなの?」
「勿論、貴方様のような綺麗な女性をッ! 嫌うはずありませんッ!」
「じゃあ・・・」
「吾輩は使い魔ッ! 使い魔はッ! 主様を一番に考えるものでございますッ!」
「契約に縛られているって事? だったらその契約はもう無いはずよ! 私は・・・、私は知っているもの! あの子がホムンクルスだって事! 今日死ぬ運命だって事も! だから貴方は何にも縛られてはいない!」
「どうしてそれを・・・!」
「私はこの村に来てからずっとアトラスを父親のように慕っていたわ。彼は頼れるし凄く優しい人だったから。だから彼にゾンビの妻がいる事も、ホムンクルスの娘がいる事も知っていたの。彼は私に正直に話してくれたからね・・・」
「ではなぜ彼を咎めなかったのです?」
「私だって団長の前に一人の人間なのよ。自分の胸にしまっておく事で、全て丸く収まるならそうするわ。でも彼が戦場で逃げ出した事実はどうしようもなかったの。目撃者が沢山いたし、丁度王都から鉄鎖騎士団がちゃんと機能しているかどうかの監査員が来てたから・・・。本当は何とかしてあげたかった!」
「おぉぉ! なんと慈悲深きお方かッ!」
ビャクヤは不味いと思いながらも、彼女をハグせずにはいられなかった。
「ひゃう! イッちゃう!」
クライネはビャクヤの胸の中で快楽に震えた。
「し、失礼」
ビャクヤは彼女から離れるとマントで股間を隠す。言うまでもなく若い彼は直ぐに勃起してしまうからだ。
「正直に言いますと、吾輩は・・・。リンネ様の事が好きなのでありますッ!」
「そんな気はしていたわ。でもリンネはもうこの世にいない・・・。ううん、元々いなかった。彼女は家族を失ったアトラスの作り出した幻みたいなものだから」
「ええ、キリマルも同じことを言っていました。でもッ!」
それでも希望はあると思わなければ、自分の心が完全に崩壊してしまいそうなほど、ビャクヤはリンネの事を愛していた。
「なんとかなるような気がするのです。人を生き返らせる力のある、あの奇跡の悪魔キリマルとッ! 神に愛されし吾輩の知恵があれば! 主様は蘇るような気がするのデスッ!」
「え? キリマルは人を蘇らせる事ができるの? 悪魔なのに?」
「ええ! あれは良い拾い物でしたッ!」
クライネは何か思い当たる節でもあるのか急に考え事を始めた。何もない空中を見ながら、顎を指先でトントンと叩いている。
「もしかしたらリンネの復活の手助けが、できるかもしれないわ」
「なにぬぅッ! どういう事ですか! クライネ様ッ!」
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「私のいう事聞いてくれたら、教えてあ・げ・る!」
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